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時間泥棒②
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♢♦♢
「あの――」
「……」
「一千万さん……!」
「……」
「おーーい!!」
「あぁ? なんだ?」
外は雲一つない晴天。人気のない廃ビルを出た一千万と白石は、ハーレーダビッドソンに跨っていた。
――ブォォォンッ!
ゴツいハーレーを運転する金無一千万。そしてその後ろに乗る白石は、あれから一切事情を聞かされていない為、必然的にパニック。先程からずっと一千万に尋ねようと声を出していたのだが、彼女の声はバイクの激しい風音によって、無情にも掻き消されていた。だが、ようやくその声が届いた様だ。
「あの! いきなりバイクに乗らされて、どこに行くんですか!?」
タイミングよく赤信号で止まったのを見計らい、後ろに乗っていた白石が、ここぞとばかりに大きな声で一千万に聞いた。
「ああ、ちょっとな。どうやら面倒くせぇ事が起こったらしい」
「面倒くさい事? 事件か何かの依頼ですか? っていうか、何で私まッ……『――ブォォォンッ!』
白石の疑問は、ハーレーダビッドソンの豪快なエンジン音によって遮られた。
その後も終始困惑し続ける白石であったが、次に彼女がまともに声を出した時には、既に“現場”に到着していた。
♢♦♢
~国道沿い・とある海水浴場~
「ここだな――」
ハーレーダビッドソンを止めた一千万はバイクから降り、ヘルメットを取った。それに続き、白石も同じ行動を取る。
「ここって……海ですよね? 何しに来たんですか?」
目の前に広がる青い海とそこに訪れている多くの人々。海に入ったり、ビーチで日焼けしたり、海の家でご飯を食べたりと、まだ残暑が残る今の時期にはピッタリな光景が、白石の目に映っていた。
「“そろそろ”か」
徐にそう呟いた一千万は、バイクのエンジンは付けたまま、後方のタイヤ横に提げていたバッグから、突如ライフルを取り出した。そして慣れた手つきで素早く組み立てる。
「え、なんでそんなの持ってるんですか!? 許可取ってます?」
「エンジン付けておいた方が、直ぐにズラかれるだろ」
「いや、そんな事聞いないですけど! って、さっきからずっと聞きたかったんですけど、いい加減今の状況を教えてくれませんか?」
白石の言う事はごもっとも。突如バイクを止めたかと思いきや、白昼堂々と、しかも海水浴客で賑わっているこんな場所で、何故この男はライフルを取り出しているのだろうか。
しかも白石が驚いているのを他所に、一千万はライフル上部のスコープを除きながら早くも撃つ体勢に入っていた。
「ちょ、ちょっと……! まさか撃つ訳じゃないですよね?」
次から次へと、一千万の行動に驚かされる白石。だがそんな慌てふためく彼女を他所に、飄々とした顔でライフルを構える一千万は、徐に「よし」と軽く頷いた。そして一千万は納得した表情で構えていたライフルを下ろし、今度は白石へと視線を移した。
「当たり前だろ。俺が何でライフルを撃つんだよ」
「ですよね……。え? じゃあ今これは一体何をッ……「ほら、やれ――」
「……は?」
全く話が噛み合わない中、唐突に親指を立てクイクイっと、手の動きで白石を促す一千万。更にその視線と雰囲気で白石は察知した。
“後はお前がやれ”――という一千万からの無言のメッセージを。
「まさか、私に撃たせようと?」
「他に誰がいるんだよ。しかもライフルなんて撃つ意外に選択肢ないだろ。それを浮き輪代わりに、海でエンジョイ出来るとでも思ってんのか?」
「違いますッ! だからそんな事聞いてるんじゃないですよさっきから! いきなり連れ出さた挙句に、何の説明もなく、終いにはライフルで撃て!……って、全く意味分かな過ぎですから!」
「ったく、ブツブツと面倒くせぇな。最近の若者にしては柔軟性が無さ過ぎるぞ」
「“最近の若者”っていう大きな主語で括らないでくれます? それにこれは柔軟性とか全然関係ないですし!」
流石の白石も堪忍袋の緒が切れたのだろうか。今まで堪えていたものが一気に溢れ出した。
(ほぉ。やはり真吾の姉貴の子だな。切れ方と雰囲気がそっくりだ――)
怒りを露にした白石の一方で、一千万はそんな事を思っていた。
「実はな、緊急で依頼が入った。今さっき、とある時計店に強盗が入ったらしい」
「強盗!? じゃあ直ぐに警察に……!」
「いや。そこは依頼人が裏で違法取引している店だから公には出来ん」
「それ刑事の私の前で言います?」
当たり前のように出て来た言葉に、白石も思わず呆れてしまう。
「普通の店に見せかける為に、商品に紛れて“ブツ”を隠していたらしいんだが、どうやらそれがバレた様だ」
「ブツってもしかして……」
白石はそこまで言いかけ、後は察した様子。
「この仕事に深入りは禁物だ。特に刑事のお前は面倒くせぇことになるからな。それに依頼人が頼んできたのは、盗んだ強盗犯を捕まえる事だけ。それ以外の事情は俺には関係のねぇ事だ」
「一千万って本当に何者ですか……?」
「逃げた強盗犯のルートから推測すりゃ、恐らく“あそこ”を通る筈だ」
「あそこって?」
白石はそう呟きながら、一千万が指差す方向に振り返った。すると、多くの人で賑わう海水浴場のビーチのもっと奥の上の辺り。
距離にしてやく五百メートル程だろうか。そこには高さ二十メートル弱の崖があり、その上は道路。そこを数台の一般車が何台も走り過ぎて行く。
一千万が指差す方向と、今の発言から察するに「時計店を襲った強盗犯というのが五百メートル離れたあの道を通るから、それをお前が狙撃しろ」という事だろう。
意味不明な状況にも関わらず、白石は冷静にそう解釈する事が出来てしまった。
「強盗犯は計三名。全員マスクで顔を覆っていた為に性別は不明。入った情報によると、奴らは黒のセダンに乗って逃走しているらしい」
「黒のセダンって情報だけでは、確実な特定は出来ませんよ。同様の車が通ったらどうするんですか」
「いちいち面倒な奴だな。いいから黙って早く構えろ! 銃の腕には覚えがあるだろう。もう通る頃だぞ」
そう言うと、一千万はバッグから取り出した双眼鏡で通りを確認し、白石を煽った。困惑しながらも、白石は渋々ライフル構え、スコープを除き狙いを定める。
「いくら銃が得意でも、今回は殺すなよ。車を止めて確保するのが今回の目的だからな」
「こ、殺す訳ないじゃないですか! 何考えてるんですか!? しかも“今回は”って、私、今まで殺した事なんてありませッ……「おい、来たぞ!」
双眼鏡を覗きながら、突如一千万が声を張った。彼の推測通り、強盗犯が乗っている黒のセダンが一台、道路を勢いよく………。
「ど、“どれ”です一千万さん……!」
「チッ、よりによってこんな時に――」
白石がテンパるのも無理はない。
ライフルのスコープを除いていた白石の視界には、一台だと思っていた黒のセダンが、なんと偶然にも似た車が三台連続で続いていたのだ。思わぬ事態に一千万も面倒くさそうな表情を浮かべた。
「どうするんですか! って、私何で撃とうとしてるの……!?」
「そんな事はどうでもいい! 黙って構えてろ!」
ハッと、一瞬冷静に自身の現状を見直した白石。しかし一刻を争う事態に、一千万が勢いで場を肯定の雰囲気に持っていった。そして、一千万の推理が発揮される。
二人の視線の先を走るセダンが、逃走中の犯人の車だと言い切れる証拠は無い。だが次の瞬間、双眼鏡で三台の車を見ていた一千万が、白石に向かって指示を出した。
「お嬢ちゃん、一番後ろだ! 三台目のセダンが強盗犯だ! それを狙え!」
「え、どうしてそんな事分かるんです!? しかもこれ、本当に私が撃たないとダメ!? 違法じゃない?」
「大丈夫だ。早く撃て。タイヤを狙って動きを止めるんだ。俺が合図したら撃て」
「そんな無茶苦茶な――」
白石は本当に撃たなければいけないのかと迷いつつも、一刻を争うこの緊迫した状況に、半ば投げやり気味に腹を括った。彼女はスコープで車を捉え、周囲が夏の賑わいを見せている中、一千万と白石の二人だけに一瞬の静寂が訪れていた。
静かにトリガーに人差し指を掛けた白石。もう何時でも狙撃が出来る状態。タイミングを見計らい、ここぞの瞬間に、一千万が白石に指示を出した。
「次のカーブで撃て。曲がりが急だから絶対にスピードが落ちる。入り口じゃなくカーブの出口でな」
「わ、分かりました。もうどうなっても知りませんからね……!」
黒いセダンが三台続く。一台、二台と、スピードを落としながら、順に急カーブ抜けていった。
奥からずっと続いていた道。最も奥こそ五百メートルは離れた距離であったが、一千万と白石が狙った最後のカーブに差し掛かる場所は、今の二人の場所から約二百メートル程まで縮まっている位置であった。
そして、白石がスコープ捉えた、強盗犯が乗っているであろう三台目のセダン。その黒のセダンが急カーブに備え、徐々にスピードを落として――いく筈が、何故が余りスピードを落とす様子が見られない。
「おいおい、あのスピードのまま曲がり切れるッ……『――キキッー……ガンッ……!』
「「!?」」
一千万が心配したのも束の間。直後、強盗犯が乗っていたと思われる黒のセダンが、案の定カーブを曲がり切れずにガードレールに激しく衝突。それと同時に、そのガードレールをも突き破った黒のセダンは、高さ二十メートル以上も下にある海へと、そのまま転落してしまった。
――バシャァァンッ……!!
「マズい、早く乗れ姪っ子!」
「は、はいッ……! 因みに今更ですが、名前は白石です! 白石美桜(しらいしみお)!」
予想外の出来事に、予想外の自己紹介を挟みつつ、一千万と白石の二人はハーレーダビッドソンに跨る。
現在の位置から、セダンが落ちた位置まで約二百メートル程であったが、海水浴場やビーチからはもっと距離が近い。響き渡る様な衝突音により、ビーチにいた大勢の海水浴客達もそれに気付いた。
「なんだ!?」
「あ! 車が落ちたわッ……!」
「今の音なに?」
「事故だッ! 誰か救急車を呼んでくれ!」
娯楽で賑わっていた海水浴場は一転、慌ただしい事態となった。
勢いよくハーレーダビッドソンを走らせた一千万と白石も、ほんの十数秒で車が落ちた急カーブまで辿り着いた。そして何の躊躇もなく、一千万は二十メートルも下の海へと、自ら飛び込むのでしまった。
「えぇッ!? 一千万さぁぁんッ!」
――ドボォンッ……!
「あの――」
「……」
「一千万さん……!」
「……」
「おーーい!!」
「あぁ? なんだ?」
外は雲一つない晴天。人気のない廃ビルを出た一千万と白石は、ハーレーダビッドソンに跨っていた。
――ブォォォンッ!
ゴツいハーレーを運転する金無一千万。そしてその後ろに乗る白石は、あれから一切事情を聞かされていない為、必然的にパニック。先程からずっと一千万に尋ねようと声を出していたのだが、彼女の声はバイクの激しい風音によって、無情にも掻き消されていた。だが、ようやくその声が届いた様だ。
「あの! いきなりバイクに乗らされて、どこに行くんですか!?」
タイミングよく赤信号で止まったのを見計らい、後ろに乗っていた白石が、ここぞとばかりに大きな声で一千万に聞いた。
「ああ、ちょっとな。どうやら面倒くせぇ事が起こったらしい」
「面倒くさい事? 事件か何かの依頼ですか? っていうか、何で私まッ……『――ブォォォンッ!』
白石の疑問は、ハーレーダビッドソンの豪快なエンジン音によって遮られた。
その後も終始困惑し続ける白石であったが、次に彼女がまともに声を出した時には、既に“現場”に到着していた。
♢♦♢
~国道沿い・とある海水浴場~
「ここだな――」
ハーレーダビッドソンを止めた一千万はバイクから降り、ヘルメットを取った。それに続き、白石も同じ行動を取る。
「ここって……海ですよね? 何しに来たんですか?」
目の前に広がる青い海とそこに訪れている多くの人々。海に入ったり、ビーチで日焼けしたり、海の家でご飯を食べたりと、まだ残暑が残る今の時期にはピッタリな光景が、白石の目に映っていた。
「“そろそろ”か」
徐にそう呟いた一千万は、バイクのエンジンは付けたまま、後方のタイヤ横に提げていたバッグから、突如ライフルを取り出した。そして慣れた手つきで素早く組み立てる。
「え、なんでそんなの持ってるんですか!? 許可取ってます?」
「エンジン付けておいた方が、直ぐにズラかれるだろ」
「いや、そんな事聞いないですけど! って、さっきからずっと聞きたかったんですけど、いい加減今の状況を教えてくれませんか?」
白石の言う事はごもっとも。突如バイクを止めたかと思いきや、白昼堂々と、しかも海水浴客で賑わっているこんな場所で、何故この男はライフルを取り出しているのだろうか。
しかも白石が驚いているのを他所に、一千万はライフル上部のスコープを除きながら早くも撃つ体勢に入っていた。
「ちょ、ちょっと……! まさか撃つ訳じゃないですよね?」
次から次へと、一千万の行動に驚かされる白石。だがそんな慌てふためく彼女を他所に、飄々とした顔でライフルを構える一千万は、徐に「よし」と軽く頷いた。そして一千万は納得した表情で構えていたライフルを下ろし、今度は白石へと視線を移した。
「当たり前だろ。俺が何でライフルを撃つんだよ」
「ですよね……。え? じゃあ今これは一体何をッ……「ほら、やれ――」
「……は?」
全く話が噛み合わない中、唐突に親指を立てクイクイっと、手の動きで白石を促す一千万。更にその視線と雰囲気で白石は察知した。
“後はお前がやれ”――という一千万からの無言のメッセージを。
「まさか、私に撃たせようと?」
「他に誰がいるんだよ。しかもライフルなんて撃つ意外に選択肢ないだろ。それを浮き輪代わりに、海でエンジョイ出来るとでも思ってんのか?」
「違いますッ! だからそんな事聞いてるんじゃないですよさっきから! いきなり連れ出さた挙句に、何の説明もなく、終いにはライフルで撃て!……って、全く意味分かな過ぎですから!」
「ったく、ブツブツと面倒くせぇな。最近の若者にしては柔軟性が無さ過ぎるぞ」
「“最近の若者”っていう大きな主語で括らないでくれます? それにこれは柔軟性とか全然関係ないですし!」
流石の白石も堪忍袋の緒が切れたのだろうか。今まで堪えていたものが一気に溢れ出した。
(ほぉ。やはり真吾の姉貴の子だな。切れ方と雰囲気がそっくりだ――)
怒りを露にした白石の一方で、一千万はそんな事を思っていた。
「実はな、緊急で依頼が入った。今さっき、とある時計店に強盗が入ったらしい」
「強盗!? じゃあ直ぐに警察に……!」
「いや。そこは依頼人が裏で違法取引している店だから公には出来ん」
「それ刑事の私の前で言います?」
当たり前のように出て来た言葉に、白石も思わず呆れてしまう。
「普通の店に見せかける為に、商品に紛れて“ブツ”を隠していたらしいんだが、どうやらそれがバレた様だ」
「ブツってもしかして……」
白石はそこまで言いかけ、後は察した様子。
「この仕事に深入りは禁物だ。特に刑事のお前は面倒くせぇことになるからな。それに依頼人が頼んできたのは、盗んだ強盗犯を捕まえる事だけ。それ以外の事情は俺には関係のねぇ事だ」
「一千万って本当に何者ですか……?」
「逃げた強盗犯のルートから推測すりゃ、恐らく“あそこ”を通る筈だ」
「あそこって?」
白石はそう呟きながら、一千万が指差す方向に振り返った。すると、多くの人で賑わう海水浴場のビーチのもっと奥の上の辺り。
距離にしてやく五百メートル程だろうか。そこには高さ二十メートル弱の崖があり、その上は道路。そこを数台の一般車が何台も走り過ぎて行く。
一千万が指差す方向と、今の発言から察するに「時計店を襲った強盗犯というのが五百メートル離れたあの道を通るから、それをお前が狙撃しろ」という事だろう。
意味不明な状況にも関わらず、白石は冷静にそう解釈する事が出来てしまった。
「強盗犯は計三名。全員マスクで顔を覆っていた為に性別は不明。入った情報によると、奴らは黒のセダンに乗って逃走しているらしい」
「黒のセダンって情報だけでは、確実な特定は出来ませんよ。同様の車が通ったらどうするんですか」
「いちいち面倒な奴だな。いいから黙って早く構えろ! 銃の腕には覚えがあるだろう。もう通る頃だぞ」
そう言うと、一千万はバッグから取り出した双眼鏡で通りを確認し、白石を煽った。困惑しながらも、白石は渋々ライフル構え、スコープを除き狙いを定める。
「いくら銃が得意でも、今回は殺すなよ。車を止めて確保するのが今回の目的だからな」
「こ、殺す訳ないじゃないですか! 何考えてるんですか!? しかも“今回は”って、私、今まで殺した事なんてありませッ……「おい、来たぞ!」
双眼鏡を覗きながら、突如一千万が声を張った。彼の推測通り、強盗犯が乗っている黒のセダンが一台、道路を勢いよく………。
「ど、“どれ”です一千万さん……!」
「チッ、よりによってこんな時に――」
白石がテンパるのも無理はない。
ライフルのスコープを除いていた白石の視界には、一台だと思っていた黒のセダンが、なんと偶然にも似た車が三台連続で続いていたのだ。思わぬ事態に一千万も面倒くさそうな表情を浮かべた。
「どうするんですか! って、私何で撃とうとしてるの……!?」
「そんな事はどうでもいい! 黙って構えてろ!」
ハッと、一瞬冷静に自身の現状を見直した白石。しかし一刻を争う事態に、一千万が勢いで場を肯定の雰囲気に持っていった。そして、一千万の推理が発揮される。
二人の視線の先を走るセダンが、逃走中の犯人の車だと言い切れる証拠は無い。だが次の瞬間、双眼鏡で三台の車を見ていた一千万が、白石に向かって指示を出した。
「お嬢ちゃん、一番後ろだ! 三台目のセダンが強盗犯だ! それを狙え!」
「え、どうしてそんな事分かるんです!? しかもこれ、本当に私が撃たないとダメ!? 違法じゃない?」
「大丈夫だ。早く撃て。タイヤを狙って動きを止めるんだ。俺が合図したら撃て」
「そんな無茶苦茶な――」
白石は本当に撃たなければいけないのかと迷いつつも、一刻を争うこの緊迫した状況に、半ば投げやり気味に腹を括った。彼女はスコープで車を捉え、周囲が夏の賑わいを見せている中、一千万と白石の二人だけに一瞬の静寂が訪れていた。
静かにトリガーに人差し指を掛けた白石。もう何時でも狙撃が出来る状態。タイミングを見計らい、ここぞの瞬間に、一千万が白石に指示を出した。
「次のカーブで撃て。曲がりが急だから絶対にスピードが落ちる。入り口じゃなくカーブの出口でな」
「わ、分かりました。もうどうなっても知りませんからね……!」
黒いセダンが三台続く。一台、二台と、スピードを落としながら、順に急カーブ抜けていった。
奥からずっと続いていた道。最も奥こそ五百メートルは離れた距離であったが、一千万と白石が狙った最後のカーブに差し掛かる場所は、今の二人の場所から約二百メートル程まで縮まっている位置であった。
そして、白石がスコープ捉えた、強盗犯が乗っているであろう三台目のセダン。その黒のセダンが急カーブに備え、徐々にスピードを落として――いく筈が、何故が余りスピードを落とす様子が見られない。
「おいおい、あのスピードのまま曲がり切れるッ……『――キキッー……ガンッ……!』
「「!?」」
一千万が心配したのも束の間。直後、強盗犯が乗っていたと思われる黒のセダンが、案の定カーブを曲がり切れずにガードレールに激しく衝突。それと同時に、そのガードレールをも突き破った黒のセダンは、高さ二十メートル以上も下にある海へと、そのまま転落してしまった。
――バシャァァンッ……!!
「マズい、早く乗れ姪っ子!」
「は、はいッ……! 因みに今更ですが、名前は白石です! 白石美桜(しらいしみお)!」
予想外の出来事に、予想外の自己紹介を挟みつつ、一千万と白石の二人はハーレーダビッドソンに跨る。
現在の位置から、セダンが落ちた位置まで約二百メートル程であったが、海水浴場やビーチからはもっと距離が近い。響き渡る様な衝突音により、ビーチにいた大勢の海水浴客達もそれに気付いた。
「なんだ!?」
「あ! 車が落ちたわッ……!」
「今の音なに?」
「事故だッ! 誰か救急車を呼んでくれ!」
娯楽で賑わっていた海水浴場は一転、慌ただしい事態となった。
勢いよくハーレーダビッドソンを走らせた一千万と白石も、ほんの十数秒で車が落ちた急カーブまで辿り着いた。そして何の躊躇もなく、一千万は二十メートルも下の海へと、自ら飛び込むのでしまった。
「えぇッ!? 一千万さぁぁんッ!」
――ドボォンッ……!
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