悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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一頁 覚醒のロベリア

14話 早速無理ゲー発生!?

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 翌朝、サリクスは主人であるシュヴァリエの部屋へと向かう。シュヴァリエの目覚めは早く、サリクスが着く頃にはいつもカーテンが開き、既に身支度を終えてしまっているのだ。おかげでサリクスは他の侍従と比べて朝の仕事が僅かに少ない。
 サリクスはいつものようにシュヴァリエの部屋の扉を開け、そして。

「なにこれ~~~!!!!!」

 絶叫した。
 

 ……うるさいな。誰だよ……って、サリクスか。ああ、もう朝なんだ。
 サリクスは扉を開けたまま口をぱくぱくさせている。

「シュヴァリエ様……この部屋の状況は一体……」
「あ? ……あ」

 サリクスの言葉に室内を見渡すと平面という平面に本が並べられていた。こんなことになっていたんだ。気づかなかった。

「ようやくできるようになったから作っていたんだが、いつの間にかこんなになっていたんだな」
「なんですかそれ……というかこの量、もしや徹夜ですか?」
「ああ、そうなるな」

 微妙に顔を合わせずそう言うと途端にサリクスが引いた。お、珍しい顔してる~。

「シュヴァリエ様、この花……庭や温室からくすねましたよね。それにこの本……まさか書館からも取りました?」
「自分の家なんだから別にいいだろ」
「それはそうですけど……というかこれは一体なんなのですか!」
「押し花」
「おし……ば、な……?」
「知りたい?」
「こんな状況になっているのがそのおしばなとやらのせいなのでしたら、知るのが怖いですね。とりあえず片付けませんか。このままだと本を踏みつけないといけなくなります」

 おう、確かに道がない。これじゃあ俺も部屋から出られないわ。けど、正直動かしたくないんだよなぁ。ただいま絶賛乾燥作業中だ。つい今しがた始めたものもある以上、無闇に動かすのは避けたい。ん? 『焔の宝珠』はどうしたかって? それは乾燥させた花を密閉保存するための物を用意させるのを忘れていたからだよ。すぐに乾燥させてしまったら保存ができない。だから時間のかかるやり方に変更したの。………………間抜け。
 というかこの世界にクリアファイルとか押し花シートなどいう物は存在しないし、そもそも透明な板なんかありはしないということに気づいて、俺は前世の贅沢さを痛感させられた。……とりあえず。

「作業中に形が崩れる可能性がある。動かすなら慎重にしてくれ。重ね置きは紙の交換の際不便になるし花自体が壊れる原因にもなるからできれば、横に並べていって必要以上の重さがかからないようにしたいんだが」
「なんて注文の多い……そもそもシュヴァリエ様の部屋では置き場所がありませんよ」
「じゃあ、新しい部屋をもらいに行く」
「はい!?」

 よし、思い立ったが吉日だ。昨日のうちにもらっておけばよかったな。すぐに学園に戻るからという理由で頼まなかったけど、こんなに作ってしまったんだからしょうがないよな~? 個人的には学園に持っていきたいところだけど、自室ここ以上に場所の確保ができないから仕方ない。それに学園にも花があるからわざわざ運ばなければいけないというわけでもないんだよな。
 俺は慎重に本と本の隙間を歩きながら扉へと向かう。

「サリクス、公爵はどこにいる」
「だ、旦那様でしたら書斎に……って、シュヴァリエ様、お食事はーー」
「お前はここで待機だ」
「え!? シュヴァリエ様~!?」

 後ろからサリクスの声が追いかけてくるが知らんふりして公爵のいる書斎へ急ぐ。その途中でダズルと鉢合わせた。

「おや、シュヴァリエ坊っちゃま。おはようございます」
「今は急ぎだ。お前と話している時間はない」
「どちらへ?」
「公爵の書斎」
「……公爵、ですか。でしたら私めもご一緒させていただきます。ちょうど旦那様のところへ向かうところでございますゆえ」
「好きにしろ」

 ダズルは俺を案内するように前を歩く。
 シュヴァリエはダズルともあまり関わりがなく、詳しいことはほとんど知らない。まあ使用人のことを知ってなんになるって思っていたから仕方ないのかもしれないが。というか、シュヴァリエは自分の専属として長い間仕えてくれているサリクスのことさえ、なにも知らないのだ。交流の少ない相手など尚更記憶しているわけもなく。無関心もここまでくると逆に清々しいよなぁ。
 だけど、柊紅夏の記憶が覚醒した今ではかなり興味がある。ゲーム内では悪役であるシュヴァリエ・アクナイトについて詳しい言及がほとんどなかった。本編でのアレコレでしか判断材料がないシュヴァリエはユーザーの大半に嫌われていた。中には辛い過去でもあったんじゃないの的な感じで寄り添ってくれる人もいたけど、そんなコメントが埋もれるくらいには嫌われていたと思う。俺も嫌いだった。まず第一印象が酷かったからな。
 でも今のシュヴァリエはこの俺だ。シュヴァリエ・アクナイトという存在を俺は実体験で知ってしまった以上、ゲームのストーリーには極力関わらせたくないし、関わりたくない。
 そのためにも今はーー公爵から何がなんでも作業部屋をぶん取ってやる!

「最近は随分と楽しそうでございますね」

 思考を飛ばしていた俺は、ダズルによって強制的に引き戻された。いっけね、こいつもいたんだったわ。

「何故そんなことを言う」
「以前に比べ快活になられたように思いますので。……それほどまでに奥様はあなたにご負担を強いていたのでしょうか」
「……お前がそう思うんならそうなんじゃねえの」
「では、そういうことにしておきましょう。ところで坊っちゃまは本日学園に戻られるのでしたね」
「ああ、そのつもりだ」
「何か入り用なものがございましたらお申し付けください。すぐにご用意致しますので」

 その言葉に俺の目がキラッと光る。すぐにご用意致します、ねえ? ダズルには年相応の知識がある。俺の求めている物について何かしら心当たりがあるかもしれない。
 
 そうこう考えている内に公爵の書斎に着いた。部屋に入ると公爵が険しい顔で紅茶を飲んでいるところで俺を見るなり、僅かばかり目をに開く。

「シュヴァリエか。何の用だ」
「おはようございます公爵。折り入ってお願いがございます」
「……お願い? お前がか?」
「はい。ああ、一昨日お伝えした条件を覚えていらっしゃいますよね? その範囲内でのことですのでご安心を」

 笑顔で言ってやるとあからさまに公爵の顔が引き攣った。よしよし、この分なら問題なく頂戴できそうだ。

「……頼みとはなんだ」
「私専用の部屋を追加でいただきたいのです」
「なに?」
「別に構いませんよね? シエル兄上やルアルには自室の他にも専用の部屋がいくつかあるのです。以前から不公平だなと思っていたんですよ。なのでこの機会にいただこうかと思いまして」
「……何に使うつもりだ」
「お忘れですか? 私の趣味」
「……なるほど」
「確かシエル兄上は私室の他に四部屋、ルアルにも二部屋ほどあったかと思います。ですので、私は三部屋希望します。そしてできれば続き部屋にしてください」
「……注文の多い奴だな。趣味などのためにそれほど部屋が必要か?」
「全部が全部趣味に使うわけではありませんよ、今のところは」
「……」
「……」
「………………はあ、わかった。用意させよう。部屋は余っていることだしな。ダズル、条件に合う部屋を至急用意するように」
「かしこまりました」

 よし! 押し花部屋ゲット! やっぱ頼んでみるものだね。まあ公爵には受け入れる以外の選択肢はないんだけど。弱みって大事。

「それとダズル、ひとつ聞きたいんだが」
「私にお答えできることでしたら何なりと」
「密閉保存が可能な透明素材って何かあるか?」
「……密閉保存ですか?」
「ああ。色がついているものではなく、透明なものだ。できれば熱で溶けないやつがいいんだが」
「……ふむ、それはまた難しい要求でございますね」
「……随分と奇怪な物を欲しがるな。それも趣味のためか」
「はい。重要な物です」

 二人揃って難しい顔つきになった。かなり吹っかけてはいるが、何かしらはあると思うんだけどな。本当に思いつかないのか。

「……素材の形状について何かご希望はありますか?」
「そうだな。加工が可能であればどうとでもできる」
「加工ができれば液状のものでも固形のものでも良いと?」
「液状なら固まるかどうかって条件になる」
「……ふむ」

 だいぶ考え込んでいた二人だが、先に声を上げたのは公爵だった。

「その条件に合致するものがないわけではないな」
「本当ですか?」
「ああ。フェイバースパイダーという魔物の吐き出す糸のひとつにお前の言った条件のものがあったはずだ」
「確かにありましたな。フェイバースパイダーの糸は見た目に反し非常に頑丈で、たとえ灼熱の砂漠の中にあろうとも火山の中に放り込もうとも始末ができないとか。しかし糸自体は美しい見た目をしており、水に濡らせば形を変えるそうです」

 ……そんなふざけた特性を持った魔物がいていいんだろうか。まあ、異世界の魔物に文句言ってもしょうがないんだけどさ。

「そんな特性の魔物ならば倒せば手に入るのではないですか?」
「無理だな」

 即答された。何故に? だって魔物でしょ?

「何故です?」
「フェイバースパイダーは見たことがある人間自体稀なほど目撃情報が少なく、見かけたとしても決して倒してはいけない魔物だからだ」

 なんじゃそりゃ。倒しちゃダメな魔物とかいるの? 霊獣とか聖獣とかは神の眷属って言われているから手を出してはいけないってのは知っているけど、一応魔物って部類なんでしょ? 
 まあそれ以前に見るのも稀な魔物ってだけでも難易度高すぎではあるんけど。

「何故倒してはいけないのですか?」
「フェイバースパイダーは魔物とはいうものの、その特性から聖獣の眷属として扱われているからだ」

 ああ、そういうことか。そりゃ手出し厳禁にもなる。
 聖獣や霊獣にも非常に数は少ないがそれぞれ眷属は存在する。それらは総称して山の主や、川の主などと呼ばれ手を出すことは自然への冒涜を意味し、その主である聖獣や霊獣から裁きが下る。実際歴史上でも裁きによって滅亡した国は少なくない。
 ……で、俺の求めるものはその眷属さんの素材らしい。……嘘だろ。そんなおっかない存在に手を出す勇気などかけらもありませんが!? 

「それでは手に入れることはできない、と?」
「……できなくはない、が」
「あるのであれば教えてください」

 公爵とダズルは互いに視線を交わし、ため息をつきながらも口を開いた。

「フェイバースパイダーに気に入られることだ」

 …………はい?
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