悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

75話 ホオズキランタン

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 結論から言うとアウルのお説教は朝日が昇り朝食の直前まで続いた。リヒトとクラルテは点灯されてからしばらくランタンの灯りを楽しんだ後で、宿に戻ってきて少し寝てからまた祭りを見に行ったらしい。
 俺も見たかったがヌカヅキとの対峙にアウルの説教が続き、結局二人仲良く一番綺麗な時を見逃すことになった。…………アウル、すまん。

「あれだけ綺麗だったのに体調不良になるなんて……二人とも大丈夫?」

 リヒトとクラルテの二人にはアウルから体調不良のため点灯前に宿に戻って休んでいたということにしておいた。ある意味では間違いじゃないし一人は看病ということにすればおかしくはない。ヌカヅキのことは回復した後で二人に言うかどうかを本人に決めさせることに。自分の幼馴染をも巻き添えにしかけたんだから自ら白状する方が罰になるだろうって提案したらアウルには変な顔されたけどね! 
 因みにゲーム内でのヌカヅキは最後、どこかの森でハイライトの消えた立ち絵が出てきてどうしようか~みたいなことを呟いた直後に画面が黒い炎に包まれて四章クリアの表記が出てきた。そんな終わり方をしたものだから余計に考察スレが荒れたんだよね。あれ絶対死んでいるだろうになんで行方不明ってことになっているんだって感じに。それからさらに考察スレが暴れていた。

「心配ない。二人は楽しめたか?」
「ええ。とても美しい光景でしたよ。夜にほんのりと浮かぶスカーレットがどこか儚げで優しい印象を受けました」
「リヒトに喜んでもらえて僕もすごく嬉しかった! 体調が回復したら夜にまた見に行くといいよ!」
「ああ、是非そうさせてもらう。まだ帰るには時間があるし、ゆっくり観光するよ。いいだろうアクナイト公子」
「そうですね。ですが私はもう一度寝ます。昨日は眠れなかったもので」

 直前までお説教だったんだ。この後呑気に祭りを楽しむ余裕はない。そもそも祭りは明日の夜まであるんだから昼間に寝たところで大して問題はないんだよ。眠気と戦いながら観光なんてまっぴらごめんだ。

「そうか。ならば俺も残ろう」
 
 何言ってんだこの男。確かにかなり付き合わせちゃったけどさぁ。はっ! まさか俺がまた何かしないか見張るため!? だとしたら信用なさすぎじゃない? 

「いえ、私に構わず観光して」
「アクナイト公子はまだ本調子ではないようだしせっかくの観光でこれ以上悪化しては大変だろう」

 アウル様の目が笑っておりません。こりゃ俺の解釈は間違っていなかったパターンだな。まあ今回はかなり無茶をしでかしたと自覚していますけどそんな監視をしなければならないほどではない……あ、はい。すみません大人しくします。なんでゲームの悪役であるはずの俺が怯えているんだよ。
 
「……そうですね。幸い時間はあります。観光中に倒れるのも勘弁したいところですし今しばらく休ませていただきますよ」

 リヒトとクラルテは顔を見合わせて了承したように頷く。ほんとに必要以上は突っ込んでこないっていうのはかなりありがたいよね。ぶっちゃけ詮索されたら困るのは俺だし。

「じゃあゆっくり休んでくださいね」
「そうですね。シュヴァリエ様? くれぐれもオルニス公子にご迷惑をおかけしないようにしてくださいよ」
「余計なお世話だ」
 
 朝から突っかかってくるなよ。こっちは説教明けで疲れているんだからますます憂鬱になるっつーの。内心ため息を吐きちらりとアウルを見つめる。さすがにこの後もお説教はないだろうけど……最近は本当にアウルと一緒にいるほうが多いな。別に嫌いではないんだけど、いつの間にか攻略対象たちと交流することになっているしストーリーは大きく変わりつつあるし…………俺はいつになったら心穏やかに押し花作りができるんだろうか。

「……どうかしたんですか?」

 うっかり遠い目になっていたらしく、俺の向かいに座っていたクラルテが顔を覗きこんできた。慌てて現実に戻り冷たく言い放つ。シュヴァリエの死んでいる表情筋はこんなときにお役立ち。

「何がだ?」
「なんか考え事をしている感じがしたので…………」
「私が何を考えていようと君には何の関係もない」
「あ、ごめんなさい。でも何か悩みがあるなら相談してくださいね! 力になりますから」
「平民である君に何ができると? 余計な気を回すな。平民は平民らしく自分のことだけを考えていればいい」

 そう言って俺は席を立つ。

「シュヴァリエ様! 本当に貴方は何故そうもクラルテに突っかかるのです!?」
「君こそなぜそうもその平民に肩入れする? 友、というには些か距離が近いように思えるが?」
「なっ……!」

 俺は主人公たちと関わりたくないんだ。それなのにこうも関わることになるなんていっそ嫌われたほうがましな気がする。そうして悲惨な末路を迎えることなく趣味に没頭——

「……やっぱりアクナイトさんは優しいです! ありがとうございます!」

 …………はい? あり得ないセリフが聞こえてきて思わず振り返るとクラルテが満面の笑みを浮かべていた。

「何を言っている?」
「だって僕らしくいていいよって意味ですよね! だからこれからも僕頑張ります! それであの…………」

 クラルテが顔をわずかに紅潮させてもじもじしている。その謎現象に俺はなぜだか背筋が寒くなった。

「実はモルタさんに頼んで色を落としたホオズキをいくつか準備してもらっているのでぜひ持って行ってください!」
 
 ピクリ。
 色を落としたホオズキ、ねえ? …………どのくらい用意してくれたんでしょうか。

「初登校の日に困っていたところを助けてくれたお礼をずっとしたかったんです」
「そんなことは知らないな。だからといってお礼がなぜホオズキなんだ。しかも色落ちしたものなど」

 めちゃくちゃほしいです! 今すぐモルタさんのところに案内してください! …………と言いたいところだけど、シュヴァリエ・アクナイトはこんなことでがっつきはしない。耐えろ俺! 

「え? だってアクナイトさんお花大好きですよね? オルテンシアさんに好きで悪いかって怒っていましたし」
「……」

 ……………………そうだった~~~~~!!!!! すっかり忘れていたけどあの時開き直ってそんなこと言ったなそういえば!!! しかも最悪なことにこいつらに聞かれていたんだっけ? うわああああぁぁぁ~~~なんという羞恥!!!!! 黒歴史!!!!! 過去の俺の馬鹿野郎!!!!!

「……馬鹿者っ!!!」

 もはや羞恥心MAXでシュヴァリエ・アクナイトとしてのキャラを保てずただ一言ぶちまけて足早に部屋へと戻った。あ゛ぁ゛~~~恥ずかしさで死ねる!!!

 一方、俺が去った食堂に残されたアウル、リヒト、クラルテの三人は。

「……なんですかあれ」
「アクナイトさんでも顔赤くなることあるんだ~」
「しかも捨て台詞が馬鹿者とは……けっこう可愛い面もあるんだな」
「前から思っていたけどアクナイトさんて行動と言動がちぐはぐでなんか……頑張って性格悪い人を演じている感じがあるよね」
「完全に崩れてあからさまに照れていたな。もう少しああいう表情を見せてくれるようになればいいが」
「でもアクナイトさん、アウルにはだいぶ表情豊かだと思うよ? 微妙に態度が違うというか」
「そうだろうか……」
「うん! 僕そういうのわかるんだ! 案外アウルのことは別枠にかんがえているんじゃないかな」

 呑気な会話を続けるアウルとクラルテは実に楽しそうにシュヴァリエの去って行った方向を見ていた。そんな二人の横でリヒトは一人暗い瞳を浮かべていた。

「あれは……本当にシュヴァリエ様、なのか?」


     ♦♦♦♦♦♦♦


 部屋に戻ってきた俺はそのままベッドへ倒れこみ布団を思い切り頭から被った。これからどうすりゃいいんだよ~~~! クラルテの馬鹿、アホ、おたんこなす! でもホオズキは欲しいし…………ああもう!!!

 コンコンッ

「誰だよこんな時に!」
「アウル・オルニスだ」

 …………。お前もタイミング最悪だな畜生!!!

「失礼しました。何か御用ですか」
「いやなに、今夜一緒にホオズキランタンの点灯を見に行かないかと思っただけだ」
 
 今言うことかよもうちょい後に来いや! 扉越しでも笑っているのわかってんだからな!? いっそ大声で笑ってくれたらいいのに!

「……どうせ断っても無駄なのでしょう? 付き合ってあげますので今はさっさと消えてくれませんか?」
「あ、ああ…………わかった。…………、ゆ、ゆっくり休め」

 耐えられないといった様子で扉の前から去っていたアウルの気配に俺はガバリと飛び起きると扉に向かって思い切り舌を出した。


     ♦♦♦♦♦♦♦


  どうにかこうにか心を落ち着かせ、エヴェイユへのお土産を見繕いアウルと合流した。

「来たか。用事は終わったのか?」
「ええ。恙なく」

 俺の様子を見てアウルは苦笑する。

「そんなに警戒しなくても朝のことをからかったりしないさ」
「……徹夜明けで疲れていただけですので蒸し返さないでいただきたい」
「ごめんごめん」

 全っ然謝る気ねえだろてめえ! ……ああ、もう!

「それでだ。少し歩きたいんだがいいか?」
「どこへ行くというのです?」
「着いてからのお楽しみだ」

 アウルは笑いそのまま踵を返して歩き出す。ホオズキランタンを見に行くのに何で会場と反対方向に歩いていくんだろう。
 アウルと共に歩いていくと次第に祭りの喧騒から遠のき、あたりにはホオズキの木が増えていく。この辺のホオズキは収穫されず残っている、いやあえて残しているのだろう。だけど一定間隔で明かりが付けられているからこちらはこちらで綺麗な光景だった。もっとも個々の灯は本物のランタンみたいだけど。
 
「こっちだ」
「こんな奥まったところに建物ですか?」
「ああ、ここを上る」
「なぜ?」
「いいから」

 目の前には古びた建物、というよりは見張り台のような雰囲気の建物に備え付けられた階段をアウルは躊躇いなく登っていく。理由を話もせずにどんどん先へ進んでいくアウルを訝しみながら置いていかれないように後をついていくと階段が終わり、特に何もない屋上へと辿り着いた。あれ? この景色って…………

「アクナイト公子、こっちへ来てみろ」

 呼ばれるままにアウルの隣へ並ぶと、ちょうど陽が完全に落ちたところだった。そしてそれはランタン点灯の合図である。ランタンは初日は日付が変わると同時に点けるがそれ以外は陽が沈んだら点灯されるのだ。
 次々とランタンが光りだしやがて会場のランタンすべてに明かりが灯された。浮かび上がったのは幻想的な真朱まそほに染まった郷だった。夜のしじまを飽きさせぬように降りてきた彼岸の都のよう。

「この場所…………実はモルタ殿に教えていただいたんだ」
「そうでしたか。しかしなぜ?」
「君に言いたいことがあったからな。聞いてくれるか?」
「……この景色に免じて」
「よかった。…………アクナイト公子」

 真剣さを帯びた声が夜のしじまに響き渡る。

「クラルテが来てから君と話す事になったから、期間で言えばかなり短いが君とはそれなりに濃い時間を過ごしてきたと思っている」
「それは……否定しません」
「そこでなんだが、いい加減君とは対等に話がしたいんだ」
「……はい?」
「これまでずっとお互いに距離のある呼び方をしていたが、これからは互いにファーストネームで呼び合いたい。敬語もなしで…………友として接してはくれないか?」

 …………。対等でありたい、か。確かにアウルとはかなり濃い、というか濃すぎる経験をともにしてきたと思うし貴族として接するのは面倒だとは常々思ってはいたけど、まさかアウルから名前呼びを求められるとは思わなかった。正直に言えばゲームの主人公と攻略対象には関わりたくなかったし、仲良くなるなんてもってのほかだと思っていたし思っている。だけど、まあ…………変わったことも多くあるわけだし、ゲームではずっと独りだったシュヴァリエに友達ができるっていうのも悪いことではないはずだ。…………うん、決めた。

「面倒な人ですね。正直に言えば貴方方とは関わりたくありませんでしたし、今もそう思っていますよ。…………なので、これからもできれば君たちを全力で避けさせてもらうから覚悟しておけ。…………アウル」

 唐突なタメ口と名前呼びにアウルは目を瞬かせて固まった。朝笑われた仕返しだ。ざまあみろ。

「そうか、それは困るな。君は面白いから一緒にいると退屈しない。だからこれからも積極的に話しかけに行かせてもらうよ」

 アウルはさらりと俺の髪を撫でながら不敵な笑みと共に耳元に唇を寄せて——

「シュヴァリエ」
「~~~~~!」
 
 …………ずりぃ。
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