金無一千万の探偵譜

きょろ

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時間泥棒③

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 車がガードレールを突き破り、海へと転落してから数十秒。ブクブクと大量の空気を漏らしながら、車はどんどん海の中へと沈んでいく。
 車が完全に海の中へと姿が消えたとほぼ同時、二十メートルも上から飛び込んだ一千万は、見事な入水で海へ潜ると、どんどん潜って沈んでいく車を急いで追った。

 事態を察知した海水浴場の客やライフセーバーも、数名車へと向かっている様であるが、まだ数十メートルはある。誰よりも早く、海の中に沈んだ車の元へと辿り着いた一千万が車内を確認すると、その衝撃を物語るかの様に、フロントガラスは大きくひび割れ、海水と共に揺らめく血痕も見られた。
 運転席と助手席には二人の男が座っており、動く気配がまるで無かった。見た瞬間からなんとなく予想していた一千万であったが、一応確認の為にと男達の脈を確かめたが、やはりもう動いてはいなかった。
 何とか車の扉を開け、一千万は男達を車から担ぎ出しながら、更に車内を調べた。

(犯人は三人の筈だか一人足りねぇ。この二人はシートベルトをしていなかったみたいだな。それに後部座席にあるこの鞄は……やはりな。ご丁寧に、値札が付いたままの時計が大量だ。
やっぱ強盗はコイツ等で間違いなさそうだ……ん?……後ろの片側だけ窓が全開……。成程、残ったもう一人は運良く助かった挙句に、ここから脱出した様だな)

 呼吸が限界に近づいてきた一千万は最後の力を振り絞り、もう助からないであろう男二人と、時計の入った鞄を抱えて水面へと姿を現した。

「……ブハッー! ゲホッ、ゲホッ!」
「大丈夫ですか!」

 ビーチから助けに向かっていたライフセーバーの1人が、海面に顔を出した一千万に声を掛けた。 

「おお、助かったぜ兄ちゃん。悪いがコイツら運んでくれ。もう助からねぇと思うがな」

 担いでいた男達をライフセーバーに任せた一千万は、上で心配そうに見ていた白石に向かって大声で叫んだ。

「白石! 直ぐに海にいる奴ら全員を足止めするんだ! 恐らく中に一人犯人が逃げ込んだ! もし誰かが通報したなら、直ぐに真吾に取り次ぐんだ! 急げッ!」
「分かりましたッ!」

 白石は言われるがまま、猛ダッシュで海水浴場に戻ると、駐車場の警備員達やライフセーバー達に、お客さんを返さない様にと急いで指示を出した。
 より一層、慌ただしい雰囲気となった海水浴場。海から戻った一千万は、直ぐにまた白石へと指示を出した。

「客は止めたか?」
「はい。警察が来るまで、警備員さん達に協力してもらっています」
「流石にこれだけ人がいたら通報しちまってるか。そこら辺で電話掛けているもんな。仕方ねぇ、取り敢えずお前は、海の家に行ってこい」
「何でですか?」
「車が落下してから、俺らが浜に着くまでの約十分程度、その間にそこで服とか水着とかを買った奴がいねぇか聞いて来い。
強盗を水着でやる馬鹿はいねぇ。海水浴場に紛れたなら、そこで何か買ってるかもしれない」
「確かに……! 分かりました。 直ぐに聞き込みに行ってきます!」

 一千万の指示に従い、白石急いで海の家に聞き込みに行った。
 そこへ、通報を聞きつけた刑事やパトカーが次々現れ、辺りは更に騒然とし始めた。現場に来た警官達の誘導で、一時的に海水浴場への出入りが禁止された。
 車の落下や中に乗っていた男達の身元や死因等、警察の捜査が始まり、周辺にいた海水浴客数名は勿論、ライフセーバーや一千万も警察から事情聴取を受けた。

「――つまり、上の通りから車が落下し、乗っていた彼等を助けたと」
「はい、そうです。助けたと言っても、沈んでいく車から救出したのは、あちらの男性ですけど……」

 聴取を受けていたライフセーバーは、刑事の質問に答えながら一千万の方を見ていた。当の本人は、また別の刑事から色々と話を聞かれている様子。

「――じゃあ、貴方が車から救い出した時には、もう既に亡くなっていたと?」
「ああ。フロントガラスはひび割れ、そこに血痕も残っていた。それに二人共頭から出血していたし、一人は明らかに首の骨が折れてる。シートベルトを装着していなかったから、ぶつかった衝撃でそのままフロントガラスに強打して死んだんだろう」
「成程……。被害者を助け出してくれた事は感謝しますが、あの高さから飛び込んだり、水中とはいえ成人男性二人を担ぎ出したり……貴方何者でしょうか……?」
「そんな事はどうでもいい。それよりも、アンタらん所の象橋に連絡しろ。金無からと言えば分かるからよ」
「象橋って……。えッ!? ま、まさか象橋警視長の事でしょうか……!?」
「そうだよ、早くしろ。グダグダしてるともう一人に逃げられるぞ」

 聴取をしていた刑事は色々と驚いてる。どこか怪しさを醸し出している風貌にも、一般人離れした行動や推察にも。そして、そんな謎の男が警視長を知っているという事にも。
 情報量が多すぎて明らかに困惑していた刑事だが、それより何より気になったのは、最後の言葉だった。

「逃げられるって……誰にでしょうか?」
「強盗犯だよ。さっき二ブロック先の時計店で強盗があったろ」

 それを聞いた刑事は目を見開かせて驚いた。それもその筈。通報を受けた警察が、今まさに携わっていた事件だからだ。しかもまだ公に発表されていない、一般人が知る由もない情報。なのにも関わらず、何故自分の目の前にいるこの男は知っているんだと。

「何でその事を……? まだ一般には公表されていない事なのに。本当に何者ですか?」
「車の後ろにあった鞄には、時計が大量に入っている。値札付きでな。しかも沈んだ車の中には顔隠すマスクもあったし、急いで逃げていたと考えりゃ、シートベルトしていなかった事も頷ける。
極めつけはもう一人の逃走だ。後ろの片側だけ窓が全開になっていた。水に落ちると水圧でドアが滅茶苦茶重くなるからな。窓から脱出したんだろうが、逆にそれが三人組の強盗犯だって証拠にもなる。
未だに見つかってねぇって事は、紛れてんのさ……。大勢が賑わう、この海水浴客の中にな――」
「……! 貴方もしかして名のある探偵……とかですか!?」
「違ぇよ」
「そもそも何で強盗の事や、犯人が三人組だって知っているんです?」
 
 次第に、何処か怪し気に聞いてくる刑事。勿論、正直に依頼の事を話す訳もない一千万は上手く刑事を納得させた。

「今は何でもネットに載るのが早ぇ。“ここ”にしっかり映ってるだろ?」

 一千万はそう言って、携帯の画面を刑事に見せる。そこには強盗があった時計店の近くにいた者が撮影したであろう、動画がアップされていた。そこに写る一部始終。時計店から走って出て来た三人組が、黒いセダンに乗り込む所。その内の1人は、一千万が見つけた鞄と非常に似た物を持っていた。

「本当だ……」
「ただの事故なら逃げる必要はねぇ。あんな状況でそれを選ぶなんて、余程の理由があるとしか思えねぇだろ。強盗とかな」

 聞いていた刑事はただただ驚く事しか出来なかった。

「凄い推理力……。やっぱり探偵さんなんですね」
「だから違ぇって言ってんだろ。そんな事より、犯人達の情報は何かねぇのか」
「それはまだ入ってないですね。正直、死体を確認するまで、性別も分かっていませんでしたから」
「一千万さーん!」

 一千万が刑事と一通りの話をしていると、遠くから白石の呼ぶ声が聞こえた。

「一千万さん、大丈夫ですか?」
「お前の心配には及ばん。それよりどうだった」
「あ、はい。一千万さんに言われた通り、聞き込みしてきました。そして探し出してきましたよ――」

 軽く息を切らしながら、向かって来た白石と警官達。そしてその彼女達の後ろを続く様に、四人の男女が姿を現した。

「何の騒ぎですか、一体」
「私これからまだ予定があるんですけど……」

 白石に連れて来られた四人、はいまいち状況が理解出来ていない様子。それは一千万と話していた刑事も同様だ。全員がが疑問を抱いている中、突如刑事の携帯が鳴った。電話に出たその刑事は、急に驚いた様な声を上げると、緊張した面持ちで携帯を一千万へと渡した。

「あの~、象橋警視長が貴方に代わってくれと……」
「やっとか」

 渡された携帯を手に取る一千万。電話の相手は勿論、象橋真吾であった。

<――面倒な事に巻き込まれたみたいだな>
「全くだ。実は依頼でこの強盗犯を追っててな」
<そんな事だろうと思ったよ。状況は?>
「まず、強盗の入った店の持ち主が依頼人だ。名義は違うがな。時計の中にブツを隠していたもんだから、強盗が入るや否や、なりふり構わず俺のとこに緊急依頼が入った。かなりの額でな」
<成程。で、そのブツは?>
「“俺のポケットの中”――」
<やる事が早いな相変わらず……。分かった。警察としては、犯人と盗まれた物さえ戻れば話は付く。一応被害者である店の責任者が、お前の依頼人ならそこで話は終わりだな。その依頼人も事をデカくしたくないだろ?>
「ああ。取り敢えず目的の物もあるからな。後は残った強盗犯見つけるだけだ」
<手掛かりは?>
「無い。これから炙り出す所だ。まぁ状況から考えて十中八九、海水浴客の中に逃げ込んだな。それにもう四人に絞ってるから直ぐに終わるさ」
<それなら大丈夫そうだな。美桜ちゃ――白石君は大丈夫か?>
「その心配は無用だ。俺もお前の姉貴に狙われるのは御免だからな」
<ハハハ。そうか。ならひとまず安心だな>
「それよりも、如何せん場所が悪い。便利なネット時代だが、それも厄介なものだな。あちこちで携帯使ってる奴らがいるから、早く止めるに越したことはねぇぞ」
<間違いないな。出来る限り早急に対応するよ。後は頼んだぞ、一千万。あ、切る前にさっきの刑事に代わってくれ>

 象橋との会話を終えた一千万は、手にしていた携帯を刑事へと返した。そして、強盗犯最後の一人を炙り出す為に動き出した。

「――関係ない者達は先に詫びを入れておく。悪いな。今しがた、この海水浴場に強盗犯が逃げ込んだ。だから犯人逮捕に協力してもらいたい」

 日差しが照り付ける中、刑事でも警察関係者でもない、寧ろ誰よりも海水浴場にマッチしているであろう柄シャツを身に纏った男。
 容疑者として集められたその四人は、目の前で煙草を吸い始めた男を怪訝な目で見ながらも、彼に協力すると頷いたのだった。

「よし。だったら面倒な事はさっさと済ませようか。じゃあ、アンタから順に、この海で何をしていて、何を買ったのか教えてくれ――」
 
 言われるがままに、少し戸惑いながらも、四人の容疑者の内の一人が話し始めた。
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