悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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七頁 クレマチスの願い

96話 死者の遺した種

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「彼女が亡くなったというのはどういうことですか?」

 思わず声が低くなったのは流してほしい。だって原作では少なくとも死んではいなかったんだ。毒を盛られて意識不明の重体にはなったけど。まさか殺されているとは……。ついにストーリー中で死者が出てしまった。……ああ、本当にしんどい。なんで俺がこんなこと……今すぐ離脱したいよぉ……。

「どうもこうも今説明した通りですよ。この学園からもさほど遠くない場所でしたので即座に騎士を向かわせたのですが、到着したときにはすでに息絶えていたそうです」

 なんだよそれ。思いっきり口封じされてんじゃん。人の命をためらいなく奪えるんだから背後勢力とやらはかなり冷酷な性質をしていると言えるだろう。……まじで関わりたくないんですが、どうしたらいいんでしょう。誰か助けてください。

「躊躇いなく不要なモノを切り捨てるような輩である以上、一刻も早く居場所を特定する必要があります」

 まあそういう判断になるよな。それに唯一といっていいほどの手がかりが消えたんだ。焦るのもわかる。もっとも今回が非常に特殊なケースってだけでこの国の騎士たちは本来とても優秀だ。素人が下手に手出しをしないほうがいいんだけど……。
 女性陣が失神しそうほどの笑みを浮かべているこの男は俺のことを巻き込む気満々らしい。アウルに関しては……俺の知らないところで何かしらの取り決めでもあるんだろうな。でなければ謝罪のやり取りで済むはずがない。気になったところで下手に首を突っ込んでいいわけもなく……俺にできることといえば沈黙することのみ。平和ボケした国の社会人経験もない民間人にとって国際問題、外交問題は雲の上の話でございます。
 ……そんな俺の心境など知ったこっちゃないらしい目の前の麗しの御人はというと……

「と、いうわけでシュヴァリエ公子。こちらをご覧ください」

 そう言いながら即達(※誤字にあらず)で届いたらしい報告書を俺に見せてきた。

「その報告書内に不審な点や気になった点はありませんか?」
「……てっきり現場を見て来いというのかと思いました」
「まさか。さすがに人死が出た場所に学生を派遣したりしませんよ」

 はあ!? だったら未成年の男子学生に一人暮らしの年頃の異性の部屋を捜索させたりすんなよ!!! どっちもギルティだわ!!! なにそのいかにも常識ですみたいな反応は! ふっざけんなよ!
 ……心の中でひとしきり叫び散らかした俺はなんとか感情を抑えて報告書を受け取り目を通す。部屋の様子やらなんやらが詳しすぎるほどに詳しく書かれていることを除けば普通の報告書だな。……細かすぎて一瞬ストーカーの活動内容かと疑ったことは黙っておこう。

「……随分と詳細に書かれてありますね。この精度なら使用人の部屋の捜索もこのような形式にすればよかったのでは?」
「それだとシュヴァリエ公子が見つけてくださった紙が発見されなかった可能性があるでしょう? それにシュヴァリエ公子は平民の生活にお詳しいようですから直に見ていただいたほうが手掛かりを得られる確率は高くなると思いまして」

 エヴェイユの発言に口元が引き攣ったのがわかる。なんでお前がそのことを知ってんだよ!? え? じゃあ何? 平民の暮らしに詳しいということを知っているということは俺の公爵家での生活も知っているってことになるんですけど!? それをこの場で何でもないことのように言っちゃう!? え、王族こっっっわ!
 崩れることのない天上の笑みを浮かべるエヴェイユ、顔の引き攣っている俺、なんのこっちゃと首を傾げるアウルという何とも奇妙な光景の中、俺はエヴェイユの視線から逃れるように報告書へと視線を戻した。
 え~と、ストーカー報告書……じゃなかった、調査報告書を読んでいくうちにふと気になる項目があった。
 俺の視線が止まったことに目敏く反応したエヴェイユは面白そうに艶然と微笑む。お前にそんな表情を向けられても恐怖しか感じないのでヤメテクダサイ。思わず身震いしそうになったのを全力で抑え込んだ俺を誰か褒めてくれ。

「何か気にかかることがあるのですね?」
「……この部分です」
 
 エヴェイユに促されるままに俺はある一文を指さした。そこには現場から発見された遺留品についてまとめられた箇所。

[数種類の花が挟まれた本一冊 中身の検めは遺留品損壊の危険があるため現物保持]

 
「これがなにか?」
 
 花ならば本に挟む栞として普通に利用することもあるから特段何とも思わないけれど、『数種類』という表記がどうにも引っかかる。栞にするのなら一本で充分のはずだ。お気に入りのシーンに印をという線もなくはないけど、どれがどれだかわからなくなる可能性もあるからまずやらないと思う。現代日本のように蛍光ペンとかいう便利アイテムがあるわけじゃないし、本は平民にとって高級品だ。下手に破損を招くような使い方をするだろうか? それに部屋とあのメモの字を見た限り彼女はかなり几帳面な性格だ。そんな人物ならなおのこと本に余計な印などは入れない気がする。となるとなにかしらの意図があったと考えるのが妥当だ。あくまでも俺の推察でしかないけど確かめるに越したことはない。

「この花が挟まれているという部分についてもう少し詳しくわかりませんか?」
「現物保持とあるのでこちらが要請すればすぐに手に入ると思います。持ってこさせますから、少し待ってください」
「……殿下は、私が彼の件に関わることについてなんとも思われないのですか?」
「私の優先順位は事件の早急なる解決です。それ以外のことなど気にするだけ時間の無駄ですよ。それには非常に使い勝手がいい。使える駒を使わないのはただの馬鹿です」
 
 ですから精々働いてくださいね、と笑うエヴェイユにやはりこいつは王族なのだと改めて思い知る。はあ……ほんと――これだから俺はこいつに関わりたくないんだよ。

「……善処します」
「……そこは変わっていないんですね」

 そう言ったエヴェイユに浮かんでいたのは人を食ったような笑みではなく、どこか楽しそうないたずらを期待する子どものような表情だった。


    ♦♦♦♦♦♦♦


 明日またお呼びします、と言われ俺とアウルは生徒会長室を出て自寮へと足を進めていた。

「アウル、アクナイトさん!」

 声をかけてきたのは案の定クラルテ……と、なんでお前もいるんだよ。クラルテの後ろから優雅に歩いてくるのはアルクス・ダチュラ。何なら今一番警戒しているといってもいい人物が主人公殿と共にご登場。何も起きないはずはないよね! オレシッテルモン!

「リヒトのことどうなっていますか!?」

 ……クラルテよ。リヒトが行方不明で心配なのはわかるがこんないつ誰がどこで聞いているかもわからない場所で堂々とそんなことを言うんじゃない。リヒトのことはあくまでも実家の都合による短期休学なんだから。しかもアルクス・ダチュラの前で言っていいことじゃない。警戒心ないのか?

「君はほんの少しもじっとしていられないのか? 子供でももう少しおとなしいが?」
「え? でもダチュラ先生がリヒトの手がかりを持っている人が死んだって言っていて……それで僕いてもたってもいられなくて……」
 
 こんのクソ野郎……! 余計なことしやがって! なんのためにクラルテに動くなっつったと思ってんだ! いやこいつがそういう役割なのはわかっているけどね!? だからってこいつに余計なこと吹き込まないでくれるないかなほんとにさぁ!!!!!

「あの……アウル、アクナイトさんお願いがあるんです!」

 ……嫌な予感しかないんだけど? 

「却下だ」
「まあまあアクナイトさん。そう邪険にするものではありませんよ。お話くらいは聞いて差し上げても良いのでは?」
「貴方には関係のないことですよ。生徒の問題に教師が安易に口を出すのはいかがなものかと」
「それもそうですね。ですがクレマチスさんのことは生徒だけの問題ではないでしょう?」
「もし不測の事態が起こり、なおかつ殿下が必要だとされた時だけこちらに話を回すでしょう。彼らが動いておらず通達もされていないということはそういうことです。……余計なことはしないでもらおうアルクス・ダチュラ」
「……っ! 随分と手厳しいですね。……クラルテさんここは引き下がったほうがよろしいかと」
「え、でも……!」
「ここで食い下がってもよいことはありませんよ」
「…………わ、かりました……アウル、アクナイトさん失礼します」

 クラルテは落ち込んだ様子でアルクスの背を追い、去っていった。そんな二人をアウルは怪訝な顔で見つめる。

「あれは確かに君が殿下に警告するのも頷けるな。何を考えているのか全く分からない」
「あの様子ではまた何度かちょっかいを出してきそうだ」
「……クラルテは彼に利用されたりしないだろうか?」
「大人しくしていろ、と俺は言った。いくらなんでも高位貴族からの命令に背くような愚かな真似はしないだろう」
「……そう、だな」

 というかね、人死にが出ている状態で勝手に動かれては困るどころの話じゃないんだわ。もしそんな事態になったら問答無用で動きを封じるしかない。……頼むからそんな面倒な真似させないでくれよ。

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みんなの感想(149件)

黒猫のクマ
2024.12.10 黒猫のクマ
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黒猫のクマ
2024.11.24 黒猫のクマ
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蜂蜜堂
2024.11.21 蜂蜜堂
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