悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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六頁 サンビタリアに染まって

89話 第四王子の祝宴④

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「ぐっ……!」
「がぁっ……!」
「う゛っ……!」

 パーティ会場のような優雅で煌びやかな場ではまず発生しないであろう打撃音とくぐもった声、どさっと何かが堕ちる音が室内に木霊した。本当はこういう荒事得意じゃないんだけどなぁ……。サリクス連れてくればよかった。

「ぐっ……くそっ……は、話が違う……」


 あらあらいったい誰に何を聞いたんでしょうね? というか随分と乱暴な口調をしてるじゃぁないですかぁ。そんなんじゃあ女の子に嫌われまっせ? ……もっともこれから口説く機会は減るだろうけどね。
 俺は今パーティ会場から離れた一室にいます。会場入りしてからずっとこっちを見ていた連中を釣るためにわざわざひとりで出てきたら……びっくりするほど簡単に釣れました。あっけなさすぎてちょっとつまらなかった。

「あの女が何を囁いたかは知らないが、貴族子息が暴漢の如く身分の高い者を襲おうとするとは……随分と下品なものだ」
「なっ……なんのことでしょう? わ、私たちはただあなたとお話ししたかっただけで……」
「そ、そうです! それなのにいきなり技をかけるなんて失礼ではないですか!?」
「……無駄口を叩くな耳が穢れる」

 ただでさえ憂鬱なパーティなのにつまんねえ連中の相手までしなけりゃならんとは……なんたる厄日か。一回マジでお清めでもしてもらおうかな。
 一方直接的な暴言を吐かれたことでお貴族様のプライドが傷ついたのか無様に床に転がったまま的外れなことをほざき出した。

「アクナイト公爵家の子息ともあろうものが随分と乱暴な真似をなさる。もしこの場面を王家の皆様や来賓の方たちがご覧になったらどうなさるおつもりで!?」
「そうですとも! そうなればいきなり暴力を振りかざしたとして貴方様が責められることになるのですよ! そうなったらアクナイト公爵様にどれだけの迷惑がかかることやら」
「アクナイト第二公子はそれがわかっておられるのですか? 学園でも好き放題になさっているところを見るに……アクナイト第二公子様は大層ご自分のことがお好きなのですね」

 うん、お前ら散々好き放題言ってくれるじゃねえの。自分たちの立場判ってねえのはどっちだよ? 王族の誕生日パーティで自分より高位貴族相手にやらかそうとするとか真性の馬鹿だろ。しかも女に誑かされての実行だからな……愚かにもほどがある。こんな馬鹿が相手である意味よかったのかもしれないけど、この国の将来は大丈夫か?
 ピーチクパーチク喚くヒヨコは無視して部屋の奥にある椅子に腰を下ろした。そもそも俺はパーティ会場が嫌で休憩のために出てきたんだ。確かにこいつらを釣るためでもあるけども。一番の理由はサボりたい休みたいからです。椅子があったら遠慮なく座らせてもらいますわ。……机の上に気になる物もあることだし?

「……上質な媚薬だな。こんなものを置いておくとか何をしようとしていたのかは馬鹿でもわかるが……一応聞いておく。自白する気はあるか?」

 せめてもの慈悲を向けてやるがお馬鹿たちには無用のものだったらしく、気色悪く口元を歪めてシラを切る。

「それが私たちが用意したものという証拠はないでしょう?」
「アクナイト公子が自ら持ち込まれたのではないですか? この場には有力な貴族たちが大勢いますからね。遊びたくなってしまうのも致し方ないかと」
 
 本当に腹が立つな。つーか自分たちが何を言っているかわかってんのか? 事前に情報を得ていたとはいえ普通に引くわ。王族主催のパーティでこんなことして自分たちの家が潰れるかもしれないとは考えないのか? 人の上げ足を取っている暇があるのなら自分たちの今後を心配すべきだと思うけどね。それに王家はなんだかんだと家族への愛情は深い皆様ばかり、とくに王太子は普通に弟妹を溺愛しているという噂だ。そんな王太子が弟の誕生日なんていう晴れ舞台に泥を塗る行為をした連中を逃すと思うか? 答えは否だ。即答できる。王家への反逆罪も追加されてあっという間に没落まっしぐらだろうね。そこに気づかないなんてほんとうにお目出度い頭をしているようでいっそ羨ましいな。
 なんて思考を飛ばしている間に回復したのか立ち上がろうとしていたのでとりあえず全員に一発ずつ入れてまた沈めておいた。……ロープか何か持ってくればよかったな。残念。

「君たちのような下賤な輩に心配されるほど我らは落ちぶれていない。汚らわしい卑賎の身で私たちのことを語るな。王族主催のパーティでこのような下劣な行動に走るとは愚の骨頂。……大人しく沙汰を待つんだな」

 あんまりにも下らなすぎて声に全く感情が乗らないんですけど。こんな奴らと同じ空間にいるとかめちゃくちゃ苦痛なんだが? 
 本来なら自分たちで媚薬を飲み俺を襲ってそこをあらかじめ抱き込んでおいた使用人に目撃させ悲鳴の一つでもあげて人を呼び寄せる。そして集まってきた者たちに俺に無理やり媚薬を飲まされたとでも言って騒げばあっという間に俺とアクナイト公爵家の名声は地に落ちるというわけだ。……なんでこんな杜撰な計画でどうにかできると思ったよ。頭の中身見てみたいわ。まあ俺があちら側が抱き込んだ使用人連中を事前に排除していなかったらうまくいっていた……いや、ないな。無理がありすぎる。そもそも一対複数だった時点で媚薬を飲まされる前にどうとでも抵抗できただろっつー突っ込みができてしまう。身分で抵抗できない? だったら王族を連れてくればいいだけだろ。連れ込まれた? こんな人数を一度にどうやって連れ込むんだよ。ああ、ダメだ奴らの計画には突っこみどころが満載すぎて突っ込み全集でも作れてしまいそう。いっそ作るか? そんでもってみんなで大笑い出来たら楽しいだろうなぁ。

 いまだにわーわー喚く連中にいい加減うんざりしてそろそろ口に詰め物でもしてやろうかと部屋の中を物色し始めた頃、部屋の外がにわかに騒がしくなった。

「全員動くな!」

 やってきたのは近衛騎士。まあ王族の祝宴で事が起こったら真っ先に動くのはこの人らだもんね。近衛騎士別名白光騎士団。エリート中のエリートで他の四騎士団で人柄と実力を認められ、所属している騎士団の団長から直々に推薦状を書いてもらいそこからさらに白光騎士団の団長から与えられる試験をクリアした者のみが入団を許させる特別な騎士たちだ。当然王家・国への忠誠心はめちゃくちゃ高い。そんな奴らが特に気を張っている場での行いだ。入ってきた騎士たちは皆殺気立っている。…………今すぐ逃げ出したい。じゃないと濃すぎる殺気で失神しそうだ。うぅ……お願いだから退散させて~~~。

「シュヴァリエ・アクナイト公爵子息殿。これは一体どういうご状況でしょうか」
「たいしたことではありません。この者たちが人目を忍んで実に下品なことに及ぼうとしていたところを偶然見つけましたので、対応させていただきました」
 
 うん、間違ったことは言っていないな。俺はそのまま証拠である媚薬入りの瓶を爪で叩くと騎士は怪訝そうな顔をしながらも近づいてきて小瓶を手に取り眉を顰め、俺に向き直った。

「これは?」
「おそらく媚薬ではないでしょうか。それを使って一時の夢に溺れるつもりだったようですよ」

 瓶の中身が媚薬だと聞くや否や部屋に入っていた騎士たちの目は汚らわしいモノを見るそれに変わった。

「ち、違います! 我々はアクナイト公子に誘われて……!」
「ほう……? ではなぜ誘われた側が床に転がっているんだ?」
「それはアクナイト公子のお遊びで……!」
「そうです。私たちはアクナイト公子の誘いで部屋を訪れた直後に突然暴力を振るわれたのです!」
「ならばこの媚薬はなんだ?」
「そ、それはアクナイト公子がご自分で持ち込まれたのでしょう!? それを我らのせいにするなど……」

 この状況で俺に罪をなすりつけようとしても無駄だってのに。疑問に思わないのかね? なぜ彼らがこの場所を突き止められたのか。なぜ部屋に入ってきた段階で殺気立っていたのか。……根回しを、していたのはお前たちだけではないんだよ。
 俺を貶める計画を知った段階で俺はエヴェイユに連絡を入れた。と言っても手紙出しただけなんだけど。即達で届いた返事は『どんな手段を使ってでも潰せシュヴァリエ・アクナイト』だった。な~んかあいつに借りを作った気がしないでもないけど、向こうだって弟が主役の祝宴を下らない事に利用されそうになっていると知ってかなりお怒りだったようで、完全なる命令形でのお手紙でした。なのでこちらの計画案をエヴェイユに伝えて全面的に協力者になってもらったのである。だから本当は俺が襲われそうになった時点で突入させることもできたんだけどそれだとあらかじめ準備していたのがばれるじゃん? そんなこと教えてやる義理なんかないし変な勘繰りをされても面倒なんだ。というわけで時間を置いてもらった。事前に伝えられ俺の協力者となっていたのだから実際に現場を見た騎士たちが殺気立つのも無理はない。何度も言うけど祝宴の場での行いだから王族への侮辱になるんだもん。そりゃ忠誠心の塊のような人たちは怒るわな。
 ずっとわあわあ喚くアホ共は揃って騎士たちに睨まれ強制的に黙らせられながら問答無用で引きずられていった。

「それではアクナイト公子、我々はこれで」
「ええ。事情聴取は後日でもよろしいでしょうか」
「構いません。今日はリベルタ殿下の生誕祭ですので。……ここは我々にお任せください」
「わかりました。それでは私はこれで」

 騎士たちに一礼をして俺は部屋を後にした。ここ以外はびっくりするほど静かであの部屋で起こった喧騒などなかったように俺の靴音しか響かない。
 今度こそアクナイトの控室に向かおうと角を曲がったとき

「終わったか?」

会場にいるはずのアウルがそこにいた。
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