悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

70話 ヌカヅキの本性

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 夏場の暑く乾いた木の感触、埃の舞う空気に俺は盛大に咽せた。

「ようやく起きたんだ。お坊ちゃん」

 あ~目ぇ開けたくねえ。このまま気絶したふりしていたいけど、たぶん気づいているんだろうから無駄な足掻きか。

「気絶したふりしても無駄だから」 

 さすがだね~完全にばれてら。

「公爵子息を床に転がすとはいい度胸をしているな……ヌカヅキ」

 両手両足を縛られた状態で床に転がされている俺を楽しそうに見下ろすのはヌカヅキだった。その手には先端の尖った細長い棒が握られている。こいつがゲーム内で持っていた武器と同じものだ。そしてそれはホオズキランタンを括ってある紐を頑丈に固定するために使われるものでもある。使用方法は応急処置で筒状のものを布に当ててくるくる回転させてきつく縛るあれと似たような感じだと思えばいい。ヌカヅキの武器はそれを改造したものだ、

「……俺なかなか器用だと思わね~?」
 
……とこんな風にゲームでもクラルテに自慢していたっけ。
 まさかそれを悪役でありクラルテを殺すように依頼をしたシュヴァリエが聞くことになるなんて、一体誰が想像できただろうか。この展開予言していた人いる?

「ねえ聞いてんの?」

 キイテマスキイテマス。……なんて冗談はさておき、いい加減床に転がっているのも嫌なんだけど。

「そんなことよりもいつまでこの私を床に置いておくつもりだ? 話なら座ってでもできるだろう。さっさと起こせ」

 ヌカヅキは武器をくるくる回して遊んでいた手を止めて俺を覗き込み、舌打ちをしながら顔すれすれに武器を突き刺した。

「あのさぁ……アンタ状況わかってんの?」
「何者かに祭りの破壊と私の暗殺を頼まれて仕込みをしていた、だろう」

 あっさり言うとヌカヅキが盛大に顔を顰める。気づかれていないと思っていたんだろう。こいつはかなり慎重にことを進めていたからな。まさか遊んでいただけの人間に見破られるとは考えまい。俺の場合はかなり反則的な方法を使っているから、こいつの用意周到さは認めてやろう。

「……アンタ本当に何者なのさ」
「ただの公爵子息だが?」
「はっ……! ほんっとに腹立つなぁ。お貴族様ってのはさぁ……!!!」

 突然ヌカヅキが苛立ったように壁を思い切り蹴り飛ばした。あまりの威力に建物全体が激しく揺れる。床に転がったままである意味良かったかも。

「あの時も、あの時も、あの時も、あの時もあの時も!!! 俺はぁっ!」

 狂ったように暴れ出したヌカヅキを俺は呆然と見つめていた。ゲームでもこんなシーンあったけど間近で見ると恐怖だなこれ。とりあえず耳が痛いから少し声のボリューム下げて欲しいんだけど。……こんな時シュヴァリエが顔に出ないタイプで良かったとつくづく思う。少なくとも柊紅夏だったら絶対に怯えて耐えられなかったかもしれないから。

「……アンタ本当お気楽だよなぁ。自分の命を狩ろうとしている人間を目の前にしてそんな余裕があるなんて。それともただの馬鹿とか?」
「大声を出せば逃がしてくれるとでも?」
「いや? むしろ騒いだら舌削ぎ落とすから」

 パシパシと顔に武器を当ててくるヌカヅキに俺は目を細める。ヌカヅキはそんな俺を見てコテンと首を傾げた。

「アンタ全然怖がっていないね? 普通もっと怯えるものだと思うけど」
「少なくとも他者の無属性魔法を借り受けて天狗になっている人間に怯えるほど、素直な性分ではない」

 瞬間ヌカヅキの顔から笑みが消え、同時に俺の胸に鋭く熱い感覚が走る。その後生暖かい感触が肌を伝った。ヌカヅキの武器を見ると先端が赤く濡れていた。ごく浅くではあるがその武器で俺の肌を切ったらしい。痛みはまるで紙で指を切ったあの感じによく似ているが、胸元という場所ゆえか背中に冷や汗が流れる。

「生憎とアンタとの話に時間をかけたくないんだよね。だから……さっさと死んでくれる?」
「断る、と言ったら?」
「この状況でその言葉が出てくるなんていっそ尊敬すんだけど。……まあいいや」

 ヌカヅキは強引に俺の胸ぐらを掴むとそのまま壁に向かって投げつけた。

「……っ!」
 
 壁に叩きつけられた衝撃で一時的に肺が圧迫されたのか息が詰まり、後から背中の痛みが襲ってきた。ドラマや漫画なんかで壁とか木に叩きつけられたキャラが苦しげに呻いて咳き込む描写とかあるけど確かにこれは、咽せるどころじゃないわ。
 しかし随分と唐突だなぁ、おい。

「私を尾行していた連中やカガチのように洗脳の無属性魔法でも使うかと思っていたが、嬲り殺しに変更でもしたのか?」
「ほんっとつくづく口の減らない坊ちゃんだなぁ。俺がどんな手段を使おうが関係ねえだろ。だってどのみち死ぬんだし」

 大人しく死んだ方が楽だと思うけど? なんてそんな冷え切った眼差しで言われるってマジで怖いな。目の周りに前髪で影ができているのも相まって恐怖倍増です。リアルで見たくない顔ランキングの上位に余裕で食い込むレベルに怖い。
 けど俺はシュヴァリエ・アクナイトだ。こんなところでビビってたまるか。と思っていたがヌカヅキに突然口元に布を押し付けられた。うわ、マジかよ。さすがにまずいなこれ。布から甘ったるいお菓子のような匂いがして嗅ぐたびに意識が朦朧としてくる。

「口を開けばうざいけどアンタの容貌は極上だ。どうせなら綺麗な姿で死なせてやるよ。シュヴァリエ・アクナイト

 ……この感じ、またか。混濁する意識の中で見るヌカヅキの顔は今まで見たどの顔よりも歪んでいた。そんな武器をちらつかせながら綺麗な姿って……意識を刈り取った後で急所を避けながら全身を刺して血染めにでもする気か? ゲーム内でクラルテにやろうとしたように。ゲームではご丁寧にどうするかを笑いながらクラルテに説明していたっけ。兄弟探しも学園への編入も一番に応援してくれた存在からの手酷い裏切りという点もこの章がシリアスだと言われる理由の一つなんだけど。もっとも後でそれらのほとんどがシュヴァリエ・アクナイトの仕込みだと判って滅茶苦茶に怒りを露わにしていたな。
 ……んで、ヌカヅキがあの時とまったく同じセリフを吐いたってことは、俺がそんな風に殺されるってことになるわけだ。なぜそんな殺し方をするかというと、単純にヌカヅキのポリシーだ。奴曰く、

「笑みを浮かべた顔が血に染まるからこそ美しい」
 
 ……ということだ。

「さて、そろそろ意識がなくなったころかな」

 ああ、やべえもう意識が持た……ない……
 意識の端でヌカヅキが武器をそっと掲げたのがうっすらと見えて俺は——その場で思い切り体を捻って縛られている親指の縄を切った。そのまま思い切り足を振り上げ、ヌカヅキの武器の先端を利用し足首を縛っている縄を切る。

「……なっ!?」

 足を振り上げた勢いで上半身と下半身の位置が逆になったところでヌカヅキの腹に思い切り拳を叩きつけた。

「ぐはっ……!?」

 突然の反撃に動揺していたらしいヌカヅキは咄嗟に動けず俺の拳をもろに受けて苦し気にうめくが、すぐさま体制を立て直しバク転で距離を取った。さすがだね。俺の火事場の馬鹿力とはわけが違う。やっぱこういう荒事慣れているんだろう、なんて思いながら俺もヌカヅキから距離を取る。

「あっれれ、おっかし~な~。あの薬嗅いだくせになんであんなに動けんのさ。しかも俺の魔法効いてないし」
「隠す気はなくなったのか?」
「は? 今さら何言ってんの? もう隠しても無駄でしょ」
「洗脳の無属性魔法」
「その通り。いつから気付いていたんだよ。つーか、魔法が効かないってなに? やっぱりアンタただの貴族のお坊ちゃんとか絶対嘘だろ」
「……私が何者だろうと君のような卑賎の民には何の関係もない」
「ほんっと、むかつくわアンタ」

 お互いの空気が張り詰める。こっちは丸腰な上に悪趣味な薬品嗅がされて全然体が動かないのに対して向こうはピンピンしているのに加えて武器を持っているという圧倒的不利なこの状況。さて、どうするかな。

「君の苛立ちなど私の知ったことではない。だが、ひとつだけ聞いておく」
「はあ? 俺が答えるとでも?」
「別に大したことではない。ただ随分とこの町に対して並々ならぬ思い入れがあるように見えたからな」
「なに? まさかこの状況で好奇心とか言わないよね?」
「その通り、ただの好奇心だ」
「それ本気で言っている? あのシュヴァリエ・アクナイトが好奇心? 馬鹿じゃねえの?」

 こいつマジで失礼だな。俺だって好奇心ぐらいあるっつーの。いや、シュヴァリエ・アクナイトは……あんまりなさそうだけど。だからって心底あり得ないみたいな面される謂れはないぞ。

「そんなに不思議がることもないだろう。自分の故郷に愛着があるのは何ら不思議ではない。加えてこの町には我が国が誇る祭りに『少年と嘘』の舞台に」
「その名前を出してんじゃねえよくそがぁぁぁっ!!!!!」

 『少年と嘘』の名前を出した途端激しい憎悪をむき出しにして突然喚きだした。まるで憎いという感情のすべてを詰め込んだかのようなヌカヅキの表情は異常だった。ただ嫌いというだけじゃない。あの話をなぞっていることと言い……やっぱりあの話には何かとんでもない裏があるのか。

「…………そんなに知りたいなら教えてやるよ。このファルカタの腐りきった塵屑みてえな真実をなぁ!」

 
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