悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

71話 人の罪、町の罪

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 この町の塵屑な真実ってなんだ? そりゃあの話には違和感が結構あったから表に出せない事情の一つや二つあるだろうけど、ここまでブチ切れるほどのことなのか? 

「『少年と嘘』は悪に堕ちた少年の悪事を青年が阻止してそれを称えて祭りが行われるようになったって話だが、それは全く嘘だ」

 ああ、そんなこと? まさか全部書いているわけないしむしろちょっと拍子抜けなんだが。それにこいつの言い方だと『少年と嘘』が実話だということを遠まわしに言っていることになるわけだけど……本来ならこちらが知っているはずのない内容だ。それなら……

「何を言っている? あれはただの物語だろう?」

 これを言えば俺が知らないことを伝えられる。案の定ヌカヅキは俺が知らないと認識したのだろう。無知であることを嘲笑うように口元を歪ませた。見下されるのは腹立つけどここはできればゲーム通りに持っていきたい。

「ほんとにお貴族様っていうのはいつの時代も自分たちに都合のいいようにしかしないよね~。あれが本当にただの物語だと思っていたわけ? だとしたら相当の馬鹿じゃん」
「興味がなかっただけだが?」
「…………何その言い方。ちょ~うぜぇんだけど。まあいいわ」

 ——このファルカタの町がまだ村だった頃、一組の親子が訪れた。人口も然程おらず閉鎖的だったためその親子は目立った。余所者の出入りはないわけではなかったがその親子の出で立ちが明らかにこの国の物ではなかったため、その親子は村中の関心を引き皆どこから来たのか、これまでどんな生活をしていたのかといろいろ知りたがったという。親子は快く村人に対応しその温厚な人柄によって村中に受け入れられ、定住することを決めた。それからしばらく平穏な日々が続き親子が村での生活に慣れてきた頃、村の外に出かけた少年は一人の青年と出会う。その青年は実に爽やかでとにかく話が上手い。それから頻繁に青年と会うようになった少年は青年から聞いた話を村人に話して聞かせるようになり、次第にその話の内容は予言のようになっていったことでその親子はますます村人から慕われるようになった。……しかし、村の外ではその内容は一切通じなかったため周囲の村々はその少年が嘘を吐いていると考えた。村の人々はそんな周囲の訴えに聞く耳を持たず、親子を擁護した。気づけばファルカタの村は周囲から孤立。そんな現状に擁護してくれていた村の人々の態度も徐々に変化していく。孤立という現状に不安を抱いたのだろう村人の数人があの少年のせいではないかと言い出したのだ。それが村に伝染し今度は親子が孤立していく。そんな時、村に件の青年がやってきた。少年は喜び青年にこれまでのことを話して聞かせた。突然の手のひら返しに心に傷を負った少年は既に限界だったのだ。青年は村人を説得してやると言って少年の頭を撫で、村で栽培していたホオズキで作ったランタンを贈った。少年は青年の言うことを信じて青年がくれたランタンをお守り代わりに窓辺に吊るしたのである。だがその喜びもつかの間、その日の夜親子の住んでいた家が村人によって取り囲まれた。親子を見る目はどれもこれも憎悪に満ちており、彼らの口からは親子を罵る言葉ばかりが飛び出す。村が孤立したことでもともと親子に向いていた懐疑心が一気に爆発したのだろう。村全体からの一斉放火に耐えきれなかった少年は自分を守るためにボロボロとなった父親を抱えて着の身着のままで村を飛び出した。けれど逃げ切ることはできず少年は父親と引き離されてしまう。捕らえられた少年は村人に問うた。なぜこんなことをするのかと。村人は答えた。お前が村を滅ぼそうとしていたのは判っている。父親はお前に騙されていたのも調べがついているからあの人は村で監視するがお前は駄目だ。そう言うや否や村人は持っていた農具で少年を嬲り殺した——

「…………これが『少年と嘘』の真実だ」

 ……淡々と、語られた内容に俺は言葉を失った。ゲームでは『少年と嘘』は実話ということしか言及されていなかった。クラルテはあの話が実話だとしてなぜ君がそこまで怒るのかわからないと言っていた。ヌカヅキはそれに応えなかった、いやけれど。まさかこんな内容だったなんて。……だがこれを鵜吞みにするわけにはいかない。第一、そんな昔のことをなんでこいつが知っている? しかもたぶん貴族どころか王族ですら知っているかわからないような内容をなんでこいつが。まるで、その目で直接見てきたみたいに……。…………まさか。いやでもそれは、あり得ない、とは言い切れない。だって異世界転生なんて実例があるんだ。むしろそっちよりも可能性は高い。だって魔法云々が少なくとも俺たちの日常では存在しなかった世界ですら起こりうるんだから、魔法が現実である世界なら確率は跳ね上がる。こいつは……ヌカヅキは…………
 俺の様子に気付いたのか、ヌカヅキは面白そうに片眉を上げる。

「何か言いたげだけど、今何を考えているのかなぁお貴族様?」
「君はあの物語の少年の、生まれ変わり、なのか?」

 ぱちぱちと瞬きをした後、声を立てて激しく笑い出した。

「大~正~解♪ やっぱアンタ馬鹿じゃないわ。まさか話して聞かせただけでそこにたどり着くとは思わなかったわ! つーか信じないでしょ普通」

 盛大に笑ってくれていますけどね、笑い事じゃないからねこれ。記憶を持ったまま転生してずっと復讐の機会を伺っていたのか。

「俺もまさか転生するとは思っていなかったんだけどね? 真っ当に生きたのに無残に殺された俺に神様が味方してくれたんだ! 偽りの伝承に胸糞悪い祭りなんてやっている屑共ごと意味わかんねえ理由で父親と引きはがし俺を殺した村を破壊してやろうと思っていたところでアンタの暗殺依頼が来たんだよ。そいつさぁ、どっからか俺のこと嗅ぎつけやがってどうせ町ひとつぶっ潰すなら一人くらい貴族を巻き込んだほうが面白いって吹き込んできたんだ」
「それを何の疑いもせず聞き入れたのなら愚かとしか言いようがないな」
「俺だって疑わなかったわけじゃねえよ? けどどうせ全部壊すんだから手間が一つ二つ増える程度で大して変わんねえかなって思っただけ」

 タンタンと軽い足取りで俺のほうへ向かってくる。

「お喋りはここまでにしようか。アンタだってずっと口を動かしているのは疲れるでしょ? そもそもそんな喋るタイプでもないだろうに、今日は随分と話すよね? ……まさか時間稼ぎのつもり? あのシュヴァリエ・アクナイトでも死ぬのが怖いとか?」

 当たり前だろボケが。人間いつか死ぬとしてもまた青春真っただ中で死ぬのはごめんだっつーの! まだ彼女もいたことねえんだぞ俺は!!! 友達から彼女できたよって報告来るたび俺がどれだけ打ちのめされたことか! ゴールデンウイーク、お盆、クリスマス、正月にバレンタイン、ホワイトデーにいちいち彼女自慢してくる連中に何度泣きながらリア充爆発しろと願ったことか。思い出したら普通に泣けてくるんですが畜生!!!
 ……いかん、現実逃避しても虚しいだけだしそんな状況でもない。
 つーかいい加減薬のせいで立っているのがやっとだ。けどここで意識を失くしたらヌカヅキの思うつぼだ。前回に続いて今回もぶっ倒れるとか格好付かなすぎだろシュヴァリエ・アクナイト。
 俺はふっと口元を歪ませた。

「あ? 何笑っているわけ?」
「いや、この私が死を恐れている、と言った君がおかしくてな。これまで愚かだとは思っていたがここまでくるといっそ可愛いよ」
「はあ? ……随分余裕じゃん! 立っているのもやっとの癖に今のアンタに何ができるってのさ!」
「……君はいくつか勘違いをしている。ひとつ、君の計画は百パーセント成功しない。ふたつ、私は確かに時間稼ぎをしているがそれは死を恐れているからではない。……待っているだけだ」
「だ~か~ら! なにが! できるって! 言ってんだよ! アンタ一人で!」

 もはや叫びだしているヌカヅキに俺は顔を上げて、飛び切りの笑みを浮かべた。この状況で笑える俺はさぞ不気味に映ったのだろう。ヌカヅキが一瞬怯んだように二、三歩後ろに下がる。その時——盛大な爆発音とともに闇に覆われていた窓が深紅に輝いた。
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