悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

43話 似合いすぎる名前

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 おいおいなんでこいつがこんなところに来ているんだ? 一番寝ていて欲しい奴なのに!

「ああ旦那様。ご無事で安心しました」
「戯けたことを抜かすな! 使用人風情がよくも私を愚弄してくれたものだ! 貴族を侮辱してタダで済むと思うなよ!」

 何があったか知らんが完全に俺のことは目に入っていないみたいだ。というかタダで済む云々ってのはもしやご自分のことを言っているんですかね? ……そんなわけないな。目の前の光景に理解が追いつかなくてプチ現実逃避してます。

「豚風情が人間の言葉喋ってんじゃねえよ」
「なんだと! 今すぐ貴族侮辱罪で牢へぶち込んでやる!」
「俺の洗脳魔法なしじゃあんたに勝ち目はないけど……それでも俺を牢へ入れるって?」

 ギリギリと歯軋りをしながら使用人を睨みつける様はめちゃくちゃ醜悪で正直見ていられない。

「このっ……私を閉じ込め寝室へ侵入して大事なコレクションを盗むとは下賎の生まれの分際でよくも平然としていられるものだ!」

 へえ、そうだったんだ。眠ったんじゃなくてどこかに閉じ込められていたのこいつ。そこを運よく使用人に助けてもらったって感じかな。それでコレクションが心配になって見に来たら閉じ込めた張本人が大事なコレクションを手にしていて、俺に気づくことなく怒り狂ったと。聞くまでもなく全部説明してくれて手間が省けたわ。

「だって別に怖くもなんともないからね。ここにいるアクナイトの坊ちゃんに比べれば」
「……アクナイト?」

 奴の視線が初めて俺を捉え、たちまち目玉が飛び出るほどに見開かれた。せっかく外野だったのにいらんことしてんじゃねえよ。

「こ、これはこれはアクナイト公子。まさかこんなところにおられるとは思いませんでしたぞ。どうやってあの部屋から出られたのですかな?」
「人を鎖で繋ぐなら鍵の代用になりそうなものはすべて除いておくんだな」
「……あの部屋に鍵の代用になりそうなものなどありましたかな?」
「ああ。少しこわ……改造させてもらったがお前のくだらない玩具も使い方次第で役に立つものだ」

 玩具と聞いた途端に部屋に置いてあった大人のオモチャを思い出したのか青ざめ、改造したという言葉の意味がわかったのか次第に耳まで赤くなった。

「下手に出ておけばこのガキ図に乗りやがって」
「あの程度で動きを封じられると思っていたとは……我がアクナイトを愚弄しているらしい」

 わーお顔赤くなるとマジで豚だよ。
 身分を持たないとはいえ俺の後ろ盾は公爵家。体面を気にする公爵なら息子と思っていなくとも醜聞を避けるため全力で潰しにかかるだろうな。今は俺の脅しが功を成し公爵子息として扱っているから尚更だ。
 
「此度の仕打ち……どう責任を取るつもりだ?」
「……温室育ちの小僧が。あなたには後でたっぷりと口止めをさせていただきます」

 ですが、と使用人に目を向け射殺さんばかりに睨みつけた。

「まずはこの汚物から処理せねば」
「え~それってまさか俺のことじゃないよね?」
「貴様以外に誰がいる!」
「アクナイト公子?」
「奴は確かに卑しい女の血が流れているが貴族の身であることに変わりはない。比べるまでもないだろう」
「へえ……」

 使用人の目が獰猛に光るのを見て俺は嫌な予感を覚える。

「俺はね? 自分の手を染めることはしたくないんだ。……けどさぁ」
「ガッ!?」

 一瞬消えたと思った使用人は気がつけば伯爵の首を掴んでいた。やっぱりただの使用人じゃないな。殺し屋は……ターゲットになりそうな伯爵は今目の前で喚いているから考えにくい。わざわざここをクッションにしてターゲットに接触する、なんて面倒なことはしないだろうし。あと考えられるのはどっかから送り込まれたスパイだけど……これは可能性が多くて後ろは予想できないな。
 なんにせよこいつの事情聴取は必須だろう。
 ゲームでは騎士たちが突入して樽野郎がお縄についた時すでに使用人は逃走していたけど……。

「うっ、ぐぅっ……!」

 あ、まずい。このままじゃ樽野郎のこと締め殺しそうだ。そうなったら色々困る。

「そこまでだ」

 怒りで塗りつぶされている使用人の手首を掴んで声をかけると氷柱のような視線に射抜かれ、内心怖気づく。こっわ! よっぽど卑しい女云々が地雷だったんだなぁ。だけど困るんだ。

「邪魔しないでくれない? それとも一緒に殺されたいの?」
「憤るのは勝手だが、然るべき裁きを受けされる必要がある」
「はあ? お貴族様の都合を押し付けないでくれない? 反吐が出る」
「殺すなと言っているわけではない。ただ今ではないということだ」
「何それ?」
「伯爵の罪が明るみになればまず身分剥奪は免れないだろう。その時好きにすればいい」
「身分の剥奪……ああなるほどねえ!」

 俺の言いたいことを理解した瞬間使用人の怒りが霧散し、代わりに無邪気な笑みを綻ばせる。何だよ。こいつを殺せるのがそんなに嬉しいわけ? 変な奴なのになんか憎めないんだよな。

「いいよ。アクナイト公子に免じて引いてあげる」
「うっ! ゴホッ……ゴホッ!」

 乱暴に投げ捨てられた樽野郎は盛大に咳き込み、床に這いつくばりながらこちらを睨みつけてくる。……が、所詮は小物。ダサいと思うだけで怖くもなんともない。ここまで格好のつかない悪役っていうのもなかなかいないと思うぞ。

「調子に乗るなよアクナイトの小童がっ!」

 こいつ……身分以外に言うことないのか? それとも身分しか取り柄がないってわかっているからあえて前面に出してきているのか。……相手にするのも面倒くさくなってきたな。さっさと縛ってその辺に転がそう。多分もう少しすればあいつらが来るだろうし。

「おい使用人。この部屋から縛れそうなものを探してこれの動きを封じろ」
「ええ……自分でやればいいのに。しかも使用人って……まあいいけどさぁ」

 自分でやればって……確かにその通りだけどさ。仮にも今は一使用人だっていうのに貴族の子息相手に自分でやれとか肝座りすぎじゃね? だけど……手伝うくらいはするか。

「あれ? 手伝ってくれるの?」
「違う。無駄な時間をかけたくないだけだ。まもなく伯爵を捕縛するため騎士が来るだろう。その時に暴れられては鬱陶しい」
「もしかしなくてもアクナイト公子って素直じゃない?」
「使用人は黙って働け」
「はーい」

 呑気な奴……。
 なんやかんや言いながらも使用人は俺の指示通り捕縛用のものを探して室内をうろうろする。……その途中で転がっている伯爵を蹴って踏んづけてとやりたい放題しながら。しかも踏まれたり蹴られたりしているのが顔と股間なあたり性格の悪さが察せられるというもの。恨み込めすぎだ馬鹿者。あ~あ、どんどん見るに堪えない姿になっていく……。
 ……なるほど。確かにこいつはコランバインだ。
 コランバインーー別名オダマキ。花言葉は愚か。これほど名を体現するものが今代の当主とはねえ。
 本当に道化のような奴なのに、なんで今まで事が露見しなかったんだ? いくら使用人の力があったからって誰一人掴めなかったなんて……。
 …………この樽野郎の背後に、ツヴィトークの王侯貴族たちを欺けるほどの大物でもいるのか?

「いいのがあったよ~」

 うっかり物思いに耽っていたらしく、俺は使用人の言葉で現実に戻る。

「でもこの状態で更に縛るってアクナイト公子もなかなか性格悪いよね?」

 いや樽野郎がこの有様なのはお前のせいだろ。何俺が命じたみたいな言い方してやがる!

「戯言を」

 なんとかそれだけ言うと使用人はケタケタと楽しそうに笑う。何がそんなにおかしいのやら……。
 そんなことを考えている間も使用人はテキパキと樽野郎を縛り、これでもかとばかりに雁字搦めにしてベッドへと繋いだ。因みに縛っているのは赤いリボンのようなもので相当長い。ついでにどこから出したのかシャラシャラとした悪趣味なデザインの飾りまで括り付けられている。これが若く見目の良い女の子とかなら見られるけど、縛られているのはでっぷりと肥えた中年のおっさん。しかも顔は鼻血と痣でえらいことになっているので目に毒だ。
 ……これを処理するであろう騎士の皆さん、誠に申し訳ございません。

「……さてと、俺はそろそろ行こうかな」
「待てお前からも事情聴取を」

 してもらう、と言う前にワインセラーの時のように首を捕えられた。

「やだ♪」

 お前それ好きだね。

「俺はこんなところ一刻も早く立ち去りたいんだ。……ねえ見逃してよ。俺は君を殺したくないんだ。せっかく会えたのにこんなに早くお別れなんて悲しいじゃないか」

 なんだそれ。
 俺が無言でいると刃が食い込んでくる。よっぽど逃げたいらしい。まあゲーム内でもこいつはいなかったしな。
 しばし考えて俺は口を開く。

「……はあ。行きたければ行け」
「わかってくれて嬉しいよ」

 使用人は軽い足取りで俺から離れると窓を蹴破った。途端にそよそよと心地いい風が入ってくる。
 
「じゃあね。いつかまた絶対に会いにくるよ!」

 そう言って樽野郎に目を向けて一瞬だけ瞳が銀色に光る。

「今見たこと内緒だよ? さよなら♪」

 次に見たときは使用人の姿はなく、遮るものがなくなった窓からの風が俺の顔を撫でていたーー



 


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