13 / 106
一頁 覚醒のロベリア
12話 罪人の末路
しおりを挟む
翌日、夫人の部屋から押収されたロベリアが俺の元へ届けられた。公爵が来るまでそれなりに時間があったから片付けられている可能性の方が高かったけど無事に確保できてよかった。せっかくだし学園に持っていきたい。こうしているとつい忘れるが、俺は学生。普通は学園にいるのであってこんなところでごろごろしていてはいけない身分なんだけど。サボりというには贅沢すぎるよなぁ。前世でもこんなに長く学校を休んだことない、というか休んだことがない。その代わり遅刻が結構あったけど。
それにしても身内に命を狙われるとか前世じゃまずあり得ない状況だったいうのに、何故か怖いって感情がカケラも湧いてこないんだよな。シュヴァリエの時も、柊紅夏の記憶が戻った今も思うところは特になし。俺って実は人間的な心がどこか欠如しているんじゃなかろうか。端的に言えば性格が悪いってなるんだけど。……そういや前世でゲームをプレイしていた時シュヴァリエにも同じこと思ったな。あれは確かチュートリアルで……。チュートリアル……で………………。
「ああっ!!!」
俺は思わず声を上げ、慌てて口を塞ぐ。サリクスが席外していて良かった。……よりにもよって今かよ! 畜生っ!
たった今俺は思い出した。思い出してしまった。俺の計画を根本から覆す事実を。
ゲームのチュートリアルではシュヴァリエとクラルテの出会いのシーンもある。そこでシュヴァリエと迷子になっていたクラルテがエンカウントするんだよな……。と言っても言葉を交わすわけじゃない。キョロキョロしていたクラルテがシュヴァリエとぶつかり、不機嫌全開で睨まれるというだけだ。
……で、問題はここから。クラルテに無言の睨みを送ったシュヴァリエが立ち去った直後にリヒトとの出会いのシーンになるんだけど、そこでリヒトの口から『シュヴァリエが実家の都合で短期休学から今日復学した、あの人には気をつけろ』的な内容が語られるんだよ。……そして。
只今の俺の現状は実家に呼び出し食らって毒にやられたため短期休学中。リヒトのセリフの『実家の都合云々で短期休学、今日から復帰』の前半部分と合致する。つまり、俺の復学=チュートリアル開始ということだ。
……。どうすんのよこれ。もしゲームの強制力とやらが現実に存在するのだとしたら俺の復学に合わせてクラルテが~的な展開になる可能性・大! ……せっかく公爵との取引が上手くいったのに喜びに浸ることもできないとは。神様って意地悪だね。信じていないんだけど。
俺は押し花のためにクラルテとは是が非でも関わりたくない。まあエンカウントが嫌なら屋敷にいろって話だが、実家にいればいるだけ授業が遅れるんだよな。シュヴァリエには休んだところでノートを取ってくれる友人もパシリで点数稼ぎしたい取り巻き連中もいないから、長期的に休むと授業の遅れがとんでもないことになる。
……俺の今世、なんかいろいろ悲しいな。両親には愛されず友だちもおらず、悪事を働いて挙句にざまぁされるという誰得人生お疲れ様って感じ。
……。
うん、主人公以下攻略対象連中と関わなければいいんだ。俺には趣味がある。押し花がある。ぶっちゃけそっちが最重要! よって俺のことは虫だと思って無視してください。そして愛だの恋だの友情だのどうぞご自由に!
「シュヴァリエ様、如何なさいましたか?」
あ、サリクス戻ってきたんだ。さっきの叫び声聞かれなくてマジ良かった。
「いや、なんでもない」
「そうですか。あ、お茶お注ぎしますね」
と言って準備してくれているけど、さすがに昨日の今日で俺が飲むはずだったものを口のない物にあげないよな?
「なんですかその目は。昨日は特別です。ちゃんとすべてシュヴァリエ様のお飲み物ですよ」
「……どうだか」
「私がシュヴァリエ様の前で失敗したことがありましたか?」
「自分で覚えていないのか」
「過去にはこだわらない主義ですから」
「お前な……まあいいや。それよりもお前に頼みが」
俺が最後まで言い終わる前にノックが響いた。
「なんだ」
「失礼いたします。シュヴァリエ坊っちゃま、ダズルでございます」
「あ?」
ダズルがやってくるなんて、なんかあったのか? 俺はサリクスと顔を見合わせ、ひとまず室内へと入れることに。
「入れ」
「失礼いたします。おくつろぎのところ申し訳ありませんが、旦那様がお呼びでございます」
「公爵が?」
「はい。奥様と使用人二人の処罰が決定したから話したい、とのことにございます」
へえ? もう確認が済んだってことか。仮にも公爵ってことね。
「……わかった。すぐ行く。サリクス、公爵と話をしている間に水をよく吸う薄い紙と厚紙、あとは園芸用のハサミと重版の本のような重い物、それから手の縦幅くらいの長さの棒を二本用意しておけ」
「かしこまりました」
それだけ言い残し、俺はダズルの後に続いて公爵の元へ向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
というわけで俺はまた公爵の執務室へとやってきた。正直こんなことでもなかったら来たくない場所だけど。
「お呼びでしょうか公爵」
声をかけるも俺を見る公爵の目は依然冷たいままだ。少しは何かあるかと思ったんだけど、やっぱ夢は見るなってことですかね。
「来たかシュヴァリエ。話が長くなるだろうからひとまず座りなさい」
「はい、失礼します」
ほう? 公爵がわざわざ着席を促すなんてSSR並みのレア度だな。というか今まで着席して何かを話すほどの関係も話題もなかったから、まともに会話するのはこれが初めてになる。あ、昨日のことはノーカウントで。あれは俺が一方的に脅……畳みかけ……交渉しただけだから数には入らない。
「あれは処分したか?」
「はい、(俺の分は)処分しました」
腰を下ろして最初に言うことがそれかい。処分なんかしていないけど、今は俺の手元にないのは事実だ。それにたとえ処分したとしてもカルに頼めばまた手に入るから、実はほとんど意味のない条件なんだよな。
「ところで三人の処遇が決まったとのことですが」
「ああ、裏が取れたからな。……お前が暴いたのだ。結末を知る義務があるだろう」
「お気遣いありがとうございます」
形ばかりの感謝を言うと公爵から微妙な視線を頂戴した。なんだよ、別によくね? 本気で有り難がられるようなことをしたわけでもないのにそんな目をされましても、って感じなんだが。
俺の想いが伝わったのか、公爵は深くため息をついた。
「まずアマラだが、離縁し実家に帰す。その際向こうから送られた金に多少の上乗せをして返すことで話がついた」
「昨日も仰っていましたが離縁の方でいいのですか?」
「ああ。異例中の異例だがな。裏付けが完了した段階で向こうに書を出して、ついさっき了承の返事が届いたところだ」
「よく納得してくださいましたね。嫁入りであれ婿入りであれ、他家に嫁いだ人間がその家に危害を加えた場合は、両家当主合意の下密かに表舞台から消すのが一般的なはずですが」
これはゲームにない情報で、学園に入る前に礼儀作法と共に学んでおく最低限の知識の一つだ。
というか転生した以上ここは俺にとって現実になる。だからプレイヤー視点では絶対に得られない情報というのは無数に存在しているのはある意味当然のこと。仮に俺があのゲームを知らないでここに転生していたら、気にもしなかったと思う。だからゲームでは起きない事態が発生してもなんらおかしくはない。
……まあだからこそ強制力とやらに俺の邪魔をされたくないわけで。無知だった時も怖いけど知っているってこともそれはそれで怖いんだな。現実だと理解して受け入れていれば何かあってもそれなりに対処できるでしょ。
だからと言ってクラルテと関わりたくないって気持ちはかけらも変わらないがな!!!
……話が逸れた。
今言った通り、貴族が嫁入りまたは婿入りした先でその家に大きく影響を与えるような問題を起こした場合、秘密裏に消すという措置が行われる。もっとも表向きは病死や事故死として公表されるから、どんなことをやったのかは明らかにされないことが多い。
だから公爵が離縁って言った時は正直びっくりだったわ。しかも相手も了承するとか。
なーんて思っていたら、公爵が苦虫を潰したような顔で思いきりため息をついた。……どうしたよ。
「現当主はアマラの実弟でな。少しばかり姉に懐きすぎている節がある。だから此度の件も離縁の旨を伝えたら二つ返事で了承した」
あ~なるほどね。公爵的には一般の措置を検討したが、向こうは絶対に首を縦に振らず話が平行線になる可能性が高かった。何度も面倒なやり取りをするくらいなら初めから離縁という方法にすれば時間を無駄にしないで済む、ってことか。え、それをあの一瞬で考えたの? マジで? ……この人実は頭良かったのか?
……まあいいや、とりあえず理由は理解したわ。
「向こうは今回の件をこれ幸いと喜んでいそうですね。大好きな姉が帰ってくると」
「……」
黙った。だけど公爵も同じことを考えたらしく嫌っそうな顔になる。
「まあ、夫人については私も異論はありません。それで残りの使用人二人は……」
「両方とも昨日のうちに屋敷から追い出している。シエンナの方はこれまでの実績を鑑みて退職金は出した」
「ファボルの方はどのように?」
「平民が貴族に毒を盛ったのだ。利用されていただけとはいえ重罪になる。それに言い訳を聞いても、過去の行いと合わせて情をかける理由はない」
「それはそうでしょうね」
「よって鞭打ち二十回の後にそのまま追放した」
「退職金は……」
「ない。そもそも勤務態度もあまりよくなかったみたいだからな」
「そうでしたか。まあファボルはいいとしてシエンナと夫人は放っておいてよろしいのですか?」
自分で言っておいてなんだけどフラグだったりしてね。くれぐれも俺が回収役にならないことを祈ろう。
「仕掛けてくるようなら潰せばいいだけだ。お前が案じられるまでもない」
「そうですか。余計な心配を失礼しました」
夫人は離縁で実家送り、シエンナは退職金ありで解雇、そんでもってファボルは鞭打ちありで退職金も出ずに解雇……ね。ひとまず三人ともお先真っ暗って感じの罰にはなったのかな。夫人は離縁されたということで社交界から爪弾き確定だろうし、シエンナも公爵家から犯罪の共犯という理由での解雇だから年齢的にも再就職は厳しいと思う。だけどシエンナもどっかの貴族の三女だった気がするから夫人同様実家に帰ることになるのかな? そしてファボルは一番悲惨だ。短期で解雇された上に退職金もなしとくれば今後の生活は絶望的な気がする。運良く拾ってくるところがあればいいけど。まあ給料は高いからちゃんと貯めていれば少しは凌げるだろ。
……うん、俺は特に文句はないな。というか完全に事後報告なのでどうしようもないんだけど。
「わかりました。教えていただきありがとうございます」
「ああ……」
「ところで夫人には何か別れの品などは贈られたのですか?」
「……アマラには赤い靴を贈った」
うわっ! ひどいわこの男。きっとあれだな。この人の辞書は情け、慈悲、優しさの文字が載っていない欠陥品だよ絶対。今絶対に顔引き攣っていると思う。
「他に何かあったでしょうに」
「ふん……お前はいつ学園に戻るつもりだ」
……復学ねえ。もし俺の予想通りだった場合は遅かれ早かれクラルテと遭遇するんだし、あんまり怯えて先延ばしにすれば授業の遅れが怖いしな。だったらもういっそ腹を括ってさっさと出会いイベントを過ぎた方がいいような気がしてきた。最悪クラルテとは極力関わらないという方針さえ揺らがなければなんとかなる……はず。
「罪人の処罰も聞けましたし、明日には戻りますよ」
「そうか。……話は終いだ。戻れ」
あっさりと追い出すねえ。まあ俺もあんたと雑談する気はかけらもないからいいんだけど。じゃあ退室を促されましたし、さっさとおさらばしますか。
「はい、私はこれで失礼します」
一礼をして部屋から出る直前、いきなり後ろから声がかかった。
「今回の手腕はなかなかだった」
「……そうですか」
それだけ言って扉を閉めた。
「……最後の、なに?」
………………幻聴が聞こえた。無意識に気を張っていたのかなきっとそうだ。よし急いで部屋に戻ろう!
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
部屋に戻るとサリクスが俺の要望通りのものを用意して待っていた。よっしゃあ!!!
「シュヴァリエ様! ご所望のものご準備できていますよ」
「どうも。……ふーん、結構いいな」
「これで何をなさるんです?」
「ん? できてからのお楽しみだ」
「え~」
「それよりも集中したいからお前はもう休んでいいぞ」
「見ていたらダメですか?」
「誰かに見られながらやるのは気が散るんだよ」
「わかりました。ではお先に休ませていただきます」
そう言ってサリクスは部屋を後にする。……よし、それじゃあ誰もいなくなったところで。
「押し花作り、始めますか!」
それにしても身内に命を狙われるとか前世じゃまずあり得ない状況だったいうのに、何故か怖いって感情がカケラも湧いてこないんだよな。シュヴァリエの時も、柊紅夏の記憶が戻った今も思うところは特になし。俺って実は人間的な心がどこか欠如しているんじゃなかろうか。端的に言えば性格が悪いってなるんだけど。……そういや前世でゲームをプレイしていた時シュヴァリエにも同じこと思ったな。あれは確かチュートリアルで……。チュートリアル……で………………。
「ああっ!!!」
俺は思わず声を上げ、慌てて口を塞ぐ。サリクスが席外していて良かった。……よりにもよって今かよ! 畜生っ!
たった今俺は思い出した。思い出してしまった。俺の計画を根本から覆す事実を。
ゲームのチュートリアルではシュヴァリエとクラルテの出会いのシーンもある。そこでシュヴァリエと迷子になっていたクラルテがエンカウントするんだよな……。と言っても言葉を交わすわけじゃない。キョロキョロしていたクラルテがシュヴァリエとぶつかり、不機嫌全開で睨まれるというだけだ。
……で、問題はここから。クラルテに無言の睨みを送ったシュヴァリエが立ち去った直後にリヒトとの出会いのシーンになるんだけど、そこでリヒトの口から『シュヴァリエが実家の都合で短期休学から今日復学した、あの人には気をつけろ』的な内容が語られるんだよ。……そして。
只今の俺の現状は実家に呼び出し食らって毒にやられたため短期休学中。リヒトのセリフの『実家の都合云々で短期休学、今日から復帰』の前半部分と合致する。つまり、俺の復学=チュートリアル開始ということだ。
……。どうすんのよこれ。もしゲームの強制力とやらが現実に存在するのだとしたら俺の復学に合わせてクラルテが~的な展開になる可能性・大! ……せっかく公爵との取引が上手くいったのに喜びに浸ることもできないとは。神様って意地悪だね。信じていないんだけど。
俺は押し花のためにクラルテとは是が非でも関わりたくない。まあエンカウントが嫌なら屋敷にいろって話だが、実家にいればいるだけ授業が遅れるんだよな。シュヴァリエには休んだところでノートを取ってくれる友人もパシリで点数稼ぎしたい取り巻き連中もいないから、長期的に休むと授業の遅れがとんでもないことになる。
……俺の今世、なんかいろいろ悲しいな。両親には愛されず友だちもおらず、悪事を働いて挙句にざまぁされるという誰得人生お疲れ様って感じ。
……。
うん、主人公以下攻略対象連中と関わなければいいんだ。俺には趣味がある。押し花がある。ぶっちゃけそっちが最重要! よって俺のことは虫だと思って無視してください。そして愛だの恋だの友情だのどうぞご自由に!
「シュヴァリエ様、如何なさいましたか?」
あ、サリクス戻ってきたんだ。さっきの叫び声聞かれなくてマジ良かった。
「いや、なんでもない」
「そうですか。あ、お茶お注ぎしますね」
と言って準備してくれているけど、さすがに昨日の今日で俺が飲むはずだったものを口のない物にあげないよな?
「なんですかその目は。昨日は特別です。ちゃんとすべてシュヴァリエ様のお飲み物ですよ」
「……どうだか」
「私がシュヴァリエ様の前で失敗したことがありましたか?」
「自分で覚えていないのか」
「過去にはこだわらない主義ですから」
「お前な……まあいいや。それよりもお前に頼みが」
俺が最後まで言い終わる前にノックが響いた。
「なんだ」
「失礼いたします。シュヴァリエ坊っちゃま、ダズルでございます」
「あ?」
ダズルがやってくるなんて、なんかあったのか? 俺はサリクスと顔を見合わせ、ひとまず室内へと入れることに。
「入れ」
「失礼いたします。おくつろぎのところ申し訳ありませんが、旦那様がお呼びでございます」
「公爵が?」
「はい。奥様と使用人二人の処罰が決定したから話したい、とのことにございます」
へえ? もう確認が済んだってことか。仮にも公爵ってことね。
「……わかった。すぐ行く。サリクス、公爵と話をしている間に水をよく吸う薄い紙と厚紙、あとは園芸用のハサミと重版の本のような重い物、それから手の縦幅くらいの長さの棒を二本用意しておけ」
「かしこまりました」
それだけ言い残し、俺はダズルの後に続いて公爵の元へ向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
というわけで俺はまた公爵の執務室へとやってきた。正直こんなことでもなかったら来たくない場所だけど。
「お呼びでしょうか公爵」
声をかけるも俺を見る公爵の目は依然冷たいままだ。少しは何かあるかと思ったんだけど、やっぱ夢は見るなってことですかね。
「来たかシュヴァリエ。話が長くなるだろうからひとまず座りなさい」
「はい、失礼します」
ほう? 公爵がわざわざ着席を促すなんてSSR並みのレア度だな。というか今まで着席して何かを話すほどの関係も話題もなかったから、まともに会話するのはこれが初めてになる。あ、昨日のことはノーカウントで。あれは俺が一方的に脅……畳みかけ……交渉しただけだから数には入らない。
「あれは処分したか?」
「はい、(俺の分は)処分しました」
腰を下ろして最初に言うことがそれかい。処分なんかしていないけど、今は俺の手元にないのは事実だ。それにたとえ処分したとしてもカルに頼めばまた手に入るから、実はほとんど意味のない条件なんだよな。
「ところで三人の処遇が決まったとのことですが」
「ああ、裏が取れたからな。……お前が暴いたのだ。結末を知る義務があるだろう」
「お気遣いありがとうございます」
形ばかりの感謝を言うと公爵から微妙な視線を頂戴した。なんだよ、別によくね? 本気で有り難がられるようなことをしたわけでもないのにそんな目をされましても、って感じなんだが。
俺の想いが伝わったのか、公爵は深くため息をついた。
「まずアマラだが、離縁し実家に帰す。その際向こうから送られた金に多少の上乗せをして返すことで話がついた」
「昨日も仰っていましたが離縁の方でいいのですか?」
「ああ。異例中の異例だがな。裏付けが完了した段階で向こうに書を出して、ついさっき了承の返事が届いたところだ」
「よく納得してくださいましたね。嫁入りであれ婿入りであれ、他家に嫁いだ人間がその家に危害を加えた場合は、両家当主合意の下密かに表舞台から消すのが一般的なはずですが」
これはゲームにない情報で、学園に入る前に礼儀作法と共に学んでおく最低限の知識の一つだ。
というか転生した以上ここは俺にとって現実になる。だからプレイヤー視点では絶対に得られない情報というのは無数に存在しているのはある意味当然のこと。仮に俺があのゲームを知らないでここに転生していたら、気にもしなかったと思う。だからゲームでは起きない事態が発生してもなんらおかしくはない。
……まあだからこそ強制力とやらに俺の邪魔をされたくないわけで。無知だった時も怖いけど知っているってこともそれはそれで怖いんだな。現実だと理解して受け入れていれば何かあってもそれなりに対処できるでしょ。
だからと言ってクラルテと関わりたくないって気持ちはかけらも変わらないがな!!!
……話が逸れた。
今言った通り、貴族が嫁入りまたは婿入りした先でその家に大きく影響を与えるような問題を起こした場合、秘密裏に消すという措置が行われる。もっとも表向きは病死や事故死として公表されるから、どんなことをやったのかは明らかにされないことが多い。
だから公爵が離縁って言った時は正直びっくりだったわ。しかも相手も了承するとか。
なーんて思っていたら、公爵が苦虫を潰したような顔で思いきりため息をついた。……どうしたよ。
「現当主はアマラの実弟でな。少しばかり姉に懐きすぎている節がある。だから此度の件も離縁の旨を伝えたら二つ返事で了承した」
あ~なるほどね。公爵的には一般の措置を検討したが、向こうは絶対に首を縦に振らず話が平行線になる可能性が高かった。何度も面倒なやり取りをするくらいなら初めから離縁という方法にすれば時間を無駄にしないで済む、ってことか。え、それをあの一瞬で考えたの? マジで? ……この人実は頭良かったのか?
……まあいいや、とりあえず理由は理解したわ。
「向こうは今回の件をこれ幸いと喜んでいそうですね。大好きな姉が帰ってくると」
「……」
黙った。だけど公爵も同じことを考えたらしく嫌っそうな顔になる。
「まあ、夫人については私も異論はありません。それで残りの使用人二人は……」
「両方とも昨日のうちに屋敷から追い出している。シエンナの方はこれまでの実績を鑑みて退職金は出した」
「ファボルの方はどのように?」
「平民が貴族に毒を盛ったのだ。利用されていただけとはいえ重罪になる。それに言い訳を聞いても、過去の行いと合わせて情をかける理由はない」
「それはそうでしょうね」
「よって鞭打ち二十回の後にそのまま追放した」
「退職金は……」
「ない。そもそも勤務態度もあまりよくなかったみたいだからな」
「そうでしたか。まあファボルはいいとしてシエンナと夫人は放っておいてよろしいのですか?」
自分で言っておいてなんだけどフラグだったりしてね。くれぐれも俺が回収役にならないことを祈ろう。
「仕掛けてくるようなら潰せばいいだけだ。お前が案じられるまでもない」
「そうですか。余計な心配を失礼しました」
夫人は離縁で実家送り、シエンナは退職金ありで解雇、そんでもってファボルは鞭打ちありで退職金も出ずに解雇……ね。ひとまず三人ともお先真っ暗って感じの罰にはなったのかな。夫人は離縁されたということで社交界から爪弾き確定だろうし、シエンナも公爵家から犯罪の共犯という理由での解雇だから年齢的にも再就職は厳しいと思う。だけどシエンナもどっかの貴族の三女だった気がするから夫人同様実家に帰ることになるのかな? そしてファボルは一番悲惨だ。短期で解雇された上に退職金もなしとくれば今後の生活は絶望的な気がする。運良く拾ってくるところがあればいいけど。まあ給料は高いからちゃんと貯めていれば少しは凌げるだろ。
……うん、俺は特に文句はないな。というか完全に事後報告なのでどうしようもないんだけど。
「わかりました。教えていただきありがとうございます」
「ああ……」
「ところで夫人には何か別れの品などは贈られたのですか?」
「……アマラには赤い靴を贈った」
うわっ! ひどいわこの男。きっとあれだな。この人の辞書は情け、慈悲、優しさの文字が載っていない欠陥品だよ絶対。今絶対に顔引き攣っていると思う。
「他に何かあったでしょうに」
「ふん……お前はいつ学園に戻るつもりだ」
……復学ねえ。もし俺の予想通りだった場合は遅かれ早かれクラルテと遭遇するんだし、あんまり怯えて先延ばしにすれば授業の遅れが怖いしな。だったらもういっそ腹を括ってさっさと出会いイベントを過ぎた方がいいような気がしてきた。最悪クラルテとは極力関わらないという方針さえ揺らがなければなんとかなる……はず。
「罪人の処罰も聞けましたし、明日には戻りますよ」
「そうか。……話は終いだ。戻れ」
あっさりと追い出すねえ。まあ俺もあんたと雑談する気はかけらもないからいいんだけど。じゃあ退室を促されましたし、さっさとおさらばしますか。
「はい、私はこれで失礼します」
一礼をして部屋から出る直前、いきなり後ろから声がかかった。
「今回の手腕はなかなかだった」
「……そうですか」
それだけ言って扉を閉めた。
「……最後の、なに?」
………………幻聴が聞こえた。無意識に気を張っていたのかなきっとそうだ。よし急いで部屋に戻ろう!
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
部屋に戻るとサリクスが俺の要望通りのものを用意して待っていた。よっしゃあ!!!
「シュヴァリエ様! ご所望のものご準備できていますよ」
「どうも。……ふーん、結構いいな」
「これで何をなさるんです?」
「ん? できてからのお楽しみだ」
「え~」
「それよりも集中したいからお前はもう休んでいいぞ」
「見ていたらダメですか?」
「誰かに見られながらやるのは気が散るんだよ」
「わかりました。ではお先に休ませていただきます」
そう言ってサリクスは部屋を後にする。……よし、それじゃあ誰もいなくなったところで。
「押し花作り、始めますか!」
469
お気に入りに追加
2,011
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
志麻友紀
BL
「婚約破棄の慰謝料だが、三十六回払いでどうだ?」
聖フローラ学園の卒業パーティ。悪徳の黒薔薇様ことアルクガード・ダークローズの言葉にみんな耳を疑った。この黒い悪魔にして守銭奴と名高い男が自ら婚約破棄を宣言したとはいえ、その相手に慰謝料を支払うだと!?
しかし、アレクガードは華の神子であるエクター・ラナンキュラスに婚約破棄を宣言した瞬間に思い出したのだ。
この世界が前世、視聴者ひと桁の配信で真夜中にゲラゲラと笑いながらやっていたBLゲーム「FLOWERS~華咲く男達~」の世界であることを。
そして、自分は攻略対象外で必ず破滅処刑ENDを迎える悪役令息であることを……だ。
破滅処刑ENDをなんとしても回避しなければならないと、提示した条件が慰謝料の三六回払いだった。
これは悪徳の黒薔薇と呼ばれた悪役令息が幸せをつかむまでのお話。
絶対ハッピーエンドです!
4万文字弱の中編かな?さくっと読めるはず……と思いたいです。
fujossyさんにも掲載してます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる