おまけ娘の異世界チート生活〜君がいるこの世界を愛し続ける〜

蓮条緋月

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壱 出会いの章

59話 魔物暴走

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 緋夜とアードが部屋に戻ろうと動いた時、突如凄まじい地響きと共に獣の咆哮が耳を貫いた。
 拍子によろけた緋夜をアードが抱き止める。

「ありがとうアード。ねえ、この声って……」
「……うん。魔物暴走スタンピードが始まった」
「……時間も関係ないなら確かに寝てられないわ」
「むしろ魔物暴走スタンピードは夜に起こりやすいよ」
「……なんで?」
「理由は解明されていない」
「そうなの?」
「うん。でもいつに起こるのか目安があるだけでも対策しやすくなるから、特にみんな気にしていない」
「根幹を突き止めればもっとやりやすくなると思うんだけどな……」
「そういうことは研究機関に言うべきでしょ」
「嫌だ」
「なにそれ……まあいいや。とりあえず部屋に行かずに外に行こう。多分もう集まっていると思うから」
「わかった」

 屋根から降りようと一歩踏み出した緋夜の腕を突然アードが掴んだ。

「! どうしたの?」
「このまま地上まで降りるから僕に掴まってよ」
「一人でも大丈夫だけど……」
「いいから。こういう時はもう少し男を頼って」

 そう言ってそのまま緋夜を横抱きにした。唐突な出来事に緋夜は盛大に戸惑う。

「ちょっ……!? いきなりなにを……!」
「あはは、珍しいな、君がこんなに取り乱すなんて。やっぱり男慣れしていないでしょ」
「別にそんなことは……」
「はいはい。危ないから掴まっておいて」
「……魔法で手伝おうか?」
「大丈夫だよ。君は落ちないようにすることだけ考えていなさい」
「落とす気?」
「どうだろうね……?」

 揶揄うように笑いながらアードは緋夜を抱え直すとそのまま飛び降りた。緋夜は魔法で援護しようとする間もなく、地面に着地する。
 あまりの事態に緋夜は思わずアードを見る。視線を受けた本人はなんら変わらず笑っていた。

「怪我はない?」
「うん。アードは怪我していないの? あの高さから魔法も使わずに飛び降りて」
「平気だよ。いつものことだし、この程度の高さで怪我なんて僕の矜持が許さない」
「……矜持、ね」
「? 何か言った?」
「なんでもないよ」

 あっさりと流され、なんとなく聞く気を損ねられた緋夜は渋々口を噤む。しかし、ほんの僅かに残った違和感は拭えなかった。

「僕のことよりもまずは魔物暴走スタンピードをどうにかする方が先だよ。終わってからならいくらでも質問に答えるから」
「……わかった。楽しみにしてる」

 煮え切らない思いを抱えながらも緋夜はガイたちの元へと急いだ。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 地鳴りと咆哮が轟いた直後、砦内にいた者たちは一斉に外へと飛び出し、声の方を鋭く睨んだ。その中にはガイとメディセインの姿もある。

「ついに始まりましたね」
「ああ。まあ今回のはさほどデカくねえっつってたしそこまで焦る必要はないだろうが」
「しかしヒヨさんのこともあります。できるだけさっさと片付けたいものです」
「……だな」
「彼女、大丈夫でしょうか? だいぶ落ち込んでいるご様子でしたが」
「……あいつはそこまで弱くねえよ」

(あいつの性格的に下手に気遣う方が嫌がるだろうしな)

 一見冷たく聞こえるセリフをこぼしたガイにメディセインは苦笑を返す。それが気に入らなかったのか、ガイはメディセインを少しばかり睨む。

「なんですその目は。何か気に触ることでも?」
「……別に」
「ガイさんって肝心なところで素直になれませんよね」
「やかましい」

 仏頂面で文句を言うガイに堪えきれなくなったメディセインは遂に吹き出した。

「……おい」
「そんなに睨まないでくださいよ。あーあ、ここにヒヨさんがいれば面白いことになったのに」
「……お前な」
「なんの話?」

 今度こそメディセインを黙らせようと思い口を開いたガイは背後から響いた声に声を止めた。そこには予想通りの人物が立っており、ガイだけでなく、メディセインも近くに寄っていく。

「ヒヨさん!? あなたこんなところでなにを」
「なんで出てきた?」

 本来は休んでいるはずの緋夜の姿にガイとアードは驚きを隠せない。

「なんでって……そりゃあ、あんなに大きな地鳴りと声が轟いたら、何事かってなるでしょ」
「それはそうですが……」
「腕は平気なのか?」
「うん。まだ大丈夫だよ。ひどくなったらちゃんと言うから」
「本当だろうな」

 さらに詰め寄るガイにそれまで黙っていたアードが割って入る。

「はいはい、2人ともヒヨが心配なのは判るけど落ち着いて。女性相手にあんまり詰め寄ったらダメだよ」
 
 アードの静止にガイは気まずそうに視線を逸らす。そんなガイに緋夜思わずクスリと笑った。

「……なんだ?」
「ううん、なんでもない」
「……なんなんだお前まで」
「までって?」
「なんでもねえよ」
「?」

 バツの悪そうな表情で頭を掻くガイの姿に緋夜は首を傾げる。その横で視線が合ったメディセインとアードは気づかれない程度に笑っていた。
 ある意味いつも通りのやりとりをしている4人の耳にファスの鋭い声が響く。

「皆さま、これより作戦を開始します。各自持ち場に移動し、打ち合わせの通りに行動をお願いします。それでは、作戦開始っ!」
『おおー!!!!!』 

 魔物暴走スタンピード攻略作戦、開始。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 緋夜たちは事前の打ち合わせ通り、砦の屋上へとやってきた。月のない夜にも関わらず遠くまでよく見える。森の奥で何かが大量に蠢いているそれは空気を揺らしながら確実に移動していた。

「うわ~結構な大群じゃん。あれで小規模とかマジなの?」
「ああ。あの程度ならだいぶ小さい部類になる。本当は四国もいらないんだよ」
「それは各国とも判っていたことだよね?」
「だろうな」
「それなのにセフィロスにまで要請を出したの?」
「そこはあの騎士団長に聞けよ。よっぽど国の内部に関わるような内容でない限りは隠したりしねえだろ」
「そうかな……」
「何か気のなることでも?」

 首を捻る緋夜にメディセインも声をかけた。彼自身も内心では緋夜と同じ疑問を抱いていたので、疑問のすり合わせの意味合いもあるのかもしれない。

「ちょっとね。予測が完璧に当たるわけではないから念を入れて声をかける可能性もあるっちゃあるけど、わざわざ聖女を連れてきてまで参加することかなって」
「彼女の実践練習のためでは?」
「でも、いくら実践練習でもいきなりこんな大舞台に立たせる必要ある? しかも魔法のない世界からってことは魔物なんかいないんじゃない? それなのにいきなり前線に立てってだいぶスパルタな気がするんだけど」
「確かにな……」

 緋夜の言葉に他の三人も考え込む。こんな状況で別のことに思考を飛ばせるあたり、もはやさすがとしか言いようがない。少なくとも近しいところに他の人がいなかったことが幸いだった。でなければ真っ先に突っ込まれていたことだろう。

「もしかしたらセフィロスへの声がけの目的は魔物暴走スタンピードじゃないのかもしれない」
「……そっちが建前ってこと?」
「その可能性もあるってだけで確証があるわけではないけどね」

 アードの発言に緋夜たちも納得の表情を浮かべた。考えられない内容ではない。むしろそっちが正しいようにも思えてくる。

「ではセフィロスはネモフィラの思惑に便乗して、聖女に実践経験を積ませようと企んだということも考えられますね」
「ああ……」

 納得はできるが緋夜個人としてはあまり面白い話ではない。自衛手段を強めるという点においてはこれ以上ないほどの舞台だろうが、あまり彼女に血生臭い光景は出来るだけ見ないでもらいたかった。

(まあ、今更私が言ったところでって感じだけど)

 緋夜は自嘲気味に苦笑し、密かに拳を握った。
 その時。

 グオオオオッッッ!!!!!

 悲鳴のような雄叫びと共に土砂が崩れる音が響き、緋夜たちは森へと視線を戻した。

「あ、発動したっぽい」
「ゴブリンやオークどもがかなりの数沈んだな」
「……解説どうも」
「相変わらず、どんな視力をしていらっしゃるのでしょうね」
「本当だよね」
「……言ってろよ」

 どうやら緋夜の作戦の一つがひとまずの成功を収めたらしく、最前線にいた魔物の顔ぶれが変わっていた。

「そろそろ第二段階に入るんじゃない?」
「ああ、多分ーー」

 ドオオォン!!!!!

 ガイが言い終わる前に地鳴りとは別の轟音が空気を揺らしたーー。

 

 



 

 
 
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