悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

44話 やっと息ができた

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 あの使用人が消えた直後、騎士が屋敷へやっきたのを確認して、俺は近くにあった燃えそうなものを集めベランダに出て蝋燭を使い火をつけるとあっという間に煙が上がる。

「これで発見までの時間が短縮されるな……さてと」
 
 火の様子に注意しながら樽野郎に視線を向けるとあれだけ使用人に痛めつけられたにも関わらず、今なお元気に俺を睨みつけていた。意外と頑丈なんだなこいつ。
 というか一本のリボンでどうやって口まで塞ぐんだ。あの使用人恐るべしだな。……ああそういえばこれ。
 手に取ったのはローダンセ伯爵夫妻から頼まれた樽野郎の悪事がまとめられた証拠書類が納められているらしい華美な本。なるほど樽野郎が欲しがるわけだ。確かに観賞用として申し分ない。

「これはローダンセ伯爵家のもの。お前には不要な品だ」
「~~~!」

 多分返せだなんだと叫んでいるんだろうけど口塞がれているから言葉として聞き取れないんだ。ごめんね~?


 しばらくしてドタバタと騒々しい音をさせながら騎士たちがやってきた。屋敷の主人が目の前にいるから権力のある人間が降伏したんだろう。何にも知らない使用人もいるだろうし、これの性格から考えて内心で恨みを持つ人間はそれこそ山のようにいる。義理立ての必要もない上自分の身も危ういとなれば少しでも助かりたいと願うのが人間というものだ。

「おい。ここを開けろ!」

 ……っと、来たな。

「どうぞ」

 扉へ向かい丁重にドアを開けてお出迎えをしてやると一瞬呆けた騎士と目が合った。見たことのある顔しているね。やっぱりあんたらか。

「あんたは……」
「シュヴァリエ・アクナイトです。カンパニュラ第一公子とはもう少し別の機会でお目にかかりたかったものですが」
「貴殿があの……パフィオペディラム公子たちから話は聞いています」
「それならば話は早い。コランバイン伯爵はすでに捕縛しております。暴れたくても暴れられませんのでご存分に」

 言いながら室内へ促すとーー

「いや、え…………はっ!?」

 仕事中の騎士とは思えない素っ頓狂な声を上げた。ですよね。ものすごく気持ちがわかるよ俺も同じ状態になりましたからね。ほんと何やってんだあいつ。

「ア、アクナイト公子……こ、これは一体」

 カンパニュラ長男以下一緒に入ってきた部下数名は目の前の樽野郎の惨状にドン引きしながら俺に目を向ける。まあ部屋に俺とこいつしかいないなら俺がやったと思うのが自然よね。
 だがしかし! これは俺の仕業じゃないぞっ! こんなにでっぷりしたおっさんを緊縛する趣味など断じて! 断じて持ち合わせておりませんっ! 誰がこんな気色悪いおっさんにSMしたがるんだっつーの!!!

「……私が伯爵を見つけた時にはすでにこの状態でしたよ」
「は、はあ……そう、ですか……」

 そう言いながらも目が若干疑っておりますが、違うったら違うんだよ。

「ひ、ひとまずコランバイン伯爵を連行しろっ!」
『はい!』

 カンパニュラ長男の指示を受け騎士たちが一斉に動き出す様を邪魔にならないよう端っこで眺めていると、長男が俺のそばへ。多分事情聴取だな。

「それでアクナイト公子」
「やったのは使用人です。彼は親切にも私にいろいろと聞かせてくださった」
「使用人……ですか? 特徴は?」
「私が見た時には金髪に薄い赤色の目でしたが、おそらく偽装でしょう。それもかなり練度の高い」
「偽装……となると見つけ出すのは困難ですね。他に特徴は?」
「かなりの手練れです。少なくとも只人ではありません。魔法属性は無」
「……無属性魔法ですか。その使用人は逃げ出したのですね」
「手練れだと言ったでしょう。少なくとも私が捕えられるような男ではありませんよ」
「……なるほど。いえ伯爵を抑えてくれていただけでも充分です。あなたのご学友が外でお待ちです。護衛をいたしますので皆の元へ向かいましょう」

 そうしようかな。ここにいても邪魔になるだけだし、何よりもあの樽と同じ空気など一秒たりとも吸っていたくない。……けどその前に。

「公子、ローダンセご夫妻の方はすでに救出されていますか?」
「……いやおそらくこれからだと思いますが」
「ならばご案内しますよ。いつまでもあんなところに閉じ込められているのは少々不憫ですので」
「……」

 何か言いたそうだけどそんな時間はない。あたりを見渡すと運良く女性騎士がいた。状況が状況とはいえ女性がいるのはありがたい。

「そこの方」
「はい、自分に何か?」
「女性である貴女も共に来ていただきたい」

 俺の言葉に女騎士さんは自分の上司に視線を向け長男が頷いたのを確認すると俺に礼をとった。

「かしこまりました」

 無事了承をもらえたのでスタスタと部屋を出る。やっと息ができたような清々しい心地だ。ただ扉一枚挟んだだけなのになんでだろうね~?
 そんな俺の後ろから部下に指示を出した後で長男と女騎士さんが追ってくる。

「アクナイト公子、ローダンセ伯爵夫妻がこちらにおられるというのは事実なのですか?」
「直接言葉を交わしましたので」
「え、どうやって……」
「屋敷を捜索していたところで隠し部屋へ繋がる場所にあたりがつきまして。使用人に案内を頼み発見した次第です」

 まさかゲームの知識で場所を把握していました、なんて言えるわけがなく適当に誤魔化した。全部が嘘でもないし。そういやあの使用人、あいつに昏倒させられていたけど大丈夫かな。

「はあ……まああまり踏み込まないほうがよろしいのでしょうね。ローダンセ伯爵夫妻の保護が終わり次第事情聴取を致しますがよろしいでしょうか?」
「手短にお願いします。学外ワークがこのような理由で潰れるのは不快なので」
「……あ、はい。なるべくお時間は取らせません」
「そうしてください」

 学外ワークがそれほど楽しみというわけでもないが、本来であればすでに終わっていなくてはならない事件なのだ。いくら避けては通れない内容とは言え巻き込まれるなんざ心の底からごめん被りたいんだよ。何が悲しくてあんな下衆野郎の面拝まにゃならんのだ。もはや拷問だっつーの。
 ……なんて思っているうちにワインセラーへ到着。ありゃまだこいつ気絶してやがる。結構騒がしかったと思うけど、やっぱりこいつ結構神経図太いよな。
 
「この使用人はなぜここで倒れているんだ?」
「さあ、なぜでしょうね。ひとまず邪魔なのでどかします」
「どかすって……」

 あの時は気絶させられたから仕方ないけど、今床に転がっている使用人は気絶した後に呑気にも眠ったらしく、規則的な息遣いがかすかに聞こえていた。気絶しているわけではないのなら本当にただの通行妨害なんで、ねえ。
 俺は手近にあったワインボトルを掴んで思い切り壁に叩きつけた。ボトルの割れるけたたましい音が響き、長男と女騎士さんは思わずといった風に顔を顰めながら耳を塞いで。

「へあっ!???」

 寝坊助は変な声をあげながら文字通り飛び起きた。事態が飲み込めずキョロキョロと視線を彷徨わせた使用人は俺と目が合うなり。

「ああああっ! も、申し訳ありません! 謝ります謝ります謝りますのでどうかお命だけは取らないでください後生ですからっ!!!!!」

 と引くほどの勢いで謝り倒してきた。別に怒っていないんだけど。というかここには俺の他に二人もいるんだぞ。そんなことしたら……。

「アクナイト公子、一体この者に何をされたんですか?」

 こんな風にいらん詮索受けるでしょうが。口には出していないけど絶対に騎士二人の脳内ではよからぬ妄想もされていることだろう。俺は傲慢で冷酷っていう評価だし? ……とりあえず。

「私の前で騒ぐな」
「は、はいいぃっ!」

 ……。
 いいや放っておこう。優先すべきはこいつじゃねえ。セラーの中だ中。

「そんなことをしている暇があるなら羽織るものを二つ見繕って来い」
「え? 何に使われるので……?」
「私は質問を許可した覚えはない」
「申し訳ありません! すぐにご準備させていただきます!」

 言葉と同時にさっさとセラーを出て行った使用人に騎士たちは訳がわからず俺に視線を向けてきた。なんかごめん。
 俺は心の中で謝罪しながらセラーを弄り例の入り口を出現させる。

「……こういうことだったのか。アクナイト公子、ローダンセ伯爵夫妻は……」
「こちらへ」

 ひんやりと冷たく暗い階段を降りていき、目にした光景に騎士たちが息を詰めた。うん、すっごく気持ちわかるよ。貴族のこんな姿なんて滅多に見ないだろ罪人でもあるまいに。
 
「アクナイト公子、ご無事で何よりです」

 今の自分たちの方が大変だろうに開口一番が俺の心配ですか。同じ大人なのになんだろうねこの差は。

「……私よりもご自分の心配をなさってください」
「しかし……」
「カンパニュラ公子、ここ開けられますか?」
「! カンパニュラ公子がなぜここへ?」
「お久しぶりでございます。救出が遅くなりましたこと、心より謝罪いたします。今お出ししますので鉄格子から少々離れていただけますか」

 長男の言葉に素直に従い鉄格子から離れたところで、どこからくすねたのか牢の鍵を取り出して格子を開けた。いやまじでどこから取り出したのよ。あの樽が肌身離さず持っていたのか? 

「こちらの鍵はコランバイン伯爵の胸ポケットに入っていたものです。どこの鍵かと不思議だったのですが、鍵穴の形状から見てこちらで合っていたようですね」

 あ、そう……。見ただけでそれ判断したの。
 まあいいや。ひとまずここから出るのが先だ。ずっと閉じ込められていた分痩せていて筋力にも衰えが見られるため支えなしでは上手く立つこともできないのは火を見るよりも明らかだ。

「なるほど私を連れてきたのはこのためだったのですね」
「既婚者といえど女性ですから。同じ女性の方がいいかと思いまして」

 男だけだったら俺が連れて行ったけどせっかく女性騎士がいるんならその方がいろんな意味で安全だろ。

 ローダンセ伯爵夫妻を連れてセラーへ出てくるとそこには羽織りを二枚持った使用人が突っ立っていた。

「あ、あのお持ちしましたが……」
「この騎士二人にそれぞれ渡せ」
「は、はいいっ!」

 いちいちびくつきながら長男と女性に手渡し、それを夫妻にそれぞれかける。

「伯爵、こちらを」

 俺は持っていた本をローダンセ伯爵へと手渡した。

「そちらで合っていますよね」
「……はい。間違いありません。アクナイト公子、身勝手な頼みを聞き入れてくださりありがとうございます」
「いえ、お気遣いなく。私はこれで失礼します。カンパニュラ公子、女性たちの居場所はこの使用人が把握しているはずですのでこの者から聞き出してください」

 結局聞き忘れてしまったからな……。とっくに騎士たちが保護している可能性もあるけど情報があって困るわけじゃないし、そもそもここから先は俺の仕事じゃない。
 言うだけ言ってさっさと踵を返す。

「さて……あいつらはどうなっているのやら」
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