悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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六頁 サンビタリアに染まって

サンビタリアを咲かせた者(sideセレーナ)

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 私はずっと独りで震えていました。両親が死んでサンビタリア侯爵家に引き取られてからずっと居場所がなかったように思います。侯爵夫妻は私を愛してくれましたが突然入り込んできた異物をすべての人に認められるわけもなく。侯爵家に入った日から三人の姉たちに毎日のように虐められ、使用人たちでさえも私に優しくしてくれる存在はいませんでした。一番上の義兄とはただの一度も会話をしたことがありません。ですがきっと私を疎んでるでしょう。そう思うと外に出るのさえ怖くなっていき、私は引き籠るようになりました。
 そんな日々の中でついに私も社交界デビューの年となり、夫妻は私にデビューをするようにと言いました。当然の流れではありますが私には荷が重すぎる。そう思って辞退しようとしましたが養子の身である私に拒否できるだけの意思もなく。あっという間に社交界デビューすることが決まったのです。エスコート役は既に決まっていると言われみっともなく震えてしまいました。こんな私のエスコートなんかしてもし相手の方に恥をかかせてしまったらと思うと怖くて怖くて夜もまともに眠れず……。そして相手役のお名前を聞いてさらに不安が募りました。お相手はアクナイト公爵家の次男であるシュヴァリエ・アクナイト様。なぜそのようなお方を私のエスコートなんかに。ほかにもっと相応しい方がいらっしゃるというのに。
 恐怖に震えながら迎えた我が家のパーティで初めてアクナイト公子とお会いした時、なんて美しい方なのだろうと見惚れてしまいました。この方が私のエスコート役だなんていったいなんの冗談なのかと思ったほどです。オルニス公子もアクナイト嬢もとてもお美しい方々でこんな自分が挨拶をするなんてお目汚しもいいところ。
 ですが姉たちに虐められパーティ会場の外で座り込んでいた私にアクナイト公子が声を掛けてくださったときから私のすべては一変しました。あっという間にアクナイト邸へ連れてこられ社交界で高嶺の華と謳われたエステティカ・カランコエ様やダズル様そしてルアル様によって淑女としての在り方を一から叩き込まれたのです。とても驚きましたし大変だったことももちろんありますがそれでも皆さまが私を見てくださっているということが何よりもうれしく、少しずつ前を向けるようになったのです。
 
 そうして迎えた本番当日。アクナイト様が私に下さったのはサンビタリアがあしらわれた装飾品でした。まるで自分がサンビタリアの一員として認められたような、そんな思いが込み上げてきたのです。
 その後のパーティはすべてが瞬きの間に過ぎ去っていき、ようやく私は社交界入りを果たしました。不思議なものであれだけ嫌だと思っていたデビュタントが今はとても誇らしく、そんな感情が伝わっているのかルアル様は満足げにこちらへ微笑みを向けてくれます。

「連続で踊るのは疲れますわよね」

 そう言いながらもルアル様は慣れているように息一つ乱していません。ほんとうにすでに社交界で戦っているお方は素直に尊敬します。

「それにしても……お兄様は一体どこに行ってしまったのかしら」
「アクナイト公子様は先ほど会場を出られた後戻ってきていませんね」
「まったく……せっかくの大舞台だというのに」

 呆れながらもどこか誇らしげな姿に私はアクナイト公子様への思いはちゃんとあるのだと感じられました。

「アクナイト公子様は一体どこへ行ってしまわれたのかしら」
「あれほど麗しいお方と一度踊ってみたいというのに……」
「ああ……早くお戻りにならないかしら……」

 周囲を見渡せばアクナイト公子様を探す令嬢たちの声が耳に入ります。私の耳に入るくらいですから当然ルアル様のお耳にも入っているはず。そう思ってそっとルアル様を伺うと……大層冷めた目をしておいででした。あきらかにアクナイト公子様を狙っているという感情を隠しもしない様子にお怒りのようです。

「愚かな……学園では遠巻きにしていたというのに社交界に出た途端にこれとは……」
「ですが……私をエスコートしてくださったアクナイト公子様はとてもその……お美しかったので目を惹かれてしまうのも致し方ないかと」

 そう言うとルアル様はあからさまにため息を吐かれました。

「そうはいってもお兄様にはすでにお相手と定めた方がいらっしゃいますわ。彼女たちでは絶対に勝ち目のないお方が。本人が気づいているかはともかく」

 ……ルアル様のお言葉に私も思い当たる人物がおります。確かにあの方に勝てる人はいないでしょうね。そのことに気づくのはかなり早かったと思います。気づいたときには胸が締め付けられるような思いがしました。私は……アクナイト公子様に少なからず恋愛感情を抱いていたのです。たぶんルアル様は気づいておられる。とても聡い方ですから。同時にすぐ諦めたことも。

「……よかったのですか?」
「ええ。あの方には勝てませんもの」
「そうですか。……セレーナさんにはこれからも出会いはあります。きっと貴女だけを大切にしてくださる方がいますわ」
「……ありがとうございます」

 あの方に嫉妬したことも正直ありますが、あの方以上にアクナイト公子様のおそばに似合う方はいないでしょう。それはきっとあの方にとっても。むしろあの方のほうがアクナイト公子様を欲しているとさえ思うほど。

「セレーナ様。パーティはまだまだ続きますわ。せっかく社交界の一員になれたのです。……心行くまで楽しみましょう」

 ルアル様の言葉に私はまたフロアへ一歩踏み出しました。

 臆病な蕾であった私を咲かせてくださってありがとうございます。どうかお幸せに。私の初恋——


・・・・・・・・・・・

 
 次回から『七頁 クレマチスの願い』が始まります。お楽しみに♪
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