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三頁 ローダンセの喜劇
35話 宿にて②
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明日の行動についてだが、みんな顔つきが険しい。街に入ったばかりであれではそうもなるか。
「今回は学外ワークではなく領地の視察ということになりそうですわね」
「併呑以来ほとんど人の手が入っていないようですから手分けして情報を集めるべきだと思います」
「そうだな。アクナイト公子、何か意見はあるか?」
なぜいきなり俺に振るんだよ。そのままアウルが進行すればいいだろうが。……と思うものの相手はアウルなので口を閉ざすことはできない。
「……まず町全体の把握をしましょう。地形を知っておけば何かと役に立ちます。宿周辺の地図を作るのも良いかと。それから過去にこの町へ来たことのある人は?」
シャリテとプレアそれからイデアルが手を挙げる。シャリテとプレアの実家はここから近いしきたことがあっても不思議じゃないか。だけど女性二人にイデアルねえ。
……それならまずは。
「クラルテとオルニス公子は住人から話を聞いて回ってください。平民のクラルテがいた方が進む話もあるでしょうから」
「わかった」
「頑張ります!」
うん、がんばれよいろんな意味で。
俺は関わらないって決めたから。今度こそその誓いを果たしてやる。
「それならサフィニア嬢とオルテンシア公子、ブバルディア嬢の三人は宿周辺の地図を作成してもらう」
「わかりました」
「精一杯やらせていただきます」
「お任せを」
「それから……町の情報が集まり次第、以前訪れた時とどこが違うのか洗い出してもらいたい」
内容には関わりたくないけど、こんなになっている町を放っておくわけにもいかないからね。
「はい。ただ曖昧な部分もあるので、正しいかどうかはあやふやになってしまいますが……」
「別に細かいところまでやれと言っているわけではないだろう。覚えている範囲でいい」
「わかりましたわ」
「お任せください」
三人が頷いたのを確認したところでルーフが口を開いた。
「では私とアクナイト公子様は何を?」
「……ローダンセの屋敷に向かう」
「ローダンセの屋敷……ですか!?」
「確かめる必要はあるだろう」
「ですが……危険では?」
「別に中に入って探るわけでもないのだから問題ないだが?」
あそこに行くのにはちゃんと理由があるんだよ。俺からすれば町で住人と関わる方が面倒なことになるんだ。
「どうなっているのか確認するだけだ。危険なことになる前に引き下がる。それとも私が状況判断もまともにできない間抜けだとでも言うつもりか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「剣術なら私より君の方が上だろう。何を心配することがある?」
「! ……わかりました。お供させていただきます」
「別に共というわけではないが……」
あーもう真面目ってこういう時大変だなぁ。もっと肩の力抜きゃあいいのに。
「行動時間はどうする?」
「そうですね……大体九時くらいから動き出しましょうか。終了は日が沈む前には宿へ戻るということでいかがでしょう」
「それがいいだろう。早すぎても遅すぎてもよくないだろうし、安全を考慮するなら妥当なところだ」
「ええ、君たちも異論はあるか?」
「いえ、ありませんわ」
「私もです」
「僕も大丈夫です」
「そうか。では一旦整理しよう」
七人で今までの内容をまとめる。
・シャリテ、プレア、イデアルは宿周辺の地図作成。情報が集まり次第、過去との比較を行う。
・クラルテとアウルは住人から聞き込み
・シュヴァリエとルーフはローダンセの屋敷を見に行く
・行動時間は九時から日が沈む前まで
・時間外での外出はなるべく控え、必要な時は全員に共有したのち必ず三人以上でのみ可
「……今日はこんなところか。では今日は解散とします」
「お疲れ様でした」
「失礼します」
話し合いを終えてそれぞれが動き出すなか、その場には俺とアウル、そしてルーフが残った。ルーフは特に何かを言うでもなく俯いている。
「……少々顔色が優れないようだが大丈夫か?」
アウルの問いにも無言で会釈をしただけで答えることはなく、ほかの面々を追いかけるように二階へ上っていくルーフの後ろ姿を見送る。
「アクナイト公子はなにか知っているんじゃないのか?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。最近何かあれば俺に聞くようになっている気がするんだが。
「知るはずがないでしょう。なぜそのようなお考えになったのかは存じませんが、過ぎたる憶測はいずれ身を滅ぼしますよ」
「気分を害したならすまない。ただ前回の件もあってアクナイト公子にはなにかあるのではと思っただけだ」
「そのようなことはないので無意味な詮索はしていただかなくて結構ですよ」
「そうか。ではそういうことにしておこう」
そういうことにしておこうとはなんだ、しておこうとは。な~んか妙に勘繰られている気がするのは俺の思い違いだろうか。まあどんなに探られようとも俺が言わなければ予想の域を出ないし、前回の反省も踏まえて極力ストーリーに関わるようなことには首を突っ込まないと決めている。何がなんでも巻き込まれてたまるか。
俺はアウルの言葉に反応することなく、階段とは別の方向へ足を向けた。
「アクナイト公子、どこへ行く?」
「少し外の空気を吸いに行くだけですよ。すぐに戻りますのでオルニス公子は先に休んでいてください」
遠回しについてくるな、と言いながら俺は足を止めずそのまま外へーー
「ちょうどいい。俺も行こう」
「……」
出ようとしたところで思わぬ待ったがかかる。……おい。
振り返るまでもなくアウルは俺の隣にやってくると先導するように歩き出した。
「なぜオルニス公子も裏手へ?」
「馬の様子が知りたくてね」
「わざわざですか?」
「何かあってからでは遅いだろう」
「あの店主が信用ならないのですね」
「そういうわけじゃないが……少々気掛かりだったんだ。アクナイト公子だって気になっているだろう。あそこに咲いていた花が」
……そりゃあんなところに咲いていたら気になるだろ。うっかりあの店主に踏まれてしまってはもったいないからな。だからと言ってこいつに指摘されるようなことでもないだろうに。攻略対象の中で最も常識人枠と評判の奴と話しているはずなんだけど何考えているのかちっともわからん。
どうしようかな。露骨に嫌がると余計な勘繰りをされそうだし、かと言ってついて来られるのも落ち着かない。アウルの立場を考えると無碍に扱うわけにもいかない上、今はクラルテたちもいるから心配になったとか言って様子を見にこられても迷惑だ。……一緒に行く、以外の選択肢が消えてしまった。なんで回避したいと思うほど交流イベントが発生するんだか。
「……お好きになさってください」
アウルの返事を待つことなくやや急ぎ足で宿の裏手に行くと、花は踏まれずに生存していた。
「……ローダンセの花」
ローダンセは地球ではオーストリアが原産の花で色褪せのしにくさから園芸やドライフラワーとしても人気が高い花だ。元々このツヴィトークには自生しておらず、百年ちょっと前に輸入されてきた。今ではこの国でも人気のある花のひとつになっている。
……もっともローダンセの名を持つ一族は行方知れずになってしまったんだけど。
「家が途絶えてもその痕跡は残っているんだから、なんとも言えないな」
その場から静かにローダンセの花を摘み取り、部屋に戻ろうと立ち上がったところでアウルが近寄ってきた。
「目的は果たせたか?」
「ええ、つつがなく。そちらはいかがですか?」
「特に問題は見られなかった。もっとも動くとしてもこんなに早くは動かないだろうし、変に疑ってばかりでは申し訳ないからな」
「そうですか……。それで、本当の目的は何です?」
アウルはやや目を見開き、すぐにいつもの表情に戻る。
「目的なんかない。せっかく綺麗な花を見つけたのだからアクナイト嬢にも伝えてあげてはどうかと思ったんだ。せっかく近くにいるのだから、学外ワークの近況報告も兼ねて。そうすれば帰りに美しい景色を見られるだろう?」
なんとも直球でありながら遠回しな言い方してくることで。自分がこの国では部外者ということを自覚しているんだろうな。腹立たしいことこの上ないけど。
アウルは他国からの留学生だ。問題が発生したところで学生の範疇に収まる事なら積極的に協力するが、貴族の権限を使用することになった時点で、『他国への干渉』になってしまう。せいぜいが友人への愚痴としてエヴェイユあたりにチクるぐらいだろう。だからこそゲーム内でも積極的に動くことはなかったし、今も俺に遠回しで妹から情報を得ろと言っているのだ。アウルの言い方ならただ兄妹の交流を促しているとも取れるからいくらでも誤魔化せる。
「気が向いたら送ってみますよ」
それだけ言って俺はローダンセの花を見つめた。
……さて、と。
俺が出る羽目にならないよう、せいぜいクラルテに働いてもらうとしようかな。
「今回は学外ワークではなく領地の視察ということになりそうですわね」
「併呑以来ほとんど人の手が入っていないようですから手分けして情報を集めるべきだと思います」
「そうだな。アクナイト公子、何か意見はあるか?」
なぜいきなり俺に振るんだよ。そのままアウルが進行すればいいだろうが。……と思うものの相手はアウルなので口を閉ざすことはできない。
「……まず町全体の把握をしましょう。地形を知っておけば何かと役に立ちます。宿周辺の地図を作るのも良いかと。それから過去にこの町へ来たことのある人は?」
シャリテとプレアそれからイデアルが手を挙げる。シャリテとプレアの実家はここから近いしきたことがあっても不思議じゃないか。だけど女性二人にイデアルねえ。
……それならまずは。
「クラルテとオルニス公子は住人から話を聞いて回ってください。平民のクラルテがいた方が進む話もあるでしょうから」
「わかった」
「頑張ります!」
うん、がんばれよいろんな意味で。
俺は関わらないって決めたから。今度こそその誓いを果たしてやる。
「それならサフィニア嬢とオルテンシア公子、ブバルディア嬢の三人は宿周辺の地図を作成してもらう」
「わかりました」
「精一杯やらせていただきます」
「お任せを」
「それから……町の情報が集まり次第、以前訪れた時とどこが違うのか洗い出してもらいたい」
内容には関わりたくないけど、こんなになっている町を放っておくわけにもいかないからね。
「はい。ただ曖昧な部分もあるので、正しいかどうかはあやふやになってしまいますが……」
「別に細かいところまでやれと言っているわけではないだろう。覚えている範囲でいい」
「わかりましたわ」
「お任せください」
三人が頷いたのを確認したところでルーフが口を開いた。
「では私とアクナイト公子様は何を?」
「……ローダンセの屋敷に向かう」
「ローダンセの屋敷……ですか!?」
「確かめる必要はあるだろう」
「ですが……危険では?」
「別に中に入って探るわけでもないのだから問題ないだが?」
あそこに行くのにはちゃんと理由があるんだよ。俺からすれば町で住人と関わる方が面倒なことになるんだ。
「どうなっているのか確認するだけだ。危険なことになる前に引き下がる。それとも私が状況判断もまともにできない間抜けだとでも言うつもりか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「剣術なら私より君の方が上だろう。何を心配することがある?」
「! ……わかりました。お供させていただきます」
「別に共というわけではないが……」
あーもう真面目ってこういう時大変だなぁ。もっと肩の力抜きゃあいいのに。
「行動時間はどうする?」
「そうですね……大体九時くらいから動き出しましょうか。終了は日が沈む前には宿へ戻るということでいかがでしょう」
「それがいいだろう。早すぎても遅すぎてもよくないだろうし、安全を考慮するなら妥当なところだ」
「ええ、君たちも異論はあるか?」
「いえ、ありませんわ」
「私もです」
「僕も大丈夫です」
「そうか。では一旦整理しよう」
七人で今までの内容をまとめる。
・シャリテ、プレア、イデアルは宿周辺の地図作成。情報が集まり次第、過去との比較を行う。
・クラルテとアウルは住人から聞き込み
・シュヴァリエとルーフはローダンセの屋敷を見に行く
・行動時間は九時から日が沈む前まで
・時間外での外出はなるべく控え、必要な時は全員に共有したのち必ず三人以上でのみ可
「……今日はこんなところか。では今日は解散とします」
「お疲れ様でした」
「失礼します」
話し合いを終えてそれぞれが動き出すなか、その場には俺とアウル、そしてルーフが残った。ルーフは特に何かを言うでもなく俯いている。
「……少々顔色が優れないようだが大丈夫か?」
アウルの問いにも無言で会釈をしただけで答えることはなく、ほかの面々を追いかけるように二階へ上っていくルーフの後ろ姿を見送る。
「アクナイト公子はなにか知っているんじゃないのか?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。最近何かあれば俺に聞くようになっている気がするんだが。
「知るはずがないでしょう。なぜそのようなお考えになったのかは存じませんが、過ぎたる憶測はいずれ身を滅ぼしますよ」
「気分を害したならすまない。ただ前回の件もあってアクナイト公子にはなにかあるのではと思っただけだ」
「そのようなことはないので無意味な詮索はしていただかなくて結構ですよ」
「そうか。ではそういうことにしておこう」
そういうことにしておこうとはなんだ、しておこうとは。な~んか妙に勘繰られている気がするのは俺の思い違いだろうか。まあどんなに探られようとも俺が言わなければ予想の域を出ないし、前回の反省も踏まえて極力ストーリーに関わるようなことには首を突っ込まないと決めている。何がなんでも巻き込まれてたまるか。
俺はアウルの言葉に反応することなく、階段とは別の方向へ足を向けた。
「アクナイト公子、どこへ行く?」
「少し外の空気を吸いに行くだけですよ。すぐに戻りますのでオルニス公子は先に休んでいてください」
遠回しについてくるな、と言いながら俺は足を止めずそのまま外へーー
「ちょうどいい。俺も行こう」
「……」
出ようとしたところで思わぬ待ったがかかる。……おい。
振り返るまでもなくアウルは俺の隣にやってくると先導するように歩き出した。
「なぜオルニス公子も裏手へ?」
「馬の様子が知りたくてね」
「わざわざですか?」
「何かあってからでは遅いだろう」
「あの店主が信用ならないのですね」
「そういうわけじゃないが……少々気掛かりだったんだ。アクナイト公子だって気になっているだろう。あそこに咲いていた花が」
……そりゃあんなところに咲いていたら気になるだろ。うっかりあの店主に踏まれてしまってはもったいないからな。だからと言ってこいつに指摘されるようなことでもないだろうに。攻略対象の中で最も常識人枠と評判の奴と話しているはずなんだけど何考えているのかちっともわからん。
どうしようかな。露骨に嫌がると余計な勘繰りをされそうだし、かと言ってついて来られるのも落ち着かない。アウルの立場を考えると無碍に扱うわけにもいかない上、今はクラルテたちもいるから心配になったとか言って様子を見にこられても迷惑だ。……一緒に行く、以外の選択肢が消えてしまった。なんで回避したいと思うほど交流イベントが発生するんだか。
「……お好きになさってください」
アウルの返事を待つことなくやや急ぎ足で宿の裏手に行くと、花は踏まれずに生存していた。
「……ローダンセの花」
ローダンセは地球ではオーストリアが原産の花で色褪せのしにくさから園芸やドライフラワーとしても人気が高い花だ。元々このツヴィトークには自生しておらず、百年ちょっと前に輸入されてきた。今ではこの国でも人気のある花のひとつになっている。
……もっともローダンセの名を持つ一族は行方知れずになってしまったんだけど。
「家が途絶えてもその痕跡は残っているんだから、なんとも言えないな」
その場から静かにローダンセの花を摘み取り、部屋に戻ろうと立ち上がったところでアウルが近寄ってきた。
「目的は果たせたか?」
「ええ、つつがなく。そちらはいかがですか?」
「特に問題は見られなかった。もっとも動くとしてもこんなに早くは動かないだろうし、変に疑ってばかりでは申し訳ないからな」
「そうですか……。それで、本当の目的は何です?」
アウルはやや目を見開き、すぐにいつもの表情に戻る。
「目的なんかない。せっかく綺麗な花を見つけたのだからアクナイト嬢にも伝えてあげてはどうかと思ったんだ。せっかく近くにいるのだから、学外ワークの近況報告も兼ねて。そうすれば帰りに美しい景色を見られるだろう?」
なんとも直球でありながら遠回しな言い方してくることで。自分がこの国では部外者ということを自覚しているんだろうな。腹立たしいことこの上ないけど。
アウルは他国からの留学生だ。問題が発生したところで学生の範疇に収まる事なら積極的に協力するが、貴族の権限を使用することになった時点で、『他国への干渉』になってしまう。せいぜいが友人への愚痴としてエヴェイユあたりにチクるぐらいだろう。だからこそゲーム内でも積極的に動くことはなかったし、今も俺に遠回しで妹から情報を得ろと言っているのだ。アウルの言い方ならただ兄妹の交流を促しているとも取れるからいくらでも誤魔化せる。
「気が向いたら送ってみますよ」
それだけ言って俺はローダンセの花を見つめた。
……さて、と。
俺が出る羽目にならないよう、せいぜいクラルテに働いてもらうとしようかな。
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