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二頁 アジサイの涙
あるクラスメイトの一面(side アウル)
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シュヴァリエ・アクナイトは悪い意味で有名な人物だった。
俺アウル・オルニスは隣国アウィス王国からの留学生だ。元々外国には興味があったこともあるが、父からある命を受けたことがきっかけだった。
曰く、『アクナイト公爵家の第二子息が学園に入学するらしい。かの公爵家とは親交も深い。今後の繋がりという意味でも探ってこい』というものだ。
情報を聞いた俺は驚いた。アクナイト公爵家の秘された子ども。存在こそ噂で知っているが容姿・性格・魔法などあらゆる情報が不明な幻の雄花。そんな彼がついに姿を現すとなれば確かに探らないわけにはいかない。長男のシエル・アクナイト、長女のルアル・アクナイトの両名は共に社交界で話題の人物であり、既に多くの者が縁談を持ちかけているらしい。
ーーだから皆アクナイトの次男に期待した。長男は既に後継者ということが公式に決まっているため縁を結ぶなら次男もしくは長女を、となるのは自然だ。
入学当初アクナイト公子はそれはそれは騒がれた。天使の翼を想起させる純白の髪に聖剣の如き銀色のキレ目。その姿を見た者は言葉もなく嘆息し、中には完全に心を奪われてしまったものもいる。
俺も初めて見た時は少なからず息を呑んだものだ。
しかしクラスメイトと碌に言葉も交わさず、話しかけても冷たい反応が返ってくるだけ。その姿が周囲には傲慢に映ったのだろう。
気づいた時は既に学園内で孤立していた。何度か話しかけようと思ったが、それを見た友人に止められることが多く、結局話せずじまいになってしまっていた。
しかし第四学年になった年、思いがけずそれは実現した。
異例の編入を果たした平民・クラルテの補助を頼まれた俺は直後に彼の起こした行動に驚愕した。
ーー迷った僕を助けてくれたのにお礼もろくにできなかったので
なんとクラルテは真っ先にアクナイト公子の元へ行きお礼を言ったのだ。
後からクラルテ本人から事情を聞くと迷子になっていたのを助けてくれたという。それからも絡まれていたところで助けられたとクラルテから報告され、俺は皆が噂をするような人物ではないのではと思い始めた。というのもクラルテは非常に素直で嘘偽りのない言葉しか言わない。目で見たものをそのまま口にするような人物だ。だからおそらくアクナイト公子のこともそのまま報告しているだろう。リヒトは信じていないが、俺は少しアクナイト公子に興味が湧き始めていた。
クラルテがある小箱を拾いその落とし主を探そうと行動している時、落とし場所である池の前でアクナイト公子がしゃがみ込んでいた。なぜ彼がこんなところに、と思ったが一か八かここで何か見ていないかと聞いたらアジサイが無残に散らされている光景を見せられ、思わず絶句した。なぜこんなことを……。
そう思っているとアクナイト公子は状況から推察されることをこともな気に言い出し、その内容は非常に有益と言えるもので俺は驚く。
ーー……面倒だな、アウル・オルニス
ーー……それは君もだろ。シュヴァリエ・アクナイト
奇妙なやり取りではあったが、なぜか嫌ではなくむしろより一層興味を抱いた。
その後エヴェイユ殿下の直々の命によってアクナイト公子は不本意極まりないと言った様子で俺たちに協力することになり、図らずも言葉を交わす機会ができたことに俺は内心感謝した。
目的の人物へ会うためアクナイト公子案内の下、ヴィオレ寮寮へと向かっていた俺たちだが道中クラルテは不安から弱音を吐露した。確かにクラルテには少し勇気のいることだろうと思ったのも束の間、彼の不安はアクナイト公子の言葉で綺麗に払拭された。きついとしか言いようがない言い方ではあったが、それでクラルテは顔を上げたのだから結果として良かったのだろう。
またアクナイト公子の推察を聞いて心を乱した時も冷たい言葉で元気づけてしまった。
……彼は、実はものすごく不器用なだけではないだろうか?
そうこうしているうちに、目的の人物の部屋に到着したアクナイト公子はなぜか突然走り出した。突然すぎる出来事に呆気に取られてしまったが即座にクラルテと共に追いかけ、途中でエヴェイユ殿下、リヒトと合流して向かった先ではーーアクナイト公子が一人のご令嬢の手首を無表情で掴んだところだった。
その後事実確認を行った後、事の発端となったリコリス嬢とオルテンシア公子へあろうことかアクナイト公子は思いきり水をぶち撒けた。
一体何をしているのかと驚きを隠せずにいられなかったが続いた言葉に俺はさらに言葉を失った。
ーーエヴェイユ殿下、この度は身内の不祥事に巻き込んでしまい、申し訳ありません。処罰いたしましたのでどうかこれで収めていただきたく存じます
今回の件は大事にする必要は全くない出来事だ。大枠だけ見れば二人は仮初とはいえ恋人関係でそれが崩れたというだけの話なのだから。しかし偶然クラルテが関与した事でエヴェイユ殿下たちも協力することになってしまったため、大事のように思われてしまう、というだけ。
だからアクナイト公子の行いは物事をちょうどいい大きさに収めたということになる。しかも身内の不祥事とすることで、発端となった二人にはきちんと制裁を与えた上王族介入という事態を防ぎ、エヴェイユ殿下の要望も叶えたのだ。
それをエヴェイユ殿下も承認した事で事態は収束を迎え、アクナイト公子はオルテンシア公子とリコリス嬢へ接触禁止を言い渡し、オルテンシア公子には自分の用件を伝えて立ち去った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
目の前ではずぶ濡れのオルテンシア公子が俯いて震えていた。どうしていいかわからなくなってしまっているのだろう。かと言って俺が声をかけても萎縮してしまう。
と思っていたらクラルテが静かに近づき、膝をついた。
「あ、あの、これ……」
クラルテは持っていた箱をオルテンシア公子へと渡すが彼はチラリと目を向けただけで、力無く首を横に振った。……これは相当参っているな。どうしたものか。
「すみません……今は、見たくないです。……わざわざ届けてくれたのに…………そもそも、一度捨てたものですし……………」
「でも……」
「クラルテ」
俺はクラルテの肩に手を置いて静かに言った。今は一人にするのが最善だろう。
「行こう」
「…………わかった」
俺とクラルテはそっとその場を離れる。別に恋をすることは何も問題はない。だが今回は相手が悪すぎた。どうにか立ち直ってもらいたいものだが……それはこちらでどうこうできるものではないよな。
「あの人大丈夫かな……」
「さあな。だが前を向けるかは本人次第で。今は見守るしかないだろう」
「……そうだよね」
クラルテはだいぶ胸を痛めているようだな。だがこういったことは貴族社会では割とよく聞く話だ。気分のいいものではないがありふれた日常、そう割り切ってしまっている俺も案外彼らと同じなのかもしれない。クラルテを見ていると余計にそう感じてしまう。
「でもアクナイトさんがいきなり水を被せた時はびっくりしたよ。あれって処罰になるの?」
「……ああ、あれか」
これは……どう説明したものか。
「例えばクラルテは道端でずぶ濡れになった人間が歩いていたらどう思う?」
「え? えーっと、水に落ちたんじゃないかって心配する」
「そうか。じゃあ水に濡れた服を着ていると体に服が張り付くだろう? そんな姿を見たらどう感じる?」
「大丈夫かなって」
「……クラルテは優しいな。だが注目を浴びてしまうのは避けられない」
「ああ、確かにそれはそうだね」
「そう、一般人がそんな姿でいても注目が集まるのに貴族がそんな状態だったら尚更だと思わないか?」
「思う。貴族の人たちってすごく綺麗好きな印象があるからびっくりするかも」
「そうだ。しかも貴族社会というのは噂の広まりやすい世界だ。それも悪意ある噂ほど広まるのが早い。そんな世界でずぶ濡れの貴族がいたらどうなると思う?」
「……大変なことになるね」
「ああ、だから水を掛けるだけでも充分処罰になるんだよ」
こうして解説すると一見軽いように見えてかなりえげつないことをしている気がするな。
「それなら……アクナイトさんはなぜオルテンシアさんのこと誘ったんだろう」
処罰自体は済んだのに、とクラルテは不思議そうに首を傾げる。
「あれは公爵子息としての『公』かシュヴァリエ・アクナイトという『私』かの違いだろう」
「それって『公』の処罰は済んだけどまだ『私』の処罰は終わっていないってこと?」
「おそらくな。だから明日『私』として何らかの処罰を下そうとしている、と思う」
「大丈夫なの?」
「……流石に学園内でて酷いことはしないだろ。……断言はできないが」
「うわあ……」
クラルテが少し遠い目になった。おそらく俺も同じ顔をしているだろう。公爵子息である彼に呼び出されては正直オルテンシア公子も気が気じゃないだろうからな。
「なんかアクナイトさんってよくわからない人だよね」
……確かによくわからない。クラルテを助けたことといいさっきのことといい、悪い人ではない、気がするが情報が圧倒的に少ないから判断のしようもない。
「明日こっそり覗いてみようかな」
「……クラルテ?」
「リヒトがずっと疑っているんだ。アクナイトさんは悪い人とは思えないって言っても聞かなくて……だから直接見ればきっとリヒトも少しはアクナイトさんへの当たりが優しくなるんじゃないかな」
どうだろうか。クレマチス公子とアクナイト公子の間柄は最悪に近いものだろうにそれをすぐ方向転換できるとは思えない。いやクレマチス公子が一方的に絡んでいる気がしないでもないが……。しかしだからと言って覗き見は良くないだろ。
「クラルテ、覗き見はやめておいた方がいいと思うが」
「…………バレなきゃ大丈夫じゃない?」
無邪気に放たれた言葉に俺は苦笑する。クラルテは確かに純粋で素直だが、好奇心も強い。
正直盗み見なんてしたことないが、クラルテ一人にやらせるのも気分が悪い。
「判った。俺も付き合おう」
「いいの? アウルはこういうことしちゃダメだと思うけど」
「いいんだ。俺も二人の様子は気にかかるからな」
「そっかありがとう。あ、それならリヒトとエヴェイユ殿下それからリベルタ殿下やカンパニュラ先輩にも声をかけようよ」
いくらなんでも多すぎる。だがクラルテのことだ。仲間外れは良くないと言って強引に誘うに違いない。火がついたクラルテは止まらないからな……。
なぜかはしゃぐクラルテに苦笑しながら、俺はふと思った。
恋に敗れて傷心したオルテンシア公子。アクナイト公子は彼を救ってあげることはできないだろうか。話した時間こそ短いが、それでも噂になっているようなただ傲慢で冷酷なだけの人物ではない。なんとなく、そう思う。
ーーそれに。
アクナイト公子が水をぶち撒けた時、エヴィーの奴がやけに楽しそうにしていたから……アクナイト公子はこれからいろいろと大変になりそうだ。
……なんとか助ける算段を考えよう。
俺アウル・オルニスは隣国アウィス王国からの留学生だ。元々外国には興味があったこともあるが、父からある命を受けたことがきっかけだった。
曰く、『アクナイト公爵家の第二子息が学園に入学するらしい。かの公爵家とは親交も深い。今後の繋がりという意味でも探ってこい』というものだ。
情報を聞いた俺は驚いた。アクナイト公爵家の秘された子ども。存在こそ噂で知っているが容姿・性格・魔法などあらゆる情報が不明な幻の雄花。そんな彼がついに姿を現すとなれば確かに探らないわけにはいかない。長男のシエル・アクナイト、長女のルアル・アクナイトの両名は共に社交界で話題の人物であり、既に多くの者が縁談を持ちかけているらしい。
ーーだから皆アクナイトの次男に期待した。長男は既に後継者ということが公式に決まっているため縁を結ぶなら次男もしくは長女を、となるのは自然だ。
入学当初アクナイト公子はそれはそれは騒がれた。天使の翼を想起させる純白の髪に聖剣の如き銀色のキレ目。その姿を見た者は言葉もなく嘆息し、中には完全に心を奪われてしまったものもいる。
俺も初めて見た時は少なからず息を呑んだものだ。
しかしクラスメイトと碌に言葉も交わさず、話しかけても冷たい反応が返ってくるだけ。その姿が周囲には傲慢に映ったのだろう。
気づいた時は既に学園内で孤立していた。何度か話しかけようと思ったが、それを見た友人に止められることが多く、結局話せずじまいになってしまっていた。
しかし第四学年になった年、思いがけずそれは実現した。
異例の編入を果たした平民・クラルテの補助を頼まれた俺は直後に彼の起こした行動に驚愕した。
ーー迷った僕を助けてくれたのにお礼もろくにできなかったので
なんとクラルテは真っ先にアクナイト公子の元へ行きお礼を言ったのだ。
後からクラルテ本人から事情を聞くと迷子になっていたのを助けてくれたという。それからも絡まれていたところで助けられたとクラルテから報告され、俺は皆が噂をするような人物ではないのではと思い始めた。というのもクラルテは非常に素直で嘘偽りのない言葉しか言わない。目で見たものをそのまま口にするような人物だ。だからおそらくアクナイト公子のこともそのまま報告しているだろう。リヒトは信じていないが、俺は少しアクナイト公子に興味が湧き始めていた。
クラルテがある小箱を拾いその落とし主を探そうと行動している時、落とし場所である池の前でアクナイト公子がしゃがみ込んでいた。なぜ彼がこんなところに、と思ったが一か八かここで何か見ていないかと聞いたらアジサイが無残に散らされている光景を見せられ、思わず絶句した。なぜこんなことを……。
そう思っているとアクナイト公子は状況から推察されることをこともな気に言い出し、その内容は非常に有益と言えるもので俺は驚く。
ーー……面倒だな、アウル・オルニス
ーー……それは君もだろ。シュヴァリエ・アクナイト
奇妙なやり取りではあったが、なぜか嫌ではなくむしろより一層興味を抱いた。
その後エヴェイユ殿下の直々の命によってアクナイト公子は不本意極まりないと言った様子で俺たちに協力することになり、図らずも言葉を交わす機会ができたことに俺は内心感謝した。
目的の人物へ会うためアクナイト公子案内の下、ヴィオレ寮寮へと向かっていた俺たちだが道中クラルテは不安から弱音を吐露した。確かにクラルテには少し勇気のいることだろうと思ったのも束の間、彼の不安はアクナイト公子の言葉で綺麗に払拭された。きついとしか言いようがない言い方ではあったが、それでクラルテは顔を上げたのだから結果として良かったのだろう。
またアクナイト公子の推察を聞いて心を乱した時も冷たい言葉で元気づけてしまった。
……彼は、実はものすごく不器用なだけではないだろうか?
そうこうしているうちに、目的の人物の部屋に到着したアクナイト公子はなぜか突然走り出した。突然すぎる出来事に呆気に取られてしまったが即座にクラルテと共に追いかけ、途中でエヴェイユ殿下、リヒトと合流して向かった先ではーーアクナイト公子が一人のご令嬢の手首を無表情で掴んだところだった。
その後事実確認を行った後、事の発端となったリコリス嬢とオルテンシア公子へあろうことかアクナイト公子は思いきり水をぶち撒けた。
一体何をしているのかと驚きを隠せずにいられなかったが続いた言葉に俺はさらに言葉を失った。
ーーエヴェイユ殿下、この度は身内の不祥事に巻き込んでしまい、申し訳ありません。処罰いたしましたのでどうかこれで収めていただきたく存じます
今回の件は大事にする必要は全くない出来事だ。大枠だけ見れば二人は仮初とはいえ恋人関係でそれが崩れたというだけの話なのだから。しかし偶然クラルテが関与した事でエヴェイユ殿下たちも協力することになってしまったため、大事のように思われてしまう、というだけ。
だからアクナイト公子の行いは物事をちょうどいい大きさに収めたということになる。しかも身内の不祥事とすることで、発端となった二人にはきちんと制裁を与えた上王族介入という事態を防ぎ、エヴェイユ殿下の要望も叶えたのだ。
それをエヴェイユ殿下も承認した事で事態は収束を迎え、アクナイト公子はオルテンシア公子とリコリス嬢へ接触禁止を言い渡し、オルテンシア公子には自分の用件を伝えて立ち去った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
目の前ではずぶ濡れのオルテンシア公子が俯いて震えていた。どうしていいかわからなくなってしまっているのだろう。かと言って俺が声をかけても萎縮してしまう。
と思っていたらクラルテが静かに近づき、膝をついた。
「あ、あの、これ……」
クラルテは持っていた箱をオルテンシア公子へと渡すが彼はチラリと目を向けただけで、力無く首を横に振った。……これは相当参っているな。どうしたものか。
「すみません……今は、見たくないです。……わざわざ届けてくれたのに…………そもそも、一度捨てたものですし……………」
「でも……」
「クラルテ」
俺はクラルテの肩に手を置いて静かに言った。今は一人にするのが最善だろう。
「行こう」
「…………わかった」
俺とクラルテはそっとその場を離れる。別に恋をすることは何も問題はない。だが今回は相手が悪すぎた。どうにか立ち直ってもらいたいものだが……それはこちらでどうこうできるものではないよな。
「あの人大丈夫かな……」
「さあな。だが前を向けるかは本人次第で。今は見守るしかないだろう」
「……そうだよね」
クラルテはだいぶ胸を痛めているようだな。だがこういったことは貴族社会では割とよく聞く話だ。気分のいいものではないがありふれた日常、そう割り切ってしまっている俺も案外彼らと同じなのかもしれない。クラルテを見ていると余計にそう感じてしまう。
「でもアクナイトさんがいきなり水を被せた時はびっくりしたよ。あれって処罰になるの?」
「……ああ、あれか」
これは……どう説明したものか。
「例えばクラルテは道端でずぶ濡れになった人間が歩いていたらどう思う?」
「え? えーっと、水に落ちたんじゃないかって心配する」
「そうか。じゃあ水に濡れた服を着ていると体に服が張り付くだろう? そんな姿を見たらどう感じる?」
「大丈夫かなって」
「……クラルテは優しいな。だが注目を浴びてしまうのは避けられない」
「ああ、確かにそれはそうだね」
「そう、一般人がそんな姿でいても注目が集まるのに貴族がそんな状態だったら尚更だと思わないか?」
「思う。貴族の人たちってすごく綺麗好きな印象があるからびっくりするかも」
「そうだ。しかも貴族社会というのは噂の広まりやすい世界だ。それも悪意ある噂ほど広まるのが早い。そんな世界でずぶ濡れの貴族がいたらどうなると思う?」
「……大変なことになるね」
「ああ、だから水を掛けるだけでも充分処罰になるんだよ」
こうして解説すると一見軽いように見えてかなりえげつないことをしている気がするな。
「それなら……アクナイトさんはなぜオルテンシアさんのこと誘ったんだろう」
処罰自体は済んだのに、とクラルテは不思議そうに首を傾げる。
「あれは公爵子息としての『公』かシュヴァリエ・アクナイトという『私』かの違いだろう」
「それって『公』の処罰は済んだけどまだ『私』の処罰は終わっていないってこと?」
「おそらくな。だから明日『私』として何らかの処罰を下そうとしている、と思う」
「大丈夫なの?」
「……流石に学園内でて酷いことはしないだろ。……断言はできないが」
「うわあ……」
クラルテが少し遠い目になった。おそらく俺も同じ顔をしているだろう。公爵子息である彼に呼び出されては正直オルテンシア公子も気が気じゃないだろうからな。
「なんかアクナイトさんってよくわからない人だよね」
……確かによくわからない。クラルテを助けたことといいさっきのことといい、悪い人ではない、気がするが情報が圧倒的に少ないから判断のしようもない。
「明日こっそり覗いてみようかな」
「……クラルテ?」
「リヒトがずっと疑っているんだ。アクナイトさんは悪い人とは思えないって言っても聞かなくて……だから直接見ればきっとリヒトも少しはアクナイトさんへの当たりが優しくなるんじゃないかな」
どうだろうか。クレマチス公子とアクナイト公子の間柄は最悪に近いものだろうにそれをすぐ方向転換できるとは思えない。いやクレマチス公子が一方的に絡んでいる気がしないでもないが……。しかしだからと言って覗き見は良くないだろ。
「クラルテ、覗き見はやめておいた方がいいと思うが」
「…………バレなきゃ大丈夫じゃない?」
無邪気に放たれた言葉に俺は苦笑する。クラルテは確かに純粋で素直だが、好奇心も強い。
正直盗み見なんてしたことないが、クラルテ一人にやらせるのも気分が悪い。
「判った。俺も付き合おう」
「いいの? アウルはこういうことしちゃダメだと思うけど」
「いいんだ。俺も二人の様子は気にかかるからな」
「そっかありがとう。あ、それならリヒトとエヴェイユ殿下それからリベルタ殿下やカンパニュラ先輩にも声をかけようよ」
いくらなんでも多すぎる。だがクラルテのことだ。仲間外れは良くないと言って強引に誘うに違いない。火がついたクラルテは止まらないからな……。
なぜかはしゃぐクラルテに苦笑しながら、俺はふと思った。
恋に敗れて傷心したオルテンシア公子。アクナイト公子は彼を救ってあげることはできないだろうか。話した時間こそ短いが、それでも噂になっているようなただ傲慢で冷酷なだけの人物ではない。なんとなく、そう思う。
ーーそれに。
アクナイト公子が水をぶち撒けた時、エヴィーの奴がやけに楽しそうにしていたから……アクナイト公子はこれからいろいろと大変になりそうだ。
……なんとか助ける算段を考えよう。
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