上 下
40 / 68
壱 出会いの章

37話 望月のみが知る②

しおりを挟む
 目の前の光景に緋夜とガイは思わず固まった。美しいと言われるであろうその青年の首筋を水滴が流れていき、色気を漂わせている。

(うっわ……なんて色気……美形が水に濡れているって一種の暴力じゃない?)
(こいつ、こんな面してやがったのか)
((……なんでかわからないけど腹立つ))

自分達でも理解できない苛立ちを覚えながら未だ泉から上がらない男を見つめていると男が不快そうに眉を顰めた。

「なんです。二人揃って見下ろすなんて随分と不躾ではないですか」
「ああ、ごめん。ちょっと予想外すぎて」
「同意」
「…………はあ」

男はゆっくりとため息をこぼすと勢いよく泉から上がる。黒い外套を流れる純白の髪がまたなんとも言えない美を形作っていた。

「全身びしょ濡れではないですか。お陰で泥は落ちましたけど、だいぶ乱暴ですね貴女は」

膝まである髪を少々雑にしぼりながら男は緋夜を軽く睨むものの、目の奥は笑っていた。

「乾かしてあげようか?」
「結構ですよ。というか貴女は氷属性でしょう。火属性なんて使えるんですか?」

その言葉に緋夜は無言で蝋燭の大きさ程度の炎を出して見せると、男は瞬きをしてフッと笑った。

「なるほど二属性持ちだったんですね。これは厳しそうです」
「どうする? 再戦する?」
「しませんよ。白けましたし、そもそも本来の目的も達成できていませんから」

ようやく本題に入れそうな空気に緋夜は胸を撫で下ろす。あのまま戦い続けて目的を達成できない方が問題だ。遅い時間にわざわざこんなところまで来た意味がなくなってしまう。

 男が濡れた髪を解いて一通り水を抜き終え再び髪を結び直した男は腰を落ち着ける場所へ行こう、と歩き出し緋夜とガイもそれに続く。

 しばらく歩いて着いた場所は泉が見える少し開けたところだった。

「ここならゆっくりお話しができますからね」
「……どうしてこんな場所にガゼボがあるのかな。しかもだいぶ綺麗な気がするんだけど」
「ああ、ここはあの廃屋の主人だった人間が建てた場所らしいんですよ。どうやら相当お気に入りだったようです。あらゆる防止魔法の魔法陣がありますから」

そう言われて緋夜は足元に視線を向けると、確かにこのガゼボを中心に魔法陣が描かれていた。

「なるほどね。土を掘って平にした後魔法陣を描いてその上に土を被せて魔法陣を描いて土で覆う、っていう工程を繰り返しているのかな」
「正解です。術自体は魔術師に依頼したみたいですが。どうぞ座ってください」

促されるまま椅子に腰を掛けると男は早速話し出した。

「まずは自己紹介から。獣人族・蛇のメディセインと申します。先程は失礼しました」
「人族冒険者Eランクのヒヨ。気にしないでいいよ。元はと言えばこっちが先に喧嘩売ったようなものだから」
「人族冒険者Bランクのガイ」
「Bランク……まさか貴方あの『漆黒一閃』ですか?」
「……」
「正解♪」
「おい」
「これはこれは実に運のいい」
「そんなことはどうでもいい。それよりもあの紙を使って人を呼ぼうとした理由を言え」
「いきなり本題ですか。まあいいでしょう。お二人が優秀であればあるほど都合がいいですからね」

男ーーメディセインは愉しげに笑うと、どこからか紙の束を取り出し机に置いた。

「これは?」
「いいですよご覧になって」

メディセインに進められるまま緋夜はガイにも見えるように紙をめくっていくうちに二人の表情が険しいものに変わっていく。

「……これ、事実なの?」
「ええ、事実ですよ。予想はしていたのではないですか?」
「確かにある程度は予想していたけど……これは」
「お前なんでこれを持っている?」
「私は裏ギルドに所属する掃除屋です」
「掃除屋って……なに?」
「冒険者ギルドには二つの側面があるんだよ。簡単に言えば面と裏だ。魔物討伐や採集、護衛の依頼を出している昼の時間帯が表ギルド。んで、夜中に暗殺や盗み、諜報などを請け負うのが裏ギルド。表と裏を区別するために昼のギルドは冒険者、夜のギルドは掃除屋って呼ばれている。まあ隠語ってやつだな」
「あー……なるほど」

裏ギルドは一般的に見れば違法だろうが、非合法なやり方でしか解決できないことも多々あるものだ。そしてそういった環境や仕事でしか生きていけない人も存在する。だが普通はそういった職業であることは大っぴらにはしないしできない。だからこそ隠語で呼ばれるのだろう。

「で、その掃除屋さんがなんでこんなの持っているのかな」
「私は今、とある方からの依頼である貴族の屋敷に潜入しているのですが、書類をその依頼主にお渡しするため、あなた方にお力添えをお願いしたいのです」
「「……は?」」

唐突な頼みに緋夜とガイは揃って面食らったような顔になった。

「なんでわざわざ」
「確かにいつでも渡せるのですが、折角なので最高のタイミングで渡したいもので」
「……なんとなく、受けた依頼内容は絞れたけど、それ私達の今後の活動に影響する方? それともしない方?」
「しない方です。丁度一週間後に依頼主の屋敷でパーティーが開かれるんです。潜入先の貴族も出席するのでそこでお渡ししたいのですよ」
「でも潜入しているってことは使用人としてだよね?」
「はい。ですが、なにを思ったのか潜入先のは私を裏工作要因として使っているのですよ」
「……うわ~それ最高にして最悪だよね」
「ええ、言われた時は声を上げて笑いそうになりましたよ。お陰で非常に動きやすかったので助かりましたが」
「それは笑うよね。その貴族大丈夫?」
「大丈夫じゃねえだろどう考えても」

衝撃の内容に緋夜は額に手を当て、ガイは呆れを隠すことなくため息をついた。その様子をメディセインは愉しげに観察していた。

「具体的にどうやって接触するんだよ」
「実は私の元に依頼主からパーティーの招待状が届いているんですよ。ですから堂々と接触することができます。問題はそのパーティがー女性同伴でないと入場できないということです。屋敷の使用人はパーティー会場には行かないので」
「まあそうでしょうね。だから私にってこと?」
「そうですよ。見たところ貴女は立ち振る舞いが綺麗ですから、礼儀作法は身につけているのでは?」
「確かに一通りは仕込まれているけど……」
「ならば問題はないでしょう。私は潜入先では化粧と魔道具で容姿と口調は変えていますから気づかれる心配はありませんし、まあたとえ気づいたとしても後の祭りなのでなんら問題はないのですが」

まるで天気の話をするかのように軽い口振りで話すメディセインからはなんの感情も伝わってこない。彼の態度はどこまでも『普通』だった。
そのことに違和感がないわけではないが、これは本人の問題なので、緋夜は深く追求することなく続きを促した。

「とにかく、礼儀作法ができていてダンスも踊れるのであれば問題ありません。貴女にやって貰いたいのは私のパートナーとしてパーティーに参加するだけです。そこで貴族の気を引いてもらえればあとは私の仕事ですから」
「……でも私あんまり貴族達と関わりたくないんだけど」
「軽い認識阻害のついた魔道具をつけていれば問題ありません。それか色彩を変える魔道具と化粧を施しましょうか?」

目の前で純粋そうな瞳で軽く首を傾けるメディセインに緋夜は誰かに似ているような錯覚を覚えながら徐にため息をついた。

「まあいいけどね。どうせ拒否権ないんでしょ? そうでなければこんなべらべら喋らないよ」
「……話が早くて助かりますよ。冒険者が掃除屋に手を貸したなんて、厳重処罰ものですからね」
「……で? 私はいいとして、ガイはどうするの?」
「私達の護衛として来れば大丈夫ですよ。勿論それなりに着飾ってはもらいますけどね」
「だってさ。どうする?」
「……仕方ねえ付き合ってやるよ」
「では決まりですね。当日は貴女がパーティーの花になってくださいね」
「はいはい。でもタダ働きはごめんだよ。報酬は当然あるんだよね」
「ええ、これを渡す時に話しておきますよ。相応の報酬が出るでしょうから」
「じゃあこれで取引は成立だね」
「ええ、よろしくお願いしますねヒヨ殿、ガイ殿」
「ふん」

その夜に密かに行われた取引は誰にも知られることはなく、日の出を迎える。唯一、全てを見ていた望月は黎明の彼方へと消えていったーー







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

全てを極めた最強の俺が次に目指したのは、最弱でした。

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
生まれながらにして圧倒的な力を持ち、「最強」と称される少年・天城悠斗(あまぎゆうと)。彼はどんな試練も容易に乗り越え、誰もが羨む英雄の道を歩んでいた。しかし、ある日出会った少女・霧島緋奈(きりしまひな)の一言が彼の運命を大きく変える。 「弱さは、誰かを頼る理由になるの。それが、私の生きる強さだから」 ――その問いに答えを見つけられない悠斗は、強さとは無縁の「最弱」な生き方を目指すと決意する。果たして、最強の男が目指す「最弱」とは何なのか?そして、その先に待つ真実とは?

開発者を大事にしない国は滅びるのです。常識でしょう?

ノ木瀬 優
恋愛
新しい魔道具を開発して、順調に商会を大きくしていったリリア=フィミール。しかし、ある時から、開発した魔道具を複製して販売されるようになってしまう。特許権の侵害を訴えても、相手の背後には王太子がh控えており、特許庁の対応はひどいものだった。 そんな中、リリアはとある秘策を実行する。 全3話。本日中に完結予定です。設定ゆるゆるなので、軽い気持ちで読んで頂けたら幸いです。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

知りませんでした?私再婚して公爵夫人になりました。

京月
恋愛
学生時代、家の事情で士爵に嫁がされたコリン。 他国への訪問で伯爵を射止めた幼馴染のミーザが帰ってきた。 「コリン、士爵も大変よね。領地なんてもらえないし、貴族も名前だけ」 「あらミーザ、知りませんでした?私再婚して公爵夫人になったのよ」 「え?」

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...