悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

41話 悪役らしく目的地へ

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 ……。
 馬鹿なのは知っていたけどここまでとは思わなかった。

「あの野郎マジで焚きやがった」
 
 いや普通は疑うだろあんな怪しすぎる頼みなんて。正直頼んだ俺でも受けることは期待していなかったっていうのに。じゃあなんでこの作戦を立てたのかっつー話だけど。別に作戦というほどでもなく、思い通りに動いてくれたらいいな~程度で用意したものなんだよな。残ったものは寮の部屋で使えばいいし。
 ラベンダーはハーブの女王とも呼ばれ多くの効能がある。アロマオイルやスキンケアオイルなんかにも使われる人気の高い花だが、血圧を下げる効果もあるから低血圧の人が使うと眠気やだるさを引き起こす要因にもなりかねない。
 そんなラベンダーを通常よりも濃く摘出した液体が樽野郎に渡した瓶の中身の正体だ。
 基本的には就寝三十分前くらいから焚くのがいいとされている。
 貴族に屋敷は広い。屋敷全体を香りで満たそうと思ったら三十分では足りないはずだ。使用人を使ったとしてもどこにどう置くのかは主である樽野郎が決めるだろう。あーでもないこーでもないと無駄に拘っていれば先に焚いたものが効果を発揮し始める。変なところに拘りが強い奴みたいだし?
 うまくいけばかなり自由に動き回れるようになる……というゆる~い感じだったのに、これですよ。
 あれから約一時間半くらい経っているけど戻ってくる様子も人の気配もしない。おまけにドアの隙間から香ってくるラベンダーが奴の愚かさを物語っていた。

「さてと……それじゃあ起きる前に動きますか」

 まずはこの鎖を外さないといけないんだけど。

「あんの間抜け……鎖で繋ぐんなら先の尖った細いものを部屋に置くなよ」

 長めの鎖だからテーブルまで普通に歩ける、というかこの部屋の中なら自由に動き回れる程度の長さで繋いだのか。いらん気遣いしてんじゃねえっての。まあ今はその間抜けさに感謝しておこう。
 ……で、ちょうど良さそうなものを見つけたのはいいんだけど。

「……なんか、形的にすごく嫌な予感のする物体だな」

 所謂アレだ。AVなんかに出てくる大人のオモチャが小さなテーブルに所狭しと並んでいる。どこの世界でも人間の考えることは同じってことですかね。
 正直触りたくもないけど、鎖が邪魔だしな。

「しゃーない。腹括りましょ」

 棒状のもので一番細いやつ……というかもはや針を二本取り出してテーブルの縁に置く。その上に重いものを乗せて固定し手近にあった硬いものを使ってちょうど良い細さのところで折る。そのうちの一本を足枷についている鎖で固定しそこに手枷の鍵穴に差し込み、もう一本を余っている手で持ってピッキング開始。ズブの素人なのでうまくやれるかわからんけど。まあできなかったら別の方法を試すだけだ。

「うえ~めっちゃ時間かかるわこれ……」
 
 小さな鍵穴と格闘すること数十分。なんとかすべての鎖から逃れることができた俺はすでに疲労困憊こんぱいだった。

「っとこんなところでうだっている暇はないな」

 いろいろやったことでピッキングに使った棒はズタズタになっていた。でもすでに折ったしどうせ奴がお縄につけば全部押収されるんだから別にいいか。思い切り器物損壊だけど。
 武器がないからいくつか拝借していこう。窃盗にあたるけど不可抗力ということで。そもそも誘拐なんぞやらかしやがったのは樽野郎だ。

「さてと……まずは、この屋敷の地下にいると思われるローダンセ伯爵夫妻を探しますかね」

 慎重に部屋のドアを開ける。鍵くらいかけとけよ。鎖で繋いであるからって安心してんじゃねえ。こんな間抜けに誘拐されるとかポンコツすぎない? ゲームのラスボスが聞いて呆れるわ。

「シュヴァリエならこんなヘマしないよな」

 ちょっと落ち込みながらも人気のない廊下を進む。眠りについた使用人たちがそこら辺に転がっているから走るわけにもいかない。退かすのも変だし。
 えーっと、ゲームでは確か屋敷の北側にあるワインセラーの棚のひとつが隠し扉になっていて、ローダンセ伯爵夫妻はそこに囚われていたってあった気がする。まずは原作通りそこに行ってみるか。
 そのためにはまず現在地を確認しないといけないんだけど……クラルテが閉じ込められた場所は言述されていた気がするな。奴の屋敷の北側は丸々下半身の楽園としていたとかなんとか……。
 ……。
 ……はあ、これ以上考えたら頭おかしくなりそうだ。
 とにかくその記憶に照らし合わせるとここはおそらく屋敷の北側で窓の景色から三階くらいだろう。なんだか怪盗にでもなった気分だ。まあ怪盗にしちゃ盗むものが風変りだけど。

「……ん? なっ! なぜ旦那様の玩具がうろうろしているんだ!?」

 おっとここでモブ登場。やっぱり効かない人はいるか。アクション映画にでも迷い込んだ気分だな。残念ながらあんなにキレッキレには動けないけど。シュヴァリエの体なら多少の無茶はできるはず。というか公爵子息に対してねえ……? ……使用人風情がいい度胸じゃねえかあぁ゛?

「お、お前今すぐにはこの中に戻れ! 痛い目に遭いたくないならな!」
「ほう? 痛い目とはどんな目なのか気になるな。ついでに箱とやらの場所を教えてもらいたいものだな」
「なんだその口の利き方は!」

 うーん……今起きている人を呼ばれても困るしせっかくだからこいつには役に立ってもらおうかな。
 
「それはこちらのセリフだ。君のような出来損ないには少しばかりお仕置きしてやろう」
「なに!? ……うわ、何をするんだ!?」

 いちいちわめく使用人の胸ぐらをつかみ人の気配のない部屋に入る。そして部屋を出た直後、

「んんんっ!?」

 使用人を壁に押さえつけて片手で口を塞ぎもう片方の手でネクタイの結び目を締め上げた。我ながらいい手際。こういうのやってみたかったんだよなぁ……。

「声を出すなよ。少しでも妙な動きをすれば……殺す」

 だいぶ低い声が出た。シュヴァリエの冷たい容貌と声、そして首を絞められているという現実に恐怖したのか、使用人はガタガタと震えながら何度もうなずいた。

「では聞こう。ここには何人くらい閉じ込められている? わかる範囲で答えろ」

 口を開いてもらうために拘束を緩めると、使用人はその場にへたり込み震えながら口を開く。

「こ、ここには平民が大体七十人近くはいる。一部屋五人から十人くらいで入れられているんだ」
「そうか。ではーー」
「ひぃっ! こ、殺さないで!」
「お前には私の役に立ってもらおう」
「な、何でもします! だからどうか命だけは!」
「黙ってついてこい。もし途中で誰かに出くわしたらお前が言い訳をしろ。下手なことを言ったときは……わかっているな?」
「は、はいぃっ」

 滅茶苦茶にビビりながら頷く使用人を連れて俺は部屋を出る。

「あ、あのぅ……どこへ向かわれるので?」

 ……さっき脅されたばかりでよくもまあ口が利けるなこいつは。だけどわざわざ答えてやる筋合いはない。そもそも俺は黙ってついてこいと言ったんだけどなぁ?

 その後、遭遇したラベンダーが効かなかった使用人さんを誤魔化させたり時には殴って眠らせたりしながら俺はワインセラーまでやってきた。使用人は初めて入ったのか物珍しそうにきょろきょろしながらチラチラと俺のことを見てくる。なんでこの場所を知っているのか、なんでここに来たのか……聞きたいことは山ほどあるがさっき俺にガン無視されたことで聞くに聞けないって感じだな。
 さて例の入り口は……数ある棚の中でもとりわけ豪華な装飾がされている場所。これの一番右下のワインを抜くと……。
 ガラガラガラガラ。
 棚が動いて秘密の地下室への入り口がこんにちは~。

「なんでこんなものが……」
「お前はここにいろ。誰か来ても絶対にセラーの中には入れるなよ」
「は、はいぃぃぃっ!」

 ビビりまくる使用人を置いて地下への階段をゆっくりと降りていく。やがて階段が終わり鉄格子が見えた先にはーーぼろ布を着せられた二人の男女が囚われていた。物音に気付いた二人がゆっくりと顔を上げる。その眼には囚われの身とは思えないほど強い光を宿している。

「あなたは……」
「ローダンセ伯爵ならびに伯爵夫人お初にお目にかかります。シュヴァリエ・アクナイトと申します」
「アクナイト!? なぜアクナイト公爵家の方がここへ!?」
「お話は後です。まずは脱出を」
「あ、あの子は……フェリキタスはどこにいますか!?」

 伯爵夫人がすがるようにこちらを見つめる。自分の状況よりも息子を心配するなんて伯爵夫人はちゃんと母親なんだな。

「ローダンセ公子でしたらすでに保護してありますのでご安心を」
「そうですか……感謝いたしますわ」

 心底安堵しながら伯爵夫人は笑った。おお……暗がりであんまり見えないけど美人だな伯爵夫人。

「積もる話よりもまず脱出をーー」
「お待ちくださいアクナイト公子。あなたにひとつお頼みしたいことがある」 
 
 頼みって……脱出よりも重要なことなのか?

 「なんでしょうか?」

 俺の質問に伯爵夫妻は互いに頷き合いーー予想外のことを口にした。





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