悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

文字の大きさ
上 下
87 / 105
六頁 サンビタリアに染まって

81話 デビュタント舞踏会へ向けて①

しおりを挟む
 サンビタリアでのパーティーを終えた二日後、この短期間でシュヴァリエ・アクナイトが遂に公の場に顔を出したとの情報が社交界全体に広がっていた。ほんとびっくりするくらい話の回りが早い。人間社会は怖いね。誰が誰に告白したって話が次の日の朝クラス中に広まっていてその日のうちに学校全体に知れ渡っている的なあれ。そして各学年どころかクラスに一人はいるスピーカー人間。当然貴族社会にもそういう奴はいるもので。今アクナイトと繋がりを持ちたい連中やパーティーで俺に惚れたらしい令嬢たちが挙って俺宛ての招待状を送ってきているとサリクスに教えられた。ほんと勘弁してほしい。そもそも近いうちに第四王子の誕生日パーティーがあるんだからそれまで我慢すればいいだろうに、どいつもこいつも気短すぎだろ。暇なんか。

「シュヴァリエ様大丈夫ですか?」

 自室の机の上に山と積まれた招待状を一枚一枚開いてはゴミ箱に入れるを無心で繰り返していた俺にサリクスは苦笑しながら声をかけてきた。この招待状のせいで帰ってきてから押し花作りができていない。当然サンビタリアだけに出席して後は無視なんて真似はできないためどっかの誘いにはいかないといけないんだけどさ……派閥とか力関係とか身分なんかを考慮したうえで選ばないといけないっていうのが心底面倒くさい。

「はあ……なんで俺がこんな目に……」
「それはシュヴァリエ様が公爵子息だからです」
 
 正論言われた。容赦ねえなサリクスさんよ。もうちょっとなんかあってもよくない? はあ~……かったるいな。かと言って俺に来たものを誰かに押し付けるわけにはいかないし……なんて憂鬱な夏休みだ。

「シュヴァリエ様の場合はこれまでがおかしかったんです。本来ならとっくの昔に社交界へ顔を出しているはずなんですから」
「そうなんだけどな……」
「それにご自分で仰ったんじゃないですか。アクナイトの姓を名乗らせている以上は相応に扱うべきだって」
「本当に今さらなんだけどな」

 俺も考えていたことだし反論のしようがないんだけど。
 なんて思っていたらノックが響いた。

「失礼いたしますシュヴァリエ様。サンビタリア侯爵令嬢セレーナ様がお見えになりました」

 ああ、そういや今日だったな。
 俺は椅子から立ち上がり玄関へ向かうとちょうどセレーナが玄関に入ってきたところだった。うん、だいぶ緊張しているらしい。

「ようこそアクナイト公爵家へ。どうぞよろしくお願い致しますわね」
「は、はい。ほ、本日はお招きくださり、あ、ありがとうございます」
「立ち話も面倒だ。中へどうぞ」
「もう、お兄様ったら。そっけなさすぎですわよ」
「ふん、話す機会などいくらでもあるというのになにをそんなに拘る必要があると?」

 それだけ言うとルアルと新しく侍女頭になったエステティカ・カランコエへ目を向ける。

「それにお前たちがいれば私など不要だろう」
「それはそうですけど、お兄様にも手伝っていただくことだってありますわ。その時はちゃんとこき使われてくださいませ」

 おい、兄に向かってこき使われろって言ったぞこの妹。シュヴァリエももうちょっと家族と交流を持つ勇気があったらあんな末路は辿らなかったのではないだろうか。多分その前に扇子で引っ叩いてでも引き戻してくれたかもしれないと思うとなんかやるせないな。

「ふん、兄をこき使う妹がどこにいる」
「目の前にいますわよ。というかこれはお兄様が発端なのですからちゃんと動いてもらいませんと」
「……はあ。必要になったら呼べ。エステティカ妹を頼んだぞ」
「お任せくださいシュヴァリエお坊ちゃま」

 後のことはあの二人に任せておけば心配ないだろう。なんせ令嬢の模範と言われている妹とかつて社交界を制していた百戦錬磨の猛者である侍女が教育役なのだ。これ以上の存在はいないだろう。きっと最高の淑女に仕上がるに違いない。……俺にもやることがあるし。
 さて、セレーナのことはあの二人に任せて支度をしますか。

 部屋に戻るとすでにサリクスが準備を終わらせていた。こいつは本当に仕事ができる。

「シュヴァリエ様~! 準備終わっています。あとはシュヴァリエ様が着替えるだけです」
「ああ」

 外出用の服に着替えてサリクスと一緒に馬車へ向かった。セレーナが屋敷に来たら俺とサリクスは買い物に行く手はずを整えていた。

「それにしてもよくあんなことを思いつきましたね」
「何の話だ」
「とぼけないでください。デビュタント舞踏会までセレーナ嬢をアクナイト公爵邸で面倒を見るってことですよ」

 そう、俺が提案したのはパーティーを無事に迎えるまでアクナイトの屋敷で面倒を見るというもの。理由は簡単、あの三姉妹対策だ。あの三人はセレーナを忌み嫌っているからどんな妨害を受けるかわかったものじゃない。実際ゲームではありきたりな嫌がらせを受けていた。セレーナがちゃんと成功しないと俺の名誉にも傷がつく。だったら最初からあの性悪女たちの手が届かない我が家で匿ってしまえばいい。本来ならあり得ないことだが、実はあの三人、ゲーム内でセレーナのエスコート役に色仕掛けをして略奪するなんてことをやってのけたのだ。普通はありないんだけど、セレーナのパートナー候補になりそうな子息をあの手この手で篭絡して抱き込み、パートナーになった後で手酷く破棄するなんて算段を立て、ものの見事に成功させやがった。だが今回パートナーが俺になったことで筋書きが思い切り狂っている。もうこの時点でストーリーもなにもあったものじゃない。……あとから強制的に修正イベント発生したりして。

「サンビタリアの令嬢たちは信用ならないからな。彼女が失敗すれば俺の名誉に傷がつく」
「とか言って単純に令嬢が心配だっただけじゃないですか?」
「はあ? なんで俺があんな冴えない令嬢を心配するんだ。自分のためだ」
「……そういうことにしておきますよ」

 とか言いながらにやにやしているサリクスに一発。アウルとルアルに続いてこいつまで本当に意味がわからない。人をからかってそんなにたのしいのか。

「ところで今日はどちらへ行くんですか?」
「キハダ地区」

 
    ♦♦♦♦♦♦♦


 キハダ地区は数多の店が立ち並ぶツヴィトーク最大の商業地区だ。キハダ地区は三つの区域に分かれており、第一区は超高級店が軒並みを連ねる上流区域、第二地区は貴族平民だれでも利用できるお値段の中流区域、そして第三地区平民向けのお値段の品々が並ぶ下流区域である。……で俺は今第一区域にいるのだが、さすがは超高級店が並ぶ区域なだけはある。ようするに……店の外観もめちゃくちゃ豪華だということだ。初めて来たけどすごいな。貴族たちがうろうろしているし、いろいろな意味でキラキラしていてぶっちゃけ目が痛い。

「……サリクス」
「なんでしょうか」
「第二地区に行くぞ」
「え? ですがセレーナ嬢への贈り物を買いに来られたんですよね?」
「別にいいだろ。最後に買って帰るんだから」
「もう……まあいいですけどね。じゃあ第二地区に行きましょう」

 俺の我が儘で第一地区から第二地区へ移動。せっかく来たんだからいろいろ見て回りたいし、DIYに使える良さげな掘り出し物があるかもしれないじゃん。
 馬車置き場に馬車を預けたら散策開始。なんかこう言うの久しぶりだな。

「それにしてもシュヴァリエ様がショッピングなんて初めてじゃないですか?」
「ああ。これまでは学園以外で屋敷の外に出ることは禁止されていたからな、あの女の重荷がなくなって自由に外を出歩けるのがこんなに嬉しいとは。昔友だちとゲーセンだのイベントだのを行きまくっていたころが懐かしい」
「何のことですか?」
「こっちの話だ」
 
 さて、何か面白いものはあるかな。……って、え? おい、なんかものすごく見覚えのある後ろ姿の奴らが三人いるんですけど。嘘でしょ、ここでエンカウントします? ……え、超嫌だ。うん、三十六計逃げるに如かず。

「サリクス、あっちへ行こう」
「え? あ、はい」

 即座に踵を返してやや早歩きでその場を去ろうとした直後。

「あれ? アクナイトさん? こんなところでどうしたんですか?」

 その無邪気な声はとっても聞いたことのあるもので、そっと後ろを振り返るとそこにいたのはお馴染みのメンバーアウル、リヒト、クラルテだった。……フラグ回収、乙。
しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

処理中です...