悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

36話 ローダンセ一族の屋敷

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 翌日軽く今日の確認をした後それぞれのグループに分かれて行動を開始した。
 ゲームの知識で大体屋敷の場所は知っているが、シュヴァリエとしては知らないので店主に場所を伺う。

「前の伯爵様のお屋敷ですか? なぜそのようなことを……」
「ああ、すみません。少々気になってしまって。非常に美しいというお話を小耳に挟んだものですから。遠目からでも見られたらと」
「場所を知っているのなら教えてください。お願いします」
 
 ……。
 こんなに必死になってまあ。昨日から様子が変だし。それほどまでに見つけたいんだろう。の手がかりを。

「前の領主様のお屋敷だったら、ここの通りを右に進んで三つ目の角を左に曲がったらお屋敷に続く道があります。そこを道なりに行くと見えてきますよ」
「教えていただき感謝いたします」
「ただ、以前とはだいぶ様変わりされていますからあんまり期待されないほうがいいですよ」
「様変わり……?」
「ええまあ……こればかりは実際に見てもらったほうが早いですね」
「そうですか。ありがとうございます」

 ルーフの必死な頼みに折れた店主が意味深なことを言いながら場所を教えてくれた。
 宿を出た俺たちはルーフが先導するように前を歩き、言われた通りの道順を進んでいく……が。
 ルーフの奴、歩くの早え……。全然追いつけないんだけど。もうちょいゆっくり歩いてもらっていいですかね!?

「パフィオペディラム公子」

 声をかけられたことでようやくこちらを振り向いたルーフはやや気まずそうに視線を逸らした。

「申し訳ありませんアクナイト公子。気が急ぐあまり周りが見えておりませんでした」
「……焦ったところで目的のものが見つかるとでも思っているのか? そんなことで発見できるのならすでに何かしら見つけていると思うが」
「……」

 黙った。でも焦ったところでどうしようもない。それに……残念ながらあんたの欲している情報、いや『人』は屋敷にはいないんだよ。

「何をそんなに焦っているのか知らないが、私たちの目的はあくまで学外ワークだということを忘れるな」
「……はい、申し訳ありません」

 なんか納得いかないって感じの返事だけど、ゲーム内でのルーフはそこまで分別のつかない人間というではないし、少し苦言を呈すれば大丈夫だろう。こういうのってあんまり言いすぎるのもちょっと違うし。
 それからは俺に歩幅を合わせながら進んでいく。

 それから店主に教えられた道を行くと、ややくたびれた屋敷が見えてきた。

「あれか……」
「……あ、」

 屋敷の姿に小さく声を上げたルーフを一瞥して俺はルーフを追い越し、先ヘ進む。こんなところで立ち止まっても意味はない。まずは屋敷の状況を把握しないと見つかるものも見つからないだろ。

「アクナイト公子、お待ちください」
「なんだ?」
「何があるかわかりません。自分が先導します」
「……そうか。少しばかり心ここにあらずといった様子だったからてっきり引き返すと思ったのだが」
「アクナイト公子を置いてひとりで帰るような真似はしません」
「好きにしろ」

 こいつが俺を置いていくなんて考えてないって―の。だけど、これから見る光景は少々覚悟がいるかもしれないな……。


 ーー俺の懸念は当たった。
 ルーフは屋敷の惨状を見るなり絶句し、その場で呆然としてしまった。俺もゲームの背景で見たことあるけど、実際に見るとかなりひどいな。数年前まで人が住んでいたとは思えない。ほんとなにをどうしたらここまでボロくなるのやら。

「外観を見る限り、一家の失踪以来誰も来ていないといった感じではあるが……」
「アクナイト公子、中に入られるのですか?」
「入りたいのか?」
「許可を頂けるのなら」

 いや許可って、あのなぁ……。俺にそんな権限あると思ってんのか? 今は空き家とはいえ、元は貴族の屋敷なんだぞ。しかも何かの罪で財産が没収になったわけでもない貴族の。併呑されているといっても、ローダンセ一族が戻ってくれば失踪理由によってはここに戻れる可能性がある以上管理はコランバイン伯爵の仕事の一つだ。本来ならここに入るためにはコランバイン伯爵の許可が必要なんだよ。……本来なら、ね?

「構わない。どうやらまともな管理もされていないようだし、荒らさない程度ならば入ってもいいだろう」
「ありがとうございます」

 ルーフは一礼をして屋敷の門に手をかける。するとーー
 
「……開いている」

 やっぱり管理が杜撰だ。そもそも管理していないよなこれ。
 ルーフに続いて俺も屋敷の中へ。完全に不法侵入なんだけどそんなことも言っていられないし、こんなになるまで放っておかれているんだ。多少調べるくらい目を瞑ってくれるだろう。それにーーわざわざ俺たちを以上はそういった意味合いもあるだろうし。
 それにしても『様変わり』ねぇ……? 俺はストーリーの回想背景としてなら見たことあるんだよなここの景色。だけどゲームの過去回想って大抵白黒とかグレースケールだったりするからちゃんとしたカラーで見ていない。それでもかなり寂れてしまったっていうのはわかる。

「以前来たときとは様相がまるで違うな……」
「君はここに来るのは初めてではないのか? 昨日私が聞いたとき手を挙げなかった気がするが?」
「そ、それは……。申し訳ありません」
「……はあ。もしあそこで手を挙げてしまえば情報収集担当から外されてしまうとでも思ったのだろう?」
「……申し訳ありません」
「私とてそこまで非情ではないつもりなのだがな。まあいい、次からはきちんと申告するように」
「はい。寛大なお心に感謝申し上げます」

 このくらいで寛大って言われてもなんか複雑なんだけど……まあいっか。
 それよりもこの屋敷だ。

「ではまず君に質問だ」
「はい、なんなりと」
「正面玄関までの道を挟むように並んでいるのはすべてローダンセの花で間違いないか?」
「はい.間違いございません」
「そうか。君はローダンセ伯爵一家とはどういう関係だ?」
「先代ローダンセ伯爵夫妻が私の祖母の妹でその孫であるローダンセ伯爵子息フェリキタスは私の再従兄弟です」

 ここはゲームの設定通りだな。
 この第二章でもダントツで人気の高いモブキャラーーフェリキタス・ローダンセ。ルーフ・パフィオペディラムとフェリキタス・ローダンセはセットで大人気だった。兄貴曰く、この二人は出てきた直後にファンの間で二次創作の主人公として大量に描かれただけでなく、スピンオフ版の主人公として出してほしいとゲーム会社に手紙やメールが届いたほど爆発的な人気を誇るキャラらしい。理由は……【手折れぬ花の守護者】のジャンル的にお察しということで。
 ……っと、このままじゃ話が脱線しそうだ。
 
「再従兄弟……ならば、失踪前になにか連絡は来なかったのか?」
「父がローダンセ伯爵から奇妙な手紙を受け取ったという話は聞いていますが、内容がわからずそのまま保管されています」

 そこもゲーム通りだな。これ以上突っ込むと余計なフラグが立ちかねないし、込み入った話は終わりにしよう。それよりも、だ。

「このローダンセの花は交易品か?」
「はい。ですが……この屋敷の一角には伯爵夫人が直々に品種改良した特別なローダンセがあるとフェリキタスから聞いたことがあります」

 ……品種改良されたローダンセ? 

「それは事実か?」
「は、はい。夫人からも直接お聞きしましたので間違いないかと」
「どこにある?」
「たしか……中庭の東側の花壇の一角と」
「……」

 ルーフよ、グッジョブ!!!!! 

「案内しろ」
「……は?」
「その花壇に案内しろと言っている」
「え、あ……はい」

 突然食いついた俺にルーフはだいぶ困惑しているようだが、そんなもの知らん。夫人が独自に開発した新種のローダンセ。そんなお宝、逃してなるものか!!!

「アクナイト公子……?」

 いけね、気を抜くとこいつの前でニヤつきそうだ。落ち着け。取り繕え。俺は冷酷で傲慢なシュヴァリエ・アクナイトなんだから。

 ……が、どんなに頑張っても抑えられないのも好奇心というやつでして。
 俺はルーフを半ば脅すように中庭へと案内させた。
 
「確かこのあたりです」

 ルーフに案内されたのは中庭の真東にある花壇だった。一見ほかの花壇と何ら変わらないように見える。
 しかし雑草だらけの花壇のなかで明らかに普通のローダンセとは違うものがあった。
 通常のローダンセの色はピンク、ローズピンクそして白の三色だ。しかしこの花壇に咲いているのはターコイズのような緑がかった明るい青。本当にローダンセかと疑ってしまうところだが間違いなくこれはローダンセだった。

「よくこんな色が……」

 俺は思わずその場にしゃがみ込んで雑草を抜きながらじっくりと花の観察を始めた……が、それはルーフの言葉で中断された。

「アクナイト公子、すみません」
「……なんだ?」
「その花壇の後ろにあるのは何でしょうか?」
「後ろ……?」

 雑草をかき分けよくよく見ると花壇の後ろに不思議な溝があった。なんだこれ。

「少々調べてみます。万が一のことがございますのでアクナイト公子はお下がりください」
「ああ」

 ルーフに言われるがまま位置を交換し、ルーフは持っていた剣で溝周辺に生えていた雑草を斬り捨てる。……ローダンセには一切傷をつけることなく。よくやるわ。俺には絶対できる気がしない。

「アクナイト公子、どうやらこの溝は取っ手になっているようです」
「こんなところに取っ手……隠し通路でもあるのかもしれないな」
「開けてみますか?」
「ああ、くれぐれも用心しろ。取っ手の位置を見るに上下に動く仕組みだろう」
「やってみます」

 ルーフは取っ手に手をかけて力いっぱい上に押し上げた。その先にはーー

「……やはり隠し通路だったか」

 人が一人通れる程度の大きさの入り口と先の見えない階段だった。



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