悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

文字の大きさ
上 下
7 / 102
一頁 覚醒のロベリア

7話 あるお馬鹿な料理人の話

しおりを挟む
 情報ギルドから自室に戻って服を脱ぐなりそのままベッドで眠りこけた俺が起きたのは翌日の昼前だった。

「よっぽどお疲れだったんですね。あんな格好で寝ていらしたので驚きましたよ」

 朝食をすっ飛ばして少し早めの昼食を食べている俺に、サリクスがティーポットを持ったまま声をかけてきた。正直帰ってきてからのことはほとんど覚えていないんだよな。俺、どんな格好で寝ていたんだろう。

「もうあんな格好では絶対に寝ないでくださいね。じゃないといろいろ危ないですから」
「何が危ないんだよ。別にただ寝ていただけだろうが」
「……それ本気で言っておられます?」
「本気じゃなかったらなんなんだよ」
「冗談……とか?」
「俺が冗談を言ったことがあったか?」
「……ありませんね」
「なら意味不明なことを言うな」

 俺があしらうとサリクスは不満げな顔になり、何かぶつぶつ言い出した。一体なんなんだよコイツは。

「とりあえず、寝るのならきちんとした格好で寝てくださいね」
「わかったわかった。いちいちうるさい奴だなお前は」
「シュヴァリエ様が心配だからですよ! あんな無防備を晒して襲われたらどうするんですか!」
「俺を襲える度胸がある奴がいればいいけどな」
「またそんなことを仰って……」

 後半部分は声が小さくて聞こえなかったが、サリクスの目には若干の呆れが浮かんでいるのは見えた。何故使用人であるサリクスにそんな目で見られないといけないんだ。一応君のご主人だってわかってる?
 思わずジト目で睨めばサリクスは肩をすくめて舌を出してきた。こいつはシュヴァリエ相手に本当に命知らずな真似をするよな。まあ、俺の性格が変わったことを薄々察しているという可能性もあるが。サリクスはちょっと気味が悪いくらい無駄に勘がいいところがあるからな。その勘のよさを半分くらいわけてくれ。

「それで、調べはついたのか?」
「私を誰だと思っているんですか! このサリクスにとってはあの程度厨房で盗み食いをするよりも容易いです」
「お前盗み食いしていたのか?」
「いやですね。ただの例え話ですよ」

 浮かべている笑顔が怪しさこの上ないが、あの料理長はちょっと鈍いところがあるから上手くやれば気づかれないのかも。……バレて怒られるのはサリクスだし好きにさせておくか。ゲームでシュヴァリエがやった犯罪に比べればかわいいかわいい。

「お前の犯罪の暴露はどうでもいいからさっさと報告しろ」
「はい」

 そう言ってサリクスは懐から紙束を取り出し俺によこした。そこに書かれていたのはなんというか、予想通りとしか言いようがない内容だった。

「やっぱりトカゲの尻尾だったか」
「はい。名前はファボル。ロリエ村出身で元はラウルス男爵の屋敷で働いていましたが男爵から解雇され、路頭に迷っていたところに腰巾着が声をかけてきたようです」
「そいつの計らいでアクナイトに入り込んだのが一ヶ月前。俺がアクナイトから呼び出しの手紙が届いた日のちょうど一週間前だな」

 えらく区切りが良いことで。黒幕は妙にきっちりしているな。ラウルス男爵が誰なのか、シュヴァリエの記憶にないってことは大した家柄ではないんだろう。しかも身分は男爵。シュヴァリエが気に留めるわけもないか。

「ラウルス男爵って誰だ?」
「ラウルス男爵は西部に所属する新興貴族で、領地はまだなく王城にて法務部の官職に就いていらっしゃいます」
「へえ……」
「パーティーにも何度かご出席されていらっしゃるはずですが」
「俺が覚えているとでも?」
「……そうですね。男爵は真面目な方ではありますが、目立った功績があるわけではありませんし、シュヴァリエ様のご記憶になくても不思議はないかと」

 ああ、それならシュヴァリエが憶えるはずもない。ただでさえ無関心なのに身分の低い、目立つ要素のない人間など記憶しておけというのはシュヴァリエにとってはあり得ないという感想で終わったはずだ。
 我ながらちょっと反省……。
 まあ、そんなことよりも。

「ラウルス男爵の元で料理人をしていたファボルは男爵の妹に手を出しかけたことで即刻クビになった……なんだこれ?」

 しばし言葉を失った俺は無言でサリクスを見る。貴族の娘に使用人が手を出しかけたってことか? しかもこの令嬢には既に許嫁がいて学園卒業と同時に婚姻予定……ねえ?

「もちろん未遂ですよ? ファボルが言うには一目惚れだったそうで、気の迷いだったと嘆いていましたが」
「気の迷い……」

 いくら男爵でも貴族は貴族だ。それを気の迷いで手を出しかけるって命が惜しくないんだろうか? ……? ちょっと待て、今サリクスはなんて言った? 『ファボルが言うには』って言ったよな?

「……お前、ファボルに直接聞いたのか?」
「はい、そうですが」

 それが何か、と言わんばかりに首を傾げたサリクスに俺は微妙に顔を引き攣らせる。探っていることを知られたくなかったんだが、尋問でもしたんだろうか。

「尋問したのか?」
「いいえ。絵を見せてシュヴァリエ様が仰っていた花の特性を話したら、青ざめて勝手にペラペラ喋り出したんですよ」

 あれ見せたんかい! 流石に他の料理人がいる前ではやらなかったとは思うが、当時の出来事が絵として残っているなんてわかったら普通にビビるわ。……まあ、口止めはしただろうからいろいろ聞き出せてよかったと思っておくか。

「……まあいい。ファボルはそのことを男爵に気づかれ問答無用でクビになったみたいだな」
「雇い主の妹への行いですから、信用できないと判断されたのでしょう」
「だろうな。そんな身の程知らずで信用ならない使用人はどこの屋敷でも切るだろうよ。まあその切ったものがうちに流れてきたっていうのはムカつくが」
「傷心と怒りを抱えながら路頭に迷っていたところを腰巾着に声をかけられたそうです」
「毒を盛ったことは知らなかったみたいだな」
「はい。久しぶりの帰省だからちょっとした贈りものをしたいと主から頼まれた、と腰巾着に言伝と共に花を渡されたそうで」
「へえ? ……ちなみにファボルの野郎は」
「閉じ込めていますよ。まあ本当に体調を崩して寝込んでいるみたいですが」

 よっぽど堪えたんでしょうね、と言ったサリクスの目には明らかに侮蔑が滲んでいた。……あまりにもあっけなくてつまらなかったんだろうな。サリクスのことだから万が一始末されないようにしているだろうし、こっちは問題ない。
 バサっと報告書を机に投げ捨てた俺はそのままソファに寝転がった。
 俺のことが嫌いなのは知っていたが、よくもまあここまで頑張れるな。殺されかけたのはこれで通算三度目か。一度目は刺客が送り込まれて、二度目は誰かに後ろから布で首を絞められ、今回は毒殺未遂。まったく黄泉への切符は何度も送るものじゃねえっての。
 なんて思っているとカルから渡された手鏡が光りだし、同時に窓の一部に月が浮かんだ。宣言通りの時間にきっちり仕上げてくるのはさすがとしか言いようがない。

「サリクス」
「はい、こちらに」

 この窓の細工はシュヴァリエが考えたカル専用のポストだ。普段は普通の窓だが、月の形に加工された透明なシートを窓に貼り、その状態でほんの少し熱を加えるとそのシートがガラスに溶け込む。その際、あらかじめ片方に遮光塗料を塗っておくとガラスに馴染ませた後でもそちら側に光が漏れる心配はない。以前カルの元を訪れた時シュヴァリエはこのシートにカルの魔力を染み込ませていた。そしてカルからの依頼が届くと三日月型に光を放ち、満月になると中から依頼物が出てくるという仕組みである。
 そんな奇怪な窓から落ちてきた少し厚みのある茶封筒をサリクスから受け取る。……こんなに厚いってことは、中身期待して良さそうだ。

「さて、何が飛び出してくるのやら……」

 そして封筒を開けて内容を読み進めた俺はーー

「ぶっはっ!!!!!」

 盛大に吹いた。

「ど、どうされたんですか!?」

 俺の突然の大笑いにサリクスが慌てて声をかけてきたが、悪い。笑いすぎて死にそうになっている今の俺にはそれに応える余裕がない。公爵子息としての体面とか品格なんかどうでもいいくらいに面白い内容だった。

「はー……あの公爵がねえ? 部下たちが知ったらどう思うかな」
「シュヴァリエ様がそれほど大笑いするなんて、何があったんですか?」
「まずは状況証拠と物証、それから最高の脅し材料」

 俺は腹を抱えたままなんとかそれだけ言うと、サリクスへと紙束を放り投げた。サリクスは訝しみながらもパラパラと捲ると、口元を隠して体をくの字に曲げて肩を激しく震わせる。

「これ……事実っ……ですか……?」
「あいつが持ってきた情報が誤りだったことは一度もない」
「ということは……」
「笑いたけりゃ盛大に笑えよ」
「いいえ、それは……」
「俺が許す」

 だって面白すぎるもん。この報告を読んで笑うなと言う方が苦行だろうよ。現に俺が許可を出した途端、サリクスも声を立てて笑い出したし? 

「これだけあれば充分だろ。しかも物証つきだ」
「そうですね……」
「さてと、それじゃあ……盛大に掃除でも始めるか。サリクス、ファボルの奴を連れて公爵の執務室へ行け。俺が指示したら入って来い」
「かしこまりました」

 善は急げとばかりに俺は証拠の書類と物証を持って、部屋を飛び出した。
 
 俺の平穏よ、待っててね~♪

 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

【完結】『悪役令息』らしい『僕』が目覚めたときには断罪劇が始まってました。え、でも、こんな展開になるなんて思いもしなかった……なぁ?

ゆずは
BL
「アデラール・セドラン!!貴様の悪事は隠しようもない事実だ!!よって私は貴様との婚約を破棄すると宣言する……!!」 「………は?」  ……そんな断罪劇真っ只中で、『僕』の記憶が僕の中に流れ込む。  どうやらここはゲームの中の世界らしい。  僕を今まさに断罪しているのは第二王子のフランソワ。  僕はそのフランソワの婚約者。……所謂『悪役令息』らしい。  そして、フランソワの腕の中にいるのが、ピンクゴールドの髪と赤みがかった瞳を持つ『主人公』のイヴだ。  これは多分、主人公のイヴがフランソワルートに入ってるってこと。  主人公……イヴが、フランソワと。  駄目だ。駄目だよ!!  そんなこと絶対許せない!! _________________ *設定ゆるゆるのBLゲーム風の悪役令息物です。ざまぁ展開は期待しないでください(笑) *R18は多分最後の方に。予告なく入ります。 *なんでもありOkな方のみ閲覧くださいませ。 *多分続きは書きません……。そして悪役令息物も二作目はありません……(笑) 難しい……。皆さんすごすぎます……。 *リハビリ的に書いたものです。生暖かい目でご覧ください(笑)

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...