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壱 出会いの章
21話 回復薬は面白い
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緋夜は依頼を受けやってきた回復薬製作所は見た目普通の民家だった。まあそうのような店やら工房やらは多々あるので今更だが。
緋夜は一つ深呼吸をつき、扉をノックしようとした直後。
「ようこそ回復薬製作所へ」
とても落ち着いた声を響かせながら扉を開けた若い男と視線がかち合い、しばし沈黙が訪れた。茶髪の髪を後ろでまとめ上げたその男は緋夜より少し年上だろう。
男は扉を開けたまま固まり、数秒の後に首を傾げた。
「……あの、冒険者の方、です、か?」
そう問いかけてきた男に緋夜はにっこり笑ってギルドカードを取り出した。
「はい。冒険者のヒヨと申します。依頼を受けてきました。よろしくお願いします」
「……はい。リアムと申します。ほんとに冒険者ですか?」
(この人が依頼者……)
「はい」
緋夜が変わらぬ笑顔で言うと、リアムはしばし固まったものの、緋夜に手を差し出した。
「依頼を受けてくださったこと感謝します。本日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
握手を交わした緋夜は雰囲気に似合わない無骨な手を見る。所々にマメがあり硬い皮膚のその手はまさしく職人の手だ。
「では、立ち話もなんですからどうぞ中へお入りください」
「はい、ありがとうございます」
中に入ると見たことのない道具が多数置いてあり、側には魔法石らしきものが山のように積まれている。
「姉さん、冒険者の方が来てくれたよ」
「おう、ちょっと待ってね~」
「姉さん?」
「あ、はい。僕ら姉弟でこの仕事やっているんです。元々は父と母を手伝うくらいだったのですが二年前に二人とも死んでしまったもので」
「そうでしたか」
リアムの話を聞きながら製作所の中を観察していると、奥から賑やかな声が聞こえてきた。
「ああ、すみません。弟達がはしゃいでいるようですね」
「弟さんもいらっしゃるんですね」
「はい、弟が一人と妹が二人」
「それは随分と賑やかな」
「まあ、仕事をしてる時には寂しい思いをさせていないか心配ではありますが、少しでもお金があればあの子達ももう少し楽に暮らせるでしょうから」
「素敵なことですね」
「ありがとうございます」
リアムと話をしているうちに、奥から作業着に身を包んだポニーテールの女性が出てきた。
「待たせてごめん! あんたが依頼を受けてくれた冒険……者……?」
緋夜を見たその女性は数回瞬きをするとリアムに視線を向ける。
「リアム、この人は冒険者じゃないぞ」
「冒険者なんだよ」
「うそうそ! なんでこんな子が冒険者なんか」
「それは知らないけど、たしかにこの人は冒険者の人で依頼を受けてきてくれたんだ」
「はあ? 何言ってんのさ。この人が冒険者なん……て…………?」
全く信じようとしない女性に緋夜は笑顔でギルドカードを見せると、穴が開くほどに凝視した女性は次の瞬間声を上げた。
「本当に冒険者~~~!!??」
「驚かせてすみません。冒険者のヒヨ、と申します。依頼を受けてきました。よろしくお願いします」
笑顔で自己紹介をする緋夜を見てしばらくポカンとしていた女性はなんとか復活したようで息を整えた。
「そう。驚いてごめんね。私はセッカっていうの。よろしく」
「はい。それで依頼の件ですが、手伝いをして欲しいとありましたがどうのようなことをすれば良いでしょうか」
「仕事は色々あるよ。魔石を粉末にする作業、溶かす作業、瓶に詰める作業、そして配達作業。後は必要量の計算」
「溶かす?」
「回復薬はある特定の魔石を浄化したものを溶かして作るんだけど、その溶かすための器具が壊れてね。魔法で溶かしていたんだけど間に合いそうになくてさ」
「な、なるほど」
「まあ私らも火属性持ってるからできるっちゃできるがそれだと他に手が回らなくて」
「それで依頼を」
「まあそれもあるが、どの作業を手伝うかはあんたに任せる。どれをやってくれても今の私らにゃ大助かりだからさ」
「だから依頼用紙に手伝い、とだけ」
「ああ。ここんとこ忙しすぎて休む間もなくてね。それで? あんたはどれをやってくれるんだ」
そう言われて緋夜は少し考える。正直に言えばと粉末にする作業以外は同時進行でできる自信がある。ならばと緋夜はセッカに向き直った。
「粉末にする作業以外は全部できると思います。配達も手伝いますし」
『へ?』
緋夜の発言に驚いたのか、セッカとリアムは目を見開いた。
「できますのでご安心を」
「いや、いくらなんでもそれは」
「難しいんじゃないか」
「大丈夫です」
変わらず笑顔で言う緋夜に訝しみの視線を向けるが、やがて頷いた。
「分かった。んじゃ頼むわ」
「はい」
「リアム、説明してやって」
「うん。それじゃあヒヨさん、こっちに」
リアムは三つの大鍋の前に移動した。
「壊れた器具の代わりに今はこれで溶かしているんだ。ここに火をやって高温で熱して性能の順番にこの瓶に入れていく。溶かした量と時間の長さで小、中、大って性能が上がっていくよ」
「なるほど……」
(熱した時間で性能が変わるって面白いな)
「瓶に入れる作業は僕がやるからヒヨさんは魔石の計算と溶かす作業お願い。計算が狂わなければ一つの鍋で大体五十前後取れる。小はピンク、中はイエロー、大はブルーに変わるから」
(わ~見てるだけで楽しいな)
「はい」
返事をして早速赤い火ではなく青い火をつけた。ガスバーナーのイメージである。一気に温めた方が早い。
「え!? 青い火!?」
「計算はどれで?」
「あ、はい。これで」
渡された紙には数字がびっしり書かれているが、緋夜にとっては簡単な算数なので問題はない。
「姉さんが計算された魔石砕いてヒヨさんに渡すから。ヒヨさんは計算できたら姉さんに渡してね」
「はい」
緋夜はテーブルにつくと黙々と作業を始めた。自分の魔力が尽きることはないので鍋から目を離して計算を進めていく。
「……ヒヨさん。計算器は?」
「大丈夫ですよ」
「本当に冒険者ですか?」
「よく言われます」
驚愕するリアムをさらっと流した緋夜は早速仕事を開始した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ーーそれから数時間後、完成した回復薬が目の前にずらりと並んでいるのを見て緋夜はふう、息を吐いた。ここまで机に向かっていたのは久しぶりだった。
「終わりましたね」
そう言ってセッカとリアムを見ると二人して呆然としていた。
「どうかしましたか?」
「……こんなに早く注文数が出来上がるとは思わなかった」
「……しかも全く同じ時間で魔石を溶かした。鍋の中綺麗に空っぽなんだけど……最後は瓶詰めまで手伝ってくれたし」
二人が驚くのも無理はない。緋夜は火の温度と大きさを一定に保ったまま、魔石の量を正確に計算し更には瓶詰めまで魔法で全く同じ量を入れたのだ。長時間魔力を放出していたにも関わらず平然としているのだ。
「あんた、そんなに魔力持ってるのになんで冒険者なんかやってるのさ」
「実力主義の世界が好きなんです」
「そんな理由で!?」
「はい。とても楽しいですよ」
「あ、そう」
そんなやり取りをしながら緋夜は配達先が書かれた紙を手に取った。
「折角です。このまま配達に行きます」
「いや、ここまでやってくれたのにこれ以上手伝ってもらうのは流石に申し訳ないよ」
「お気になさらず。それに最近は少々物騒になっているようですし、やらせてください」
「……じゃあお願いするよ」
「はい、お任せください」
そう言って回復薬の入った箱をバッグにしまい、製作所を出た。
扉を閉め、一つ息を吐くと紙を見ながら歩き出す。
本当ならば配達までやる必要はないが彼らに行かせて襲われても目覚めが悪く、かと言って護衛として同行すれば間違いなく巻き込まれる。だから一人の方が都合がいい。
製作所から出た直後からずっと後をつけられている連中に緋夜が気づかないはずはなかった。考え事をしていれば気づかないこともあるが、元々気配には敏感な緋夜だ。素人の尾行に気づかないほど鈍感ではない。ましてや事前に忠告を受けていれば尚更。
(お仕事の最中も息抜きは必要だよね)
緋夜は一つ深呼吸をつき、扉をノックしようとした直後。
「ようこそ回復薬製作所へ」
とても落ち着いた声を響かせながら扉を開けた若い男と視線がかち合い、しばし沈黙が訪れた。茶髪の髪を後ろでまとめ上げたその男は緋夜より少し年上だろう。
男は扉を開けたまま固まり、数秒の後に首を傾げた。
「……あの、冒険者の方、です、か?」
そう問いかけてきた男に緋夜はにっこり笑ってギルドカードを取り出した。
「はい。冒険者のヒヨと申します。依頼を受けてきました。よろしくお願いします」
「……はい。リアムと申します。ほんとに冒険者ですか?」
(この人が依頼者……)
「はい」
緋夜が変わらぬ笑顔で言うと、リアムはしばし固まったものの、緋夜に手を差し出した。
「依頼を受けてくださったこと感謝します。本日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
握手を交わした緋夜は雰囲気に似合わない無骨な手を見る。所々にマメがあり硬い皮膚のその手はまさしく職人の手だ。
「では、立ち話もなんですからどうぞ中へお入りください」
「はい、ありがとうございます」
中に入ると見たことのない道具が多数置いてあり、側には魔法石らしきものが山のように積まれている。
「姉さん、冒険者の方が来てくれたよ」
「おう、ちょっと待ってね~」
「姉さん?」
「あ、はい。僕ら姉弟でこの仕事やっているんです。元々は父と母を手伝うくらいだったのですが二年前に二人とも死んでしまったもので」
「そうでしたか」
リアムの話を聞きながら製作所の中を観察していると、奥から賑やかな声が聞こえてきた。
「ああ、すみません。弟達がはしゃいでいるようですね」
「弟さんもいらっしゃるんですね」
「はい、弟が一人と妹が二人」
「それは随分と賑やかな」
「まあ、仕事をしてる時には寂しい思いをさせていないか心配ではありますが、少しでもお金があればあの子達ももう少し楽に暮らせるでしょうから」
「素敵なことですね」
「ありがとうございます」
リアムと話をしているうちに、奥から作業着に身を包んだポニーテールの女性が出てきた。
「待たせてごめん! あんたが依頼を受けてくれた冒険……者……?」
緋夜を見たその女性は数回瞬きをするとリアムに視線を向ける。
「リアム、この人は冒険者じゃないぞ」
「冒険者なんだよ」
「うそうそ! なんでこんな子が冒険者なんか」
「それは知らないけど、たしかにこの人は冒険者の人で依頼を受けてきてくれたんだ」
「はあ? 何言ってんのさ。この人が冒険者なん……て…………?」
全く信じようとしない女性に緋夜は笑顔でギルドカードを見せると、穴が開くほどに凝視した女性は次の瞬間声を上げた。
「本当に冒険者~~~!!??」
「驚かせてすみません。冒険者のヒヨ、と申します。依頼を受けてきました。よろしくお願いします」
笑顔で自己紹介をする緋夜を見てしばらくポカンとしていた女性はなんとか復活したようで息を整えた。
「そう。驚いてごめんね。私はセッカっていうの。よろしく」
「はい。それで依頼の件ですが、手伝いをして欲しいとありましたがどうのようなことをすれば良いでしょうか」
「仕事は色々あるよ。魔石を粉末にする作業、溶かす作業、瓶に詰める作業、そして配達作業。後は必要量の計算」
「溶かす?」
「回復薬はある特定の魔石を浄化したものを溶かして作るんだけど、その溶かすための器具が壊れてね。魔法で溶かしていたんだけど間に合いそうになくてさ」
「な、なるほど」
「まあ私らも火属性持ってるからできるっちゃできるがそれだと他に手が回らなくて」
「それで依頼を」
「まあそれもあるが、どの作業を手伝うかはあんたに任せる。どれをやってくれても今の私らにゃ大助かりだからさ」
「だから依頼用紙に手伝い、とだけ」
「ああ。ここんとこ忙しすぎて休む間もなくてね。それで? あんたはどれをやってくれるんだ」
そう言われて緋夜は少し考える。正直に言えばと粉末にする作業以外は同時進行でできる自信がある。ならばと緋夜はセッカに向き直った。
「粉末にする作業以外は全部できると思います。配達も手伝いますし」
『へ?』
緋夜の発言に驚いたのか、セッカとリアムは目を見開いた。
「できますのでご安心を」
「いや、いくらなんでもそれは」
「難しいんじゃないか」
「大丈夫です」
変わらず笑顔で言う緋夜に訝しみの視線を向けるが、やがて頷いた。
「分かった。んじゃ頼むわ」
「はい」
「リアム、説明してやって」
「うん。それじゃあヒヨさん、こっちに」
リアムは三つの大鍋の前に移動した。
「壊れた器具の代わりに今はこれで溶かしているんだ。ここに火をやって高温で熱して性能の順番にこの瓶に入れていく。溶かした量と時間の長さで小、中、大って性能が上がっていくよ」
「なるほど……」
(熱した時間で性能が変わるって面白いな)
「瓶に入れる作業は僕がやるからヒヨさんは魔石の計算と溶かす作業お願い。計算が狂わなければ一つの鍋で大体五十前後取れる。小はピンク、中はイエロー、大はブルーに変わるから」
(わ~見てるだけで楽しいな)
「はい」
返事をして早速赤い火ではなく青い火をつけた。ガスバーナーのイメージである。一気に温めた方が早い。
「え!? 青い火!?」
「計算はどれで?」
「あ、はい。これで」
渡された紙には数字がびっしり書かれているが、緋夜にとっては簡単な算数なので問題はない。
「姉さんが計算された魔石砕いてヒヨさんに渡すから。ヒヨさんは計算できたら姉さんに渡してね」
「はい」
緋夜はテーブルにつくと黙々と作業を始めた。自分の魔力が尽きることはないので鍋から目を離して計算を進めていく。
「……ヒヨさん。計算器は?」
「大丈夫ですよ」
「本当に冒険者ですか?」
「よく言われます」
驚愕するリアムをさらっと流した緋夜は早速仕事を開始した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ーーそれから数時間後、完成した回復薬が目の前にずらりと並んでいるのを見て緋夜はふう、息を吐いた。ここまで机に向かっていたのは久しぶりだった。
「終わりましたね」
そう言ってセッカとリアムを見ると二人して呆然としていた。
「どうかしましたか?」
「……こんなに早く注文数が出来上がるとは思わなかった」
「……しかも全く同じ時間で魔石を溶かした。鍋の中綺麗に空っぽなんだけど……最後は瓶詰めまで手伝ってくれたし」
二人が驚くのも無理はない。緋夜は火の温度と大きさを一定に保ったまま、魔石の量を正確に計算し更には瓶詰めまで魔法で全く同じ量を入れたのだ。長時間魔力を放出していたにも関わらず平然としているのだ。
「あんた、そんなに魔力持ってるのになんで冒険者なんかやってるのさ」
「実力主義の世界が好きなんです」
「そんな理由で!?」
「はい。とても楽しいですよ」
「あ、そう」
そんなやり取りをしながら緋夜は配達先が書かれた紙を手に取った。
「折角です。このまま配達に行きます」
「いや、ここまでやってくれたのにこれ以上手伝ってもらうのは流石に申し訳ないよ」
「お気になさらず。それに最近は少々物騒になっているようですし、やらせてください」
「……じゃあお願いするよ」
「はい、お任せください」
そう言って回復薬の入った箱をバッグにしまい、製作所を出た。
扉を閉め、一つ息を吐くと紙を見ながら歩き出す。
本当ならば配達までやる必要はないが彼らに行かせて襲われても目覚めが悪く、かと言って護衛として同行すれば間違いなく巻き込まれる。だから一人の方が都合がいい。
製作所から出た直後からずっと後をつけられている連中に緋夜が気づかないはずはなかった。考え事をしていれば気づかないこともあるが、元々気配には敏感な緋夜だ。素人の尾行に気づかないほど鈍感ではない。ましてや事前に忠告を受けていれば尚更。
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