悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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四頁 カンパニュラの恩恵

53話 ビアンコラーニョの出現と奇妙な錆

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「なっ……!? なぜ突然魔物が!?」
「ふぅん? 随分と熱烈な歓迎じゃないの」

 それぞれが武器を構え魔法を発動するため動く中、一人飄々とするヴィータにやや毒気が抜ける。……緊張感ねえ野郎だな。
 ……それよりも突然わらわら出てきた蜘蛛の群れ。こいつらはゲームでも出てきていたフェイバースパイダーの手下の蜘蛛だ。名前は確か……。

「ビアンコラーニョね。滅多にお目にかかれない魔物がこんなに大量に……萌えるわ」
「ビアンコラーニョは確か節足動物型の眷属の手下でしたよね。人前に姿を見せることはなく常に主の側に付き従う魔物。それが何でこんなところに……」
「あらよく学んでいるじゃないの。そのビアンコラーニョがこんなところにいるってことは相応の異常現象ってこと」
「さっき仰っていた堕落、ですか?」
「ええそうよ。こうなっている以上なんとしてもフェイバースパイダーの状態を確かめる必要があるわ」

 こちらが会話をしている間もビアンコラーニョと呼ばれた魔物はどんどん数を増やしてあっという間に四面楚歌。今手に持っている剣がびっくりするほど重い。いくらシュヴァリエが鍛えているといっても前世の記憶を思い出してから振るうのは初めてだ。本物を持つと模倣刀は本当に玩具だったんだと実感するよね。もっとも日本じゃ本物持っていたら銃刀法違反でとっ捕まるけど。この世界もいつかそんな日が来るのかな……。
 なんてうっかり思考を飛ばしていたら蜘蛛どもが先に動き、間一髪で避ける。……あと一歩遅かったら腕半分持っていかれていたかもしれない。
 …………今初めて実感した。ここは戦闘が身近にある危険な世界なのだと。
 とにかく今は戦闘に集中…………

「あ、この子たち殺しちゃだめよ。ほかの魔物と違って眷属の手下だから。怪我もさせないのがベストだけど」

 …………。
 なぜ今言った!?

「そういうことは先に言ってくださいっ!」

 リヒトが絶叫する。俺も激しく同意だ。ほかの面々も口に出さないだけで多分同じこと思っているだろうことは彼らの顔を見ればわかる。なんというかヴィータはマイペースといえば聞こえはいいけどこういうときは……そう、空気が読めない。
 とはいえこんなところで足止め食らっているわけにはいかない……のはいいんだけど、よりによって記憶戻っての初戦がこんな足場の悪いところってちょっと……かなり運がないと思うのは俺だけ?

「……数を考えると圧倒的に不利だ。それに戦闘経験が豊富というわけではないから気を抜かないようにしてくれ」

 現役騎士クラージュがこの場にいることに心から感謝だわ。プロがついているという安心感は半端なく心が落ち着く。とはいえ精神はゲームでしか魔物を見たことないため魔物に耐性があるかというと……答えは否だ。正直今めちゃくちゃ怖いっ! こんな巨大な蜘蛛なんて向こうにはいないからね!? しかしそれでも動けるのは体が覚えているからに他ならない。足場の悪い中、ビアンコラーニョの糸と足そして毒液の猛攻を躱しながら一体ずつ確実に戦闘不能にしていく。リヒトとクラルテ、ヴィータの三人は魔法でその他は剣でそれぞれビアンコラーニョと対峙する。後衛勢強し。そんな中陰に隠れていた一体が飛び出しアウルの背中を狙っているのが見えた。俺は咄嗟に駆け出し何とか間に割り込んでビアンコラーニョを無力化するとまた別の蜘蛛が襲ってきた。はっきり言ってキリがない。
 何体か無力化したあたりでだんだんと動きが鈍ってきたのがわかる。シュヴァリエは鍛えているとはいえ普段は室内で過ごすことが多いから体力があまりない。おまけに今の季節は夏で今日に限って無風である。暑さでいつも以上に体力が削られてぶっちゃけ限界が近い気がする。暑さと体力不足にやられわずかに隙のできた俺をビアンコラーニョは見逃していなかった。猛スピードで俺に向かってくる。あ、間に合わない……! 
 衝撃と痛みを覚悟した瞬間何かが割って入り一瞬で蜘蛛を無力化した。

「怪我はないか?」
「……オルニス公子」

 なぜこいつが……ってえぇぇ!? 俺こいつのこと盾にしちゃったの!? 誰かに庇われるとか初めてなのによりによってなんでこいつなんだよ!? もしこいつが怪我してたら俺生きて帰れないんですけど!

「私よりもご自分の心配をしてください。貴方こそお怪我は?」
「問題ない。それよりもまだ動けるか?」

 俺はアウルの質問に答えず、剣を振るい見事一匹を無力化した。こういう時も咄嗟に手が動くなんてシュヴァリエ様様だ。体育の成績が常に3だった、しかも教師のお情けでもらっていた俺には到底できない芸当です。

「今ご覧になった通りです」
「大丈夫そうだな。あと数匹だ。頑張ろう!」
「言われずとも」

 な~んか少年漫画のバトルシーンみたいなやりとりだな。鼓舞されるのは腹立つけどカッコ悪いところは見せられない。俺が無様を晒せばシュヴァリエ・アクナイトにも不名誉を被る。それはごめんだ。

「それにしてもアクナイト公子がここまで剣を扱えるとは思わなかったな」
「こんな状況で嫌味ですか?」
「まさか」

 こちらが話しているうちも相手は待ってくれない。何のためらいもなく襲い掛かってくる。ほんと図体でかいくせに動きが早いから俺は躱すのに精一杯だっていうのにアウルときたら涼しい顔で剣を振るっている。……なんか悔しいの何故?
 不可思議な気持ちを抱きながらもどうにかこうにかすべてのビアンコラーニョを追い返すことに成功した。……が、あ……足が棒になってうまく動かせない。
 クラルテとリヒトは魔法で的確に急所へ当て、カンパニュラ兄弟はさすが息ひとつ乱れていない。アウルも全然平気そうに剣を鞘に収めた。それでヴィータはというと……

「ふーん…………なるほど、これは……」

 例の木を見てぶつぶつ言いながらじっくり観察していた。余裕ぶっこきすぎでしょ。戦っている時も終始楽しそうだったし、何者なんだこの男。

「ヴィータ殿何かわかりましたか?」
「ん~? よ~く見てみればわかるわ。とりあえずひとりずつ観察してみなさいな。まずはアクナイトの倅!」

 意味深に促され、渋々観察するふりをする。答えは知っているがそれをすぐに言っては怪しまれる。最悪俺も関わっていると思われてしまう可能性もあるからな……。
 ……さてと。…………やっぱりね。これは、錆だ。手で触ってみるとまるで劣化したコンクリートのようにポロポロと地面へ落ちていく。

「……どうかしたか?」
「……錆だ」

 木に錆び? と俺の言葉を聞いた一同が首を傾げる。ですよね。何でこんな金属のきの字もない山の中で錆なんか出るのだ。そう思った何人かが周囲に目を向けるとその木の周辺にも同様の黒ずみを見つける。それぞれにリヒトとアウルが近づいて観察したが結果は……

「こっちも錆びています」
「こちらのも錆だ」

 三人の証言によって黒ずみの正体が確立されたことでカンパニュラ兄弟の表情が険しくなる。錆が発生するということはこの山に金属が持ち込まれたことを意味する。ここは村の人間でさえも立ち入らず、外部の者の立ち入りを許していなかった聖なる山だ。そんな山に入り込んだネズミがいるかもしれないという可能性は充分警戒に値する。

「……もう一度村の周囲を探してみよう。何か見落としがあるかもしれない。あとこの錆は……」
「アタシが持ち帰って調べるわ。こんな現象普通に調べたってまともな結果が出ると思えないもの」
「ではお頼みします」
「任せてちょうだい!」
 
 トントンとこれからのことが決まっていくのはなんかスッキリするな。だけどそれを行動に起こせるのは少し先だ。多分もうすぐ——

「クラルテ? どうしたの?」

 クラルテが突然フラフラと歩き出した。リヒトが声をかけながら引き留めようとするもその手は振り払われてしまう。そして。

「アクナイト公子!? どこに向かうつもりだ!」

 俺もクラルテに続いて歩き出し、後ろからアウルの焦り声が響く。しかし意識はあるものの体は言うことを聞かず、まるで操り人形の如く山頂を目指して体が勝手に山を登っていった——


 
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