狼さんのごはん

中村湊

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プロローグ

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 目の前に、いる男性に弁当を食い入るように見られている状態が続いている。
 何分経っただろうか……前傾姿勢を綺麗に保ち続けている、目の前の男性。

 『サイボーグ課長』

 そう呼ばれている、高井雅和たかいまさかずが今、食い入るように見つめているのは女性ではない。
 女性が膝の上に乗せ、今から食べようとしていた弁当の中身だ。

 「……ッ……」

 高井の表情が、若干変わった。

 ーあっ、コレが欲しいのかな?ー

 沢絵里さわえりは、箸で綺麗に巻けた甘めの卵焼きをとり高井の前に出した。

 ピクッ。

 高井の鼻がかすかに膨らむ。

 「……よろしければ、どうぞ……」

 絵里は意を決して、唇の近くへと卵焼きを運ぶ。
 警戒している大きな動物。獲物を見つけ、周囲に気を付け、ゆっくりと獲物を捕らえた。

 「……っ!!……」

 口の中に運ばれた卵焼きを一口で口の中に入れ、ひと噛み。ふた噛み。味わい喉の中にゆっくりと味が染みいる。
 甘く優しい卵焼きが、胃袋を満たした。ただ1つの卵焼きだったが、初めて【おいしい】とわかった。
 視線が、他のおかずにもいく。この筑前煮、ほうれん草の和え物。どれもが鼻くうをくすぐる。

 「ぐぅぅーーーー」

 空腹を知らせる大きな音が、高井からしてきた。
 いつもは表情を崩さない。いや、感情自体がないと思っていた自分にも信じられなかった。
 卵焼き1つが始まりで、ここまで自分が目の前にいる女性を愛してしまうとは……。
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