悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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一頁 覚醒のロベリア

11話 公爵との交渉

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「ふう……」

 部屋に戻るなり俺は上着を脱ぎ捨てた。なんで貴族の服ってこんなに堅苦しいんだよ。あ~……こっちの服を着ていると無性にジャージが恋しくなる。シュヴァリエが着ているものはどれもシンプルなデザインのものばかりなのは幸いか。派手なやつは装飾品がゴテゴテ付いていたり、フリルがいっぱいだったりしているけど、あれ見ていると邪魔そうだなと思ってしまう。
 ……よし、ジャージを作ってもらおう。押し花作りのために作業着が一着くらいあってもいいだろ。つーかずっとジャージで作業していたし。
 
「ちょっと頼みがある」
「なんでしょう」
「機能性重視の作業着が欲しいんだが」
「…………はい?」

 ちょうどお茶を注ごうとしていたサリクスが奇妙な姿勢のまま固まった。

「作業着だなんて……いつ着るおつもりですか?」
「趣味の時間に」
「……シュヴァリエ様、お目覚めになられてから性格変わられましたよね?」
「……」
 
 ……そういやしばらくはシュヴァリエの冷酷な性格を遵守する方向で決めていたのに、いつの間にかすっかり頭から抜けていたらしい。
 ……。
 まあいいか。公爵の無関心と夫人のイビリに耐えかね本来の性格が出てきたという設定で。大丈夫サリクスなら乗っかってくれるさ。

「そうでもねえよ。公爵夫妻の前で俺が本当の性格なんか出せると思うか?」
「……え? …………まさか、これまでの振る舞いは」
「演技、とでも思ったか? 当たらずとも遠からずだな。あの人たちに少しでも気に入られたくて、無意識に思い詰めていたんだろうな。それが制御できず、表に出ていたのかもしれん」
「シュヴァリエ様……」

 しんみりとした空気の中、サリクスが俯く。……あれ、思っていたよりもシリアスになったぞ? 

「……サリクス?」

 ……く、空気が重い。どうしよう、ここまで深刻にする気はなかったんだけど。

「……シュヴァリエ様は確かに難しいお立場にありました。ずっとずっと我慢されていたことも知っています。ですから……」

 そこで一度言葉を切ったサリクスは顔を上げた。

「シュヴァリエ様がシュヴァリエ様として過ごせるようになるのなら嬉しいです」

 無邪気で屈託のない綺麗な笑顔だった。……シュヴァリエがなんやかんやで側に置いていた理由がわかった。……結構寂しかったんだな。

「そうかよ。じゃあ俺がいつもの性格に戻ってもいいってことか」
「むしろ我慢している方が毒ですよ」
「そうか。……お前だけは裏切ってくれるなよ」
「……仰せのままに」

 半分冗談で言ったセリフにサリクスは跪いて応える。
 
「ところで…………いつまでテーブルと床に紅茶を飲ませ続ける気だ?」
「……え?」

 一瞬ポケッとしたサリクスだが、すぐ近くから聞こえてくるポタポタという雫音にゆっくりと首を動かし、そして。

「うわ~~~!!!!!」

 赤みを帯びた茶色の液体が作り出している惨状にサリクスは今まで聞いたこともないほどの大声を上げた。うえ、耳が痛い。

「すみませんすみませんすみません! すぐに片付けまっ……!?」

 慌てすぎてうっかり紅茶を踏んづけたサリクスがすっ転んでーー

「あ!??」
「うわああ!!?」

 俺に覆い被さってきた。……思っていたよりも力強いなこいつ。

「……何やってんだお前」
「……えっと、すみません」
「……まずは俺の服から手を離せ」
「はい?」

 俺の言葉にサリクスはゆっくりと視線を下に向ける。紅茶を踏んづけて転けた際、無意識に俺のシャツを掴んでいた。第一ボタンを外していたせいで俺の鎖骨が顕になっていた。その様を見た瞬間サリクスの顔からわかりやすく青くなる。

「す、すすす、すみません!」
「あ~、いいから一旦お」
 
 俺が最後まで言い終わる前、突然ドアが激しい音を立てて開き誰かが入ってきた。

「お前っ! これは一体……なん……だ…………?」

 入ってきたのは公爵だった。……来るとは思っていたがよりによって今かよ。心の中でガッツポーズ決めようと思っていたのに。……くそ。
 公爵は俺たちの状況を見て完全に凍りつき、室内には非常に気まずい沈黙が訪れた。

「……何をやっているんだ」
「事故ですお気になさらず」

 そうとしか言いようがない。これは本当に事故だ。今回に関してはあんたのタイミングが悪いだけ。

「……そんなことよりもそれほど慌てるとは珍しいですね。何かご用でしょうか?」

 とりあえず話しかけると、ようやく解凍された公爵は俺とサリクスを一瞥し、次にテーブルと床に溢れた紅茶を見やり多分に呆れを含んだ眼差しを向けてきた。

「……まずはここを片づけろ。話はそれからだ」

      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 先ほどの惨状が綺麗に揉み消された室内には重苦しい沈黙に支配されている。こちらを見つめる公爵の目は非常に険しく、激しい不快感を宿していた。

「……それで一体どのようなご用件でしょうか?」
「惚けるな」
「と申されましてもなんのことやら」
「貴様っ……!」
「何をそんなに怒っていらっしゃるのです? まだ夫人の行いに整理がついておられないのでしょうか」
「アマラのことはどうでもいい。それよりも、これをどこで手に入れた!?」

 おや、そんなに焦っているのは本当に珍しいな~? 微動だにしなかった公爵だが唐突にテーブルへと何かを放り投げる。それは俺が執務室を出る際に渡した茶封筒だった。まあこれ見たら飛んでくるよな~。

「そんなに嫌でしたか? せっかくの贈り物だというのに」

 贈り物と言った瞬間、今まで見たこともないほど公爵の眉が吊り上がった。え~そんなにぃ? 
 この封筒にカルが入れていたのは公爵のストーカー活動報告書……じゃなくて、公爵が生まれてから今日までの詳細記録ともうひとつ。葉書のような厚手の紙の束だ。まあ紙束自体はいいんだけど、問題はその内容。
 俺はそっと封筒の中に入っていたものを取り出す。

「しかし流石の私も驚きましたよ。まさかアクナイト公爵ともあろうお方に……こーんなご趣味があったとは」

 俺が手に取った一枚の厚紙を公爵に見せる。描かれているのは……女装をした若かりし頃の公爵の姿だった。いや~本当にびっくりだわぁ。

「趣味ではないっ!!!」

 公爵が食い気味に否定する。顔が完熟トマトになっているの面白いな。よく手に入ったよね~これ。あいつの能力はマジで理解できない。
 とか考えていたらいつの間にか公爵が静かになっていた。

「? どうしましたか公爵」
「どこでこれを手に入れた?」
「カルですよ。ちょっと依頼をしまして。それにしても公爵にもこのような時期があったのですね」
「そんなわけないだろう。これは」
「まだ公爵子息だった頃、友人の皆様とゲームを行い見事最下位になった罰……ですよね?」
「……」
「いくら内々の集まりでのこととはいえあなたにとってはこれ以上ないほどの屈辱ことでしょう。違和感がないほど似合っていることも含めて」

 チラッと公爵を伺うと屈辱と怒りでブルブルと震えていた。このままいくと憤死するんじゃなかろうか。しかも血筋的には息子の立場の人間に知られたんだから尚更か。いや~カルは本当にいい仕事をしてくれた。

「そんなに悔しいことですか? 似合っているんですから胸を張ったらいいと思いますけど」
「お前は……私をっ…………侮辱しているのか?」
「はい? 散々侮辱してきたのに今更それ言います? 私への侮辱は良くてご自分は嫌だと? 随分と身勝手なお人だ。とても騎士団長という立場にあるお方とは思えませんねえ」
「……このようなことをしてただで済むと?」
「どうなさるおつもりですか? 以前仰ったように私を追い出します?」
「貴様っ……!」
「別に構いませんが、私を追い出したその時はこれを国中にばら撒きますので」

 ありゃ~憤死しそうですね。怒りが突き抜けて真っ赤なトマトがブルーストロベリーに変わっちゃって……そんな急激に顔色変えて大丈夫だろうか。まあ原因俺なんだけど♪

「……何が望みだ」

 ようやく望み通りの言葉を言ってくれたな。遅えよ。

「取引をしたいと思いまして」
「……そんなことをできる立場だと思っているのか?」
「おや……この状況でもそんなお言葉が出てくるとはなかなか肝が据わっていらっしゃる。息子ではないと言った相手に弱みを握られたのがよっぽど屈辱のようですね」

 図星を突かれたらしい公爵は唇を噛みすぎてうっすらと血が滲んでいる。なかなかホラーな顔面になっているが、一旦置いておいて。

「別に断ってくださって結構ですよ。なんならいつものように無視なさればよろしいでしょう。……ところで、これ夫人と兄上それからルアルはご存知なんでしょうか?」
 
 俺が言わんとしていることがわかったのか、公爵の顔つきが一瞬で変わった。知るわけないよね、こんなのあんたなら全力で隠すはずだ。自分の過去の恥なんて知られたくないわな~?

「私だけ知っているのも不公平ですから、これ二人に送っておきますね。なんなら今から夫人のところに行って渡してきましょうか?」

 三人ともどんな反応するか楽しみですね、と笑顔で言ってやると想像したのか公爵の表情が面白いことになった。やばい……吹き出しそうっ……ただでさえ面白いのに目の前でそんな顔されたら、笑い堪えるのしんどいんだが……。だってこの紙に描かれている公爵さあ、思いっきり引き攣った笑顔で目ぇ死んでるんだもん。そんな奴が女装してんだぜ? 笑うなってほうが無理だろこれは。しかも服似合っているから余計に奇妙さが引き立っているし。

「…………何が目的だ」
「おや、取引してくださるんですか?」
「それを処分することが条件だ」
「あなたが先に条件を提示するのですか?」
「~~~お前の望みはなんだ」

 あら、必死になっちゃって……。まあ面白いものが見られたしいいか。

「私があなたに求めるものは二つです。一つ目は私の趣味を絶対に邪魔しないこと。二つ目は私のことも公爵家の一員として対等に扱い、兄上とルアルと同様の対応をすること」
「……何?」
「今更あなたに父親としての振る舞いは期待しません。ですが、あなたが私を引き取ったその瞬間から私もこのアクナイトの人間です。にも関わらず他でもないあなた自身が私を相応に扱うことをしなかった。アクナイトの姓を名乗ることを許したのにあの扱いは……はっきり言って矛盾しているかと」

 そこまで言うと公爵は難しい顔で黙った。服を仕立て、金もそれなりにくれたけどそれだけなんだよな。あとはびっくりするほど放置。兄妹との交流もほとんどなく、正直二人がシュヴァリエをどう思っているのかさっぱりわからない。しかも金を払っていた理由が体面のためとか、ふざけてんのか。

「ですからこれからはアクナイトの一員として、相応の扱いを希望します」
「…………いいだろう。もう一つの条件の理由はなんだ」
「これはそのままの意味ですよ。私の趣味を妨害しないでください。むしろこっちが本命です」
「趣味の妨害がか?」
「はい。趣味が花集めなので」
「……アクナイトの人間がそんな趣味を」
「あなたがそんな考えだから条件にしたんですよ! 男のくせにとか思っていらっしゃるうちはこの条件は外せません」

 キッパリ言い切ると公爵は少したじろいだ。本来なら人が楽しんでやっているものを邪魔する権利はないんだよばーか。

「この二つが守られなかった場合は、これが国中にばら撒かれますのでそのおつもりで。ちなみに私を排除しようした場合も同様です」
「………………お前に脅される日が来るとは。私も堕ちたものだ」
「自業自得でしょう。要求しているのはどちらも難しいことではないですし。……それで、お受けいただけますか?」
「……お前がそれを手にした時点で断らせる気はなかっただろう」
「ええ」
「……いいだろう。必ずそれは処分するように」
「ありがとうございます」
「ふん……」

 話の中でだいぶ落ち着いたのか、公爵はいつもの厳格な空気に戻っていた。もう少しキャラ崩壊してくれていてもよかったな。まあいいや、公爵から良いお返事が貰えたことだし、早速。

「ではそのお言葉を証明していただきたく、お願いを」
「……なんだ」
「夫人の部屋に置いているロベリアの花を私にください」
「何……?」

 予想外だったのか、公爵が微かに目を見開いた。

「自分を殺しかけた花が欲しいとは、何を考えている?」
「趣味です」
「……」
「趣味です」

 繰り返し言うと公爵は奇妙なものでも見ているような目つきになる。なんでそんな目を向けているんでしょうか。別に良くね?

「……お前、本当にシュヴァリエか?」
「はい、私ですよ」

 嘘は言っていない。そもそもあんたは今までシュヴァリエに無関心だったんだから性格なんか把握しているわけねえだろうが。

「…………花はすぐに持ってこさせる」
「ありがとうございます。それからどうせ最後なんですから夫人になにか贈られては? まだ夫婦なんですから」
「……ふん」

 少しの間を置いて公爵は立ち上がり、早々に部屋から出ていった。……さて。

「サリクス、公爵はもういないから思い切り笑っていいぞ」

 部屋の隅にいるサリクスに声をかければ、途端に吹き出す声が響いた。こいつ、公爵との話も最中ずっと笑いを堪えていたんだよな。辛うじて表には出さなかったけどこの様子を見るに相当頑張っていたらしい。

「……シュ、シュヴァリエ様、も、申し訳……」
「喋るか笑うかどっちかにしろ」
「……む、無理……で……」

 本当に無理そうだな。笑いすぎて涙目になっているし。一応公爵は雇い主なんだけど。……結構神経図太いよなこいつ。

「そ、それで……それは処分なさるのですか?」
「公爵との約束だからな。処分するしかないだろ。……俺が持っているものは、だけど」
「……はい?」
「公爵は処分しろとは言ったが、全部とは言わなかった。だから処分したふりをしてお前がこれを保管していればいい」
「……え~」
「せっかく最高の脅し材料を手に入れたのにすぐに捨てるとか、そんな勿体ないことするわけねえじゃん」

 これからも存分に活用させていただきますとも。というわけでサリクス、保管よろしくな。

「……かしこまりました」

 呆れながらもサリクスはしっかり茶封筒を受け取る。
 あ~明日から楽しくなりそうだ。
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