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四頁 カンパニュラの恩恵
57話 神域の聖水
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卵を抱えたまま地面にダイブ……とはならず、誰かに支えられた。あっぶねぇ……咄嗟に卵を上に持ち上げなかったらやばかったな。というか助けてくれたのは誰だ、と思って顔をあげると無駄に整ったアウルと目が合う。なんか俺の記憶が戻ってからやたらとアウルと関わっている気がするんだけど。今そんなこと考えている場合じゃないわ。
「アクナイト公子……本当に大丈夫か? なんでも一人でやろうとするな。自分の体くらい労われ。卵を持つのは代わるから」
なんか結構怒っているみたいな声色だな。ま、まあかなり無茶していますけど。……昔なら絶対しなかったよ……徹夜以外は。自分がこんなに行動的なるとは知らなかった。卵持つのとかまだまだ元気そうな誰かに押し付けてしまえばいいのに。少なくともシュヴァリエならそうしたはずだ。
なんて考えているうちにアウルがさりげなく俺の手から卵を回収していた。うわ~結構重量あるはずなのに平然と持ってら。
「……随分と親切ですね。…………ありがとうございます」
俺が礼を言うとは思わなかったのかアウルは瞠目して、まじまじと見つめる。うん、さすがは攻略対象様だ。いい顔している。現代だったらアイドルかモデルに即スカウトだな。……じゃなくて。
「なんですか? 何か不思議なことでも起こりましたか?」
「……いや、すまない。少々虚をつかれただけだ」
「大方私が貴方にお礼を述べたのが意外だった、とでも思ったのでしょう」
「そ、そんなことは……いや、すまない」
「謝罪は不要です。それよりも……本当にそれを持つおつもりですか?」
俺はまじまじと卵を見る。ヨレヨレの俺が持つよりも断然安全だし、そのほうがいいのはよくわかるけど建前でも確認はすべきだ。面倒にはならないだろうが万が一ということもある。その意図を完璧に汲み取ったアウルは……
「問題ない。むしろ今の君が持つほうが危ない」
ぐうの音も出ない正論を返してきた。その通りだけどもはっきり言われるとなんか地味に傷つくんですけど!
……そしてアウルの言葉を聞いていた面々の必死に笑いを堪える気配。あの、皆様? 揃いも揃って喧嘩売ってます?
「……貴方は思っていたよりも口さがない方だ。いいでしょう。では貴方にそれは預けるとします」
「ああ、君は少しでも体力を残しておいたほうがいい。このままでは下山もまともにできない」
「そうさせてもらいますよ。まさかこんな無様な姿を貴方に見せるとは……」
「必要な時は頼ってくれ」
「……その言葉に従う道理はありません」
「従うのではなく助力を請えということだ。人を頼ることを覚えた方がいい。君自身のためにも」
「先程のお礼撤回してもいいですか」
「……本当に素直じゃないな」
そんな呑気とも取れる会話をしながらも俺たちはひたすらにフェイバースパイダーの後を追いかける。卵がないだけで随分と楽だ。やっぱり初めからアウルに持ってもらえばよかったかもしれない。あとは全部終わるまで膝をつかずにいられるかだが……もう足の感覚がない。シュヴァリエってこんなに体力なかったんだ。アウルとクオーレは言わずもがなだけど文系であるリヒトとクラルテまで平然としているのを見るにこの面子のなかで一番体力ないのってもしかしてシュヴァリエなの? ……そんな情報公式ブックには載ってませんでしたけど!? う~んえ~いさ~ん? そこんとこどうなっているんですか~!?
……なんて現実逃避しても空しいだけなのはよくわかっていますので、とっとと現実に戻りましょうか。
しばらく下っていくと明らかに他とは比べ物にならないほど清涼な気を発する場所に着く。
「なんですここは……アベリア山にまさかこんな場所があるなんて。ですが山を登っている最中には気づきませんでした」
「……随分奇妙な場所だな。ふつうこれほどに空気が変わった場所があるなら真っ先に気付きそうなものだが、魔塔主殿もなにも言わなかったとは」
「ここはおそらく人の身では絶対に感知できない場所だろう。感知できるのは神に属する者たちだけ。今回は異例中の異例なのではないか?」
三人とも非常に鋭うございます。その通り! ここは本来は絶対に立ち入ってはいけない禁域だ。なぜなら——己の主と通ずる場所だから。ほんの少しの穢れすら赦されない。でもだからこそ今のフェイバースパイダーは立ち入れない。堕ちかけている身では主の御前に姿を見せてはならないのだ。
その証拠に、フェイバースパイダーは洞窟の入り口で哀しそうに立ち止まっている。
「なぜフェイバースパイダーは私たちをここへ連れてきたんです? これだけ清涼な場所に人間を連れてくるなんて……」
「それはたぶん……その卵が関係しているんじゃないかな?」
「……まさか穢れを祓おうとしていると? ですがその卵は……」
「確かに穢れてはいるがまだ魂へは侵食していないからではないか?」
「魂……そうか。穢れはまだ外側の殻だけで中身には届いてない可能性があると?」
リヒトの問いにアウルは難しい顔で曖昧に頷く。
「あくまでも可能性に過ぎない……アクナイト公子、クラルテ。フェイバースパイダーから何か言われていないか?」
俺とクラルテは同時に首を振る。ほんとあれからびっくりするくらい何も伝えてこない。ゲームだとクラルテはちょくちょくフェイバースパイダーと会話をしながらここまで来て、攻略対象と二人で中に入ることになるんだけど……道のりまで一切会話なし。ちょっと嫌なくらいにシナリオが変わっている。……さて、ここからどうする?
と、今まで洞窟を見ていたフェイバースパイダーがなぜか俺のそばまでやってきた。……嫌な予感。
——異界の人間、卵、あっち
……だからなんで俺なんだよ! ここはクラルテにしておけって!
「フェイバースパイダーが何か言っているのか?」
「クラルテは何か聴こえた?」
「ううん。僕は何も……たぶんアクナイトさんだけに伝えているんじゃないかな?」
「なぜ……」
「わからない。でも……皆が闘っている中でアクナイトさんはひとり卵を守っていたでしょ? あの場で戦うことより守ることを選んだのはアクナイトさんだけだったから、自分の子どもを守ろうとしてくれたアクナイトさんを認めたんじゃないかなぁ」
……はぁ? そんなわけないだろ。確かに卵を守ることを選んだけど、超私的な理由からだし、押し花ライフが送れなくなるとかいう不純な動機からですが? そんな邪心で卵を守るような人間を神に属する存在が認めると? 波長が合うということは他の人間たち以上にこちらの感情が伝わりやすいってこと。彼らは総じて命あるものの感情に敏感だ。本能で相手の心を感知できるから確実に俺たち全員の心を知られている。だから俺の邪な私欲も伝わっているはずだ。
ゲームではクラルテが卵を抱えて洞窟に入った。あれはクラルテの心が綺麗だったから卵を託された、と思うけど。なんで俺になったんだよ。
「……確かにシュヴァリエ様が卵を守っていたのは認めますが……」
納得のいっていないようなリヒトの隣でアウルは何やら考え込み、徐にフェイバースパイダーの前で礼をとる。
「フェイバースパイダー、神の眷属よ。お聞き入れいただきたいことがある」
突然のアウルの行動にフェイバースパイダーは器用に頭を傾けた。……ちょっと可愛い。
「アクナイト公子はここまでの道中にてかなり疲弊しており、現状ひとりで卵を抱えるのは危険が伴います。本来であればこのようなことをお頼みするは無礼と百も承知。しかし卵とアクナイト公子双方の安全を鑑みまして、私アウル・オルニスの同行をお赦しいただきたい」
なんだって? 俺についてくるって言ったの? ……たしかに今の俺がひとりで卵を抱えていくのは危険だしぶっちゃけ同行してくれるのはありがたいけど……。こんなに真剣に頼み込むなんてなんか変な感じだなぁ。
で、頼み込まれたフェイバースパイダーの返答は……首を縦に振った。無事に許可が出たらしい。
「寛大なお心に感謝を。……じゃあ行こうか。クラルテ、リヒトはここで待っていてくれ。フェイバースパイダーに何かあってはならない」
「「はい/お任せを」」
——卵、頼んだ。卵元気、元に戻れる。
すっごく切実に頼まれてしまった。けどまあ……自分の子だから余計に心配になるよな。ちゃんと我が子を愛している親っていいなぁ…………どこかの公爵とは大違い。
いやあいつと比べたらダメだな、よし忘れよう。まずはこの卵が先だ。
俺とアウルは慎重に洞窟内へ足を踏み入れた。結界か何かを通り抜けたのだろう。景色がガラリと変わる。俺とアウルは目の前の光景に息をのみ、縫い止められたように動けなくなる。
「なんだここは……」
「外と内では広さが全く違いますね。……あの入り口自体が目眩しだったか」
「確かに……フェイバースパイダーがあの大きさだ。少なくともあの体が通れるくらいの大きさはあるはず。そうなるとこの山そのものがこの場所を隠すためのものなのかもしれない」
「……ああ、そういうことですか」
静寂の音すら聴こえない無音の洞窟内で俺たちの声だけがやけに耳に入る。スチルでも上位に入るほど綺麗でスチルに惚れたとか言って兄貴は写真に収めてコレクションしてたな。生で見たって言おうものなら羨望と嫉妬で思いっきり揺さぶられそうだ。んでもって記憶交換しろとか言い出す。うん、絶対やるわ。
「これはどこまで降りていけばいいんだ?」
「さあ、進んでいけば何処かしらには着くのでは?」
「……足は大丈夫か?」
「ええ、まあ……問題は帰りでしょう」
「それもそうか……」
卵を抱えながら緩やかな下り坂を進んでいく度、空気がどんどん清浄になっていく。澄みすぎていていっそ苦しい……。
「清浄すぎてつらいな……確かにここは人間が立ち入ってはいけない場所だ」
「さっさと終わらせましょう。おそらくもうすぐかと」
「そのようだ。先程から水が落ちる音が聞こえてくる」
足が限界突破した人間からすればいっそ滑り落ちた方が楽だな、なんて罰あたりなことを考えながら進んでいくとやがて道が途絶えて代わりに開けた場所に出た。
「ここが……」
「おそらく、目的地でしょうね」
そこはまさに桃源郷だった。赦された存在だけが足を踏み入れることのできる、聖なる楽園。人は本当に美しい光景を見た時、言葉を失うのだとこの時知った。流れ落ちる滝を受け止める泉、その泉を守るように囲むありのままの大地。無理に例えるなら地上の銀湾。夜空に浮かぶ宝石が大地に降り注いで創られた地上の星空。
……って見惚れている場合じゃないわ!
「オルニス公子、卵をあの泉へ」
俺の声でアウルも絶景の暴力から無事生還したようで、頭を軽くふり俺を見た。
「……は?」
卵を差し出して。
「フェイバースパイダーに頼まれたのは君だろう? 危険なことになりそうなら支えるから君がやってくれ」
なんだそれは。……嫌だ、と言いたいところだけどこんな場所で言い合いをするわけにはいかない。それにフェイバースパイダーに頼まれたのは事実。アウルは同行は赦されたが卵のことは赦されていない。……仕方ないか。
「わかりました」
俺はアウルから卵を受け取り、ゆっくりと泉へ近づき、これ以上ないほど丁寧に卵を泉に浸す。
すると凄まじい光が泉から放たれ、卵が強烈な熱を発した。
「……っ!」
かろうじて目を開けられる程度の光の中で卵は次第にその色を、禍々しい闇は北の空を染め上げるオーロラへと変えていった。それと比例して卵の熱も増していく。正直これ以上持っていたら手が溶けそうだ。そして一瞬目が潰れんばかりの光と全てを溶かすほどの熱を発して、ゆっくりと収まった。
俺は卵を抱えなおしてそっと立ち上がり、呆然としているアウルの元へ戻る。
「無事か!?」
「ええ、なんとか。卵も問題ないようです」
アウルはあからさまにホッとして俺の手にある卵を見つめた。
「本当はこんなに綺麗な色をしていたんだな」
「そのようですね。……用事は終わりましたので戻りましょう」
「ああそうだな。だがその前に……」
アウルの意図を察した俺は絶景へ向き直り、深々と礼をする。
「「立ち入ったことに魂から謝罪を。浄化の慈悲に生涯の感謝を。我が魂がこの世界に在ることに永劫の誉を」」
静かに顔を上げて俺とアウルはその場を後にする。
さてこれから元いた場所に戻らにゃならんのだけど……この上り坂、大丈夫だろうか。
「……もしも無理そうなら背負うが?」
「結構です。卵があるのにどうやって背負うと?」
「だが、ここを最後まで上れるのか?」
「……」
「……」
アウルの顔を見て、果てしなく続く坂を見て、卵を見て、もう一度アウルを見て……観念した。
「無様ですが、できそうにありません」
「ならば私が君を運ぶ」
「どう運ぶと?」
「君は卵を抱えたままでいい……失礼する」
いうや否やアウルは素早く俺の背中と膝裏に手を添えてそのまま持ち上げた。所謂お姫様抱っこ。
「……は? オルニス公子いきなり何を!?」
「これが一番効率がいい。出口までじっとしていてくれ。くれぐれも暴れて卵を落とさないように」
真剣な顔で釘を刺され俺は抗議の言葉を飲み込んだ。
おいいぃ! 攻略対象にお姫様抱っことかどんなシチュエーションだよおぉぉ! 俺悪役! これは主人公のクラルテがされるべきなんだぞ! なんなの! なんで俺なの!? っていうか服越しでもわかるいい体……じゃなくて、いや見上げる顔もいいなぁ……違う! あああぁぁぁ! どうしようアウル推しの人間がこぞって俺に殺気を向けている気がする!
…………俺、出口まで心臓持つかな。
「アクナイト公子……本当に大丈夫か? なんでも一人でやろうとするな。自分の体くらい労われ。卵を持つのは代わるから」
なんか結構怒っているみたいな声色だな。ま、まあかなり無茶していますけど。……昔なら絶対しなかったよ……徹夜以外は。自分がこんなに行動的なるとは知らなかった。卵持つのとかまだまだ元気そうな誰かに押し付けてしまえばいいのに。少なくともシュヴァリエならそうしたはずだ。
なんて考えているうちにアウルがさりげなく俺の手から卵を回収していた。うわ~結構重量あるはずなのに平然と持ってら。
「……随分と親切ですね。…………ありがとうございます」
俺が礼を言うとは思わなかったのかアウルは瞠目して、まじまじと見つめる。うん、さすがは攻略対象様だ。いい顔している。現代だったらアイドルかモデルに即スカウトだな。……じゃなくて。
「なんですか? 何か不思議なことでも起こりましたか?」
「……いや、すまない。少々虚をつかれただけだ」
「大方私が貴方にお礼を述べたのが意外だった、とでも思ったのでしょう」
「そ、そんなことは……いや、すまない」
「謝罪は不要です。それよりも……本当にそれを持つおつもりですか?」
俺はまじまじと卵を見る。ヨレヨレの俺が持つよりも断然安全だし、そのほうがいいのはよくわかるけど建前でも確認はすべきだ。面倒にはならないだろうが万が一ということもある。その意図を完璧に汲み取ったアウルは……
「問題ない。むしろ今の君が持つほうが危ない」
ぐうの音も出ない正論を返してきた。その通りだけどもはっきり言われるとなんか地味に傷つくんですけど!
……そしてアウルの言葉を聞いていた面々の必死に笑いを堪える気配。あの、皆様? 揃いも揃って喧嘩売ってます?
「……貴方は思っていたよりも口さがない方だ。いいでしょう。では貴方にそれは預けるとします」
「ああ、君は少しでも体力を残しておいたほうがいい。このままでは下山もまともにできない」
「そうさせてもらいますよ。まさかこんな無様な姿を貴方に見せるとは……」
「必要な時は頼ってくれ」
「……その言葉に従う道理はありません」
「従うのではなく助力を請えということだ。人を頼ることを覚えた方がいい。君自身のためにも」
「先程のお礼撤回してもいいですか」
「……本当に素直じゃないな」
そんな呑気とも取れる会話をしながらも俺たちはひたすらにフェイバースパイダーの後を追いかける。卵がないだけで随分と楽だ。やっぱり初めからアウルに持ってもらえばよかったかもしれない。あとは全部終わるまで膝をつかずにいられるかだが……もう足の感覚がない。シュヴァリエってこんなに体力なかったんだ。アウルとクオーレは言わずもがなだけど文系であるリヒトとクラルテまで平然としているのを見るにこの面子のなかで一番体力ないのってもしかしてシュヴァリエなの? ……そんな情報公式ブックには載ってませんでしたけど!? う~んえ~いさ~ん? そこんとこどうなっているんですか~!?
……なんて現実逃避しても空しいだけなのはよくわかっていますので、とっとと現実に戻りましょうか。
しばらく下っていくと明らかに他とは比べ物にならないほど清涼な気を発する場所に着く。
「なんですここは……アベリア山にまさかこんな場所があるなんて。ですが山を登っている最中には気づきませんでした」
「……随分奇妙な場所だな。ふつうこれほどに空気が変わった場所があるなら真っ先に気付きそうなものだが、魔塔主殿もなにも言わなかったとは」
「ここはおそらく人の身では絶対に感知できない場所だろう。感知できるのは神に属する者たちだけ。今回は異例中の異例なのではないか?」
三人とも非常に鋭うございます。その通り! ここは本来は絶対に立ち入ってはいけない禁域だ。なぜなら——己の主と通ずる場所だから。ほんの少しの穢れすら赦されない。でもだからこそ今のフェイバースパイダーは立ち入れない。堕ちかけている身では主の御前に姿を見せてはならないのだ。
その証拠に、フェイバースパイダーは洞窟の入り口で哀しそうに立ち止まっている。
「なぜフェイバースパイダーは私たちをここへ連れてきたんです? これだけ清涼な場所に人間を連れてくるなんて……」
「それはたぶん……その卵が関係しているんじゃないかな?」
「……まさか穢れを祓おうとしていると? ですがその卵は……」
「確かに穢れてはいるがまだ魂へは侵食していないからではないか?」
「魂……そうか。穢れはまだ外側の殻だけで中身には届いてない可能性があると?」
リヒトの問いにアウルは難しい顔で曖昧に頷く。
「あくまでも可能性に過ぎない……アクナイト公子、クラルテ。フェイバースパイダーから何か言われていないか?」
俺とクラルテは同時に首を振る。ほんとあれからびっくりするくらい何も伝えてこない。ゲームだとクラルテはちょくちょくフェイバースパイダーと会話をしながらここまで来て、攻略対象と二人で中に入ることになるんだけど……道のりまで一切会話なし。ちょっと嫌なくらいにシナリオが変わっている。……さて、ここからどうする?
と、今まで洞窟を見ていたフェイバースパイダーがなぜか俺のそばまでやってきた。……嫌な予感。
——異界の人間、卵、あっち
……だからなんで俺なんだよ! ここはクラルテにしておけって!
「フェイバースパイダーが何か言っているのか?」
「クラルテは何か聴こえた?」
「ううん。僕は何も……たぶんアクナイトさんだけに伝えているんじゃないかな?」
「なぜ……」
「わからない。でも……皆が闘っている中でアクナイトさんはひとり卵を守っていたでしょ? あの場で戦うことより守ることを選んだのはアクナイトさんだけだったから、自分の子どもを守ろうとしてくれたアクナイトさんを認めたんじゃないかなぁ」
……はぁ? そんなわけないだろ。確かに卵を守ることを選んだけど、超私的な理由からだし、押し花ライフが送れなくなるとかいう不純な動機からですが? そんな邪心で卵を守るような人間を神に属する存在が認めると? 波長が合うということは他の人間たち以上にこちらの感情が伝わりやすいってこと。彼らは総じて命あるものの感情に敏感だ。本能で相手の心を感知できるから確実に俺たち全員の心を知られている。だから俺の邪な私欲も伝わっているはずだ。
ゲームではクラルテが卵を抱えて洞窟に入った。あれはクラルテの心が綺麗だったから卵を託された、と思うけど。なんで俺になったんだよ。
「……確かにシュヴァリエ様が卵を守っていたのは認めますが……」
納得のいっていないようなリヒトの隣でアウルは何やら考え込み、徐にフェイバースパイダーの前で礼をとる。
「フェイバースパイダー、神の眷属よ。お聞き入れいただきたいことがある」
突然のアウルの行動にフェイバースパイダーは器用に頭を傾けた。……ちょっと可愛い。
「アクナイト公子はここまでの道中にてかなり疲弊しており、現状ひとりで卵を抱えるのは危険が伴います。本来であればこのようなことをお頼みするは無礼と百も承知。しかし卵とアクナイト公子双方の安全を鑑みまして、私アウル・オルニスの同行をお赦しいただきたい」
なんだって? 俺についてくるって言ったの? ……たしかに今の俺がひとりで卵を抱えていくのは危険だしぶっちゃけ同行してくれるのはありがたいけど……。こんなに真剣に頼み込むなんてなんか変な感じだなぁ。
で、頼み込まれたフェイバースパイダーの返答は……首を縦に振った。無事に許可が出たらしい。
「寛大なお心に感謝を。……じゃあ行こうか。クラルテ、リヒトはここで待っていてくれ。フェイバースパイダーに何かあってはならない」
「「はい/お任せを」」
——卵、頼んだ。卵元気、元に戻れる。
すっごく切実に頼まれてしまった。けどまあ……自分の子だから余計に心配になるよな。ちゃんと我が子を愛している親っていいなぁ…………どこかの公爵とは大違い。
いやあいつと比べたらダメだな、よし忘れよう。まずはこの卵が先だ。
俺とアウルは慎重に洞窟内へ足を踏み入れた。結界か何かを通り抜けたのだろう。景色がガラリと変わる。俺とアウルは目の前の光景に息をのみ、縫い止められたように動けなくなる。
「なんだここは……」
「外と内では広さが全く違いますね。……あの入り口自体が目眩しだったか」
「確かに……フェイバースパイダーがあの大きさだ。少なくともあの体が通れるくらいの大きさはあるはず。そうなるとこの山そのものがこの場所を隠すためのものなのかもしれない」
「……ああ、そういうことですか」
静寂の音すら聴こえない無音の洞窟内で俺たちの声だけがやけに耳に入る。スチルでも上位に入るほど綺麗でスチルに惚れたとか言って兄貴は写真に収めてコレクションしてたな。生で見たって言おうものなら羨望と嫉妬で思いっきり揺さぶられそうだ。んでもって記憶交換しろとか言い出す。うん、絶対やるわ。
「これはどこまで降りていけばいいんだ?」
「さあ、進んでいけば何処かしらには着くのでは?」
「……足は大丈夫か?」
「ええ、まあ……問題は帰りでしょう」
「それもそうか……」
卵を抱えながら緩やかな下り坂を進んでいく度、空気がどんどん清浄になっていく。澄みすぎていていっそ苦しい……。
「清浄すぎてつらいな……確かにここは人間が立ち入ってはいけない場所だ」
「さっさと終わらせましょう。おそらくもうすぐかと」
「そのようだ。先程から水が落ちる音が聞こえてくる」
足が限界突破した人間からすればいっそ滑り落ちた方が楽だな、なんて罰あたりなことを考えながら進んでいくとやがて道が途絶えて代わりに開けた場所に出た。
「ここが……」
「おそらく、目的地でしょうね」
そこはまさに桃源郷だった。赦された存在だけが足を踏み入れることのできる、聖なる楽園。人は本当に美しい光景を見た時、言葉を失うのだとこの時知った。流れ落ちる滝を受け止める泉、その泉を守るように囲むありのままの大地。無理に例えるなら地上の銀湾。夜空に浮かぶ宝石が大地に降り注いで創られた地上の星空。
……って見惚れている場合じゃないわ!
「オルニス公子、卵をあの泉へ」
俺の声でアウルも絶景の暴力から無事生還したようで、頭を軽くふり俺を見た。
「……は?」
卵を差し出して。
「フェイバースパイダーに頼まれたのは君だろう? 危険なことになりそうなら支えるから君がやってくれ」
なんだそれは。……嫌だ、と言いたいところだけどこんな場所で言い合いをするわけにはいかない。それにフェイバースパイダーに頼まれたのは事実。アウルは同行は赦されたが卵のことは赦されていない。……仕方ないか。
「わかりました」
俺はアウルから卵を受け取り、ゆっくりと泉へ近づき、これ以上ないほど丁寧に卵を泉に浸す。
すると凄まじい光が泉から放たれ、卵が強烈な熱を発した。
「……っ!」
かろうじて目を開けられる程度の光の中で卵は次第にその色を、禍々しい闇は北の空を染め上げるオーロラへと変えていった。それと比例して卵の熱も増していく。正直これ以上持っていたら手が溶けそうだ。そして一瞬目が潰れんばかりの光と全てを溶かすほどの熱を発して、ゆっくりと収まった。
俺は卵を抱えなおしてそっと立ち上がり、呆然としているアウルの元へ戻る。
「無事か!?」
「ええ、なんとか。卵も問題ないようです」
アウルはあからさまにホッとして俺の手にある卵を見つめた。
「本当はこんなに綺麗な色をしていたんだな」
「そのようですね。……用事は終わりましたので戻りましょう」
「ああそうだな。だがその前に……」
アウルの意図を察した俺は絶景へ向き直り、深々と礼をする。
「「立ち入ったことに魂から謝罪を。浄化の慈悲に生涯の感謝を。我が魂がこの世界に在ることに永劫の誉を」」
静かに顔を上げて俺とアウルはその場を後にする。
さてこれから元いた場所に戻らにゃならんのだけど……この上り坂、大丈夫だろうか。
「……もしも無理そうなら背負うが?」
「結構です。卵があるのにどうやって背負うと?」
「だが、ここを最後まで上れるのか?」
「……」
「……」
アウルの顔を見て、果てしなく続く坂を見て、卵を見て、もう一度アウルを見て……観念した。
「無様ですが、できそうにありません」
「ならば私が君を運ぶ」
「どう運ぶと?」
「君は卵を抱えたままでいい……失礼する」
いうや否やアウルは素早く俺の背中と膝裏に手を添えてそのまま持ち上げた。所謂お姫様抱っこ。
「……は? オルニス公子いきなり何を!?」
「これが一番効率がいい。出口までじっとしていてくれ。くれぐれも暴れて卵を落とさないように」
真剣な顔で釘を刺され俺は抗議の言葉を飲み込んだ。
おいいぃ! 攻略対象にお姫様抱っことかどんなシチュエーションだよおぉぉ! 俺悪役! これは主人公のクラルテがされるべきなんだぞ! なんなの! なんで俺なの!? っていうか服越しでもわかるいい体……じゃなくて、いや見上げる顔もいいなぁ……違う! あああぁぁぁ! どうしようアウル推しの人間がこぞって俺に殺気を向けている気がする!
…………俺、出口まで心臓持つかな。
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その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
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