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練習生のオッパ
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中学のクラスに入学し、半年が過ぎた。ジュヨンも3年のクラスで、時々、荷物やなぜか弁当をわたしのと間違えていたりした時、届けに行くと……ジュヨンはクラスメイトの男子からわたしを隠すように学年の廊下端の階段に連れて行き、荷物を受け取ると周りを少し見やってポッポして去って行く。
「ありがとう、って事? かな?」
そう、首を掲げていつも考えては教室に戻っていた。
ある日、いつもの様にオッパが帰りにわたしのクラスに来るとき。オッパのクラスメイトのジグ先輩が、綺麗な先輩と有名なコ先輩と一緒に居て「今度の休み、久しぶりに大門通りに行こうぜ? あっ、妹ちゃんも一緒にどう?」と誘ってきた。クラスメイトの2人はつき合っている? 手前らしく……アプローチのためのきっかけ欲しさにジグ先輩はわたしも一緒にと声をかけたようだ。そのあたりは、わたしは何故か察した。
「いや、ミニョは……」
「オッパ、わたし大門通りに行きたいお店ある!」
「おっ、どこ?」
「えっと、コ先輩なら知ってるかも知れないです。雑貨屋のSheenyです」
「そこなら、わたし行ったことあるわよ」
「ミニョ、俺が連れて行くから……」
言いかけたジュヨンの腕を軽く引き寄せて、「オッパの友だちのジグ先輩は、コ先輩とデートしたいけどきっかけが欲しいの」とコソコソと言うと。「ミニョが良いなら、一緒に行く」と返事した。
次の休みの日、久しぶりに出かけるのと大門通りはカルチャー発信の場でもあるので、ヘギョンさんが可愛い服を今まで買ってくれたりしたのをクローゼットから一緒に選んで着た。カラーリップをして、玄関に行くとジュヨンはわたしを見てぼんやりしていた。
「オッパ? 支度できたし、早く行かないと間に合わないよ?」
「…っ!! あ、あぁ……」
あまり動揺とか、表情にださないジュヨンの顔は明らかに赤くて瞳がうろうろしてどこを見たらいいのか分からないという表情だった。「手握らないと、またはぐれる」といつものように手を握って待ち合わせのバス停に向かった。
オモニのヘギョンさんは、「いいわぁ、可愛い娘って」と言い。「あぁ、ミニョに変な虫がついたら……」とオロオロするアボジ|《お父さん》。ハルモニは、「ミニョはジュヨンとデートかい?」と。玄関を出る時に、言っているのが。ハッキリ聴こえた。
バス停に着くと、コ先輩はすごくお洒落でキレイ系と噂されているだけあって服だけでなく雰囲気も素敵で同じ女の子のわたしも見惚れるくらいだった。思わず「コ先輩、綺麗」と言うと、「ミニョの方が、可愛い」とジュヨンが真顔で言ってきた。それを聞いたコ先輩とクラスメイトのジグ先輩が顔を合わせ、「ジュヨンは本当に妹命というか……妹推しだよな」と半分呆れ顔だった。
やって来たバスはまだそれほど混んでなくて、大門通り近くのバス停で降りると休みの日はさすがに通りは人が多かった。メイン通りを中心に、雑貨屋の並ぶ通りや服屋や古着屋、コインカラオケ、ゲームセンター。食事が手ごろに出来る屋台カフェとかの並ぶ通りもある。
雑貨屋のSheenyに行きたかったのは本当だ。可愛い雑貨が沢山あると、クラスの女の子から聞いていた。
コ先輩の案内でSheenyに入ると、色んな雑貨があり目移りしそうだった。カントリー系やゴシックテイスト、色んなジャンルの雑貨だけどベースとして可愛いがある。それと、ペア雑貨もあった。そこで、オモニとアボジの2人に似合いそうなペアマグカップを見つけ買うことを決めると、ジュヨンが「誰と使うんだ?」と真剣な表情で言ってきた。プレゼントでオモニとアボジにと答えると、「俺たちも必要」と言い出し真剣にペア雑貨の中からスマホリングのペアを選んで買っていた。お互いのイニシャルをその場で彫って貰ったというリングペアを見たジグ先輩も同じことをしていた。
ジグ先輩の場合、渡すタイミングが必要だろうな……コ先輩は、少なからずジグ先輩を好意的に、いや、かなり意識していると思う。だって、お洒落の気合いが違うと思う。
買い物や屋台カフェで過ごし、ベンチでのんびりしていたら大人の洗練された格好いい男性が声を掛けてきた。
「君たち、学生かな? 僕はこういう者で……BGグループエンターテイメントで練習生を育てているんだ」
名刺を見せた男性は、すごく背が高くて練習生を育てているではなくテレビに出ているの間違いでは? と思うほどのイケメンだった。一瞬誰に言っていたのか分からないでいたら、彼は、ジュヨンに名刺を差し出していた。オッパは手で、名刺を拒否していたがわたしが「BGってあの有名K-POPグループの所属する会社だ」と言うとスマホですぐさま検索している。
わたしがテレビで「このK-POPグループすごいね?」と言ったのを覚えていたのか、そのグループの所属はBGグループエンターテイメントだった。
最初は拒否していた名刺を結局受け取り、「興味があったら練習風景を見学に着ていいから」と言って彼は去っていった。名刺に書かれていた男性の名前を見て、驚いた。有名グループに以前所属し、喉の手術を受けたが歌に大きな影響が出てダンスの講師として練習生を育てている元K-POPアイドルのシ・ミゲだった。
ジグ先輩は、コ先輩と同じ方向で帰ることになり……こっそりコ先輩に「多分、今日の帰りにジグ先輩が伝えてくれますよ」と耳打ちすると頬を染めた。コ先輩は、素敵だけどこういう可愛い表情もするんだ、と思った。これからはジグ先輩だけに見て貰って欲しい。
ジュヨンは、貰った名刺をオモニに渡すと「俺、練習風景を見に行く」と言った。オモニは、「あなたは突然何を言い出すかと思えば……まぁ、決めるなら最後までしっかり考えてからになさい」と話した。アボジは、ジュヨンを信頼していて、「君の気持ちを尊重するから」と言った。
どうして見学しに行くと言ったかは分からないけど、オッパは練習風景の見学の連絡をし……次の週には、履歴書を書いて送って面接を受けに行って……あれよあれよと、BGグループエンターテイメント所属の練習生になった。高校は卒業すること、それも、有名私立の科英高校をと交換条件に出された。それも軽くやってのけたジュヨンは、高校進学し練習生としての2足の草鞋? で忙しくなった。
中学クラスの2年のわたしは、3年からの受験で進路を考えていたが……オッパが「同じ高校をっ!!」と言って。言い張って、進学希望書に科英高校と書かれていた。書き直すための希望書も全て、貰っても書いてきたのであきらめて科英高校受験することを選んだ。
成長期のジュヨンは、1年でグングンと身長も伸び、ダンスなどのレッスンで身体も鍛えられて細身だが筋肉質になっていた。たまたまシャワーを浴びて出てきたオッパの上半身を見てしまい……不覚にも、いや、とてつもなく……ときめいた、というか。いや、17歳であの筋肉ってあり?! になっていた。腹筋がすごく鍛えられていて、いわゆるシックスパックが出来ていた。
夏休みにレッスン合宿があるため、家にいないオッパは毎日わたしに電話してきたりしていた。
「ミニョ、元気か?」
「昨日も話したよ? 変わりないよ?」
「毎日、ミニョの声聞いてないと眠れない」
「……?!……へ、変な事いうと周りに誤解されるよ?」
「眠れなくなるんだから、誤解にはならない」
変なオッパだなぁと最近思う。レッスン合宿中、科英高校の課題も行わなくてはならず。進学校でも有名で、授業も厳しいのに課題もレッスンも同様にこなしているらしい。レッスン生の合宿の最終日には、身内や関係者のためにステージでの発表があるらしく。少しでも人前でのステージに慣れる機会を創るというのも、BGグループエンターテイメントの練習生でのレッスン課題にもなっているようだ。
夏休みの最終日に近づいて来た頃、自宅にBGグループエンターテイメント側から、招待状が届いた。この招待状がないと入れない仕組みになっている。
「オモニ!! オッパのステージの日決まったよ!!」
「まぁ、あの子も頑張っているみたいね。その日は、ミニョもおめかししないと!!」
「わたし? だって、オッパが主役みたいなものでしょ?」
「あらっ? こういう時は、オモニに任せておきなさい」
よく分からないが、オモニは休みの日に一緒に服を買いに行こうと日程を決めて大門通りの服屋に脚を運んだ。実は、大門通りにはハルモニの店があった。小さな食堂だが、定評のある店で芸能人も隠れてテイクアウトや食べにきているらしい。オモニから聞いたのだが、スカウトしたシ・ミゲさんもハルモニの食堂の大ファンだった。わたしがハルモニから教わっている料理は、食堂のメニューも多くあった。食堂のメニューは家庭料理がメインだが、オリジナルのデザートや日本料理風のメニューが追加されたのはここ数年で。それはわたしがハルモニに日本料理を作って食べてくれた時に、韓国料理にアレンジしてみたくなったらしく一緒にメニュー作りをした。
日本ではパン屋さんに普通にあるカレーパンも、韓国にはなく。ハルモニと一緒にカレーを餡になるように工夫し生地に包み込んでパン粉をまぶしあげてカレーパン風に作った。これが、好評で持ち帰り専門メニューになった。ミゲさんも、このカレーパン風の揚げが大好きになり……ハルモニの店に足しげく通う頻度が増えたらしい。多めに買って、練習生に配って布教していると後から知った。
――ステージ発表の当日――
控室では、ジュヨンをはじめ、一緒に練習をしてきたグループは緊張していた。みな、初めてのステージとなる。ジュヨンのグループは7人グループでリーダーのグフ、メインボーカルのハル、メインダンサーのジュヨン、ラッパーのセヨンとパク、ボーカルのヘヨンとノグ。ヘヨンとセヨンは二卵性の双子。グフは最年長で、20歳。ジュヨンとパクは同い年の17歳。他は、18歳。グループ名はない。ステージでは、アルファベットで順番に呼ばれることになっている。ジュヨンのグループは、グループD。
彼らが気になっているのは、合宿中に毎晩、ジュヨンがミニョと電話していて「声を聴かないと眠れない」と言っていたのを耳にしている。相手が義妹とは知らない。声を聴かないと眠れない程の好きな相手と電話しているのか??? という、疑問符。練習中の真面目過ぎるほどの集中力や、高校の課題をやっている時の態度、メンバー同士との会話は最低限な話し方だが……電話での態度が明らかに違い過ぎて、「同一人物か?!」と言われていた。そんなことは、ジュヨンは気にしない。ミニョにステージで、見惚れて欲しいという一心なのだから……。
衣装選びに、メイク、ヘアセットも自分で少し行う。ここでのレッスン内容はダンス・ボーカル・ラップ、モデル、演技だけでなく衣装選びやメイク、ヘアセットまで学ぶ。本当にやることも学ぶべきことも多い。英語でのレッスンも練習生のレッスン段階によってはメニューに加わる。
「グフ先輩は家族が観にくるんですよね?」
「あぁ、最近やっとアボジも理解してくれて。初めて観に来る。セヨンとヘヨンは両親が来るのか?」
「僕たちの両親は仕事人間で。代わりに姉が来ます。」
「ジュヨンは?」
「ミニョ」
「…? えっと、毎晩電話してる子か? 来れるのは身内だろ?」
「ミニョは来れる。あと、ミニョのアボジも来る」
「いや、ちょっと待て!! お前、親公認の恋人が来るのか?」
「ミニョは大事だから」
「「全然話がみえない」」
ステージ準備とステージの事を考えなくてはならないのに、メンバーたちはジュヨンの発言で頭の中がミニョという女の子のことが気になって仕方がなかった。レッスン以外で、ジュヨンを夢中にさせる何かがあったのか? という不思議と。彼が大事と言った時の、あまりにも愛おしい人を想っているという表情。これがステージでペンに対してされたら……ファンダムはいちころになるのは、間違いないというくらいだった。
ミニョはオモニと選びに行ったワンピースを着た。15歳という年齢にしては、少し背伸びしたのではないか? と思ったが、メイクを軽くしたら全体のバランスもとれた。最近、短い動画の中でのヘアスタイル動画でヘアアレンジも覚えてやっているミニョは長くなったセミロングの髪をヘアゴムで三つ編みを作って中に少し束にした髪を差し入れ、流し込んだヘアスタイルを作った。さらに後ろで軽くヘアゴムで留め、髪の毛の真ん中あたりで留めた残りの髪を輪の中にくるんと回してねじるようにしてまわした。
オモニはメイクがとてもうまく、ミニョの年齢に合わせた派手過ぎない可愛らしいが少し色気も感じるものにしていた。「大丈夫よ、これでステージのみんなはミニョに釘付けになるから!!」と良く分からないことを言う。そこがオモニのヘギョンさんの面白いとこだなぁと思ったりもする。ミニョが日本人学校に馴染めなかった時も、「みんな同じじゃなくて良いのよ。ミニョはミニョなのだから。あなたには、私たちがいるわ。それに、この国があなたのもうひとつの祖国になってくれたら嬉しい」と笑顔で言い抱きしめてくれた。
母と離婚して男手1人で育ててきていた不器用で頼りなさげな父も、韓国に着てヘギョンさんと結婚する頃には不器用ながらもしっかり者の父とは言えないが父として、アボジとすんなり呼べるようになった。わたしにとって、オモニとアボジと言う呼び方はすっかり当たり前になった。
ジュヨンはオッパと思っているけど、最近は違うようにも感じている。でも、それは、今はよく分からない感情でもあった。
支度が出来た自分の姿を姿見で観た時、この姿を見たオッパが、ジュヨンがなんて言うのか? 大門通りに行ったあの日みたいに……ぼんやりと自分を見つめて、くれるのだろうか? と、淡い期待を抱いてもいた。
BGグループエンターテイメントの敷地内にあるステージホールに招待状を見せて入場した。ステージに立つ練習生の家族や、IDタグを首に下げたBG関係者やプレス関係者も居た。パウダールームに一度行き、戻る時にIDタグを首に下げたシ・ミゲさんに会った。
「久しぶりだね、ミニョちゃん。今日は随分と見違えたよ!!」
「お久しぶりです。オッパがお世話になってます」
「いや、僕もある意味お世話になってるよ」
「えっと……」
「ハルモニのところのカレー風味の揚げパン。カレー揚げパン!! アレ、君の作ったカレーというのが元みたいだね?」
「韓国にカレーパンがあるのをわたし知らなくて……日本だけだって、ハルモニに聞いて。近いものを一緒に作ったんです」
「ハルモニの食堂は、昔馴染みで大好きなんだよ。君はハルモニの料理を作れるって聞いたよ?」
「同じとは言えないですけど、良くレシピを教わったりしてつくってます。高校に入ったら、ハルモニの食堂でアルバイトしたいんです」
「そうかぁ……それはハルモニも喜ぶだろうね?」
ハルモニの話しをしている時の、ミゲさんの表情はとても明るく食堂を愛してくれているのが分かった。彼は、わたしが日本人だと知っている数少ない人でもある。6歳で韓国に着て、韓国人の女性と再婚した父が両親だが今はとても幸せだから。だから、その日のステージに脚を運んだ時、アボジが暗い表情で居たのを合流して気が付いた。わたしがミゲさんと話していた時、その姿を見ていた女性が……わたしを産んだ母だったのだから。
ステージが始まり、ライブさながらの演出に興奮した。アボジは隣の席で、落ち着かない様子だったがオモニがずっと手を握っていた。わたしの反対の隣には、ハルモニが居た。ハルモニは、ミゲさんが特別招待してくれていた。彼は、テイクアウトだけでなく、弁当注文も時折してくれていたのだ。今日は、打ち上げで食堂を貸し切りにするらしく食堂のスタッフは仕込みが終えると、別の特別招待席で観覧していた。
「つづいてのステージは、グループDです!! 曲は、BGグループエンターテイメント所属のDwaveの曲メドレー!!」
「Dwaveってなんだい? ミニョ?」
司会者が言ったグループ名を尋ねてきたハルモニに、常連客のシ・ミゲさんが所属していたグループ名だと話した。そこで初めてハルモニは、ミゲさんがアK-POPイドルだったのを初めて知った。「すごく良い常連さんで、良い男なんだよ」といつも言っていたのがミゲさんだったようで……オッパのグループのステージが始まると、そこは次元の違う空気がした。わたしでも、肌でビリビリと感じた。ジュヨンだけじゃない、他のメンバー全てが……きらきらと輝いていて、ダンスもボーカルも、ラップも全て。歌っている時の表情や仕草。会場に観に来ている人だけでなく、ステージに立っていた練習生をも巻き込んだ。
「……すごい……」
息をするのも忘れてしまったくらいに、わたしの視線はジュヨンに吸い込まれていた。心臓が高鳴って、ステージ上の彼に届いているのでは? と錯覚してしまう。
ダンスでターンをした彼が、わたしを見た。流し目をし色っぽいウィンクをし、片手で『愛してる』の指を作った。観覧席にいた、女性や関係者の女性の悲鳴が一瞬にしてでた。ゾクリと全身が泡立ち、さらにハートを射抜く仕草を向けられ座っていても震えが止まらなかった。
身体が、心が、ジュヨンに一瞬にして……奪われ去った。
グループDのステージが終わり、観客席のざわめきはしばらく続いた。わたしは、観客席にいるのもおかしくなりそうなくらいになっていてハルモニに「外の空気吸ってくるね」と言って席を立った。
会場の扉をそっと開けて出て、会場近くの休憩ロビーでジュースを買ってから座っていると、1人の女性が声を掛けてきた。
「あなた、三陽という名前かしら?」
「えっ? えっと……」
「あぁ、今はミニョだったかしら? 覚えて、ないわよね……まぁ、いいわ」
「あの、どちら様? で……?! 女優の……」
「シーっ……今はプライベートで話しをしたいの。まぁ、半分はビジネスかしら?」
「えっ? 話しがわからないのですが……」
「私が女優なのを分かっているのは助かったわ。まぁ、知らないのは、あなたの母親ということかしら? 三陽」
あまりの展開に話しが見えないし、頭も付いて行かない。日本だけでなく、世界何か国かでも活躍していて、韓国映画にもドラマにも出演している人気女優のエリ。昔、結婚して子供を産んだという噂が出てはいた。アボジが顔色が悪かったのは、この人のせい? そう思うと、腹立たしくなった。あの日、【女】として選んで家族を捨てた人が何を言い出すのか? それも、プライベートとビジネス? 何言ってるの?!
目の前にいる女性は、母親の顔ではなく、女優の顔だった。そして、女の顔だった。
わたしをじっと見て、「モデルにならない?」とさらっと言ってきた。
「なに、言って……お断りします!!」
「そんなに直ぐ断らなくても……あなた、とても良い素材なのよ? 自分では良く分かっていないと思うけど」
「わたしは……今の家族との生活が大事で、幸せなんですっ!!」
「ふーん……まぁ、私に連絡欲しかったらこの名刺渡しておくからいつでも連絡して」
「しませんっ!!」
「仕事以外でも、何かしら協力できるわよ?」
何を言っているのか分からない、何なの? 頭の中でグルグルしているのに、言うだけ言って満足した母と言った女性は振り返りざまひらひらと手を振り去って行った。その去る姿すら、映画のワンシーンのようだった。
ステージ全てが終わる前に、なんとか気持ちを落ち着かせて会場の観覧席に戻れた。ステージでは人気投票も行われた後だった。オッパのステージを観れた後だったのは幸いだった。だけど……ジュヨンへの気持ちが自分の中でなにか違っていくのを感じたのと、母と名乗った女優のエリとの事でミニョは酷く混乱していた。
自宅に帰って来て、部屋に戻ったミニョはその日、なかなか眠れなかった。浅い眠りの中で、K-POPアイドルになったオッパのジュヨンから、ポッポを……キスを唇にされた夢を観た。抱き締められながら……ジュヨンが「ミニョが大事」と。そして、エリが「これからの私の協力が必要になるわよ」とジュヨンがステージに立つ背中を見ている時に言われる夢だった。あまりにも現実的で、ミニョは怖かった。
「ありがとう、って事? かな?」
そう、首を掲げていつも考えては教室に戻っていた。
ある日、いつもの様にオッパが帰りにわたしのクラスに来るとき。オッパのクラスメイトのジグ先輩が、綺麗な先輩と有名なコ先輩と一緒に居て「今度の休み、久しぶりに大門通りに行こうぜ? あっ、妹ちゃんも一緒にどう?」と誘ってきた。クラスメイトの2人はつき合っている? 手前らしく……アプローチのためのきっかけ欲しさにジグ先輩はわたしも一緒にと声をかけたようだ。そのあたりは、わたしは何故か察した。
「いや、ミニョは……」
「オッパ、わたし大門通りに行きたいお店ある!」
「おっ、どこ?」
「えっと、コ先輩なら知ってるかも知れないです。雑貨屋のSheenyです」
「そこなら、わたし行ったことあるわよ」
「ミニョ、俺が連れて行くから……」
言いかけたジュヨンの腕を軽く引き寄せて、「オッパの友だちのジグ先輩は、コ先輩とデートしたいけどきっかけが欲しいの」とコソコソと言うと。「ミニョが良いなら、一緒に行く」と返事した。
次の休みの日、久しぶりに出かけるのと大門通りはカルチャー発信の場でもあるので、ヘギョンさんが可愛い服を今まで買ってくれたりしたのをクローゼットから一緒に選んで着た。カラーリップをして、玄関に行くとジュヨンはわたしを見てぼんやりしていた。
「オッパ? 支度できたし、早く行かないと間に合わないよ?」
「…っ!! あ、あぁ……」
あまり動揺とか、表情にださないジュヨンの顔は明らかに赤くて瞳がうろうろしてどこを見たらいいのか分からないという表情だった。「手握らないと、またはぐれる」といつものように手を握って待ち合わせのバス停に向かった。
オモニのヘギョンさんは、「いいわぁ、可愛い娘って」と言い。「あぁ、ミニョに変な虫がついたら……」とオロオロするアボジ|《お父さん》。ハルモニは、「ミニョはジュヨンとデートかい?」と。玄関を出る時に、言っているのが。ハッキリ聴こえた。
バス停に着くと、コ先輩はすごくお洒落でキレイ系と噂されているだけあって服だけでなく雰囲気も素敵で同じ女の子のわたしも見惚れるくらいだった。思わず「コ先輩、綺麗」と言うと、「ミニョの方が、可愛い」とジュヨンが真顔で言ってきた。それを聞いたコ先輩とクラスメイトのジグ先輩が顔を合わせ、「ジュヨンは本当に妹命というか……妹推しだよな」と半分呆れ顔だった。
やって来たバスはまだそれほど混んでなくて、大門通り近くのバス停で降りると休みの日はさすがに通りは人が多かった。メイン通りを中心に、雑貨屋の並ぶ通りや服屋や古着屋、コインカラオケ、ゲームセンター。食事が手ごろに出来る屋台カフェとかの並ぶ通りもある。
雑貨屋のSheenyに行きたかったのは本当だ。可愛い雑貨が沢山あると、クラスの女の子から聞いていた。
コ先輩の案内でSheenyに入ると、色んな雑貨があり目移りしそうだった。カントリー系やゴシックテイスト、色んなジャンルの雑貨だけどベースとして可愛いがある。それと、ペア雑貨もあった。そこで、オモニとアボジの2人に似合いそうなペアマグカップを見つけ買うことを決めると、ジュヨンが「誰と使うんだ?」と真剣な表情で言ってきた。プレゼントでオモニとアボジにと答えると、「俺たちも必要」と言い出し真剣にペア雑貨の中からスマホリングのペアを選んで買っていた。お互いのイニシャルをその場で彫って貰ったというリングペアを見たジグ先輩も同じことをしていた。
ジグ先輩の場合、渡すタイミングが必要だろうな……コ先輩は、少なからずジグ先輩を好意的に、いや、かなり意識していると思う。だって、お洒落の気合いが違うと思う。
買い物や屋台カフェで過ごし、ベンチでのんびりしていたら大人の洗練された格好いい男性が声を掛けてきた。
「君たち、学生かな? 僕はこういう者で……BGグループエンターテイメントで練習生を育てているんだ」
名刺を見せた男性は、すごく背が高くて練習生を育てているではなくテレビに出ているの間違いでは? と思うほどのイケメンだった。一瞬誰に言っていたのか分からないでいたら、彼は、ジュヨンに名刺を差し出していた。オッパは手で、名刺を拒否していたがわたしが「BGってあの有名K-POPグループの所属する会社だ」と言うとスマホですぐさま検索している。
わたしがテレビで「このK-POPグループすごいね?」と言ったのを覚えていたのか、そのグループの所属はBGグループエンターテイメントだった。
最初は拒否していた名刺を結局受け取り、「興味があったら練習風景を見学に着ていいから」と言って彼は去っていった。名刺に書かれていた男性の名前を見て、驚いた。有名グループに以前所属し、喉の手術を受けたが歌に大きな影響が出てダンスの講師として練習生を育てている元K-POPアイドルのシ・ミゲだった。
ジグ先輩は、コ先輩と同じ方向で帰ることになり……こっそりコ先輩に「多分、今日の帰りにジグ先輩が伝えてくれますよ」と耳打ちすると頬を染めた。コ先輩は、素敵だけどこういう可愛い表情もするんだ、と思った。これからはジグ先輩だけに見て貰って欲しい。
ジュヨンは、貰った名刺をオモニに渡すと「俺、練習風景を見に行く」と言った。オモニは、「あなたは突然何を言い出すかと思えば……まぁ、決めるなら最後までしっかり考えてからになさい」と話した。アボジは、ジュヨンを信頼していて、「君の気持ちを尊重するから」と言った。
どうして見学しに行くと言ったかは分からないけど、オッパは練習風景の見学の連絡をし……次の週には、履歴書を書いて送って面接を受けに行って……あれよあれよと、BGグループエンターテイメント所属の練習生になった。高校は卒業すること、それも、有名私立の科英高校をと交換条件に出された。それも軽くやってのけたジュヨンは、高校進学し練習生としての2足の草鞋? で忙しくなった。
中学クラスの2年のわたしは、3年からの受験で進路を考えていたが……オッパが「同じ高校をっ!!」と言って。言い張って、進学希望書に科英高校と書かれていた。書き直すための希望書も全て、貰っても書いてきたのであきらめて科英高校受験することを選んだ。
成長期のジュヨンは、1年でグングンと身長も伸び、ダンスなどのレッスンで身体も鍛えられて細身だが筋肉質になっていた。たまたまシャワーを浴びて出てきたオッパの上半身を見てしまい……不覚にも、いや、とてつもなく……ときめいた、というか。いや、17歳であの筋肉ってあり?! になっていた。腹筋がすごく鍛えられていて、いわゆるシックスパックが出来ていた。
夏休みにレッスン合宿があるため、家にいないオッパは毎日わたしに電話してきたりしていた。
「ミニョ、元気か?」
「昨日も話したよ? 変わりないよ?」
「毎日、ミニョの声聞いてないと眠れない」
「……?!……へ、変な事いうと周りに誤解されるよ?」
「眠れなくなるんだから、誤解にはならない」
変なオッパだなぁと最近思う。レッスン合宿中、科英高校の課題も行わなくてはならず。進学校でも有名で、授業も厳しいのに課題もレッスンも同様にこなしているらしい。レッスン生の合宿の最終日には、身内や関係者のためにステージでの発表があるらしく。少しでも人前でのステージに慣れる機会を創るというのも、BGグループエンターテイメントの練習生でのレッスン課題にもなっているようだ。
夏休みの最終日に近づいて来た頃、自宅にBGグループエンターテイメント側から、招待状が届いた。この招待状がないと入れない仕組みになっている。
「オモニ!! オッパのステージの日決まったよ!!」
「まぁ、あの子も頑張っているみたいね。その日は、ミニョもおめかししないと!!」
「わたし? だって、オッパが主役みたいなものでしょ?」
「あらっ? こういう時は、オモニに任せておきなさい」
よく分からないが、オモニは休みの日に一緒に服を買いに行こうと日程を決めて大門通りの服屋に脚を運んだ。実は、大門通りにはハルモニの店があった。小さな食堂だが、定評のある店で芸能人も隠れてテイクアウトや食べにきているらしい。オモニから聞いたのだが、スカウトしたシ・ミゲさんもハルモニの食堂の大ファンだった。わたしがハルモニから教わっている料理は、食堂のメニューも多くあった。食堂のメニューは家庭料理がメインだが、オリジナルのデザートや日本料理風のメニューが追加されたのはここ数年で。それはわたしがハルモニに日本料理を作って食べてくれた時に、韓国料理にアレンジしてみたくなったらしく一緒にメニュー作りをした。
日本ではパン屋さんに普通にあるカレーパンも、韓国にはなく。ハルモニと一緒にカレーを餡になるように工夫し生地に包み込んでパン粉をまぶしあげてカレーパン風に作った。これが、好評で持ち帰り専門メニューになった。ミゲさんも、このカレーパン風の揚げが大好きになり……ハルモニの店に足しげく通う頻度が増えたらしい。多めに買って、練習生に配って布教していると後から知った。
――ステージ発表の当日――
控室では、ジュヨンをはじめ、一緒に練習をしてきたグループは緊張していた。みな、初めてのステージとなる。ジュヨンのグループは7人グループでリーダーのグフ、メインボーカルのハル、メインダンサーのジュヨン、ラッパーのセヨンとパク、ボーカルのヘヨンとノグ。ヘヨンとセヨンは二卵性の双子。グフは最年長で、20歳。ジュヨンとパクは同い年の17歳。他は、18歳。グループ名はない。ステージでは、アルファベットで順番に呼ばれることになっている。ジュヨンのグループは、グループD。
彼らが気になっているのは、合宿中に毎晩、ジュヨンがミニョと電話していて「声を聴かないと眠れない」と言っていたのを耳にしている。相手が義妹とは知らない。声を聴かないと眠れない程の好きな相手と電話しているのか??? という、疑問符。練習中の真面目過ぎるほどの集中力や、高校の課題をやっている時の態度、メンバー同士との会話は最低限な話し方だが……電話での態度が明らかに違い過ぎて、「同一人物か?!」と言われていた。そんなことは、ジュヨンは気にしない。ミニョにステージで、見惚れて欲しいという一心なのだから……。
衣装選びに、メイク、ヘアセットも自分で少し行う。ここでのレッスン内容はダンス・ボーカル・ラップ、モデル、演技だけでなく衣装選びやメイク、ヘアセットまで学ぶ。本当にやることも学ぶべきことも多い。英語でのレッスンも練習生のレッスン段階によってはメニューに加わる。
「グフ先輩は家族が観にくるんですよね?」
「あぁ、最近やっとアボジも理解してくれて。初めて観に来る。セヨンとヘヨンは両親が来るのか?」
「僕たちの両親は仕事人間で。代わりに姉が来ます。」
「ジュヨンは?」
「ミニョ」
「…? えっと、毎晩電話してる子か? 来れるのは身内だろ?」
「ミニョは来れる。あと、ミニョのアボジも来る」
「いや、ちょっと待て!! お前、親公認の恋人が来るのか?」
「ミニョは大事だから」
「「全然話がみえない」」
ステージ準備とステージの事を考えなくてはならないのに、メンバーたちはジュヨンの発言で頭の中がミニョという女の子のことが気になって仕方がなかった。レッスン以外で、ジュヨンを夢中にさせる何かがあったのか? という不思議と。彼が大事と言った時の、あまりにも愛おしい人を想っているという表情。これがステージでペンに対してされたら……ファンダムはいちころになるのは、間違いないというくらいだった。
ミニョはオモニと選びに行ったワンピースを着た。15歳という年齢にしては、少し背伸びしたのではないか? と思ったが、メイクを軽くしたら全体のバランスもとれた。最近、短い動画の中でのヘアスタイル動画でヘアアレンジも覚えてやっているミニョは長くなったセミロングの髪をヘアゴムで三つ編みを作って中に少し束にした髪を差し入れ、流し込んだヘアスタイルを作った。さらに後ろで軽くヘアゴムで留め、髪の毛の真ん中あたりで留めた残りの髪を輪の中にくるんと回してねじるようにしてまわした。
オモニはメイクがとてもうまく、ミニョの年齢に合わせた派手過ぎない可愛らしいが少し色気も感じるものにしていた。「大丈夫よ、これでステージのみんなはミニョに釘付けになるから!!」と良く分からないことを言う。そこがオモニのヘギョンさんの面白いとこだなぁと思ったりもする。ミニョが日本人学校に馴染めなかった時も、「みんな同じじゃなくて良いのよ。ミニョはミニョなのだから。あなたには、私たちがいるわ。それに、この国があなたのもうひとつの祖国になってくれたら嬉しい」と笑顔で言い抱きしめてくれた。
母と離婚して男手1人で育ててきていた不器用で頼りなさげな父も、韓国に着てヘギョンさんと結婚する頃には不器用ながらもしっかり者の父とは言えないが父として、アボジとすんなり呼べるようになった。わたしにとって、オモニとアボジと言う呼び方はすっかり当たり前になった。
ジュヨンはオッパと思っているけど、最近は違うようにも感じている。でも、それは、今はよく分からない感情でもあった。
支度が出来た自分の姿を姿見で観た時、この姿を見たオッパが、ジュヨンがなんて言うのか? 大門通りに行ったあの日みたいに……ぼんやりと自分を見つめて、くれるのだろうか? と、淡い期待を抱いてもいた。
BGグループエンターテイメントの敷地内にあるステージホールに招待状を見せて入場した。ステージに立つ練習生の家族や、IDタグを首に下げたBG関係者やプレス関係者も居た。パウダールームに一度行き、戻る時にIDタグを首に下げたシ・ミゲさんに会った。
「久しぶりだね、ミニョちゃん。今日は随分と見違えたよ!!」
「お久しぶりです。オッパがお世話になってます」
「いや、僕もある意味お世話になってるよ」
「えっと……」
「ハルモニのところのカレー風味の揚げパン。カレー揚げパン!! アレ、君の作ったカレーというのが元みたいだね?」
「韓国にカレーパンがあるのをわたし知らなくて……日本だけだって、ハルモニに聞いて。近いものを一緒に作ったんです」
「ハルモニの食堂は、昔馴染みで大好きなんだよ。君はハルモニの料理を作れるって聞いたよ?」
「同じとは言えないですけど、良くレシピを教わったりしてつくってます。高校に入ったら、ハルモニの食堂でアルバイトしたいんです」
「そうかぁ……それはハルモニも喜ぶだろうね?」
ハルモニの話しをしている時の、ミゲさんの表情はとても明るく食堂を愛してくれているのが分かった。彼は、わたしが日本人だと知っている数少ない人でもある。6歳で韓国に着て、韓国人の女性と再婚した父が両親だが今はとても幸せだから。だから、その日のステージに脚を運んだ時、アボジが暗い表情で居たのを合流して気が付いた。わたしがミゲさんと話していた時、その姿を見ていた女性が……わたしを産んだ母だったのだから。
ステージが始まり、ライブさながらの演出に興奮した。アボジは隣の席で、落ち着かない様子だったがオモニがずっと手を握っていた。わたしの反対の隣には、ハルモニが居た。ハルモニは、ミゲさんが特別招待してくれていた。彼は、テイクアウトだけでなく、弁当注文も時折してくれていたのだ。今日は、打ち上げで食堂を貸し切りにするらしく食堂のスタッフは仕込みが終えると、別の特別招待席で観覧していた。
「つづいてのステージは、グループDです!! 曲は、BGグループエンターテイメント所属のDwaveの曲メドレー!!」
「Dwaveってなんだい? ミニョ?」
司会者が言ったグループ名を尋ねてきたハルモニに、常連客のシ・ミゲさんが所属していたグループ名だと話した。そこで初めてハルモニは、ミゲさんがアK-POPイドルだったのを初めて知った。「すごく良い常連さんで、良い男なんだよ」といつも言っていたのがミゲさんだったようで……オッパのグループのステージが始まると、そこは次元の違う空気がした。わたしでも、肌でビリビリと感じた。ジュヨンだけじゃない、他のメンバー全てが……きらきらと輝いていて、ダンスもボーカルも、ラップも全て。歌っている時の表情や仕草。会場に観に来ている人だけでなく、ステージに立っていた練習生をも巻き込んだ。
「……すごい……」
息をするのも忘れてしまったくらいに、わたしの視線はジュヨンに吸い込まれていた。心臓が高鳴って、ステージ上の彼に届いているのでは? と錯覚してしまう。
ダンスでターンをした彼が、わたしを見た。流し目をし色っぽいウィンクをし、片手で『愛してる』の指を作った。観覧席にいた、女性や関係者の女性の悲鳴が一瞬にしてでた。ゾクリと全身が泡立ち、さらにハートを射抜く仕草を向けられ座っていても震えが止まらなかった。
身体が、心が、ジュヨンに一瞬にして……奪われ去った。
グループDのステージが終わり、観客席のざわめきはしばらく続いた。わたしは、観客席にいるのもおかしくなりそうなくらいになっていてハルモニに「外の空気吸ってくるね」と言って席を立った。
会場の扉をそっと開けて出て、会場近くの休憩ロビーでジュースを買ってから座っていると、1人の女性が声を掛けてきた。
「あなた、三陽という名前かしら?」
「えっ? えっと……」
「あぁ、今はミニョだったかしら? 覚えて、ないわよね……まぁ、いいわ」
「あの、どちら様? で……?! 女優の……」
「シーっ……今はプライベートで話しをしたいの。まぁ、半分はビジネスかしら?」
「えっ? 話しがわからないのですが……」
「私が女優なのを分かっているのは助かったわ。まぁ、知らないのは、あなたの母親ということかしら? 三陽」
あまりの展開に話しが見えないし、頭も付いて行かない。日本だけでなく、世界何か国かでも活躍していて、韓国映画にもドラマにも出演している人気女優のエリ。昔、結婚して子供を産んだという噂が出てはいた。アボジが顔色が悪かったのは、この人のせい? そう思うと、腹立たしくなった。あの日、【女】として選んで家族を捨てた人が何を言い出すのか? それも、プライベートとビジネス? 何言ってるの?!
目の前にいる女性は、母親の顔ではなく、女優の顔だった。そして、女の顔だった。
わたしをじっと見て、「モデルにならない?」とさらっと言ってきた。
「なに、言って……お断りします!!」
「そんなに直ぐ断らなくても……あなた、とても良い素材なのよ? 自分では良く分かっていないと思うけど」
「わたしは……今の家族との生活が大事で、幸せなんですっ!!」
「ふーん……まぁ、私に連絡欲しかったらこの名刺渡しておくからいつでも連絡して」
「しませんっ!!」
「仕事以外でも、何かしら協力できるわよ?」
何を言っているのか分からない、何なの? 頭の中でグルグルしているのに、言うだけ言って満足した母と言った女性は振り返りざまひらひらと手を振り去って行った。その去る姿すら、映画のワンシーンのようだった。
ステージ全てが終わる前に、なんとか気持ちを落ち着かせて会場の観覧席に戻れた。ステージでは人気投票も行われた後だった。オッパのステージを観れた後だったのは幸いだった。だけど……ジュヨンへの気持ちが自分の中でなにか違っていくのを感じたのと、母と名乗った女優のエリとの事でミニョは酷く混乱していた。
自宅に帰って来て、部屋に戻ったミニョはその日、なかなか眠れなかった。浅い眠りの中で、K-POPアイドルになったオッパのジュヨンから、ポッポを……キスを唇にされた夢を観た。抱き締められながら……ジュヨンが「ミニョが大事」と。そして、エリが「これからの私の協力が必要になるわよ」とジュヨンがステージに立つ背中を見ている時に言われる夢だった。あまりにも現実的で、ミニョは怖かった。
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