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三頁 ローダンセの喜劇
42話 謎の使用人
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「アクナイト公子。我がローダンセの屋敷には妻が新たに作った花があることはご存じでしょうか?」
「はい。パフィオペディラム公子からお伺いしましたし、実際にこの目で確かめさせていただきました。勝手に屋敷内へ立ち入ってしまったこと、お詫びします」
「それは構いません。実際に見られたのであれば話は早い。実はあの花はこの屋敷にもあるのです」
「……は?」
なんだその新情報は。ローダンセの新種がこの屋敷にもあるだって? 確かに絶対にない色だから珍しがった樽野郎が強奪する可能性は無きにしも非ずだけど……。いやそれだとあの屋敷にある新種は根こそぎ取られているはず。しかしあの屋敷からして奴が踏み入っていないのは事実だ。それなのにローダンセの花がある? スパイでも送り込んだのか? それならあの屋敷に金目のものがない理由も説明つくけど……やっぱりそこが引っかかってんだよなぁ。なんだろうこの違和感。
「ローダンセの花があるといっても、本物の花があるわけではありません。ただその花柄が描かれた品をコランバイン伯爵が所持しているということです」
ああそういうことか。
「それはどのような品なのでしょう?」
「ローダンセ家の紋章が入った本です。基本的にはローダンセ一族の直系全員の血と魔力によって開くことができます。その本をアクナイト公子に見つけていただきたいのです」
めっちゃ危険なことを頼まれてしまった! それ俺の命大丈夫なやつですか、ねえ? というか知らんぞそんな話。え、なに? ゲームの隠し要素か何かですか?
「……簡単に仰いますがその本がこの屋敷にあるという保証はないでしょう」
「いいえ。私たちはあえてその本を持った状態で捕まったのです。そこにはコランバイン伯爵の悪事をまとめた書類が収められています。本と呼ぶにはあまりにも豪奢な見た目なので強欲なコランバイン伯爵が飾っていてもおかしくありません」
なるほどね。ものすごい重要アイテムじゃんなにそれ。樽野郎は本なんぞ興味ないだろうからショーケースに入れて戦利品扱いしていそうだ。しかもその中に樽野郎の悪事の証拠まで入っているとか。ゲーム内で解放されたローダンセ伯爵が樽の悪事をまとめた証拠を提示する場面があったけど、証拠をどこに隠していたのかはなぜか言及されていなかった。だからずっと疑問だったけどこういうことだったのか。
「……探しに行くのは構いませんが、あなた方はその間ここにいるおつもりですか?」
「はい。体力も筋力も衰えた私たちがいても足手纏いにしかならないでしょう」
ああ……それは一理ある。死なない程度に生かされているって感じだしゲームでも助け出した時には見る影もなく痩せていたって言述されていたくらいだからな。前世よりもはるかに動けるとはいえ筋力も体力も衰えた人間二人を守りながら脱出するのは無理だ。余計な接近を避けられる銃ならシュヴァリエの魔法で創り出せるけどまったく技術のない俺が持っても多分使えない。弾丸に当たるとたちまち睡眠状態になったり体が動かなくなったりするような奇特な弾丸なんて現実で見たことないから俺が創れるのは鉛の実弾だけ。そんなものを素人が扱ったりしたらたちまち血の惨劇になりかねん。そんな展開はごめんだ。剣を持っていたとしても誰かを刺さないといけない展開なんか断固としてお断りだ。
それらを総合的に判断した結果。ローダンセ伯爵夫妻は一旦残しておくという結論に達した。
「いいでしょう。もうじきこの屋敷に騎士がやってくるはずですが、私が戻るまでご辛抱を」
「ありがとうございます」
伯爵夫妻に頭を下げられながら階段を上る。
「あ、戻ってきた」
「誰も来ていないか?」
「はいっ!」
「そうか。ではこの屋敷の主であるあの男が大事なものを飾るとしたら、どこだ?」
「はえ? ……基本は宝物庫の中です」
「ではコランバイン伯爵しか入ることができない部屋は?」
「えっとーー」
使用人が何かを言おうとした直後。
「ふあっ……」
いきなり使用人が倒れ、別の使用人が立っていた。
「困るなぁ。勝手にうろちょろされちゃあ」
笑みを浮かべながら倒れた使用人を踏みつけにする男にひどく不快感を覚える。っていうかこいつなんか見覚えあるな。
「……ん? その顔もしかして俺のこと覚えていない感じ? あの時はご丁寧にもサフランティーをぶっかけてくれたじゃないか」
サフランティー……ああ! あの時の使用人か!
「あの時の使用人がこんなところで何をしている?」
「ん? 別に? 屋敷の中でラベンダーの匂いが充満し始めたからさぁ……気になっちゃってね。サフランの効能を知っているってことは花について詳しいんじゃないかってあたりをつけていたんだよね。それならラベンダーの効果は当然知っているだろうなって。あはっ! ビンゴ~♪」
楽しそうに笑いやがってなんなんだこいつは。
「とりあえずさ……」
使用人、いや使用人のふりをした何者かが妖しく笑ったと思った瞬間ーー俺の首に冷たい何かが添えられた。
「俺とお話してくれない?」
チクリと走る痛み。目にもとまらぬ速さで首を捕らえたのはーーしなやかに湾曲する蛇のような剣だった。
♦♦♦♦♦♦♦
男に脅されるままやってきたのは悪趣味極まりない下品な寝室と思しき部屋。
「アクナイトの幻の雄花ねえ……たしかに幻と呼ばれるに相応しい容姿だ。社交界での君の評判はあまり良くないけど、わざわざローダンセ一族のために動くなんて案外正義感が強いんだね?」
「……用件は何だ?」
「ありゃ無視されちゃった。まあいいや。君にお願いがあるんだけどいい?」
「断る」
「まだ何も言っていないでしょうが」
「どうせろくなものではない」
飄々としながら俺に剣をあてている男にとてつもないほどの不気味さを覚える。こいつ何がしたいんだ?
「人の話は最後まで聞こうよ。まあいいや勝手にしゃべるから。花に詳しいんならミントの特性って知ってる?」
「人を脅しておいて何かと思えばそんなことを聞くためか。つまらないことをするな」
「いいから答えてよ。別に花の特性を話したところでなにかが爆発するわけでもないだろ?」
「戯言に付き合っている暇はない」
「え~教えてよ。もし教えてくれたらーーあんたが欲しがっているこれをあげる」
笑いながら男が見せてきたのはーー新種のローダンセが描かれた本だった! なんでこの男が持っているんだよ!? こいつアレの侍従か? いやだとしてもアレは自分の大事なものを他人に預けるなんてことはしない。触るのすら嫌がるはずだ。それなのになんで平然と手に入れているんだ?
「なんで俺がこんなものを持っているか気になる? ーーあの豚がくれたんだよ」
「……仮にも使用人ともあろう人間が主を愚弄するな」
「は? なんであいつが俺の主なんだよ。あんな低俗なモノは人間という呼称すら勿体ない」
それには心底同意だけど……こいつの口ぶりからは奴を心底侮蔑しているのが伝わってくる。ならなんでこんなところにいるんだ? お金に困っているとか攫われた家族や恋人を助けに来たって感じもしない。
「ちょっとお話しただけで快くくれたよ」
お話? ……ああなるほどこいつか。なぜ誰もアレの悪事を暴けなかったのか。王族の派遣した者たちですら気づかなかったのか。それにはある使用人が関わっていた。かなり重要なはずなのにゲーム内で言及されなかったことのひとつ。
「洗脳の無属性魔法……」
男が動きを止め笑みを消して俺を見つめた。
「へえ? まさか気づくとは思わなかったな。正解だ。これまでアレのことが表沙汰にならなかったのは俺のおかげってわけ」
「なぜ手を貸した?」
「俺は奴の使用人だ。命令されれば動かざるを得ない」
「その割にはかなり辛辣に語っていたようだが?」
「当たり前だよ。あんな奴目的がなかったら同じ空気を吸うのも嫌だね。だから浄化するためにミントが必要なんだ。理由は言ったよ。答えてくれない?」
ころころと話の変わる奴だな。全く掴みどころがなくて綿毛と話をしている気分だ。ミントの話を聞きたい理由っていうのも理解できるようでいてどことなく違和感がある。だけど奴の言う通り話をしたからと言ってなにがどうなるというわけでもない。
どうすっかなーと思っていたら、なにやら部屋の外が騒がしくなり。
「貴様どういうつもりだ!?」
寝ているとばかり思っていた樽野郎が蹴破らんばかりの勢いで部屋の中へと入ってきた。
「はい。パフィオペディラム公子からお伺いしましたし、実際にこの目で確かめさせていただきました。勝手に屋敷内へ立ち入ってしまったこと、お詫びします」
「それは構いません。実際に見られたのであれば話は早い。実はあの花はこの屋敷にもあるのです」
「……は?」
なんだその新情報は。ローダンセの新種がこの屋敷にもあるだって? 確かに絶対にない色だから珍しがった樽野郎が強奪する可能性は無きにしも非ずだけど……。いやそれだとあの屋敷にある新種は根こそぎ取られているはず。しかしあの屋敷からして奴が踏み入っていないのは事実だ。それなのにローダンセの花がある? スパイでも送り込んだのか? それならあの屋敷に金目のものがない理由も説明つくけど……やっぱりそこが引っかかってんだよなぁ。なんだろうこの違和感。
「ローダンセの花があるといっても、本物の花があるわけではありません。ただその花柄が描かれた品をコランバイン伯爵が所持しているということです」
ああそういうことか。
「それはどのような品なのでしょう?」
「ローダンセ家の紋章が入った本です。基本的にはローダンセ一族の直系全員の血と魔力によって開くことができます。その本をアクナイト公子に見つけていただきたいのです」
めっちゃ危険なことを頼まれてしまった! それ俺の命大丈夫なやつですか、ねえ? というか知らんぞそんな話。え、なに? ゲームの隠し要素か何かですか?
「……簡単に仰いますがその本がこの屋敷にあるという保証はないでしょう」
「いいえ。私たちはあえてその本を持った状態で捕まったのです。そこにはコランバイン伯爵の悪事をまとめた書類が収められています。本と呼ぶにはあまりにも豪奢な見た目なので強欲なコランバイン伯爵が飾っていてもおかしくありません」
なるほどね。ものすごい重要アイテムじゃんなにそれ。樽野郎は本なんぞ興味ないだろうからショーケースに入れて戦利品扱いしていそうだ。しかもその中に樽野郎の悪事の証拠まで入っているとか。ゲーム内で解放されたローダンセ伯爵が樽の悪事をまとめた証拠を提示する場面があったけど、証拠をどこに隠していたのかはなぜか言及されていなかった。だからずっと疑問だったけどこういうことだったのか。
「……探しに行くのは構いませんが、あなた方はその間ここにいるおつもりですか?」
「はい。体力も筋力も衰えた私たちがいても足手纏いにしかならないでしょう」
ああ……それは一理ある。死なない程度に生かされているって感じだしゲームでも助け出した時には見る影もなく痩せていたって言述されていたくらいだからな。前世よりもはるかに動けるとはいえ筋力も体力も衰えた人間二人を守りながら脱出するのは無理だ。余計な接近を避けられる銃ならシュヴァリエの魔法で創り出せるけどまったく技術のない俺が持っても多分使えない。弾丸に当たるとたちまち睡眠状態になったり体が動かなくなったりするような奇特な弾丸なんて現実で見たことないから俺が創れるのは鉛の実弾だけ。そんなものを素人が扱ったりしたらたちまち血の惨劇になりかねん。そんな展開はごめんだ。剣を持っていたとしても誰かを刺さないといけない展開なんか断固としてお断りだ。
それらを総合的に判断した結果。ローダンセ伯爵夫妻は一旦残しておくという結論に達した。
「いいでしょう。もうじきこの屋敷に騎士がやってくるはずですが、私が戻るまでご辛抱を」
「ありがとうございます」
伯爵夫妻に頭を下げられながら階段を上る。
「あ、戻ってきた」
「誰も来ていないか?」
「はいっ!」
「そうか。ではこの屋敷の主であるあの男が大事なものを飾るとしたら、どこだ?」
「はえ? ……基本は宝物庫の中です」
「ではコランバイン伯爵しか入ることができない部屋は?」
「えっとーー」
使用人が何かを言おうとした直後。
「ふあっ……」
いきなり使用人が倒れ、別の使用人が立っていた。
「困るなぁ。勝手にうろちょろされちゃあ」
笑みを浮かべながら倒れた使用人を踏みつけにする男にひどく不快感を覚える。っていうかこいつなんか見覚えあるな。
「……ん? その顔もしかして俺のこと覚えていない感じ? あの時はご丁寧にもサフランティーをぶっかけてくれたじゃないか」
サフランティー……ああ! あの時の使用人か!
「あの時の使用人がこんなところで何をしている?」
「ん? 別に? 屋敷の中でラベンダーの匂いが充満し始めたからさぁ……気になっちゃってね。サフランの効能を知っているってことは花について詳しいんじゃないかってあたりをつけていたんだよね。それならラベンダーの効果は当然知っているだろうなって。あはっ! ビンゴ~♪」
楽しそうに笑いやがってなんなんだこいつは。
「とりあえずさ……」
使用人、いや使用人のふりをした何者かが妖しく笑ったと思った瞬間ーー俺の首に冷たい何かが添えられた。
「俺とお話してくれない?」
チクリと走る痛み。目にもとまらぬ速さで首を捕らえたのはーーしなやかに湾曲する蛇のような剣だった。
♦♦♦♦♦♦♦
男に脅されるままやってきたのは悪趣味極まりない下品な寝室と思しき部屋。
「アクナイトの幻の雄花ねえ……たしかに幻と呼ばれるに相応しい容姿だ。社交界での君の評判はあまり良くないけど、わざわざローダンセ一族のために動くなんて案外正義感が強いんだね?」
「……用件は何だ?」
「ありゃ無視されちゃった。まあいいや。君にお願いがあるんだけどいい?」
「断る」
「まだ何も言っていないでしょうが」
「どうせろくなものではない」
飄々としながら俺に剣をあてている男にとてつもないほどの不気味さを覚える。こいつ何がしたいんだ?
「人の話は最後まで聞こうよ。まあいいや勝手にしゃべるから。花に詳しいんならミントの特性って知ってる?」
「人を脅しておいて何かと思えばそんなことを聞くためか。つまらないことをするな」
「いいから答えてよ。別に花の特性を話したところでなにかが爆発するわけでもないだろ?」
「戯言に付き合っている暇はない」
「え~教えてよ。もし教えてくれたらーーあんたが欲しがっているこれをあげる」
笑いながら男が見せてきたのはーー新種のローダンセが描かれた本だった! なんでこの男が持っているんだよ!? こいつアレの侍従か? いやだとしてもアレは自分の大事なものを他人に預けるなんてことはしない。触るのすら嫌がるはずだ。それなのになんで平然と手に入れているんだ?
「なんで俺がこんなものを持っているか気になる? ーーあの豚がくれたんだよ」
「……仮にも使用人ともあろう人間が主を愚弄するな」
「は? なんであいつが俺の主なんだよ。あんな低俗なモノは人間という呼称すら勿体ない」
それには心底同意だけど……こいつの口ぶりからは奴を心底侮蔑しているのが伝わってくる。ならなんでこんなところにいるんだ? お金に困っているとか攫われた家族や恋人を助けに来たって感じもしない。
「ちょっとお話しただけで快くくれたよ」
お話? ……ああなるほどこいつか。なぜ誰もアレの悪事を暴けなかったのか。王族の派遣した者たちですら気づかなかったのか。それにはある使用人が関わっていた。かなり重要なはずなのにゲーム内で言及されなかったことのひとつ。
「洗脳の無属性魔法……」
男が動きを止め笑みを消して俺を見つめた。
「へえ? まさか気づくとは思わなかったな。正解だ。これまでアレのことが表沙汰にならなかったのは俺のおかげってわけ」
「なぜ手を貸した?」
「俺は奴の使用人だ。命令されれば動かざるを得ない」
「その割にはかなり辛辣に語っていたようだが?」
「当たり前だよ。あんな奴目的がなかったら同じ空気を吸うのも嫌だね。だから浄化するためにミントが必要なんだ。理由は言ったよ。答えてくれない?」
ころころと話の変わる奴だな。全く掴みどころがなくて綿毛と話をしている気分だ。ミントの話を聞きたい理由っていうのも理解できるようでいてどことなく違和感がある。だけど奴の言う通り話をしたからと言ってなにがどうなるというわけでもない。
どうすっかなーと思っていたら、なにやら部屋の外が騒がしくなり。
「貴様どういうつもりだ!?」
寝ているとばかり思っていた樽野郎が蹴破らんばかりの勢いで部屋の中へと入ってきた。
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