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壱 出会いの章

55話 暴走の予兆と悪夢

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 ドオオオオオォォォン!!!!!

「な、何? 地震……ではないよね」
「これは……」
「早いな……」

 突然の底から押し上げるような揺れはすぐに収まり、咄嗟に机に掴まっていた緋夜はガイたちの会話に首を傾げる。
 
「収まった……この揺れってなんなの?」
「暴走の予兆だよ」
「暴走の予兆……って…………あ」

(思い出した。この世界の常識の講義をしてくれていた時にレオンハルトさんが言っていた)

 魔物の急激な発生により大地が魔力の増幅に耐えられず発散しようと暴発する。その暴発は 必ず魔物暴走スタンピードの起こる三日以内に発生することから、地面から突き上げるような揺れは暴走の予兆として警戒しているのだと。

「予想よりも早いね。もう少し先だと思っていたんだけど」
「これでは、他の方たちの到着を待たずに戦闘が始まる可能性が高くなりましたね」
「とりあえず独断で動くわけにもいかないから、ファスさんに指示を仰ごう。多分作戦の前倒しになると思うけど」
「現段階ではそれが最善ですね。今私たちは彼らの指揮下にありますから」

 メディセインの言葉に満場一致で頷くとタイミングよくノックが響いた。

「はい」
「失礼します。団長より、緊急会議を行うので集合してほしいとのことです」
「わかりました」

 部屋に伝達に来た騎士の後に続いて緋夜たちも部屋を出て会議室へ向かう。

「お連れいたしました」
「ありがとうございます。統星の傍星すまる かたぼし並びに煽動の鷹の皆様に置かれましては何度も呼び出して申し訳ありません」
「気にしないでください。それよりもさっきの揺れの方が優先ですからね」
「ご理解に感謝いたします」

 ファスはやや険しい顔で周囲を見渡すと重く口を開いた。

「既にご存知とは思いますが、つい先ほど暴走の予兆とされる揺れが起こり、魔導師に調べさせたところ、魔力の大幅な増幅が確認されました。おそらく三日以内に暴走が起こるでしょう」

 冷静に状況説明をするファスに室内の空気は一気に張り詰める。魔物暴走スタンピードは決して楽観視できる問題ではない。下手をすれば国家滅亡にもなりかねないほどの災厄だ。

「思っていたよりも早いですね。三日以内ということは他の戦力が間に合わない可能性が高くなります」
「おそらく間に合わないでしょう。ですが、魔力の増幅が確認された場所はシネラとネモフィラの間にある森ですから状況によっては二箇所から対応することができます」

 味方戦力が分断されるとはいえ、二方向から攻撃をすれば一箇所からよりは効率よく削ることができ、取り残しのリスクも幾分か下がる。
 デメリットはあるものの、どうせ間に合わないのであればいっそ二方向からの攻撃ということでまとめてしまった方がいいだろう。

「下手に合流を選んで味方が中途半端に分断されてしまうよりは初めから二箇所での攻撃に切り替えた方がいいかと」

 緋夜の言葉に周囲は納得するように頷く。余計なリスクは減らすに限るのだ。
 最悪なのは聖女が魔物集団のど真ん中で孤立してしまうことだ。
 緋夜は彼女が命懸けの戦闘に慣れていないことに加え、現代日本において目の前で凄惨な光景が広がることはまずないことを知っているため、戦場で孤立した場合は真っ先に死ぬ確率が極めて高い。
 同郷としてそれだけはなんとか避けたいと思っていた。
 あの国の騎士たちがどこまでの実力かは知らないが、勝手に召喚しただけの責任程度は最低限果たしてもらいたい。
 
「作戦は前倒しで行い、いつ暴走が始まっても対応できるよう、少しでも対策を進めます。休む間もなく申し訳ありませんが、ご協力をよろしくお願いします」
『はい』

 短い話し合いを終え、先程の打ち合わせ通りにそれぞれ動き出す。
 緋夜は部屋に戻ってもう一度筆を取り暴走の予兆の発生に伴う作戦の前倒しといくつかの変更点を記し、再び送った後一足先に外へ出ていたガイたちと合流する。

「お待たせ」
「いいえ、それよりもこれからは眠れなくなりそうですね」
「いつ起きるかわからねえからな」
「急いで準備を終わらせるか、交代で仮眠を取るかして体力を温存した方がいいね。戦いが始まれば、終わるまでは休めないだろうし」
「それがいいよ。私はともかく、みんなは武器を使うから体力の消耗が激しいと思うから」
「魔法使いでもぶっ通しだと気力がもたねえだろ。魔力はポーションでなんとかなるが、集中力は別物だ」
「うん、ありがとう。それじゃあ交代で仮眠を取ろう。まずは……」
「お前が先に休め」

 即座にガイが口を出した。野宿の際もほとんど最初に休んでいたため、働くつもりでいた緋夜は目を瞬かせる。

「でも……」
「お先に休んでください。各先駆け人のリーダーには報告書以外にも個々の仕事が入ることがあります。それに対応するためにも多めの休憩は必要ですよ」
「僕たちなら大丈夫だから、ね」

 男三人に諭された緋夜は思うところはあるものの、先駆け人の仕事は事前に説明を受けていたため、自分を納得させて先に休むことに。

「ありがとう、出来るだけすぐ戻るよ」
「おう」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

 就寝の挨拶をして元来た道を戻っていく。

 緋夜の姿が完全に消えた瞬間、ガイ、メディセイン、アードは揃って笑みを消し、上の方へと鋭い視線を向けて、冷たい声を発したーー


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 部屋に戻りベッドへ入った緋夜は天井を見ながらぼんやりと考え事を始めた。
 聖女が来るという情報がもたらされた時、内心では最悪の気分だった。
 できれば彼女には血生臭い光景を見てほしくはない。
 もちろんそれが個人の我儘であることは緋夜も判っている。
 本来ならこの世界のことはこの世界の住人たちで片付けなければいけないことのはずの事態に、全く無関係の人間を巻き込むのは愚かだろう。
 それなのにそこに気づきもしないで冷遇するような連中を助けてあげる道理はない。
 ……もしかしたら冷遇されていたのは彼女ーー二条巴の方だったかもしれないのだから。
 セフィロスを出てから緋夜は密かに巴と手紙のやり取りを行なっていた。
 文面上は元気そうだが、セフィロスの上層部への信用が皆無な緋夜はずっと気になっていた。
 よって今回の討伐に参加するという話を聞いて、遠目からでも会えるならと喜んでいたのも事実だ。
 しかし無事を確認できる喜び以上に不安が募る。

(どうにか人目を忍んで、直接話せればいいんだけど……)

 巴を接触する算段を立てているうちに緋夜はいつの間にか夢路を辿っていたーー

…………

……



 緋夜はどこか知らない場所に立っていた。
 空気が澱み、微かに血の気配漂うその場所はどこか異質で唯一出入り口だと思われる扉は魔力を纏わせている。

ーーなにここ。

 戸惑いながらも周囲に視線を向けると部屋の奥の壁に何かが二つもたれかかっているのがうっすらと見えた。

ーー……人?

 警戒しながらもゆっくりと近づいていくと人であることがわかるが、どこかおかしい。
 さらに近づいて緋夜は目を見開く。
 もたれかかっている二人は、つい最近シネラで断罪した存在モルドール元侯爵とその娘ミラノだった。

ーーなんでこんなところに。

 戸惑い、疑問を抱いていた緋夜は俯いていた緋夜と目が合った。
 直後ーー

ーー許さない、許さない、許さない……アノ女。

 悍ましいほど恨みの篭った声でぶつぶつと怨言を吐き出しながら這うように緋夜に向かってきた。
 そんな状況で緋夜は違和感を募らせる。
 ずっとよくない気配が漂っているのを感じていた。
 注意深く見ていると微弱だが禍々しい魔力の気配があった。

ーー(なに、この魔力は……)

 警戒を高めながら観察している間にもミラノは床を這い、そして。

ーーなっ!?

 緋夜の足を思い切り掴んだ。
 衰弱しているとは思えないほどの力に緋夜は思わず顔を顰める。

ーー許さない、ゆるさない、ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!!
 
 壊れたように同じ言葉を繰り返し、足首を掴んでいた手は次第に脹脛、手首、二の腕へと移りやがて首へと伸びてきた。
 痛みに耐えながらどうにか振り払うと同時に景色が変わり、気がつくと緋夜は眼下に森が広がる上空にいた。

ーー……は?
 
 宙に浮いていた体は静かに森の中へと降り立った。
 訳がわからず周囲を見渡すと体は静かに森の中へと降り立つ。

ーー……なに?

 満月を讃える夜の森は不気味なほどに無音で、生き物の気配はしない。
 いつもなら落ち着くはずの月光は今は不気味なスポットライトにしか思えなかった。
 しばらくすると奥から誰かがふらつきながら歩いているのが見えた。

ーー……アード?

 よく目を凝らせばあちこちから出血しており、その様は緋夜と出会ったあの時と全く同じだった。

ーーまさか。

 咄嗟に走り出し、アードのそばに駆け寄りそのふらついた体を支えようとした緋夜の腕はーーアードの体をすり抜けた。

ーー……なんで? さっき、ミラノは触れられたのに。

 よくわからない焦燥に困惑する緋夜だが、それは満月を背に降り立ってきた人物によって遮られる。その人物が握るフープ状のものからはポタポタと赤い雫が滴れている。

ーーこいつが、実行犯……。

 その人物は静かにアードを見つめる。美しい漆黒の瞳には確かな悲しみが滲んでいた。

ーー……。

 人物が何かを呟くとアードは泣きそうな笑顔で笑みを浮かべた。

 そしてーー
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