初めまして悪役様、貴方が好きです!

蓮条緋月

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1話 兄弟喧嘩したら、前世の記憶が戻りました!?

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「いい加減にしろこの愚弟!!!」

 そんな言葉と共に俺の頬に重い拳がぶつかり体が吹っ飛ぶ。……よくもやってくれたな。

「んの! クソ兄が!!!」

 すぐさま体を起こし俺も殴り返す。
 俺たちはすでにかれこれ一時間以上もこの状態だ。原因は端から見ればものすごくくだらないこと。俺がコツコツためていたコレクションを間違ってこのクソ兄がぶっ壊しちゃったことだ。そりゃ人からすればくだらないことだろうが俺からすれば一大事だ。それをこの兄に訴えたら石ころ如きに現を抜かす暇があるのなら少しは兄の役に立て出来損ない。だとよ。この言葉にプッツンこない菩薩がいるのなら会ってみたいものですね!!! 第一俺のはただのコレクションじゃないんだがそれをいくら訴えても聞く耳持たず。まじでふざけんなよクソ脳筋が!!! そんなんだから帝国が攻めてきたときに何の対策も立てられずにあっさり首落とされるんだろ…う……が…………? あれ? 俺今何考えた? なんで帝国が攻めてくるって思った? なんでクソ兄の首が落とされるってわかった…………いや、わかったんじゃない。俺は…………知っている。そうだ、俺は知っているんだ。俺は

「お、もい、だした…………」

 突然呆然とした俺に愚兄は訝しみと嘲りの眼差しを向ける。

「いきなりどうした? 大人しく私の手駒になる気が起きたか? 毎度毎度私に逆らい続けていた出来損ないが。まあもっともしばらくはお仕置きが必要だがな。二度と私に逆らわないようにしてやろ」
「うっせえボケ!!!」
 
 こっちは今それどころじゃねえんだよ。あああ~~~~~頭おかしくなりそうだ。クソ兄をぶん殴ったおかげでちったあマシになったっぽいが頭ガンガンする。だけどなにか意味不明なことほざいてやがるイカレ野郎の前でぶっ倒れるわけにはいかない。一度この部屋…………というよりこの屋敷から出よう。でもその前に。

「ぐあっ……!」

 再び起き上がろうとしていたクソ兄の顔面に一発。てめえが元気だと俺が落ち着けねえんだよ。俺が戻ってくるまで大人しく寝とけやクソガキ。

「ぐっ……貴様ぁ、よくもこの私に……覚えておけよ」

 部屋を出る直前に三流悪党らしきセリフが聴こえた気がするがそんなものに構っている余裕はない。ぼろっぼろのふらっふらになりながら俺は外へと出ていった。

…………

……



はどこにでもいる普通の社会人一年目のペーペーだった。仕事帰りに書店へより大好きな作家の新作を購入してうっきうきで本棚を横切ったときめっちゃでっかい地震に襲われた。そんな状況で本棚の前にいるとどうなるかわかるよね。あっという間に俺は降ってきた大量の本の下敷きになった。当たり所が悪かったらしく自分でもこれ死ぬわって思ったよ。そしてその時俺はこう言った。

「本望~~~~~!!!!!」

 それが俺の人生最後のセリフである。

…………

……



「うん、すっげ~アホな死に方だわ。地震はしゃーない。本に潰されたのも自業自得。だけど最期のセリフはあかんわ。何最期に黒歴史作ってんだよ」

 俺のセリフを聞いた周囲の人々はどんな感情になったんだろうか。絶対変な奴と思われたに違いない。だってあの状況で「本望~~~~~!!!!!」なんて聞こえてきてビビらない奴がいたらそいつはとんでもないほど強靭な精神を持っているか感性がイカレている奴だと思う。もしあの場に会社の人とかいたら俺羞恥で死ねる。あ、もう死んでたわ。
 ……俺の最大の黒歴史は置いておいて。え? 置いておくな? 喧しいわ。過去のことより今でしょ! 状況判断間違えちゃダメ!
 ……で、だ。俺はこの世界を知っている。ここはとあるファンタジー小説の世界だ。結構長編でアニメは前十期まで。書籍も漫画も番外編も全部持っていたしグッズもめっちゃ買っていたくらいには大好きだったもの。俺はその作品に出てくるヴァイス子爵家の次男で先月子爵位を継いだ愚兄の弟イーリス・ヴァイスとして生まれた。このヴァイス家というのはモブ中のモブで作品の序盤に二、三行ちろっと出てくる程度の存在でしかない。帝国が侵略してきたときに何の抵抗もできずあっさり領主とその弟は首を刎ねられそのまま領地を焼かれた、という記載があるくらいしか出番がない。つまり何が言いたいかというといようがいまいが物語には一切支障がない存在ということだ。帝国がいかに残酷かということを示すためだけの存在でしかない。なんということでしょう。俺はこのままいけば物語のようにあっさりと首ちょんばされる運命というわけだ! ……めっちゃピンチじゃん。どうしよう。

「はあ……でも首を刎ねられるのも仕方ないというか、自業自得なんだよな……」

 周囲を見渡せば昼間だというのに不自然なほど静かな領地には人が一人も歩いていない。領主館のお膝元だというのに俺が出てきた途端みんな室内に籠ってしまった。しかも窓まで閉める徹底ぶり。だけどその向こうからは強い憎悪がひしひしと伝わってくる。この対応からもわかる通りヴァイス家は領民からめちゃくちゃ恨まれているのだ。高い税に領民を奴隷としか思っていない領主、貧しい土地。これで恨むなってほうがどうかしている。だけどこんな状況なのはなにもここだけじゃない。他の領地もだいたいこんな感じなんだ。もちろんまともな領地も存在しないわけではないがそんなところは圧倒的に少ない。民も国も……疲弊しきっている。そんな現状を好機と思った帝国が攻め入ってきて国はさらに荒れる。小説はそんな現状に立ち上がった主人公が仲間と共に国を立て直していく物語だ。
 俺も馬鹿兄も生きているということは時間軸は原作前のはずだ。ヴァイス家が滅ぶのは原作が始まった直後だから。
 ……で、俺もこんなところで死ぬのは当然ごめん被るわけでして。だからと言って前世社会人一年目のぺーぺーでしかも政治やら経済やらを専攻していたわけでもないただの一般人Aにできることってな~に? って話になるわけなんだけど。…………問題が山積みだよぉ~~~……。通常は原作の知識があるからそれをフル活用して死亡フラグを回避っていう王道ルートに入るか一旦逃げて他国の人間に気に入られて国に対してざまぁするかの二択になると思うんだけど……今の俺にはどっちの選択もアウトな気がするんだよな。別にそんな賢くないし。領地経営でさえもこの有様なのに国政とか無理。他国の人間に取り入るにも伝手なんかないし、下手したらその場でご臨終なんてことにもなりかねない。領民には嫌われ、兄は俺を使い捨ての駒としか見ていない上に兄や父の悪事が全部俺に押し付けられている状態だ。何とか民のためにお金を工面しようと努力していたけどついさっきその努力の結晶たちは兄によって粉砕されてしまった。
 結論、詰み。

「はあ~~~~~…………」
 
 マジでどうしよう俺。必死に頭を動かしても良い案なんか浮かぶわけもなく、人気のない町をふらふらと彷徨い歩いているといつの間にか領地境の森までやってきていた。原作が始まればこの森を使って帝国が攻めてくる。原作はクソ兄が爵位を継いでからわずか二か月後だ。つまりあと一か月で原作が始まる。

「あ゛あ゛あ゛~~~~~もう腹立つ~~~~~!!!!!」

 人がいない森の中。ため込んだ怒りを発散させるのにここ以上の場所はない。俺の叫び声に驚いて鳥たちが一斉に飛び立ったけどごめんよ! 君たちのことを考える余裕はないんだっ!
 それから数分後、めっちゃくちゃでかい声で馬鹿兄への悪口を吐いて吐いて吐きまくった俺。ちょっと満足したのでクソ兄に壊されて一からやり直しになったアレの材料を集めるべく川原に行こうとしたところで——俺の首に一切の音を立てることなく冷たく無機質な何かが突きつけられた。…………え? 

「動くな」

 低い低い冷たい声。ピリピリと張りつめて息をすることすら許されないほどの空気。それが殺気だと平凡に生きてきた俺でさえも理解できた。本能が警告している。——下手に動いたら殺される、と。

「そのまま俺の質問に答えろ。お前はイーリス・ヴァイスか?」
「……はい」

 めっちゃくっちゃに声が震えている。なんで俺がこんな目に遭ってんの? 俺何か……してたけど、少なくとも見ず知らずの人間に剣を突きつけられるようなことはしていないはずだ。それなのにこんな殺気を向けられるなんてさすがに理不尽にもほどがある。……ていうかこの声、どこかで聞いたことあるような?

「そうか。ならば今ここで死んでもらう」

 …………え? 待って? この声ってまさか…………。

「…………あなたは帝国の人間ですか?」
「そうだと言ったら? 命乞いでもするか?」
「……いいえ。ですが、ひとつ教えていただいても? どうせ死んでしまうのですから一つくらいお答えいただいたところでたいして変わらないと思います」

 背後にいるは無言のまましばし考えていたようだがやがて嘲笑した。

「いいだろう。何が知りたい?」
「あなたのお名前を教えていただきたいです。せめてものお慈悲に」

 声が震えている。だけど聞かずにはいられなかった。だってだって…………

「レグン・イル・タエヴァスだ」

 ……………………まじか。
 その名前を脳が認識した瞬間。俺は剣を突きつけられていることもその場の空気すら忘れて振り返り、叫んだ。

「初めまして悪役様! 貴方が好きです!!!!!」
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