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第57召喚 鮮血のメモリー②

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 母の胸を貫く刃物。
 胸からは大量の流れる血。
 聞いた事もない音を発しながら苦しそうに呼吸をする母の口からも血が溢れ出ていた。

「か、母さんッ!? うわああああ!」

 血眼になって叫ぶ7歳の少年ロイは強盗犯に向かって走り出す。勿論考えなどない。無意識に体が動いていたのだ。彼はそのなんとも非力な力で強盗犯目掛けて玩具の木の棒を振りかざし、持てる力を全身に込めて振り下ろした。

 だが、どれだけの奇跡が起ころうと無力な子供が大人の力に敵う訳がない。無我夢中で突っ込んだロイは無情にも、強盗犯が繰り出した蹴り1発でその小さい体が勢いよく飛ばされた。

「ロ……ロイ……!」

 シェリルは恐怖で体が震えて動けない。
 父が。母が。弟が。そして自分自身も命の危険があると本能で理解していても、今の彼女はどうする事も出来ない。

「シェ……リル……ロイ……」
「逃げ……て……」

 強盗達によって体を貫かれた父と母。
 2人は焼けるような熱さと痛みに意識が朦朧としながら、その瞳は真っ直ぐ子供達に向けられただただ無事だけを願っている。

 現状この場にいる強盗は3人。
 1人は気絶しており、2人は血の付いた剣を持ちながら不気味な笑い声を発していた。

「まだ生きてやがるのか」
「鬱陶しいからさっさと殺すぜ。そっちのガキ共もな」

 家の外はなんだか騒々しい。色んな人達が集まり出している。しかしシェリルにはそんな外の騒音が一切耳に入ってこなかった。今彼女の鼓膜に届いているのは物凄い大きな自分の心臓の音。ドクン、ドクンと脈打つ事に、シェリルの視界で再び強盗達が動き出している。

 自分の家族に止めを差す為に――。

「や……やめてッ……」

 シェリルは誰にも聞こえない程の声を上げる。

「パパとママに……ち、近づかないで……! もう来ないで……」

 叶わないと分かりながら、それでもシェリルは懸命に声を振り絞った。

 だが何も出来ない彼女を他所に、強盗犯は再び剣を振り上げる。

「やめてよッ……パパとママが死ん……じゃう……! 誰か助けて……。皆に手を出さないでぇぇぇッ!」

 シェリルの心からの叫び。
 その悲痛な彼女の叫びが神にでも届いたのか、まるでシェリルの叫びに共鳴するかの如く、突如無機質な音声がこの場を制した。


『シェリル・ローライン。ハンター登録完了致しました。スキルは『勇者』になります――』


「え……?」

 場に流れる静寂。
 外野は変わらず騒々しい雰囲気であったが、この場だけは時が止まったように静かである。

「す、凄いやシェリル姉ちゃん……勇者だって……!」
「ロイ……!?」

 シェリルの視線の先には倒れていた筈のロイ。意識を取り戻した彼は本当に最後の賭けに出ていた。それがシェリルのハンター登録。

 それは神からの贈り物かの如く。
 それは彼女を祝福するかの如く。
 家族を助けたいというシェリルの純粋な気持ちがこの瞬間、世界中の人々に希望を与える“勇者”という存在を誕生させたのだった。

「シェリル姉ちゃん……ッ! これでアイツらを!」

 ロイが投げたのは玩具の木の棒。
 最弱のEランクアーティファクトの中でも1番最弱とされる『木の棒(E):Lv1』だ。

 だが『勇者』スキルを与えられた今のシェリルは優に炎Cランクに匹敵する能力値。彼女の力は簡単に目の前の強盗達を上回る絶大なる力。そしてその余りに大きな力は、まだ幼い10歳の少女――それも心を取り乱す彼女にはまだコントロール出来ない大き過ぎる力であった。

「ちっ。このガキ余計な事しやがって」
「や、止めて! ロイ!」

 母を差した強盗がロイに向かった瞬間、気が付けばシェリルはその強盗犯に木の棒を振るっていた。炎Cランクに匹敵する能力値で。

 スパン。

 横一閃。
 斬られた強盗犯は切断された上半身が滑るように地面に落下し、一瞬の出来事に叫び声を上げる暇もなく死を迎えたのだった。

「こッ、このクソガキ……! 何してやがる!」

 一瞬の出来事に明らかな動揺を見せるもう1人の強盗犯。奴は剣の切っ先をシェリルに向けて殺意を放っている。

「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 一方のシェリルもまた動揺を隠せない。

 今自分が何をしたのか。
 目の前に転がる血塗れの上半身はなんなのか。
 状況を素直に吞み込めない。

「ぶっ殺してやるぜお嬢ちゃ!?」
「それは絶対にさせない……」
「パ……パパ……?」

 瀕死状態の父が強盗犯を後ろから捕まえた。捕まえたとは言っても後ろから必死にしがみついているだけ。それが限界だった。

「シェリルッ! 早くコイツを斬れ!」
「何!? は、離しやがれこの死にぞこないがッ!」
「早くしないかシェリル!」

 父が怒鳴り声を上げるのを初めて聞いたシェリル。この状況ならば当然だろう。しかしそうとは分かっていながらも、突然斬れと言われて直ぐに人を斬れる10歳などいない。

「皆を助けられるのはお前だけだ! 体力が持たない! 急げッ!」
「で、でも……私じゃ……」
「やるんだシェリルッ!!」
「うわ!?」

 次の瞬間、シェリルは更なる最悪な状況に追い込まれる。
 気絶していた筈の強盗犯がロイを床に抑え込み、斧を振り上げていたのだ。

 そして。

 振り下ろされた斧はロイの首を刎ねた――。

「いやあああああああああああッッ……!?!?」
「ロォォォォォォォイ!!」

 シェリルと父の断末魔が響く。
 
 まさに地獄絵図。

 倒れていた母も既に微動だにしてない。

 ロイを殺した強盗犯は不気味な笑い声を発しながらゆっくりと立ち上がった。

「次はお前だぁ」
「もう止めてぇぇぇぇぇぇッ――!」

 喉が裂ける程の叫びを上げた彼女が次に見たのは、家族と強盗犯達が皆血だらけで床に倒れている光景だった――。

**

 ――早くこっちに来い! 重傷者だ!
 ――ここも先程の強盗犯達の被害に遭ったと思われます!
 ――まだ生きている子がいるぞ!

 シェリルが遠い記憶で最後に覚えているのは慌ただしい大人達の声と、自らが気を失う寸前、朦朧とした意識の中で強盗犯達を“斬った時の感触と血の匂い”。

 更に強大な勇者という力をコントロール出来なかった動揺や焦りと、自分が切り刻んだであろう深く抉れた跡の残る床や壁や天井だった――。
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