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四頁 カンパニュラの恩恵
48話 ホープレイズ村②
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宿に荷物を置いた俺とアウルはクオーレに案内されるままに村長の自宅へとやってきた。しかしこの村長、お辞儀が深い。俺たちはただの子息であって特別な地位は持っていないんだぞ?
「ホープレイズ村へようこそお越しくださいました公子様方。この村の長をしているブリンクです」
「アウル・オルニスです」
「シュヴァリエ・アクナイト」
アクナイトと名乗った途端面白いくらい肩が跳ね上がり、ブリンク村長はますます頭を垂れた。だから頭下げすぎだってば。
「小さな村ゆえ大したもてなしもできませんが、祭りの間だけでも楽しんでいただけたらと思います。何かあればできる限りのことをいたしますのでいつでも仰ってください」
「お心遣い痛み入る」
どこにでもいる普通の老人という印象のブリンク村長は近所のおじいちゃんという表現が似合いそうだ。……少なくとも貴族相手に媚び諂うような人物ではないだろう。でなきゃこんなガチガチに緊張していない。カンパニュラ伯爵家と交流があるだろうに、こんなんで大丈夫かね。
だがそれよりも。
「時にブリンク殿、アベリア山の守り神がここのところおかしいと聞いたが?」
アベリア山のフェイバースパイダーに異変ということは知っていても大した情報を得られていないのが現状だ。
記憶を取り戻してから今までゲームでは見えていない情報があるということは学習している。それに俺の行動が原因かは知らんがちょこちょこゲームの方と齟齬があるのだ。情報は集めて困るようなことはない。俺がここにいるのは監視目的だけど情報がなければ何を監視すればいいかさっぱりなのだ。ほとんどやることがないとはいえ、あのエヴェイユにあとからチクチクやられるのは心の底からごめん被る。奴が動けば例に漏れずリヒトも動く。そしてリヒトはクラルテと共にこの村へやってくるのだ。リヒトは視野が狭くて追い込みが激しいところがあるとは言えシュヴァリエがエヴェイユの命で赴いている以上、そこに私情は挟んでこないと断言できる。なんだかんだで公私はわけられる人間だ。だから真面目にお仕事してさえいればエヴェイユに滅多な報告はしないだろう。そうすれば余計な関わり合いを持たなくてよくなるかもしれない。……もっとも真面目にこなして変に印象に残られても困る。アクナイト公爵子息の身分はかなり使い勝手がいいのだ。俺は奴の馬車馬になるつもりは毛頭ないし、そんなことになれば俺の最重要案件は遠ざかる。そんなことあってなるものか。
「……アクナイト公子、それは」
「お言葉だがカンパニュラ二公子、王族がわざわざ監視に人を送り込むほどの事態が起こっているのにも関わらず、私たちはその事情を知らないというのは問題では? 今すぐことが起こるようなことはないとでも思っているのか、下手に外部へ露見することを厭うているのかは知らないがアベリア山の主が暴走すれば露見云々などとほざいている場合ではなくなる。違うか?」
何が起こっているかは知っているが、それをわざわざ指摘するあたり俺も性格悪いと思う。頭も心も痛いことだから。けど現実逃避しても意味ないしすでに事態が動いている以上、呑気に構えてはいられない。こんなところで墓に入りたくはないのですよ俺は。
「アクナイト公子、言い過ぎだ」
「どこがです?」
「気になるのはわかるが急かしても仕方ないだろう。別に君が間違ったことを言っているとは言わないが、追い詰めるような言い方は良くない」
「追い詰めているつもりはありませんし私はもとよりこういう言い方です」
「オルテンシア公子に対してはもう少し柔らかかったと思うが」
「オルニス公子の気のせいでしょう」
「そうだろうか? 君は割と優しい人間だと思うが。不器用なだけで」
「オルニス公子は余計なことしか口にされないのですね」
「ただの事実だ」
「では私の言ったことも事実ですね」
……あれ、俺なんでアウルとこんな話しているんだ。事実を言っているのに指摘を受けて苛立ったのかな? ……まあいいや。
アウルとの謎の会話が終わったところで村長が「あの……」と遠慮がちに声をかけてきた。すっかり青ざめた顔で震えている。……これは絶対に俺たちのせいだな。村長さんごめんなさい。今のやり取りは多分俺も怖い。……最近一般人への感覚が麻痺してきているような気がするな。環境に引きずられないようにしないといつか罪もない一般人を平気で踏みつけにしてしまいそうだ。
だが今は現状把握が先だと自分で自分に抱いた感情を押し殺してブリンク村長の言葉に耳を傾ける。
その昔戦が起こりこの村も戦場となった。その時フェイバースパイダーが盾となって村を守ってくれた。それ以来フェイバースパイダーは村の守り神として崇められるようになった。後にフェイバースパイダーが聖獣の眷属であることが判明し、村人は感謝と畏敬を込めて祠を建てた。以来ずっと月交代で各家がその祠を清めお供えをしている。
しかし今からおよそ二月前にその祠に異変が生じたらしい。実はその祠には村を守ってくれた際にフェイバースパイダーから貰った糸が奉納されているけ。通常であれば夜空に流れる神の回廊の如き輝きを放つその糸が色を失いだした。そればかりか色を失った箇所から徐々に黒く変色し始めたという。それと同時にアベリア山から夜な夜な奇声が聴こえるようになった。
「……以上が今この村とアベリア山で起こっている現象です」
一気に話して疲れたのか村長は深く息を吐きして慎重にこちらを伺っている。それに対して俺は言葉を失っていた。
これは思っていた以上に深刻だな。というかゲームよりも状況が悪化している。ゲームではクラルテがこっちに来る直前くらいに糸の変色が始まった。だから相当早い段階で事態が動いているということになる。
「フェイバースパイダーは確かに聖獣の眷属だが、何かの拍子で堕落すればそれは魔へと変じる。糸が黒くなり始めたということは魔へと堕ちかけているということにほかならない」
「カンパニュラ第二公子……君はこの事実を知りながら殿下に伝えなかったのか?」
「いや殿下に事態ははっきり伝えていた。というかあなたは知らなかったのか?」
「……オルニス公子はご存知だったか?」
「俺は、というかここに監視として派遣されている者は皆知らされている。……まさか知らなかったのか?」
「殿下から呼び出しは受けましたが詳細は何も。ただアベリア山で異変があったという情報のみ与えられました」
「「……殿下」」
クオーレとアウルが揃って頭を抱えた。え、じゃあ何か? 俺が情報教えろって言った時妙な空気になったのは事前に伝えられているであろう情報を俺が村長に聞いたからってこと?
なるほどね。俺はすでにエヴェイユから嫌がらせを受けていたわけだ。そんなことも知らずクオーレに食ってかかったと。
……。
「その……カンパニュラ第二公子に見当違いなことを言ったようで。………………申し訳ない」
クオーレに謝罪するとなぜかアウルとクオーレが目を瞠った。何その反応。どう考えても謝罪するべき内容でしょうが。知らなかったじゃ済まないぞ。
「……アクナイト公子が謝ることではない。これは……はっきり言って殿下が悪い」
「完全に同意だ。知らないのならあの発言は正当性しかない。……殿下にも困ったものだな」
「まったくだ。なぜリヒトは止めなかった」
「殿下至上主義のリヒトが止めるとは思えない。そこまで過ぎた行いをしているわけではないからな」
「「はあ…………」」
親友二人が盛大にため息をついていらっしゃる。当然室内に流れる空気も先程までの緊張感はなくなり、微妙な沈黙が支配する。どう考えてもこのまま話の続きを、という雰囲気ではない。
「……あの、皆様……お茶が冷めてしまったようですので入れ直します。その……その間休憩されてはいかがでしょう」
『……そうさせてもらおう』
殿下の行いに呆れを滲ませる二人といろいろな思いが渦巻いていた俺は、渡りに船とばかりに二つ返事で村長の提案を受け入れた。
…………あの野郎、後で絶対泣かす。
「ホープレイズ村へようこそお越しくださいました公子様方。この村の長をしているブリンクです」
「アウル・オルニスです」
「シュヴァリエ・アクナイト」
アクナイトと名乗った途端面白いくらい肩が跳ね上がり、ブリンク村長はますます頭を垂れた。だから頭下げすぎだってば。
「小さな村ゆえ大したもてなしもできませんが、祭りの間だけでも楽しんでいただけたらと思います。何かあればできる限りのことをいたしますのでいつでも仰ってください」
「お心遣い痛み入る」
どこにでもいる普通の老人という印象のブリンク村長は近所のおじいちゃんという表現が似合いそうだ。……少なくとも貴族相手に媚び諂うような人物ではないだろう。でなきゃこんなガチガチに緊張していない。カンパニュラ伯爵家と交流があるだろうに、こんなんで大丈夫かね。
だがそれよりも。
「時にブリンク殿、アベリア山の守り神がここのところおかしいと聞いたが?」
アベリア山のフェイバースパイダーに異変ということは知っていても大した情報を得られていないのが現状だ。
記憶を取り戻してから今までゲームでは見えていない情報があるということは学習している。それに俺の行動が原因かは知らんがちょこちょこゲームの方と齟齬があるのだ。情報は集めて困るようなことはない。俺がここにいるのは監視目的だけど情報がなければ何を監視すればいいかさっぱりなのだ。ほとんどやることがないとはいえ、あのエヴェイユにあとからチクチクやられるのは心の底からごめん被る。奴が動けば例に漏れずリヒトも動く。そしてリヒトはクラルテと共にこの村へやってくるのだ。リヒトは視野が狭くて追い込みが激しいところがあるとは言えシュヴァリエがエヴェイユの命で赴いている以上、そこに私情は挟んでこないと断言できる。なんだかんだで公私はわけられる人間だ。だから真面目にお仕事してさえいればエヴェイユに滅多な報告はしないだろう。そうすれば余計な関わり合いを持たなくてよくなるかもしれない。……もっとも真面目にこなして変に印象に残られても困る。アクナイト公爵子息の身分はかなり使い勝手がいいのだ。俺は奴の馬車馬になるつもりは毛頭ないし、そんなことになれば俺の最重要案件は遠ざかる。そんなことあってなるものか。
「……アクナイト公子、それは」
「お言葉だがカンパニュラ二公子、王族がわざわざ監視に人を送り込むほどの事態が起こっているのにも関わらず、私たちはその事情を知らないというのは問題では? 今すぐことが起こるようなことはないとでも思っているのか、下手に外部へ露見することを厭うているのかは知らないがアベリア山の主が暴走すれば露見云々などとほざいている場合ではなくなる。違うか?」
何が起こっているかは知っているが、それをわざわざ指摘するあたり俺も性格悪いと思う。頭も心も痛いことだから。けど現実逃避しても意味ないしすでに事態が動いている以上、呑気に構えてはいられない。こんなところで墓に入りたくはないのですよ俺は。
「アクナイト公子、言い過ぎだ」
「どこがです?」
「気になるのはわかるが急かしても仕方ないだろう。別に君が間違ったことを言っているとは言わないが、追い詰めるような言い方は良くない」
「追い詰めているつもりはありませんし私はもとよりこういう言い方です」
「オルテンシア公子に対してはもう少し柔らかかったと思うが」
「オルニス公子の気のせいでしょう」
「そうだろうか? 君は割と優しい人間だと思うが。不器用なだけで」
「オルニス公子は余計なことしか口にされないのですね」
「ただの事実だ」
「では私の言ったことも事実ですね」
……あれ、俺なんでアウルとこんな話しているんだ。事実を言っているのに指摘を受けて苛立ったのかな? ……まあいいや。
アウルとの謎の会話が終わったところで村長が「あの……」と遠慮がちに声をかけてきた。すっかり青ざめた顔で震えている。……これは絶対に俺たちのせいだな。村長さんごめんなさい。今のやり取りは多分俺も怖い。……最近一般人への感覚が麻痺してきているような気がするな。環境に引きずられないようにしないといつか罪もない一般人を平気で踏みつけにしてしまいそうだ。
だが今は現状把握が先だと自分で自分に抱いた感情を押し殺してブリンク村長の言葉に耳を傾ける。
その昔戦が起こりこの村も戦場となった。その時フェイバースパイダーが盾となって村を守ってくれた。それ以来フェイバースパイダーは村の守り神として崇められるようになった。後にフェイバースパイダーが聖獣の眷属であることが判明し、村人は感謝と畏敬を込めて祠を建てた。以来ずっと月交代で各家がその祠を清めお供えをしている。
しかし今からおよそ二月前にその祠に異変が生じたらしい。実はその祠には村を守ってくれた際にフェイバースパイダーから貰った糸が奉納されているけ。通常であれば夜空に流れる神の回廊の如き輝きを放つその糸が色を失いだした。そればかりか色を失った箇所から徐々に黒く変色し始めたという。それと同時にアベリア山から夜な夜な奇声が聴こえるようになった。
「……以上が今この村とアベリア山で起こっている現象です」
一気に話して疲れたのか村長は深く息を吐きして慎重にこちらを伺っている。それに対して俺は言葉を失っていた。
これは思っていた以上に深刻だな。というかゲームよりも状況が悪化している。ゲームではクラルテがこっちに来る直前くらいに糸の変色が始まった。だから相当早い段階で事態が動いているということになる。
「フェイバースパイダーは確かに聖獣の眷属だが、何かの拍子で堕落すればそれは魔へと変じる。糸が黒くなり始めたということは魔へと堕ちかけているということにほかならない」
「カンパニュラ第二公子……君はこの事実を知りながら殿下に伝えなかったのか?」
「いや殿下に事態ははっきり伝えていた。というかあなたは知らなかったのか?」
「……オルニス公子はご存知だったか?」
「俺は、というかここに監視として派遣されている者は皆知らされている。……まさか知らなかったのか?」
「殿下から呼び出しは受けましたが詳細は何も。ただアベリア山で異変があったという情報のみ与えられました」
「「……殿下」」
クオーレとアウルが揃って頭を抱えた。え、じゃあ何か? 俺が情報教えろって言った時妙な空気になったのは事前に伝えられているであろう情報を俺が村長に聞いたからってこと?
なるほどね。俺はすでにエヴェイユから嫌がらせを受けていたわけだ。そんなことも知らずクオーレに食ってかかったと。
……。
「その……カンパニュラ第二公子に見当違いなことを言ったようで。………………申し訳ない」
クオーレに謝罪するとなぜかアウルとクオーレが目を瞠った。何その反応。どう考えても謝罪するべき内容でしょうが。知らなかったじゃ済まないぞ。
「……アクナイト公子が謝ることではない。これは……はっきり言って殿下が悪い」
「完全に同意だ。知らないのならあの発言は正当性しかない。……殿下にも困ったものだな」
「まったくだ。なぜリヒトは止めなかった」
「殿下至上主義のリヒトが止めるとは思えない。そこまで過ぎた行いをしているわけではないからな」
「「はあ…………」」
親友二人が盛大にため息をついていらっしゃる。当然室内に流れる空気も先程までの緊張感はなくなり、微妙な沈黙が支配する。どう考えてもこのまま話の続きを、という雰囲気ではない。
「……あの、皆様……お茶が冷めてしまったようですので入れ直します。その……その間休憩されてはいかがでしょう」
『……そうさせてもらおう』
殿下の行いに呆れを滲ませる二人といろいろな思いが渦巻いていた俺は、渡りに船とばかりに二つ返事で村長の提案を受け入れた。
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