悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

65話 違和感

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「ヌカヅキ! もう来ていたんだ! 僕が連れて行くって言ったのに」
「いいじゃん! 爺に行けって言われたんだよ」

 警戒する俺たちをよそにクラルテは親しげにヌカヅキへ声をかけた。その様子に俺以外の二人はぽかんとしている。まさか俺とアウルに無礼な態度を取ってヘラヘラしているヌカヅキとクラルテが平然とお話ししているというか面識あるってことに驚きだよね。俺もびっくりだった。ゲーム内ではシュヴァリエに絡むんじゃなくて現在攻略中のキャラクターに絡む。しかもクラルテがいないところで。だから俺に接触してきた時は本当にびっくりしたものだ。

「クラルテ……彼を知っているの?」

 ヌカヅキへの警戒は解かずにクラルテへ問いかけるリヒトの声は固い。リヒトも簡単に信用してはいけない人間だと思っているようだ。そんなリヒトの警戒に気づくことなくクラルテはなんてことないように言葉を続ける。

「知っているも何もヌカヅキとは幼馴染だよ。同じ学園に通うことになったときは本当に驚いたけどね」
「幼馴染……ですか」
「? どうしたの?」
「いえ……」
 
 流石に言いづらいよなぁ。そこにいるヌカヅキがアウルに対して無礼な態度を取った挙句、自国の貴族を貶めた、なんて。いずれ知ることとはいえまだそこまで大事になっていない以上、伝える必要はないだろう。まあ早々にチクってクラルテから忠告してもらうっていうのも手だけど。ヌカヅキの様子からして幼馴染に指摘された程度で態度を改めるとは思えない。

「まあまあ、とりあえずさ、みんな爺んところに行くんだろ? 案内するからついてきてよ。ねえリヒト」

 突然名前を呼ばれたリヒトは不快を隠そうともせずに目を細め、眼鏡のブリッジを中指で上げる。

「貴方に名前呼びを許した覚えはありませんが?」
「え~ダメなの?」
「貴族階級において名前で呼ぶことには意味があるんですよ。第一あなたと私は初対面でしょう」
「ひっどいな~俺平民だからお貴族様の常識とか知らね~し? クラルテの友だちなら俺の友だちも同然じゃん? ねえ、リヒト・クレマチスさん?  
「……………はあ、いいでしょう。貴方は確かに怪しいですがクラルテの友人でもあります。特別に許可しますよ」

 ……はいぃっ!??? 
 どうしたんだリヒト! そこで頷く奴じゃないだろうお前は! いつからそんな寛大な男になったんだよ! 
 思わずリヒトに視線を向けるとアウルも信じられないのか愕然とした様子でリヒトを見ている。だよね、そういう反応になるよね!? 

「……私が知らないうちに随分と手緩くなったものだ」
「そうでしょうか?」

 何を言っているんだとばかりに首を傾げるリヒトに俺はなぜかうすら寒いものを感じた。なんだこの違和感は……たしか、この場面……ゲームでもあったな。なんでそこでそんな態度取った? って困惑した箇所が四章の中でちょくちょくあった気がする。一体何が起こったのかは最後まで明かされなかったこともあってユーザーたちの間でも薄気味悪いって話が上がって考察やらなんやらが飛び交っていたっけ。その中でも一番有力……というか断トツこれじゃね? っていうのが、ヌカヅキの無属性魔法説。しかも精神に作用するマインドコントロール的な力じゃないかって話で、ネットでもその意見に賛同する人が多かった。かくいう俺もその一人だったりする。

「いいじゃんみんな仲良くいこうよ! じゃあ爺んところ案内するから。みんな俺の後に続いてね~」

 相変わらずヘラヘラしているヌカヅキに続いてクラルテとリヒトが歩き出す。その後ろで俺とアウルは顔を見合わせた。

「……アクナイト公子はどう感じた?」
「……………少なくとも警戒している相手に名呼びを許すのは不自然です」
「ああ、そうだな。彼は殿下の側近候補として警戒心は非常に強い上貴族として一定の矜持がある。空回る部分はあれど不敬を見逃すことはない。そんなリヒトが突然名呼びをしてきた民間人の願いを謝罪もないまま受け入れるとは考えにくい。……アクナイト公子、先日自分の使用人にヌカヅキのことを探らせると言っていたな?」
「その調査結果ならばすでに手元にありますよ。持って来ているので宿に着き次第お見せします」
「いいのか?」
「貴方は他国の人間ですよ? なにかあれば後々面倒になる。それならば少しは自営してもらったほうがこちらが楽だと思っただけです」
「……感謝する」
「後で殿下に嫌がらせされても嫌なので」
「あ~……なるほど」

 エヴェイユの性格を思い出したのか、アウルは遠い目で虚空を見つめる。というかエヴェイユの命令でここにいる以上嫌がらせ真っ只中とという状況が成立しているんですけどね……。

「では後ほど見せてもらおう」
「そうしてください」
「ではそろそろ行こう。あんまり遅れると怪しまれる」
「……はあ」

 俺は深いため息と共に重い足取りで歩き出す。……これから起こるであろう展開に心底憂鬱な気分になりながら。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 ヌカヅキから紹介をされたのは温厚な表情のやや痩せた中年男性だった。争いごととかに無縁でいかにも人畜無害ですと言わんばかりの男性、そしてエヴェイユからのお使いでもある。エヴェイユの頼みは超簡単に言えば人間観察だ。

 ――ファルカタの町の長が何やら奇妙なので直接会ってどのような様子であったかを教えていただきたいのです。

 とのこと。まったくもって人使いが荒い。
 今のところこの男から不穏な気配はしない。俺が気にかかるのはむしろ……俺たちに頭を下げる男の背後で相変わらずヘラヘラしているヌカヅキだ。この男は本当に謎で四章の最後に行方不明になるんだけど……なぜ行方不明になったのか、四章のあちこちに霞のようにうっすらと感じる違和感の数々も相まって四章は「はなしゅご」の中で最もミステリアスでホラーな章と言われている。

「皆様よくお越しいただきました。過分にもこの町の長をしているカガチと申します」

 声小さいなこの人。

「おいおいそんなに声小さいんじゃあ聞き取りにくいだろ。カガチの親父
「…………そうだな。改めてよろしくお願いします」

 息子に諭されたカガチはすぐさま聞き入れ、声を聞き取りやすいように調整する。……? なんだ? 息子が父親に注意しただけ、だよな?  
 違和感を感じた俺はついヌカヅキへと視線を向けた。

「……? あれ~シュヴァリエさんどうしたの? 俺の顔になんかついてる~?」
「……ふん」

 おっとまずい。じっと見すぎたか。変に目をつけられたら今後どんな展開になるかわからない以上、少しでも怪しまれる行為は避けないといけないな。

「こらヌカヅキ、アクナイト公子に失礼だろう」
「え~本人からは許可もらっているんだけどな~? ね、そうでしょうシュヴァリエ・アクナイト

 チリ……! 
 ……。…………? なんか今静電気みたいなの感じたけど……気のせいか?

「そんな覚えはない。記憶を勝手に捏造するな」
「…………あれ、そうだったっけ? リヒトは許可してくれたのに。シュヴァリエさんが来てくれて嬉しかったから記憶が飛んでるのかも~」
「ヌカヅキ、謝罪しなさい」
「は~い、シュヴァリエさんすみませんでした」
「申し訳ございません、息子にはよく言って聞かせますのでどうかお許しくださいませ」

 別にこいつに関してはもう、なんていうか気にしていたら負けってことにしているし。ここは……スルーの方向で。

「どうでもいい。それよりも私に無駄な時間を使わせるな」
「は、はい……」

 俺の冷たい態度にあっという間に委縮したカガチだが、これ以上機嫌を降下させるのはまずいと思ったんだろう。その後はカガチから当たり障りのない説明を受けてからクラルテの案内で宿へ向かった。

「おかしいな……シュヴァリエ・アクナイト、いったい何者だよ。こんなの想定外だわ……」

 だから俺たちを見送ったヌカヅキが奇妙なことを呟いていたことに気づかなかった。
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