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四頁 カンパニュラの恩恵
54話 フェイバースパイダーの誘い
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服が汚れるのも構わずただただ山頂を目指して進んでいく俺とクラルテを何とか止めようとしているが、俺たちを動かしているのは聖獣の眷属——神に属する存在だ。下手に抵抗すればこっちが危ない。意識はあるがそれを伝えることができないだけだ。それに……ずっと例の声が頭の中で響いている。正直うるさくて目の前でアウルたちが何か言っているらしい声も聞こえない。爆音で音楽をヘッドホンで聴いているみたいな感じ。……足痛くなってきた。俺山登り嫌いになりそう。山頂付近にしか咲かない花とかあるのに。
なんて、ばれたら怒られそうなことを考えている間もアウルたちそっちのけで進んでいくと、どこからか知っている香りがすっと鼻に入ってきた。この香りは……いや、あり得ない。本来ならこんなところには生息していないはず。立ち入り禁止の山にわざわざ立ち入って植えるわけはない。…………いや待てよ? 確か背景イラストに描かれていた気がする。背景で見つけてゲーム内で説明されたアベリア山の情報とは矛盾するなって思ったんだっけ。ってことはこの先には……
辿り着いたのは白と青紫のカンパニュラの花畑だった。
「なっ……これは、カンパニュラ、ですよね」
「あ、ああ。間違いなく我が家の家紋であるカンパニュラの花だ」
「なぜこんなところに?」
「わからない。だが今は花畑よりもフェイバースパイダーのことが先だ」
「その通りよ~! 確かにここはとぉっても素敵だけど、足を止めている場合じゃないわ。早く先に進みましょう」
いや俺はどっちかというとここにいたい。この花畑で大の字になってカンパニュラの絨毯に体を埋めたい。こんな……?
白と青紫もあるのにピンク色だけ見当たらない。白、紫、ピンクとあるが白と青紫があるならピンクがあってもよくない? って、ちょっとちょっと! また歩かせるのかよ! もうちょっと考えさせてよ! ねえおいこらクソ蜘蛛ちったあこっちのお話も聞いてくださいませんかね!?
「! アクナイト公子!」
「クラルテ!」
「ちょっと! …………眷属の意思はまだ健在のようね」
「眷属の意思って」
「アクナイトの倅とマルチ小僧は眷属の声を聴いた人間よ。その縁を通して自分のところへ案内したいんだと思うわ」
「……いつからお気づきになっていたので?」
「あら? アンタたちは気づいていなかったって言うの?」
心底不思議そうに首を傾げたヴィータに俺とクラルテ以外が揃って静かに顔を背けた。まあ眷属はどれだけ温厚でも誇り高いから自ら人間を招くなんてことはしない。それだけ大変な事態ということだろう。
「まあアンタたちが未熟なのはアタシが関知するところじゃないし、さっさと後を追いましょ」
言い終わる前に俺とクラルテの後を追ってヴィータも歩き出す。尚この男一切の疲れもなくヒールでここまでやってきている。あんたほんと足痛くないの? さっきの戦いと休憩なしでの強制登山に足カックカクになっている俺にぜひとも分けていただきたいものです。切・実・に!
美しい花畑を堪能する時間もなく進んでいく……のはいいんだけど、なんか、奇妙だ。青紫色のカンパニュラが通常よりも色がくすんで見える。しかも奥に進んでいくにつれてくすみ具合が酷くなっているような?
「……」
「? アウルどうかしたか?」
「……いや、なんというか、青紫の花が随分と萎れていると思ってな。ここに入ったときはもう少し鮮やかだった気がする」
おや? アウルもそれに気づくとは。けどやっぱりそうなんだ。しかしなんで青紫色の花だけおかしくなっているんだろう。というかただ萎れているとか枯れているって感じでもないし、なによりもカンパニュラの花の香りに混ざって鼻につく臭いは……
「色も奇妙ですが、花畑にいるとは思えない臭いもするのはなんなんです?」
「……確かにおかしな臭いだ。まるで金属のような…………金属?」
アウルの言葉に全員がはっとなりその場にしゃがみ花を凝視する。俺とクラルテは操られているからしゃがむどころか立ち止まれないのが悔しい。こういうときくらいと立ち止まらせてくれてもよくない?
それにしても青紫のカンパニュラか。アレの伝承って結構哀しいものだったよな。その神話から救えなかった命、なんて意味もついている花だっけ。このままフェイバースパイダーの堕落を止められなかったらまさにそのままの状態になるのか……。
「————!」
「——?」
「ちょっとアンタたち~その辺にしておきなさい。じゃないとあの小僧二人に置いて行かれるわよ~!」
いっこうにこちらへ来る気配のないアウルたちにしびれを切らしたらしいヴィータが声を張り上げ……てはないか。呼びかけた。ようやく立ち上がったアウルたちがすっかり開いた距離にぎょっとして急いでこちらへ駆けてくる。まあ俺は見れないから代わりに見てくれたのは助かった。かなり距離があったから彼らが何を話していたかは知らないがアウルならちゃんと情報共有するだろう。アウルは最近なぜか俺につき纏ってくるし? あいつをパシリにするつもりはないが勝手に動いてくれるならこちらの手間が省ける。何を今さらと思うが俺は今でも関わりたいとは微塵も思っていない。
彼らは俺とクラルテには意識がないと思っているのか何を話していたかは話してこない。たぶん意識が戻ったと確信したら話すつもりだろう。もっとも今報告されても返事できないけど。
奥へ奥へと進むにつれ、眷属の守護がある山とは思えないほど陰鬱になっていく。だがそれよりも足が限界だ。頼むから早く到着してくれ。
「アンタたち大丈夫?」
「俺たちはいいがアクナイト公子とクラルテが心配だ」
「言ったでしょ。マルチ小僧とアクナイトの倅はフェイバースパイダーの意識の下にいる。今は堕落の最中だから微妙だけど本来は聖なる存在。たとえ堕落の最中であっても完全に堕ちきってないのなら力は劣るけど加護が付与される。むしろ危ないのはアタシたちよ。呼ばれてもないのに立ち入ったのだもの。加護なんか付きようがない。苦しくても動けるのは加護を受けた彼らの側にいるから」
だから精々離れるんじゃないわよ、とさっき花畑で立ち止まった彼らに釘を刺すように睨みつける。よっぽど遅れたのが気に食わないらしい。はっきり指摘されて気まずいのかアウルたちは揃って明後日の方向を見る。ほんとうにこの魔塔主様は一切容赦がない。
なんて思っていた時、空気ががらりと変わり、俺とクラルテの足が同時に止まる。
「さて小僧ども、気を引き締めなさい。——眷属様のお出ましよ」
ヴィータの言葉にこちらの空気も張り詰めた。クラージュたちが動けない俺とクラルテの前に立とうとするのをヴィータが制止する。
「でしゃばるんじゃないわよ」
——縁を持たぬ者、神の御前に立ことなかれ。その眼その耳その御身穢すべからず。
「その存在と接することができるのは選ばれた者たちだけ。それ以外の者は赦しがあるまで絶対に目を合わせては駄目。跪きなさい」
その通り。まあフェイバースパイダーの場合は迷い人を助けるほど優しい存在だから多少は大丈夫だけど、そういう奴のほうが怒らせたら怖いものだ。おまけに今は堕落真っ最中。正常な判断ができるか怪しい。
ガサガサと木々をかきわけてなにかがこちらへやって来る。それに呼応するように山全体が騒めき、まるで上から押さえつけられるような圧が体を揺らす。そして——
【グガアアアァァッッッ!!!!!】
——神に属する存在の咆哮が大地に木霊した。
なんて、ばれたら怒られそうなことを考えている間もアウルたちそっちのけで進んでいくと、どこからか知っている香りがすっと鼻に入ってきた。この香りは……いや、あり得ない。本来ならこんなところには生息していないはず。立ち入り禁止の山にわざわざ立ち入って植えるわけはない。…………いや待てよ? 確か背景イラストに描かれていた気がする。背景で見つけてゲーム内で説明されたアベリア山の情報とは矛盾するなって思ったんだっけ。ってことはこの先には……
辿り着いたのは白と青紫のカンパニュラの花畑だった。
「なっ……これは、カンパニュラ、ですよね」
「あ、ああ。間違いなく我が家の家紋であるカンパニュラの花だ」
「なぜこんなところに?」
「わからない。だが今は花畑よりもフェイバースパイダーのことが先だ」
「その通りよ~! 確かにここはとぉっても素敵だけど、足を止めている場合じゃないわ。早く先に進みましょう」
いや俺はどっちかというとここにいたい。この花畑で大の字になってカンパニュラの絨毯に体を埋めたい。こんな……?
白と青紫もあるのにピンク色だけ見当たらない。白、紫、ピンクとあるが白と青紫があるならピンクがあってもよくない? って、ちょっとちょっと! また歩かせるのかよ! もうちょっと考えさせてよ! ねえおいこらクソ蜘蛛ちったあこっちのお話も聞いてくださいませんかね!?
「! アクナイト公子!」
「クラルテ!」
「ちょっと! …………眷属の意思はまだ健在のようね」
「眷属の意思って」
「アクナイトの倅とマルチ小僧は眷属の声を聴いた人間よ。その縁を通して自分のところへ案内したいんだと思うわ」
「……いつからお気づきになっていたので?」
「あら? アンタたちは気づいていなかったって言うの?」
心底不思議そうに首を傾げたヴィータに俺とクラルテ以外が揃って静かに顔を背けた。まあ眷属はどれだけ温厚でも誇り高いから自ら人間を招くなんてことはしない。それだけ大変な事態ということだろう。
「まあアンタたちが未熟なのはアタシが関知するところじゃないし、さっさと後を追いましょ」
言い終わる前に俺とクラルテの後を追ってヴィータも歩き出す。尚この男一切の疲れもなくヒールでここまでやってきている。あんたほんと足痛くないの? さっきの戦いと休憩なしでの強制登山に足カックカクになっている俺にぜひとも分けていただきたいものです。切・実・に!
美しい花畑を堪能する時間もなく進んでいく……のはいいんだけど、なんか、奇妙だ。青紫色のカンパニュラが通常よりも色がくすんで見える。しかも奥に進んでいくにつれてくすみ具合が酷くなっているような?
「……」
「? アウルどうかしたか?」
「……いや、なんというか、青紫の花が随分と萎れていると思ってな。ここに入ったときはもう少し鮮やかだった気がする」
おや? アウルもそれに気づくとは。けどやっぱりそうなんだ。しかしなんで青紫色の花だけおかしくなっているんだろう。というかただ萎れているとか枯れているって感じでもないし、なによりもカンパニュラの花の香りに混ざって鼻につく臭いは……
「色も奇妙ですが、花畑にいるとは思えない臭いもするのはなんなんです?」
「……確かにおかしな臭いだ。まるで金属のような…………金属?」
アウルの言葉に全員がはっとなりその場にしゃがみ花を凝視する。俺とクラルテは操られているからしゃがむどころか立ち止まれないのが悔しい。こういうときくらいと立ち止まらせてくれてもよくない?
それにしても青紫のカンパニュラか。アレの伝承って結構哀しいものだったよな。その神話から救えなかった命、なんて意味もついている花だっけ。このままフェイバースパイダーの堕落を止められなかったらまさにそのままの状態になるのか……。
「————!」
「——?」
「ちょっとアンタたち~その辺にしておきなさい。じゃないとあの小僧二人に置いて行かれるわよ~!」
いっこうにこちらへ来る気配のないアウルたちにしびれを切らしたらしいヴィータが声を張り上げ……てはないか。呼びかけた。ようやく立ち上がったアウルたちがすっかり開いた距離にぎょっとして急いでこちらへ駆けてくる。まあ俺は見れないから代わりに見てくれたのは助かった。かなり距離があったから彼らが何を話していたかは知らないがアウルならちゃんと情報共有するだろう。アウルは最近なぜか俺につき纏ってくるし? あいつをパシリにするつもりはないが勝手に動いてくれるならこちらの手間が省ける。何を今さらと思うが俺は今でも関わりたいとは微塵も思っていない。
彼らは俺とクラルテには意識がないと思っているのか何を話していたかは話してこない。たぶん意識が戻ったと確信したら話すつもりだろう。もっとも今報告されても返事できないけど。
奥へ奥へと進むにつれ、眷属の守護がある山とは思えないほど陰鬱になっていく。だがそれよりも足が限界だ。頼むから早く到着してくれ。
「アンタたち大丈夫?」
「俺たちはいいがアクナイト公子とクラルテが心配だ」
「言ったでしょ。マルチ小僧とアクナイトの倅はフェイバースパイダーの意識の下にいる。今は堕落の最中だから微妙だけど本来は聖なる存在。たとえ堕落の最中であっても完全に堕ちきってないのなら力は劣るけど加護が付与される。むしろ危ないのはアタシたちよ。呼ばれてもないのに立ち入ったのだもの。加護なんか付きようがない。苦しくても動けるのは加護を受けた彼らの側にいるから」
だから精々離れるんじゃないわよ、とさっき花畑で立ち止まった彼らに釘を刺すように睨みつける。よっぽど遅れたのが気に食わないらしい。はっきり指摘されて気まずいのかアウルたちは揃って明後日の方向を見る。ほんとうにこの魔塔主様は一切容赦がない。
なんて思っていた時、空気ががらりと変わり、俺とクラルテの足が同時に止まる。
「さて小僧ども、気を引き締めなさい。——眷属様のお出ましよ」
ヴィータの言葉にこちらの空気も張り詰めた。クラージュたちが動けない俺とクラルテの前に立とうとするのをヴィータが制止する。
「でしゃばるんじゃないわよ」
——縁を持たぬ者、神の御前に立ことなかれ。その眼その耳その御身穢すべからず。
「その存在と接することができるのは選ばれた者たちだけ。それ以外の者は赦しがあるまで絶対に目を合わせては駄目。跪きなさい」
その通り。まあフェイバースパイダーの場合は迷い人を助けるほど優しい存在だから多少は大丈夫だけど、そういう奴のほうが怒らせたら怖いものだ。おまけに今は堕落真っ最中。正常な判断ができるか怪しい。
ガサガサと木々をかきわけてなにかがこちらへやって来る。それに呼応するように山全体が騒めき、まるで上から押さえつけられるような圧が体を揺らす。そして——
【グガアアアァァッッッ!!!!!】
——神に属する存在の咆哮が大地に木霊した。
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