悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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四頁 カンパニュラの恩恵

52話 魔塔主ヴィータとアベリア山へ

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「いや~殿下に頼まれて九年ぶりに魔塔から出てきたんだけど、まさかこんな事態に関われるなんて思ってもなかったわ~!」

 さっきから空気も読まずに喋り倒すオカマ……ではなく魔塔の主ヴィータは実に楽しそうに室内をうろうろしている。ゲームでも出てきていたしエヴェイユからも聞かされていたからある程度覚悟はしていたけど……こいつってこんなに自由だったんだな。ゲームでもヴィータの自由さに周囲が呆れるなんて場面が時々あったけど実物見ると結構とんでもないわ。シュヴァリエとはまた違った意味で協調性がない。
 というか九年ぶりって……ずっと何やってたんだこの人。

「あ~……その、魔塔主殿。できれば状況を教えていただきたいのだが」

 気まず気に声をかけたクラージュにやっと状況を思い出したらしいヴィータはあら嫌だ、と口元を覆いながらゆったりと腰かける。俺の言えた義理じゃないけどなんという行儀の悪さ。というか大事な資料尻に敷くんじゃねえよ。

「アベリア山の主はね、今堕落の真っ最中なのよ」
「……堕落」
「そう。聖なる存在がなんらかの要因で魔へと変じる現象。だけどそれには必ず原因があるの」
「どのような原因ですか?」
「その時々によるわ。穢れに触れたり強い負の感情を抱いたりってところね」

 堕落については授業でも習うため知っている。しかし堕落に関する事例がそう多くないので解明されていないことの方が多い。その稀な現象が今起こっているという事実に室内は深刻な空気に包まれていた。

「というわけで村長殿? ちょっと聞くけどついさっきまで本当に祠に異常なかったのよね?」

 有無を言わさぬ口調にブリンク村長は青ざめながら何度も頷く。ヴィータの野郎迫力半端ねえな。そんなに脅さなくてもよくない? 

「そう。なら山に入って直接確かめるしかないわね」

 その言葉にブリンク村長は驚愕しながらも青ざめる。

「それはつまり……守り神様の聖域に入るということでしょうか?」
「あら? 他のどんな意味があるというのかしら。祀っていたフェイバースパイダーの糸が変色し祠が内側から壊れたんなら間違いなく堕落する何かが起こったということよ? こんな緊急事態なのにこんな辺鄙なところでウジウジしてるって言うの?」

 ゲームのセリフそのまま出てきた。そして実際その通りだから何も言えない。それにヴィータが言わなかったら多分俺が言っていた。
 それでもやはりアベリア山を聖域として崇めている者としては納得いかないのだろう。ブリンク村長は歯切れ悪く渋っている。

「ですが、あの山は……」
「聖なる山だからなんなのかしら? その聖なる山に誰かが入り込んで意図的に堕落を起こしたかもしれないと言っているのよアタシは」

 そうなんだよね。フェイバースパイダーは数いる聖獣・眷属の中でもかなり温厚な部類で滅多なことじゃ問題なんか発生しない。それこそうっかり山に迷い込んだ者をご丁寧にも山の麓まで送り届けるくらいには。祠がああなった以上フェイバースパイダーの状態を確かめて元凶を除かない限りこの村どころか国が危ない。
 ……だからなんでこのイベントが三番目なのさ。本当に運営の思考がわかんないわ。誰だよ創案したの。

「それに見に行く根拠は祠だけじゃないわ。そっちの坊や二人の見たという夢も大いに関係しているわ」

 そう言って俺とクラルテに視線を向ける。ですよね。むしろこっちのほうが根拠としては強いと思う。

「話は聞いていたけどどうやら驚くほど彼の者たちとの親和性が高いようだし、そっちの坊やに至ってはここ最近ずっとらしいじゃない。その内容も含めて無視すべきじゃない」

 ここまではっきりと正論を言われてしまってはさすがにもう否は言えない。ブリンク村長にも分かったのだろう。本当に渋々といった感じではあるがヴィータの強すぎる圧に屈し……納得して漸く首を縦に振った。折れた村長を満足げに見つめるとヴィータはやっと机から降りてすたすたと扉に向かって歩き出す。

「ほぅらさっさと行くわよ! 時は金なり。のんびりしていられないわ!」

 ……なぜにあんたが先陣切る? という疑問は一旦置いておいて、あっという間に決まったアベリア山への乗り込み。ゲームと同じ展開なようでなんかどこかが違う気がするんだけど……どこだっけ? すでにいろいろ崩れているとはいえ、それでも大事なことが抜けている気がしてならない。
 ――そんな違和感を放置すべきでなかったと俺は後悔することになる。


       ♦♦♦♦♦♦♦


 そうこうしているうちに俺たちはアベリア山の入り口にやってきた。メンバーは俺とクラルテ、アウル、リヒト、クオーレの主要人物とクラージュにヴィータだった。村長は来ているものの山には入らない。


「皆様ここからは神域となりますのでくれぐれも山を汚さないようにだけお願いします」
「アンタもしつこいわね。いちいち言わなくてもわかっているわよ!」

 そう言うとそのままずかずかと山に向かって歩き出した。あまりに堂々と歩いていく姿に俺は話を聞いていたのかと思ってしまった。アウルやクラルテたちも呆気にとられている。

「何しているの? まさか怖気づいたんじゃないでしょうね? 若いのにそんな臆病でどうするのよ。特にアクナイトとカンパニュラの倅ども! 騎士の息子ならしゃきっとしなさいしゃきっと!」

 九年間も引きこもりしていた割に一番元気よなこの男。一体どこからそんな活力が湧いてくるのか不思議だわ。
 そんな大層元気な魔塔主に引率されるように山へと入っていく、が。

「山ってこんな陰気な場所だったっけ?」
「いや、ふつうはもっと空気が澄んでいるはずだが……」
「なんだか不気味だな」
「アクナイト公子とクラルテは何か感じるか?」
「いいえ特に何も」
「僕も何も感じません」

 感じないどころか……びっくりするほど静かだ。虫の声ひとつ聞こえてきやしない。夏の森がこんな無音だということが森の異変を示す何よりの証拠だな。
 アウルたちも何かを感じているんだろう。彼らの纏う空気が重い。そんな中で唯一ヴィータだけがピクニックに来たかのような軽さでどんどん先へ進んでいく。なんつー図太い神経だ。どこぞの授業盗撮野郎より鋼鉄のメンタルしている気がする。

「魔塔主殿あまり離れすぎないようお願いしたい」

 どんどん先へ行くヴィータを見かねてクラージュが声をかけるも「そんなにへっぴり腰じゃわかるものもわからないわよ」と返された。どうやらあの御仁はこちらに合わせる気は毛頭ない様子。

「なんであんなに平然と進んでいけるんですかあの人」

 そんな彼にリヒトがぽろっと疑問をこぼした。そう思うのも無理ないわ。あの人ヒールで山登っているからね。それなのに俺らの中で一番ペースが早い。ゲームでもドン引きされていたし。一体どこにそんな体力あるんだか……。

「たとえ外に出ずとも魔塔はその見た目に似合わず広いと聞く。毎日上から下まで階段でも使えばそれなりに体力がつくのではないか?」
「……そう、ですかね?」
 
 なんとも緊張感のない会話をしながらも俺たちは山頂を目指して進んでいく。普段はいるはずの動物たちもどこかへ隠れているのか全く出てこない。
 ……にしてもなんだこの感じ。意識しないとわからないけどなんか奇妙な気配がする。

「それにしても山に異変が起こったなら動物たちが麓の村にでも降りてきそうなものですが、そういった形跡はありませんでしたよね?」

 一体どういうことでしょう? と首を傾げるクラルテが不自然に口を閉した。クラルテの目は右斜め前方を鋭く睨んでいる。俺もクラルテの視線を追い、気配の正体が判明した。

「編入生も気づいたか?」
「アクナイトさん、アレってなんでしょうか?」
「私にわかるとでも? こんな遠目では判別しようがないだろう」

 嘘です知っています。ろくに調べもしないのに知っていたら変に思われるから言わないだけですごめんなさい。だがこれは主人公の仕事だ。俺は自分の身の安全さえ保障されれば主役を取る気はさらさらない。……もうすでに奪ってしまった部分あるけどそこは不可抗力ということで。
 
「このままでは埒が明かない。そばに行ってみよう」

 クラージュの一言で妙な爪痕のところまで行ってみることに。それには賛成だがその前に。

「あなたの意見も聞いてみたいのだがよろしいか魔塔の主ヴィータ」

 こちらのことなどもはや意識の外に放ったと思われるヴィータに俺は声をかけた。かなり先まで行ったらしく声をかけるというよりは叫んだのほうが正しいと思うが。それでも聞こえる範囲期はいたのかヴィータが飛んできた。

「あらどうしたの?」
「あれを見に行こうと話していたものでせっかくですし貴方のご意見をお聞きしたく」

 そういって指さした先を見たヴィータは一瞬何かを考えこみ、ひとつ頷くと先ほどと同じように先導をするように歩き出した。本当に勇ましい男だ。だけど……あんまり近づきすぎたらまずい。

「行くのはいいがそこの赤い実が生っている木から先には行かないほうがいい」
「どういうことです?」
「なんとなくだ」
「曖昧ですね。何かあるんですか?」
「リ、リヒト、アクナイトさんの言う通りだよ。あの木から先はちょっと気配がおかしい」

 無属性を持つ二人がそう言ったことでほかの面々は警戒をしてクラージュとクオーレそしてアウルはそれぞれ剣を構える。

「あら、これは……」

 言いながらヴィータが俺の示した赤い実を捥いだ……っておいぃぃっ! なにやってんだあんた! それ捥いだりしたら……
 なんて思ったときにはすでに遅く、一瞬にして空気が変わり方々から約二メートルほどの蜘蛛がわらわらと飛び出し無数の蜘蛛の糸がこちらに襲い掛かってきた――!

 


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