悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

63話 一難去って…

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 あれから二週間、定期試験の全科目が終了し今日ついに順位が張り出された。順位が張り出されることなんて前世ではなかったからな……。

「君がここにいるなんて珍しいな」
「……たまたま目に入ったもので」

 隣に並んだアウルが不思議だと言わんばかりの口調で声をかけてきた。まあ奇妙に思うのもわかる。シュヴァリエは今まで一度も試験結果を見ることはなかったから。
 しかし今回は別。

「君の順位は?」
「私は……」

 言いながら上から順にざっと眺めていくとシュヴァリエの名前を見つける。学年三位だった。

「俺の一つ下だな」
「おかげさまで、と言った方がよろしいでしょうか?」
「何言っているんだ。君はいつも五位以内に名前があっただろう」
「ですが今回は貴方のきち……熱心な授業のおかげもあるかと」
「……役に立てたならよかった」

 やや引き攣った顔でそう言う。すると前方からにぎやかな声が聞こえてきた。ものすごく聞いたことのある声が。

「すごいよクラルテ!」
「編入してきて最初の試験で一位になってしまうなんてなかなかできることじゃない」
「そ、そうかな」
「そうだよ! もっと自信持ちなよ」

 そんな会話が耳に入ったアウルは徐にこちらを見つめる。なんだよ。
 
「これだけ高成績を修めているのだから公爵もきっと誇りに思っているだろう」

 うげっ! そういや世間的には冷ややかだが子どものことは分け隔てなく接する公平な人物って印象だったわあの公爵……。実際には空気扱いだったし公爵夫人には使用人以下だったけど。

「さあ……いつも通りだとおもいます」

 そう、いつも通り。自分を空気として扱う姿と世間で言われている姿。シュヴァリエ・アクナイトはずっとその乖離の中で生きていた。世間では良い人物として言われているから余計にその公爵の顔に泥を塗る行為を繰り返していたシュヴァリエを皆が挙って非難したのだ。シュヴァリエが一度も成績順位を確かめなかった理由がここにある。成績が良かろうが悪かろうが誰も気に留めないと理解していたから。それでも見てほしいという気持ちは諦められなかったんだろう。
 ……だからこそ今目の前にある光景を見てクラルテに対し鮮烈な嫉妬と憎悪を抱いた。

「……順位はわかりましたのでここにいる理由はありません。私はこれで失礼します」
「待ってくれ」

 いやなんでだよ。俺は! これ以上! 関わりたくないんだってば! 

「せっかくだし試験終わりの労いのティータイムを一緒にしないか?」
「……」


      ♦♦♦♦♦♦♦

 
 はい、というわけで現在俺は中庭でアウルとお茶しています。だからどうしてこうなる? 俺は寮に帰って小物づくりがしたいのに!

「なぜオルニス公子は私と関わろうとなさるのです」
「友人と仲良くするのはおかしなことじゃないだろう?」
「私と共にいるのはおかしなことだと思いますが」
「なぜだ?」
「私は世間に嫌われておりますので」
「それは君のことをろくに知らない連中が勝手に言っているだけのことで俺には関係ない」
「……物好き」

 いい気なもんだ。俺はあのお姫様抱っこから立ち直れていないってのに。BLゲームの攻略対象からお姫様抱っこされる機会なんか人生であると思うのか。例に漏れず顔がいいし。あの顔面ドアップが瞼の裏にこびりついているんですけど。洗っても取れないんですけど。どうしてくれるわけ、ねえ?

「ところで試験も終わって明後日から長期休暇に入るが、アクナイト公子は何か予定はあるか?」

 今それどころじゃねえんだよ。こっちの気も知らないで。長期休暇の予定? そんなもの決まっている。今の今までお預け食らっていた分みっちり! もうみっちりと押し花DIYをすること! せっかく例の物も手に入ったのに結局今の今まで使わず仕舞いとか……冗談じゃない!

「自分の時間に使う予定です」
「どこかに遊びに行ったりは……」
「ありませんね」
「そうか……ならば俺と一緒に遊びに行かないか?」
「お断りします」
「……即答だね。そんなに嫌か?」
「ええ」
「せめて行き先を聞いてから断ってくれ」

 聞こうが聞くまいが行かないんだから意味ないだろうに。っていうかなんで俺を誘うんだろう。クラルテたちと行けばいいのに。……そういや四章の話ってクラルテの故郷が舞台だったな。
 クラルテの故郷ファルカタの町では毎年ランタンをあちこちに飾って死者を弔う祭りが行われていた。その景色を見せたいと言ってクラルテから攻略対象たちや友人たちを誘って故郷についたけどその祭りで使うランタンがどうのこうの……みたいな流れで、そのランタン云々のくだりで重要になってくるのが……

「あ~見ぃつけた♡」

 ……。
 やけにまったりとしたふざけた口調が中庭に木霊した。

「「……」」

 思わず眉を顰めるとそれに気づいたアウルが苦笑する。そんな目を向けられるのはちょっと心外ですぜ旦那。……あまりの状況にキャラ崩壊が。……じゃなくて。

「シュヴァリエさ~ん」
「私を名呼びしていいと言った覚えはないが?」
「え~だってアクナイトの子息ってあと二人いるじゃん? 女の子の方はまあいいとしてお兄さんとアンタで同じアクナイトじゃあ呼びづらいんだもん。ね?」

 こいつ……貴族をファーストネームで呼ぶ意味分かってんのか? ……ああそういや柊紅夏としての記憶が蘇ってからの初登校で無粋な会話をしていた連中もしれっと名前で呼んでやがったな。あの時は面倒でスルーしちゃったけど。クラルテでもアクナイトさんって呼んでんだぞ? ……って流石にこれと比べるのは失礼か。

「それでさ、例の伝言なんだけど」

 マジで空気読まねえなこいつは。早くどっか行けよ。てめえと関わる理由はないんだっつーの!

「……私は喋ることも許可していない」
「ひっどいな~……まあいいや。『ファルカタに行け』だってさ」

 ……はあ?
 予想外の内容に俺とアウルは再び顔を見合わせる。なんで今? そもそもなんでなんだ?

「それじゃ、確かに伝えたからね~バイバ~イ♪」

 前回のウザ絡みはなんだったんだと思うほどに言いたいことだけ言ってさっさと中庭を去って行ったヌカヅキの背中を俺は呆然と見守るしかなかった。ぶっちゃけ頭の整理が追いつかない。それはアウルも同じだったようで、困惑した表情でヌカヅキの消えた方を見つめている。

「前回といい今回といい、彼はいったい何なんだ?」
「貴族に平然な態度を取れる自分に酔っているのでは?」
「……そんなことはないと思うが。というかアクナイト公子でも冗談を言うんだな」
「冗談を言ったつもりは全くありません」
「そ、そうか。……だがアクナイト公子、真面目な話だが彼をこのまま放っておくのは危険な気がするがどうするつもりだ?」

 う~ん……それもそうなんだよね。とりあえずゲームの登場キャラには関わりたくないって気持ちが強いから(今のところ実現したことはないけど)放置していたんだけど、あの様子だとこれから面倒なことになりそうな予感がする。まさかまたストーリーに問答無用で関わるハメになったりしないよね? …………一応奴の情報だけでも集めようかな。

「家の者にあの男を探るように命じておきます」
「それがいいだろう。手札があるに越したことはない。念のため殿下にも知らせるが、構わないか?」
「お好きにどうぞ。まあ前回は図書館という場所での出来事ということもありすでに誰かが殿下へ報告を入れているでしょうが、今回の件は私も報告を上げますよ」
「俺と君に挨拶をしなかったことか?」
「……そんなところです」

 まずはエヴェイユのところに軽く説明をしてから部屋に戻ってサリクスに手紙送るか。あいつは優秀だし、長期休暇で家に戻った時には仕上がっているだろう。

「……ところで彼の言っていた『ファルカタに行け』の伝言のほうはどうするんだ? 今回俺が一緒に行こうと思っていた街でもあるんだが、伝言通りに行くのか?」
「そんな出所不明の伝言で指定された場所へこの私が向かうわけがないでしょう」
 
 
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