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二頁 アジサイの涙
27話 答え合わせ①
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目の前の令嬢、もとい俺の従兄妹は元公爵夫人そっくりでーー今回の騒動の元凶だ。
「あら、お従兄様……お久しぶりですわ。いきなり飛び出してこないでくださいまし。間違って叩いてしまうところだったではないですか」
よくもまあ何の悪びれもなくそんな言葉が出てくることで……。シュヴァリエはこの従兄妹を毛嫌いしていたみたいだけど、すっげえ気持ちがわかるよ。
「なぜこんなことになっている?」
「……せっかちですのね。まずは手を離してくださいな。いくらお従兄様でもレディの腕をいつまでも掴んでいるものではありませんわよ?」
「なら私から距離を取れ」
「相変わらずツレないですわね」
俺は半ば振り払うようにしてアラグリアから手を放す。自分から掴んでおいてアレだけど、いかんせん勢いづいていたからこれ以外に止める手段がなかったんだよ。
念のため説明すると、今俺の後ろで座り込んでいる男をアラグリアが扇子で打擲されかけたところを俺が割り込み、アラグリアの手首を掴んで強引に止めたところにクラルテサイドの面々が到着した、って流れ。
俺はその場から少し離れてアラグリアを一瞥したのち、地べたに座り込んでいる男ーーもとい例の小箱の持ち主であり今回の騒動の犯人(?)であるイデアル・オルテンシア子爵令息へと冷めた視線を向ける。そこへエヴェイユが一歩進んで二人に声をかけた。
「オルテンシア公子、リコリス嬢。一体どういうことでしょう」
「まあエヴェイユ殿下ではありませんの! 申し訳ありません。不肖アラグリア・リコリスがエヴェイユ第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「同じくイデアル・オルテンシアがエヴェイユ第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
サッと礼をとったアラグリアに、イデアルも即座に立ち上がってお辞儀をした。エヴェイユは畏まる二人を手で制して言葉を続ける。
「挨拶は結構ですよ。楽にしてください。それよりも説明してはもらえませんか? なぜこんな状況になっているのか。リコリス嬢、いくら怒りの感情があったとはいえ学内で暴力沙汰は誉められた行いではありませんよ」
「お目汚し心より謝罪を申し上げますわ。ですがこの状況の原因はそこの子爵家の男……オルテンシア様にありますの」
「っ……!」
その場にいた全員から一斉に視線を頂戴したイデアルはビクっと肩を震わせて俯いた。なーにが、オルテンシア様にありますだよ。お前のせいだろ馬鹿女! ……と言いそうになったが、アラグリアがなんかペラペラと口八丁に話し出したので入り込む隙がなくなった。……ああこの光景、ゲームで見たことあるわ。第一の事件の小箱騒動の真相解明される場面もこんな感じだったっけ……。クラルテたちの表情もそのままだし、これはこれでいっそ面白いな。
アラグリアの言い分を要約するとこうだ。
--------------------
始まりは授業のグループ学習だった。要領の悪いイデアルにアラグリアが声をかけてスムーズに進むようにサポートしたのをきっかけに何かと会話を重ねる機会が増え、次第に恋心へと発展していった。それはイデアルも同じだったらしく、彼から告白を受けたが身分の差からやむなく断るしかない。そう言った後からイデアルの付き纏いが始まったらしい。そこでアラグリアは例の小箱をイデアルに渡してこう言った。
『この小箱の中にはある種が入っています。もうすぐ芽を出すはずだから、その芽が出たらお付き合いします。この箱は特殊な物で芽が出ればこの模様が光るようになっているんです。だからこの箱が光るまで決して開けないように』
イデアルは一旦聞き入れ引き下がったものの、開けてはいけないという約束を違えて箱を開け、アラグリアの元へやってきた。その時目は血走っており、あまりの恐怖につい扇子を振り上げてしまったーー
--------------------
話を終えたアラグリアは涙を浮かべて、今にも倒れそうなほど震えていた。取り巻きの令嬢たちは必死に慰めるように寄り添っている。よっぽど怖かったんだな………………なんて思うわけねえだろ馬鹿。
ストーリーを知っている俺にはわかる。そしてシュヴァリエの記憶を有しているからこそ確信ができる。この女の涙は真っ赤な嘘だと。俺とアラグリアの間にある凄まじい温度差に気を抜くとすぐさま笑い出しかねない。こんなところで笑ってはダメだ、堪えろ俺!
こっそりと様子を伺えば、貴族階級に属する人たちは皆冷めた目でアラグリアを見つめていた。唯一クラルテだけは辛そうな表情をしている。こんな茶番を信じるなんて君純粋だねぇ。知っていたけど。
「……リコリス嬢はこう言っているけれどオルテンシア公子はどうですか?」
「……っ! え、と……ぼ、私は……」
王族であるエヴェイユの問いに沈黙も虚偽も許されない。イデアルは震えながらも口を開き、アラグリア同様に己の言い分を述べた。
ことの発端はアラグリアと同じく授業中のグループ学習で次第に話すようになり恋心へと発展した。
……ここまでは同じだが、この先はアラグリアの話とは全く違うものだった。
曰くーー
--------------------
確かに恋心は抱いていた。しかし身分の差は重々承知していたため、遠くから想うだけにした。
けれどある日、偶然アラグリアが落とし物をしたという話を聞き、探し出して彼女に届けた。アラグリアにとって大切な物だったらしいその落とし物を見つけたことによって、アラグリアから毎日アジサイを送られるようになった。叶わない恋だとわかってはいたがやはり嬉しくて、アラグリアのそばにいたいと思うようになった。
しかし、自分も貴方が好きですと言った直後に例の小箱を渡され蓋の模様が光るまで絶対に開けないようにと言われた。それ以来交流がなかったが、数日前にうっかり落として箱が開いてしまったらしい。種が入っていると言われた箱は空で、騙されたと悟ったイデアルはもらったアジサイを払いのけ悲しみに暮れて勢いで箱を捨ててしばらく部屋に閉じこもった。
数日経って少しばかり元気の出てきたイデアルはアラグリアの真意を知りたくて彼女の元を訪ねたが、顔を合わせた途端に嘲笑い罵倒し打擲されかけたーー
--------------------
……ということらしい。
話をしている間もイデアルは今にも卒倒しそうなほどに青ざめ震えていた。
まあ自分の周りを高位貴族に囲まれ罪人よろしく吊し上げ状態になれば怖いわな。この中でイデアルより下の身分はクラルテのみ。リコリス家の身分は侯爵だし。いくら弁明しても普通なら身分の高い者の言い分が聞き入れられてしまう。だがたとえそうであったとしても自分に質問を投げてきたのは王族。だんまりで通せる相手ではないし周りには俺を筆頭とする高位貴族がズラリ。ビビるなという方が無理だ。
双方の話を聞いたエヴェイユはしばし考え込む素振りを見せた後、唐突に視線を動かし笑顔で俺を見つめてきた。
「せっかくシュヴァリエ公子が目の前にいるのですから、ご意見を伺いましょうか。きっとうまくまとめてくださると思いますし」
ーーどうでしょう? と疑問形にしているが、これはやれという命令だ。しかも『うまくまとめてくださるでしょう』ということはつまり、『自分が生徒会長という立場で対応できる範疇に事を収めろ』ってことだよね。
……。
……うん、正直ごめん被りたいけど命令であれば逃亡不可です。しっかり逃げ道を塞ぎますねあんた。……そんなに俺が嫌いか腹黒優男め。
あ~~~もうっ! こうなったら速攻片付けて逃げてやる! そんでこの件は終わりだ二度と関わってなるものか!!!!!
密かに呼吸を整えた俺はクラルテへと視線を向ける。
「編入生、例の箱を出せ」
「……あ、はいっ!」
クラルテが持ち歩いていた件の箱を見せるとイデアルは目を見開いてガン見し、アラグリアは鬱陶しそうに見つめた。
「先程私がやって見せたように箱の蓋の裏と縁の部分を合わせろ」
「こうですね」
俺の指示に素直に従うクラルテ。その様子が気に入らないらしいリヒトは俺を射殺さんばかりに睨みつけてきた。元気な男だ。
「……合わさったところを読んでみろ」
「え? ……あ! はいっ!」
一瞬俺の言葉にきょとんとしたものの、模様を見て即座に理解したクラルテは指示通り、合わさった模様が作り出す文字を読み始めたーー
「あら、お従兄様……お久しぶりですわ。いきなり飛び出してこないでくださいまし。間違って叩いてしまうところだったではないですか」
よくもまあ何の悪びれもなくそんな言葉が出てくることで……。シュヴァリエはこの従兄妹を毛嫌いしていたみたいだけど、すっげえ気持ちがわかるよ。
「なぜこんなことになっている?」
「……せっかちですのね。まずは手を離してくださいな。いくらお従兄様でもレディの腕をいつまでも掴んでいるものではありませんわよ?」
「なら私から距離を取れ」
「相変わらずツレないですわね」
俺は半ば振り払うようにしてアラグリアから手を放す。自分から掴んでおいてアレだけど、いかんせん勢いづいていたからこれ以外に止める手段がなかったんだよ。
念のため説明すると、今俺の後ろで座り込んでいる男をアラグリアが扇子で打擲されかけたところを俺が割り込み、アラグリアの手首を掴んで強引に止めたところにクラルテサイドの面々が到着した、って流れ。
俺はその場から少し離れてアラグリアを一瞥したのち、地べたに座り込んでいる男ーーもとい例の小箱の持ち主であり今回の騒動の犯人(?)であるイデアル・オルテンシア子爵令息へと冷めた視線を向ける。そこへエヴェイユが一歩進んで二人に声をかけた。
「オルテンシア公子、リコリス嬢。一体どういうことでしょう」
「まあエヴェイユ殿下ではありませんの! 申し訳ありません。不肖アラグリア・リコリスがエヴェイユ第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「同じくイデアル・オルテンシアがエヴェイユ第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
サッと礼をとったアラグリアに、イデアルも即座に立ち上がってお辞儀をした。エヴェイユは畏まる二人を手で制して言葉を続ける。
「挨拶は結構ですよ。楽にしてください。それよりも説明してはもらえませんか? なぜこんな状況になっているのか。リコリス嬢、いくら怒りの感情があったとはいえ学内で暴力沙汰は誉められた行いではありませんよ」
「お目汚し心より謝罪を申し上げますわ。ですがこの状況の原因はそこの子爵家の男……オルテンシア様にありますの」
「っ……!」
その場にいた全員から一斉に視線を頂戴したイデアルはビクっと肩を震わせて俯いた。なーにが、オルテンシア様にありますだよ。お前のせいだろ馬鹿女! ……と言いそうになったが、アラグリアがなんかペラペラと口八丁に話し出したので入り込む隙がなくなった。……ああこの光景、ゲームで見たことあるわ。第一の事件の小箱騒動の真相解明される場面もこんな感じだったっけ……。クラルテたちの表情もそのままだし、これはこれでいっそ面白いな。
アラグリアの言い分を要約するとこうだ。
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始まりは授業のグループ学習だった。要領の悪いイデアルにアラグリアが声をかけてスムーズに進むようにサポートしたのをきっかけに何かと会話を重ねる機会が増え、次第に恋心へと発展していった。それはイデアルも同じだったらしく、彼から告白を受けたが身分の差からやむなく断るしかない。そう言った後からイデアルの付き纏いが始まったらしい。そこでアラグリアは例の小箱をイデアルに渡してこう言った。
『この小箱の中にはある種が入っています。もうすぐ芽を出すはずだから、その芽が出たらお付き合いします。この箱は特殊な物で芽が出ればこの模様が光るようになっているんです。だからこの箱が光るまで決して開けないように』
イデアルは一旦聞き入れ引き下がったものの、開けてはいけないという約束を違えて箱を開け、アラグリアの元へやってきた。その時目は血走っており、あまりの恐怖につい扇子を振り上げてしまったーー
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話を終えたアラグリアは涙を浮かべて、今にも倒れそうなほど震えていた。取り巻きの令嬢たちは必死に慰めるように寄り添っている。よっぽど怖かったんだな………………なんて思うわけねえだろ馬鹿。
ストーリーを知っている俺にはわかる。そしてシュヴァリエの記憶を有しているからこそ確信ができる。この女の涙は真っ赤な嘘だと。俺とアラグリアの間にある凄まじい温度差に気を抜くとすぐさま笑い出しかねない。こんなところで笑ってはダメだ、堪えろ俺!
こっそりと様子を伺えば、貴族階級に属する人たちは皆冷めた目でアラグリアを見つめていた。唯一クラルテだけは辛そうな表情をしている。こんな茶番を信じるなんて君純粋だねぇ。知っていたけど。
「……リコリス嬢はこう言っているけれどオルテンシア公子はどうですか?」
「……っ! え、と……ぼ、私は……」
王族であるエヴェイユの問いに沈黙も虚偽も許されない。イデアルは震えながらも口を開き、アラグリア同様に己の言い分を述べた。
ことの発端はアラグリアと同じく授業中のグループ学習で次第に話すようになり恋心へと発展した。
……ここまでは同じだが、この先はアラグリアの話とは全く違うものだった。
曰くーー
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確かに恋心は抱いていた。しかし身分の差は重々承知していたため、遠くから想うだけにした。
けれどある日、偶然アラグリアが落とし物をしたという話を聞き、探し出して彼女に届けた。アラグリアにとって大切な物だったらしいその落とし物を見つけたことによって、アラグリアから毎日アジサイを送られるようになった。叶わない恋だとわかってはいたがやはり嬉しくて、アラグリアのそばにいたいと思うようになった。
しかし、自分も貴方が好きですと言った直後に例の小箱を渡され蓋の模様が光るまで絶対に開けないようにと言われた。それ以来交流がなかったが、数日前にうっかり落として箱が開いてしまったらしい。種が入っていると言われた箱は空で、騙されたと悟ったイデアルはもらったアジサイを払いのけ悲しみに暮れて勢いで箱を捨ててしばらく部屋に閉じこもった。
数日経って少しばかり元気の出てきたイデアルはアラグリアの真意を知りたくて彼女の元を訪ねたが、顔を合わせた途端に嘲笑い罵倒し打擲されかけたーー
--------------------
……ということらしい。
話をしている間もイデアルは今にも卒倒しそうなほどに青ざめ震えていた。
まあ自分の周りを高位貴族に囲まれ罪人よろしく吊し上げ状態になれば怖いわな。この中でイデアルより下の身分はクラルテのみ。リコリス家の身分は侯爵だし。いくら弁明しても普通なら身分の高い者の言い分が聞き入れられてしまう。だがたとえそうであったとしても自分に質問を投げてきたのは王族。だんまりで通せる相手ではないし周りには俺を筆頭とする高位貴族がズラリ。ビビるなという方が無理だ。
双方の話を聞いたエヴェイユはしばし考え込む素振りを見せた後、唐突に視線を動かし笑顔で俺を見つめてきた。
「せっかくシュヴァリエ公子が目の前にいるのですから、ご意見を伺いましょうか。きっとうまくまとめてくださると思いますし」
ーーどうでしょう? と疑問形にしているが、これはやれという命令だ。しかも『うまくまとめてくださるでしょう』ということはつまり、『自分が生徒会長という立場で対応できる範疇に事を収めろ』ってことだよね。
……。
……うん、正直ごめん被りたいけど命令であれば逃亡不可です。しっかり逃げ道を塞ぎますねあんた。……そんなに俺が嫌いか腹黒優男め。
あ~~~もうっ! こうなったら速攻片付けて逃げてやる! そんでこの件は終わりだ二度と関わってなるものか!!!!!
密かに呼吸を整えた俺はクラルテへと視線を向ける。
「編入生、例の箱を出せ」
「……あ、はいっ!」
クラルテが持ち歩いていた件の箱を見せるとイデアルは目を見開いてガン見し、アラグリアは鬱陶しそうに見つめた。
「先程私がやって見せたように箱の蓋の裏と縁の部分を合わせろ」
「こうですね」
俺の指示に素直に従うクラルテ。その様子が気に入らないらしいリヒトは俺を射殺さんばかりに睨みつけてきた。元気な男だ。
「……合わさったところを読んでみろ」
「え? ……あ! はいっ!」
一瞬俺の言葉にきょとんとしたものの、模様を見て即座に理解したクラルテは指示通り、合わさった模様が作り出す文字を読み始めたーー
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