悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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二頁 アジサイの涙

24話 結局のところ権力なんだよ

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 ……ビンゴだ。
 この小箱の蓋の裏側と境の模様が繋がっている。いや、これ繋がっているだけじゃないな。

「これは……」
「気づかなかった……」
「あ、あり得ない、なんで……」

 俺が箱を観察しているといつの間にかアウルやクラルテたちも覗き込み好き放題に感想を述べていた。……ちょっと皆さん狭いんですが。

「よくお気づきになりましたね」

 確実に本心ではないであろう調子でそんなことを言ってきたエヴェイユに俺は遠い目になる。リヒトに至ってはさらに警戒心が増したようで動揺しながらもこちらをじっと伺っていた。そんなに警戒されるといっそ自意識過剰を疑うぞ?

「ただの偶然です。これは誰のものですか?」
「今探しているところなのですよ。ただあまり情報がないもので」

 へえ、教えてくれるんだ。てっきりはぐらかすのかと思った。どうせただの落とし物の話だから隠す必要もないってだけだろうけど。まあ俺は全部知っているからどっちみち、ねえ?

「ですがシュヴァリエ公子のおかげで重要な情報を得ることができました」
「……お役に立てたのならば光栄です」

 大して意味のない社交辞令を並べながら俺は箱の模様に視線を向けた。本当によくやると思う。
 ゲームとやり方は違うけどこれでクラルテたちも持ち主に辿り着くだろうからお膳立ては充分過ぎるほどやったよな。本当に偶然ではあるけど。

「クラルテさん、持ち主わかりましたか?」
「はい。ですが……」
「殿下、相手は位が低いとはいえ貴族です。クラルテは声をかけづらいと思います」
「それもそうですね。渡すだけならば問題ないでしょうが、彼の性格上十中八九接触をはかろうとするはず。そうなった場合はリヒトも対抗は難しくなるでしょう」

 あ、なんかよくない空気になってきた。事件解決は主人公たちの仕事であってシュヴァリエヴィランは関係ない。むしろ事件をばら撒く側だ。……よし、逃げよう。

「殿下、所用がございますので私はこれにて失礼致します」
「ああ、すみません。シュヴァリエ公子にはつまらないお話で……」

 なぜそこで言葉を切った? ……やばい、脳が一刻も早く立ち去れと警鐘を鳴らしている。エヴェイユが弧を描いている唇が開く前に退散しないと。俺の体よ動け!
 ……しかし望みも虚しく、エヴェイユが声を発する方が早かった。

「身分が必要だというならシュヴァリエ公子は適任ですね。シュヴァリエ公子は公爵子息。対抗は充分に過ぎるかと思うのですが、どうでしょう?」

 どうでしょう、じゃないわ! つまりクラルテに付き添えって言ってんだよねそれ!? 身分云々ならあんたが行けば一発で解決だろうにわざわざ俺を使う必要ないでしょ! まあ理由はわかるんだけどさっ!!!
 ……が、俺が言葉を返すより先に割り込む声があった。

「まさかシュヴァリエ様を加えるのですか?」
「何か問題がありますか?」
「彼の選民意識の高さはご存知のはずです。いつクラルテに危害を加えないとも限らないのですよ!?」
「そうは言っても立場的に私が表立って動くことはできませんし、貴族間の立ち位置を踏まえてもシュヴァリエ公子が最適でしょう」
「た、確かに……その意味ではシュヴァリエ様以上の方はいませんが……」

 立場ねえ……? まあそれを考えれば俺が最適というのはわかる。しかし今回はただの落とし物拾ったので持ち主に返しますってことだからそこまで身分やら立場やらを気にする必要はない。
 ……本来ならそれで終わり、なんだけど。ストーリーを知っているからこそわかる。多分聞けば絶対に関わりたくないってなる人続出すると思う。俺だって現実でこんなのごめんだわって思っていたんだぞ。まさかそれがリアルになるなんて夢にも思わんて。
 だからリヒトよ、今だけはお前を応援する。この地獄から俺を解放してくれ。いやいっそこの場にいる全ての人間の記憶を消してしまえば万事解決なんじゃ……。
 ……ゲーム内には出てこなかったけど探せばいそうだな、無属性で記憶消去の力持ち。もしくは魔塔の連中が開発している可能性もなくはない。
 ……なんて思っている最中もエヴェイユとリヒトが論争を続けていた。相手王族なのにすごいなリヒト。物怖じしない点は次期宰相候補ってところなのかもしれない。

「貴方がクラルテさんを心配するのも無理はありませんが、私は平和主義者ですから穏便に解決したいのですよ」

 あぁ……? なんか特大の嘘が聞こえた気がするぞ。どの口が平和主義とか言ってんだよ! あんたが平和主義なら世の中聖人君子しかいないことになるだろうがおいコラ!
 心の中で突っ込む俺に気づくことなく話はどんどん進んでいく。なんとなく長くなりそうだと思った時、二人の間を声が割った。

「ならば俺もアクナイト公子について行こう」

 シーンと周囲が静まり返り、その場にいた全員がアウルへと顔を向ける。

「いきなり何を言っているんですか?」
「クレマチス公子はアクナイト公子とクラルテの間で問題が生じる事を憂いているのだろう? ならば誰かがアクナイト公子のそばにいればいい」
「そうかもしれませんが、オルニス公子にも被害が及んだら……」

 ……。
 どんだけ信用ないのさ俺。お前のシュヴァリエ嫌いもここまで来ると天晴れよ? というかもうちょい取り繕えるようになろうよお坊ちゃん。そんなんだとあっちこっちで恨み買うことになりかねないぞ。
 というかオルニスも若干引いてない? 大丈夫?

「そこまで心配しなくても大丈夫だ。少し話したが危害を加えそうな様子は全くなかったしな」
「ですがそう見せかけるための芝居という可能性も……」
「リヒト・クレマチス」
『……!』

 突如ひやりとした刃のような声が空気を裂きその場を支配した。声の主はエヴェイユ・イル・ツヴィトーク。普段の柔らかな笑みは形を潜め、そこに立つ姿は紛れもなく王族だった。

「くどいですよ」
「……申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」

 エヴェイユの威圧にリヒトは腰を折り謝罪をした。だいぶしつこかったから怒るのも無理はない。普段は友人というか気さくな仲とはいえやっぱり身分には差があるんだから、気をつけないとね。理解しているのか知らんけど身分でいえばリヒトは俺にも勝てないし。公爵家よりも上の立場になるのは王族とそれに準ずる存在のみ。本来なら俺への態度も立派な不敬罪にあたる。……まあ今の俺はそこまで拘るつもりはないからいいけど、周りはあまりよくは思わないだろ。

「シュヴァリエ公子、ご助力お願いできますか?」

 はいでましたお願いという名の命令。流れ的に来ると思いましたけど。こうなったらもう逆らえない。

「……殿下のお望みであれば」
「ありがとうございます」

 ……頷いてしまった。あーあやっぱり権力には逆らえません。俺は関わりたくないのに~! そんなことに付き合うくらいなら押し花させろ~!!!
 なんて思いも全部砕かれた今、やることはひとつ。
 ずばり開き直ること。こうなったらちゃっちゃと片付けてさっさと押し花作りに戻るべし!

「ではクラルテさん、私とリヒトも後から合流しますのでしばらくの間オルニス公子とシュヴァリエ公子に付き添ってもらってください」
「は、はい……なんかすみません。僕のために、殿下のお手を煩わせてしまって……」
「気にしないでください。こう見えてかなり楽しんでいますから」
「そ、そうですか……」

 やや安堵したように顔を綻ばせたクラルテは俺を見ると頭を下げてきた。

「あ、あの……巻き込んでしまってすみません。えーっと……」

 俺のことをどう呼べばいいのかわからないってところか。まあお互いまともに呼び合ったことないし出会いがアレだし仕方ないのかもだけど。そもそも関わる気ゼロだったから大して問題にもしていなかったんだよな……。

「アクナイトでもシュヴァリエでも好きに呼べばいい」
「は、はい。じゃあ……アクナイトさん」

 なんか嬉しそうなんだがその顔はどういうことだ。まあアクナイトさんでも大丈夫だと思うが、この学園には「アクナイトさん」がもう一人いるんだけど接点がないから大丈夫、か?

「それでは私とリヒトは生徒会の仕事がありますので、シュヴァリエ公子、アウル公子。しばらくの間クラルテのことをお願いしますね」
「承知いたしました」
「任せてくれ」

 俺たちの言葉に満足したのかエヴェイユはリヒトを伴い去って行き、その場には俺とアウルとクラルテが残された。

「……ではアクナイト公子、この後どう動く?」

 なぜ俺に振るんだクラルテに聞けよ。

「それは編入生がどうしたいかでしょう。私に振られてもどうにもできませんよ」

 クラルテがちょっとしょんぼりしているけどなんで? 

「ぼ、僕は……持ち主がわかったからこれを返しに行きたいです」
「だそうだが?」

 結局俺に戻ってくるんかい。……まあそれは仕方ない、か。

「不本意だが殿下のご命令だ。先導するからついて来い」








 


 






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