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壱 出会いの章

25話 領主の娘

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「ぐあああっっっ!!!」

緋夜達に突進してきた男はガイによってなす術なく吹っ飛んだ。

「殺してないよね?」
「加減はした」
「ならいいけど」

まるで何事もなかったかのように会話をしていると男を追いかけていた女がすぐにやってきた。

(すごい凛々しいなこの人)

などと緋夜が関心するのも無理はない。ポニーテールの艶やかな栗色の髪に気の強さが伺えるピンクの吊り目の男装の麗人だ。そしてその佇まいは気品に満ちている。

「ねえガイ」
「ああ」

二人がこそこそと話していると、その女は緋夜達の前に立つ。

「おい、大丈夫か!?」
「はい、私達はなんとも」
「そうか。あの男を止めてくれたこと、礼を言う」
「いえ、お礼なんて結構です。それに倒したのは彼ですから」
「そうか。見事な動きだった」
「別に」
「それにしても」

緋夜はガイが吹っ飛ばした男に視線を向ける。

「あの人、何をしたんです?」
「ああ、くだらん窃盗だ。私が偶然通りかかったら盗みを働いていたので声をかけたらいきなり斬りかかられてしまってな。咄嗟に弾いたんだが、二人のところまで飛んで行ってしまったみたいだ。すまない」
「ああ、そういうことだったんですね」

緋夜は吹っ飛ばされて、地面転がった男に近づく。先程から男がぶつぶつと何かを言っていることが気にかかっていたのである。

「あの」
「な、なんだよ! 見下ろしてんじゃねえよこのっ……!」
「そんなこと言われましても、あなたが寝そべっている限り見下ろさずに話すのは無理です」
「ぐっ!」
「何故盗みなど……」
「あ? 金がいるんだよ! 妹が病気で、貧乏だから満足に薬も買えなくてっ……!」

(嘘は言っていない。情状酌量の余地あり、か)

「だそうですが、どうなさいますか?」

緋夜が振り向いて女に問いかけると、女はしばし沈黙した後、口を開く。

「罪は罪だ。しかし、情状酌量の余地はある。それにお前が盗んだものは薬だ。嘘を言っていないのは証明されている」

女がそう言うと男は目を見開いた。

「よってしばらくの間はお前は盗みを働いた薬屋で警吏の監視の下でタダ働きをしてもらう。その後どうするかは……自分で決めろ」
「……正気か?」
「嘘など言わん」
「……はっ、そうかよ」

すっかり大人しくなった窃盗犯は若干目元に涙を浮かべながら、抵抗することなく地面に座り込む。

「なんの騒ぎだ!」

 同時に警吏兵がやってきたことで騒動が終結した。窃盗犯はそのまま連行されていく。すると女が何かを書いた紙を近づいてきた警吏兵に放り投げ、緋夜の腕を掴む。

「え!?」
「来い!!」
「???」

訳が分からず走り出した女に引きずられる形で緋夜はその場を後にした。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「よし、ここまで来れば問題ないだろ。すまないな。巻き込んでしまった」

 騒動が起こった場所から離れ女は漸く立ち止まり腕を離した。

「いえ、お気になさらず。何故このようなことを?」
「ああ、警吏の奴らに捕まると事情聴取が面倒でな。貴殿も巻き込まれるだろうと思い、つい逃げ出してしまった」
「なるほど。ありがとうございます」
「いや」
「おい」

突如割り込んだ男の声に振り返るとガイが立っていた。どうやら追いかけてきたようだ。

「ガイ」
「勝手にどっか行くんじゃねえよ」
「ごめんごめん」
「貴殿の恋人か? 急に連れ出してすまなかった」
「「恋人じゃない」」

女の発言に即座にハモって否定した二人を見て少々面食らった顔をしていたがすぐに元に戻り、一礼をした。

「それはすまなかった。私はセレナ・クリフォード。ここクリサンセマムの領主の娘だ」

(やっぱり)

目標の達成に緋夜は内心でガッツポーズを取る。そのことに気づいたガイが緋夜に生温かい視線を向けた。

「ヒヨ。冒険者個人ランクはE。年齢二十」

ガイの視線を完全無視して自己紹介をした緋夜を見てガイはため息をついた。

「ガイ。年齢二十一。冒険者個人ランクB」
個人ランクBということはまさか『漆黒一閃』か!?」
「そう呼ぶ奴もいんじゃねえの」
「本物か。ならばヒヨは、その」
「パーティを組んだんです」
「そ、そうか。すごいな。これも何かの縁だ。私に敬語は不要だ。近しい年頃の友が少なくてな。気軽に接してほしい」
「分かった。よろしくセレナ」
「ああよろしく頼む。ヒヨ達はこの町は初めてか?」
「私は初めてだけど、ガイは来たことあるみたい」
「そうか。ならば折角だ町を案内しよう。先の礼もしたいしな」
「ありがとう。ガイもね」
「ああ」

 領主の娘という大物と接触を見事にやり遂げた緋夜はご機嫌でセレナと並んで歩き出した。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「なるほど、それでクリサンセマムに来たのか」
「うん。ガイが薦めた場所なら外れはないと思うし」
「ははっ! 信頼されてるな」
「笑ってんじゃねえよ。ったく」

 セレナに連れられ、緋夜達はクリサンセマム一の高級店にやってきた。店員はセレナが来た途端に三人をVIPルームに通した。そのままいくつか注文をして現在料理を堪能しながら話をしている。

「しかしヒヨは勇気があるな。あの状況で男に声をかけるとは。なかなかできることではない。おかげで私も不用意に動かなくて済んだ」
「まあ、あの勢いで地面に叩きつけられればしばらく動けないだろうと思ってたし。それになんかぶつぶつ言ってから気になってさ」
「だが、あそこでヒヨが声をかけたお陰であの男を追い詰めずに済んだのだ。感謝している」

感謝のお言葉を言うセレナに緋夜は笑みを返す。ガイは知らぬとばかりにワインを煽っていたが。

「まあ、でもそれでセレナに会えたし」
「そうだな。ここまで私に普通に接してくれる人間は滅多にいないから正直嬉しい。侯爵令嬢という立場的に仕方ないとは思うがな」
「侯爵……ねえ、セレナ」
「なんだ」
「婚約者っていないの?」
「ああ。いない。元々社交界は好きではなくてな。デビュタントは済ませたが、それ以降はほとんど顔を出していない」

父の手伝いをしている方がずっと楽しいしな、とご丁寧に付け足してきたセレナを見て緋夜とガイは一瞬手を止めた。そして二人揃って納得する。緋夜は実際に経験があり、ガイも想像がつくだろう。そして面倒事は嫌いという共通点があることで、セレナの言い分は非常に共感を覚えるのだ。

「確かに社交界は面倒くさいよね……側から見れば華やかかも知れないけど、実際は欲望と陰謀の聖地だもんね」
「煌びやかで華やかな舞踏会も間違いではないけどな」

緋夜とガイは貴族の社交界は華やかとは無縁、と暗に言えばセレナは盛大に頷いた。セレナは侯爵令嬢であるため面と向かって嫌味を言ってくるのは同等の家の者か公爵家くらいだろうが、そのくらいになれば国に支える貴族としてまともな教育を受けるだろう。伯爵家以上は王族との婚姻の可能性がある以上はそれ相応の振る舞いが要求されるのだから。
 
「だがそうも言っていられないからな。嫌でも出る羽目になるだろう」

 この世界の貴族の女の婚期は十五から十八と決まっており、それを過ぎると婚き遅れとされ、価値が下がる。ましてやセレナは十八。クリフォード家には後継ぎの男がいないためセレナは婿を取らなければならない。時間がないのだ。いろんな意味で。

「侯爵令嬢なら他国の貴族と婚姻する可能性があるんだよね」
「ああ。近場で有力なのはセフィロスとアスチル、それからネモフィラあたりだろう。我がクリフォード家は商人が行き交う町ということでも価値があるからな。そこを目当てに縁談を持ってくる者もいる。実際いたしな」
「いたんだ」
「話はまとまらなかったのか?」
「ああ。父が却下したそうだ。メリットが少ない、と言ってな」

どこまでも政略結婚のようだ。セレナ自身は自分の邪魔をせず、領の仕事をしっかりこなせる有能な男であれば問題ないようで、特にこだわりは見られない。

「私はこの領地が好きだからな、下手な男に荒らされたくはない」
「それはそうだろうね」
「賢明だな」

三人で新たなボトルを空け、楽しく飲んでいると、不意にセレナが爆弾を落とした。
 即ち。

「政略結婚と言えば、セフィロスの第一王子とシネラの第二王女との婚約が白紙になったらしい」

 


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