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壱 出会いの章

番外編 おまけ娘の年末年始 年末編

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 早朝、宿で目を覚ました緋夜は大きく背伸びをすると窓の外に視線を向ける。外は真っ白な雪化粧がされていた。今日尾の末の日、日本で言うところの大晦日だ。このシネラでは尾の末の日になるとそれぞれの街や村を魔法で飾りに灯りを灯すのだそうで、王都でも人々の賑やかな声が響き渡っている。灯りが点灯するのは尾の末の日午後十時から頭の始の日の日の出までだが、その間人々は日が昇るまで歌い踊るらしい。そのための準備が夜になるまで行われる。
 そしてそれは緋夜達も例外ではなく、むしろ冒険者達は積極的にこき使われる。

「さてと、支度しますか……」

顔を洗い、支度を済ませると既に降りていたガイ達の元へ行く。

「起きたか」
「おはよう」
「おはようございます。ヒヨさん」
「相変わらず遅いなお前は」
「いいじゃない、あんまり早く起きすぎてもやることがないもの」
「そういう問題じゃない。全く……」
「弟のことは気にしないで、座って朝ごはん食べましょうよ」

シルワに促されるように座り、朝食を摂り始めた緋夜は疑問に思っていたことを聞く。

「ガイ達は去年もやったんだよね。どんな感じだったの?」
「あー……夜になるまでは結構忙しかったが夜はまあまあ楽しめた」
「確かに夜くらいは皆さん好きに騒ぎますからね」
「へえ……ネモフィラ皇国はどんな感じなの?」
「そうねぇ……シネラとは真逆って感じかしらぁ」
「真逆って?」
「年明けは外を光で飾るのは変わらないが、それは空に灯す。確か六百年ほど前に来た異世界人の側室が実行して以来、国の伝統になったと聞く。光の昇ひかりののぼり、と言う。でそれを手放した後に祈りを捧げるんだ」
「へえ……なんかランタン祭りみたい」
「なんだそれは」
「手作りのランタンを一斉に空に飛ばすんだよ。世界各地にあるお祭りで、すごく綺麗なんだ」
「似たような文化はあるものねぇ。見てみたいわぁ」

シルワが緋夜の話にうっとりしているとファスがため息をつきながらフォークを置く。

「異世界の文化は見ることはできませんよ」
「わかっているわよぉ……もう!」
「まあでも綺麗ならみてみたいってなるのは仕方ない気がする」
「そうよねぇ! ヒヨちゃんならわかってくれると思っていたわ~!」
「でも私はこっちの世界の伝統にも触れられるから今からの手伝いも含めてとても楽しみなんだ」
「余程のことがない限り異世界に来ることなどほとんどありませんからね」
「むしろホイホイ行き来している奴がいるんなら見てみてえよ」
「確かに」


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 和やかな会話をしながら朝食を終えた緋夜達はさっそく冒険者ギルドへと顔を出した。ギルドはお祭り会場の如く人がごった返している。やがてギルドマスターが姿を見せると、テキパキと指示を出し始めた。

「女達は装飾品の作成と食材の仕込み、男達は木材などの荷運びを、それから魔法が使える者は魔道具の運用補助に回れ。自分の仕事が終わり次第、他を手伝うようにS、AランクはメインストリートB、Cランクは第一区画、Dランクは第二区画、Eランクは第三区画、Fランクは第四区画にそれぞれ移動しろ!」

作業は基本的にパーティーで行い、ランク順に場所の振り分けがされる。現在緋夜達はDランクのため、第二区画での作業となる。

「第二区画って宿屋とその周辺だよね」
「ああ、それぞれの店の手伝いも仕事の一つになる」
「了解。私は主に魔道具の運用補助になるのかな」
「そうだろうな。俺は強制的に荷物運びとかになりそうだ」
「私もその仕事でしょうね。まあ現地につけばこき使われるんですからそれに従いましょう」
「だな。ここでうじうじ考えても仕方ないだろう」
「そうねぇ。年に一度のお祭りですもの! 張り切っちゃうわ~!」
「既に楽しそうだね。シルワ」
「ええ。いつもは王城のパーティーに出ていたから新鮮でいいわ~」
「ああ……なるほど」

妙に興奮気味だと思ったが、どうやら王城勤めで身分も高かったシルワは初めての経験らしく、今回のことはとても楽しみなのだろう。

 目的の第二区画に到着早々、凄まじい勢いで仕事を割り振られ、五人はすぐに仕事に取り掛かることに。

「それじゃ、魔法使いのアンタはこの魔道具に魔力を込めてくれ。充分な魔力量になるとこの部分が青くなるから。それまで頼むよ。魔力回復ポーションはここに置いておくからさ」
「はい、ありがとうございます」
「できるだけ急いでくれよ。魔道具はまだまだあるんだから」
「はい」

それだけ言ってさっさとどこかへ行ってしまった男性の後ろ姿を見送ると緋夜はさっそく目の前にある魔道具に片っ端から魔力を込め始める。緋夜の魔力は無限なので魔力回復ポーションは必要ないのだが、人の目があるので飲まないわけにはいかない。

「この風船っぽいところが青くなるまで注ぐんだったよね」

魔力を注入すると風船のような部分が次第に色味を帯びてくるのが目に見えてわかる。以前見たポーション作りとどこなく似ているなと思いながら黙々と作業を進めていくと、見覚えのある顔を見つけた。

「キラ」
「……あ、ヒヨさ……ん。お久……しぶり……です」
「久しぶり。こっちに戻ってきていたんだ」
「はい……年末……ですから」
「そっか。もしかしてキラも魔道具の?」
「はい……ヒヨさんも、同じ……ですね…………」
「そうだね。一緒に頑張ろう」
「はい……夜のため……にも」

ちょっとおどけて言うキラは本当に楽しみにしているようで二人はクスリと笑い合いながら作業を進めていった。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 ガイは装飾を飾るため、壁に登っていた。元々身体面において無敵のガイは涼しい顔で壁に飾りをつけていく。その様子をみていた女性達は頬を染め、作業の間もヒソヒソと話をしていた。

「ガイ、次はこれを頼む!」
「ああ」

声をかけられても淡々と作業をこなしていると、隣にファスがやってきた。

「手伝う」
「お前の仕事はどうした」
「とっくに終わった。特段大した作業ではなかったからな。元々細かい作業は得意分野だ」
「そうかよ。まあ正直助かるわ。いくらなんでもあれを一人に押し付けるのは悪手だろうが」
「こんなところに常駐できる奴がいないんだろ。魔法使いは魔道具の方に持っていかれているし。足場を作っている余裕はない」
「まあ、強化魔法のかかった命綱はあるが、肉体への負担はどうしても出るからな」
「だろうな。魔道具の方がさっさと終わってくれれば少しは楽になるか」
「だといいがな」

そんな会話の間も二人に注がれる視線は止むどころかますます増える。ただでさえ美形が拝めていたのに、更に超絶イケメンが追加されたことで一気に視線が集まっている。

「……視線がうるせえな」
「同感だ」

ガイもファスも視線や気配に敏感なため、非常に気が散る。ここに緋夜がいれば視線をシャットアウトしてくれただろうが、緋夜は魔道具の方でこき使われているため二人は視線に晒されるしかなかった。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

一方、メディセインは各宿の主に天井の飾り付けなどをしていた。その時ヘビの下半身は便利な物で柱に巻き付けばどんなに高いところだろうと行けるためこれまた重宝されていた。

「ほい。次はこれお願いね」
「おまかせを」

にこやかに対応するメディセインに仕事を頼んでいる宿の女性達はガイやセルバを鑑賞している人たち同様に頬を染めている。
 作業がちょうどひと段落し、地面に降りたちょうどその時、一人の娘がメディセインに声をかけてきた。

「あ、あの、メディセインさん」
「はい、どうしました?」
「こ、これ……飲み物、どうぞ」
「ああ、これはこれはありがとうございます」

甘やかな目でお礼を言うと女性は頬を染めながら小走りで去っていく。

「ふう……寒くてどうなるかと思いましたが助かりましたよ。まあヒヨさんから頂いた『これ』のおかげですが」

メディセインは胸元から橙色の石がついたネックレスを取り出す。それは緋夜が宿を出る前にパーティメンバーに配っていた物で、保温の効果がある魔道具らしい。単純に魔法を付与しただけのものだと言っていたが、実に効果が高く、寒さによる震えひとつ起こらない。正直寒さが苦手なメディセインとしてはこの上ないほどの代物だ。

メディセインは女性から貰った飲み物を飲み干しゴミへと捨てると、作業の続きへ戻った。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 シルワは灯りを灯す装飾を次々と製作していた。作り自体は簡単だがいかんせん数が多いため、休んでいる暇はない。それでもシルワは初めての作業に心を躍らせていた。

「シルワさん……すごく作業が早いわね。手慣れているみたい」
「いいえ~初めての作業ばかりだわぁ。でもとても楽しいの」
「まあ飾りとか作るのって楽しいのはわかるわ。服とか髪飾りを選んでいるような気持ちになるもの」
「そうそうそうなのよぅ! だからとっても楽しくって~ついつい没頭してしまうわぁ!」

他の女性達との会話に花を咲かせながらも手は動きをやめず、おしゃべりをしている間も装飾品が次々と出来上がっていくのだった。

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 それから数時間が過ぎ、後は点灯の時刻を待つばかりという時間になりようやく作業が終了した。あたりはすっかり暗くなり、点灯の時間まで残り十五分少々になったところで緋夜はガイ達と合流した。

「四人ともお疲れ様。はい飲み物」
「どうも。お疲れ」
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
「お疲れ様~」

それぞれ労いの言葉を掛け合いながら点灯の時を待つ。

「そろそろ点灯の時間だ」
「そうだね。どんなふうになるのかな」
「凄えぞ」
「とても綺麗ですよ。きっと満足するかと」
「うふふ、そう言われると期待しちゃうわ~」
「はしゃぎすぎです姉上」
「いいじゃない~楽しみなものは楽しみなの」
「そうだね……あ」

話をしていると花火が上がった。点灯開始の合図である。

「いよいよだね」
「ああ」

いつのまにかあたりは静まり返り、息を詰めて点灯の時を待つ。やがて、王城から魔導師が現れると一斉に魔法を装飾に向かって放つ。
途端にあたりは虹色の光が帯を作り、王城から方々に向けて虹の帯が広がっていく。

『わああああっ!!!!!」

虹の帯が出来上がると同時に静寂は一気に歓声へと変わり、周囲はお祭り会場へと変貌した。

「よっしゃあ! 飲み明かすぜー!」
「お祭りよお祭り!」
「盛大に行こうぜ!!!!!」

人々が口々に歓喜の言葉を発し盛り上がる。次々とジュースのグラスが配られ、近くの人達が乾杯をして、思い思いに食事を始めている。

「それじゃあ私達も」
「ああ」
「仕方ないですね」
「さっさとやるぞ」
「ヒヨちゃんよろしく」
「それじゃあ、今年も迎えた尾の末の日に……」
『乾杯っ』

緋夜の音頭に合わせて五人のグラスがかち合い、年末年始の夜が幕を開けたーー


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 ーー頭の始の日まで残り十五分。

 あらかた、飲食が終わり食器類が下げられた後、今度は酒の入ったグラスが配られる。普段は静寂と闇に包まれている夜が今夜ばかりは無数の明かりと賑やかな声に包まれていた。

「もうすぐ年明けか」
「どうした。ホームシックにでもなったか?」
「まさか。さすがに今はないよ」
「今だからこそ、では?」
「まあそうかもしれないけどさ」
「別にいいと思うわよ? ヒヨちゃんは特殊ですもの」
「お前がホームシックか。面白いこともあるものだ」
「この減らず口」
「騒音女」

笑顔で悪口を言い合ういつもの二人にこんな時までと呆れる人が一人、その様子をじっくりと観察する人が一人、微笑ましく見守る人が一人いた。これも日常だ。
 異世界召喚という非日常を経験したあの日から約六ヶ月。これまでの生活もいつに間にか日常になっていた。本当にいろいろあったが、今は全力でこの出会いに感謝している。

「始まるぞ」

ガイの言葉に緋夜は城に視線を向ける。点灯した光は城に向けて徐々に灯りを消していく。そしてーー

「五」
「四」
「三」
「ニ」
「一」



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