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始まりの館⑤
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♢♦♢
~銭形家~
「――象橋警視長、亡くなられた銭形康太の所持品等は、鑑識に回しました。死因は、大量に血が流れた事による出血死。遺体の状況から見るに、ほぼ即死だったと思われます。
銅像の剣が刺さった箇所意外に目立った外傷もなく、何らかの原因でベランダから落下し、そのままあの状況に至ったものと思われます」
「……そうか、ご苦労様。他に何か分かったら、また直ぐに教えてくれ」
「分かりました」
複数の赤いパトロールランプが物々しさを感じさせる。
あれから、象橋の通報により、銭形家には救急車や数台のパトカー、警官や鑑識の者達が続々と集まってきていた。
満月が照らす晩に起きてしまった事件。命を落とした銭形康太の遺体が、丁寧に運び出されようとする最中、永子は大声で泣き崩れ、庭に集まっていた一行も、ただ茫然と辺りを見渡す事しか出来なかった。
静かだが、何処か慌ただしく緊張が張り詰めている現場で、幾人もの警察達が、捜査を進めている。
その様子を眺める中、銭形永吉と永一郎、そして須藤明里は、今夜起こった事件について順に事情聴取を受けていた。
少し離れた所で集まっていた使用人さん達も、同様に聴取を受けている様だ。
「――大変な事になってしまいましたね……」
「私達も事情聴取に協力しよう。何が起こったかこちらも把握しないと」
「次男の銭形永二は見つかったのか?」
「いや、まだ何処にいるか分からないらしい」
象橋も少し不思議そうに一千万にそう言った。
被害者と見られる康太と、何らかの言い争いをしていたであろう永二が、館のどこにもいないのだ。
「捜査員が防犯カメラもチェックしたが、銭形永二が外に出た様子は確認出来なかったそうだ」
「じゃあやはり、まだこの敷地内に?」
「恐らくね」
「でも何故こんな騒ぎになっても、姿を現さないんでしょうか? 部屋にもいないって……私達あの時、確かに永二さんを見ましたよね?」
訝しい表情をしながら言う白石。象橋もまだ何処か、腑に落ちないような表情をしている。
「“アレ”がまだ銭形永二本人かは分からねぇだろ」
「――!」
意外な一千万の言葉に、白石は目を見開かせる。白石とは対照的に、象橋からは妙に納得した様子を伺えた。
「成程。確かに私達が見たのは、彼とよく似た特徴の長い髪と手袋。銭形永二の声を聞いた訳でも、顔を確認した訳でもない」
「ああ、そう言う事だ。どっちにしても、今の段階では言い切れない。決めつけの固定観念は判断を狂わせる」
この程よく緊迫した場面で、白石はまた思った。この金無一千万という男は……“見た目に反して”頭がキレる人だなと――。
そして、白石の思いとは全く関係なく、時間は当たり前の様に進んで行くのであった。
「どうして……!? どうして康太がこんな目にッ……! ゔっ……ゔゔっ……!」
地面に座り込み、悲しみに打ちひしがれる永子。父の永吉と長男の永一郎が優しく彼女に声を掛けたり背中をさすっている。横にいた須藤も言葉が出ず、神妙な面持ちのまま俯いていた。
すると、1人の捜査員が館から顔を出し、何やら慌てた様子で象橋を呼んだ。
「――象橋警視長! こちらへ!」
捜査員は、そう言いながら館の中を指差して象橋を館へと促す。呼ばれた象橋も何事かと早歩きで館に向かっていき、そのまま中へと入った。
一分も経たないうちだろうか、今度は象橋が慌ただしく館の入り口から姿を現すと、急ぐ様子で一千万と白石の名を呼んだ。
「一千万、白石君! こっちへ来てくれ! 銭形さん達も一緒に!」
促されるまま、一千万と白石は急ぎ足で向かい、その後を続く様に、須藤が銭形の車椅子を押しながら向かった。
永一郎は、泣き崩れる永子を見ていると言って、その場に残った。
一千万達はそれから数十秒後……。再び予想だにしなかった惨状を、目の当たりにする事となった――。
「「……!?」」
象橋に案内されたのは、館の地下室。他の部屋とは違い、灯されている明かりの数も少なければ、明るさも若干暗い。あまり人の出入りが見られないであろうその地下室には、無造作にあらゆる物が置かれており、全てうっすらと埃が被っている。
部屋の明かりと共に、捜査員が手にする懐中電灯の明かりに、部屋中に舞っているであろう埃が映し出されていた。
だが、その地下室に足を運んだ者達が気になったのは、暗い明かりでもなければ、大量の埃でもない。一千万達の目に飛び込んできた光景。それは捜査員の懐中電灯に照らされた、銭形永二の亡き姿であった。
「え、永二ッ……!?」
「永二さん!? そんな……ッ!」
地下室に置かれた椅子と机。そこに腰を掛けながら、机に上体を伏せる様に倒れている永二は、全く気配がなかった。
目の前の光景を信じられなかったのか、永二の所へ駆け寄ろうと動いた須藤を、象橋が速やかに止めた。
「須藤さん。残念ながら彼はもう生きていません。申し訳ありませんが、鑑識が終わるまでは、誰も近寄ってはいけません」
「嘘……どうして……! ダメよ永二さん……!」
「どうして永二さんが……」
「おい真吾、彼の死因は?」
「ああ。死亡推定時刻は今日の15時頃、死因は、薬の過剰摂取による心不全だそうだ」
象橋の発言に矛盾を感じた一千万が食い気味に言う。
「15時だと? 銭形康太とこの男が口論しているのが聞こえたのが、確か19時ぐらいだっただろ」
「そうだ」
「え、それじゃあ私達が見た永二さは……」
「ああ。アレはやはり銭形永二本人じゃなかった。それしか考えられん」
一千万と象橋は、真剣な眼差しでお互いを見合った。
銭形永二と康太が口論になって、永二が康太をベランダから突き落としたという、一番確率の高い筋書きが消えてしまった。それと同時に浮かび上がる、不可解な点の数々。
銭形康太と口論していたのは、果たして誰なのか――。
一千万達が見た、永二の姿をした人物の正体とは――。
事件が起こる前に、銭形永二に何があったのか――。
一瞬にして様々な思考が頭を巡る一千万。険しい顔で何やら考え事をし始めたのか、彼は徐にズボンのポケットに両手を突っ込むと、近くの壁に背中を当て、もたれ掛かる様な体勢となった。
俯き加減に首を傾け、視線は真っ直ぐ下、自分の足元へと向いている。
煙草でも吸うのかと思いきや、金無一千万は、その体勢のまま急に黙り込んでしまった。
「あの一千万さんと言う方、どうしたんでしょうか? 急に黙り込んでしまって……」
「ああ、アレは一千万が何かを考えている時の“癖”だよ。
白石君、そのうちきっと、彼から面白いものが見られるよ」
「面白いものって……」
何やら考え込む様子の一千万を見ながら、悪戯っぽく微笑んだ象橋。腐れ縁だと言っていたこの二人の関係性について、白石は全く分からない。
だが、象橋がそう言うのならば何かがあるのだろうと、半信半疑ながらも、白石は“その時”を待つ事にしたのだった。
徐に、象橋は手に持っていた袋を銭形永吉と、須藤に見せて言った。
「これは永二さんの近くに置いてあった遺書らしいです。永二さんの筆跡かどうか、分かりますか?」
「遺書じゃと?」
「どうして永二さんが……!?」
須藤は涙ぐみながら呟いた。象橋から渡された、永二の遺書と見られる紙の入った袋を手にする。そして須藤が手に取った紙には、次のような事が記されていた。
『明里……本当に申し訳なかった。取り返しのつかない、大変な罪を犯してしまった私には、他に償える選択肢が思い浮かばなかった。最後まで勝手な事をしてごめん。ありがとう』
それを見た須藤の頬には、いつの間にか大粒の涙が伝い、糸が切れた人形の如く、彼女は膝からその場に落ち、泣き崩れてしまった。
~銭形家~
「――象橋警視長、亡くなられた銭形康太の所持品等は、鑑識に回しました。死因は、大量に血が流れた事による出血死。遺体の状況から見るに、ほぼ即死だったと思われます。
銅像の剣が刺さった箇所意外に目立った外傷もなく、何らかの原因でベランダから落下し、そのままあの状況に至ったものと思われます」
「……そうか、ご苦労様。他に何か分かったら、また直ぐに教えてくれ」
「分かりました」
複数の赤いパトロールランプが物々しさを感じさせる。
あれから、象橋の通報により、銭形家には救急車や数台のパトカー、警官や鑑識の者達が続々と集まってきていた。
満月が照らす晩に起きてしまった事件。命を落とした銭形康太の遺体が、丁寧に運び出されようとする最中、永子は大声で泣き崩れ、庭に集まっていた一行も、ただ茫然と辺りを見渡す事しか出来なかった。
静かだが、何処か慌ただしく緊張が張り詰めている現場で、幾人もの警察達が、捜査を進めている。
その様子を眺める中、銭形永吉と永一郎、そして須藤明里は、今夜起こった事件について順に事情聴取を受けていた。
少し離れた所で集まっていた使用人さん達も、同様に聴取を受けている様だ。
「――大変な事になってしまいましたね……」
「私達も事情聴取に協力しよう。何が起こったかこちらも把握しないと」
「次男の銭形永二は見つかったのか?」
「いや、まだ何処にいるか分からないらしい」
象橋も少し不思議そうに一千万にそう言った。
被害者と見られる康太と、何らかの言い争いをしていたであろう永二が、館のどこにもいないのだ。
「捜査員が防犯カメラもチェックしたが、銭形永二が外に出た様子は確認出来なかったそうだ」
「じゃあやはり、まだこの敷地内に?」
「恐らくね」
「でも何故こんな騒ぎになっても、姿を現さないんでしょうか? 部屋にもいないって……私達あの時、確かに永二さんを見ましたよね?」
訝しい表情をしながら言う白石。象橋もまだ何処か、腑に落ちないような表情をしている。
「“アレ”がまだ銭形永二本人かは分からねぇだろ」
「――!」
意外な一千万の言葉に、白石は目を見開かせる。白石とは対照的に、象橋からは妙に納得した様子を伺えた。
「成程。確かに私達が見たのは、彼とよく似た特徴の長い髪と手袋。銭形永二の声を聞いた訳でも、顔を確認した訳でもない」
「ああ、そう言う事だ。どっちにしても、今の段階では言い切れない。決めつけの固定観念は判断を狂わせる」
この程よく緊迫した場面で、白石はまた思った。この金無一千万という男は……“見た目に反して”頭がキレる人だなと――。
そして、白石の思いとは全く関係なく、時間は当たり前の様に進んで行くのであった。
「どうして……!? どうして康太がこんな目にッ……! ゔっ……ゔゔっ……!」
地面に座り込み、悲しみに打ちひしがれる永子。父の永吉と長男の永一郎が優しく彼女に声を掛けたり背中をさすっている。横にいた須藤も言葉が出ず、神妙な面持ちのまま俯いていた。
すると、1人の捜査員が館から顔を出し、何やら慌てた様子で象橋を呼んだ。
「――象橋警視長! こちらへ!」
捜査員は、そう言いながら館の中を指差して象橋を館へと促す。呼ばれた象橋も何事かと早歩きで館に向かっていき、そのまま中へと入った。
一分も経たないうちだろうか、今度は象橋が慌ただしく館の入り口から姿を現すと、急ぐ様子で一千万と白石の名を呼んだ。
「一千万、白石君! こっちへ来てくれ! 銭形さん達も一緒に!」
促されるまま、一千万と白石は急ぎ足で向かい、その後を続く様に、須藤が銭形の車椅子を押しながら向かった。
永一郎は、泣き崩れる永子を見ていると言って、その場に残った。
一千万達はそれから数十秒後……。再び予想だにしなかった惨状を、目の当たりにする事となった――。
「「……!?」」
象橋に案内されたのは、館の地下室。他の部屋とは違い、灯されている明かりの数も少なければ、明るさも若干暗い。あまり人の出入りが見られないであろうその地下室には、無造作にあらゆる物が置かれており、全てうっすらと埃が被っている。
部屋の明かりと共に、捜査員が手にする懐中電灯の明かりに、部屋中に舞っているであろう埃が映し出されていた。
だが、その地下室に足を運んだ者達が気になったのは、暗い明かりでもなければ、大量の埃でもない。一千万達の目に飛び込んできた光景。それは捜査員の懐中電灯に照らされた、銭形永二の亡き姿であった。
「え、永二ッ……!?」
「永二さん!? そんな……ッ!」
地下室に置かれた椅子と机。そこに腰を掛けながら、机に上体を伏せる様に倒れている永二は、全く気配がなかった。
目の前の光景を信じられなかったのか、永二の所へ駆け寄ろうと動いた須藤を、象橋が速やかに止めた。
「須藤さん。残念ながら彼はもう生きていません。申し訳ありませんが、鑑識が終わるまでは、誰も近寄ってはいけません」
「嘘……どうして……! ダメよ永二さん……!」
「どうして永二さんが……」
「おい真吾、彼の死因は?」
「ああ。死亡推定時刻は今日の15時頃、死因は、薬の過剰摂取による心不全だそうだ」
象橋の発言に矛盾を感じた一千万が食い気味に言う。
「15時だと? 銭形康太とこの男が口論しているのが聞こえたのが、確か19時ぐらいだっただろ」
「そうだ」
「え、それじゃあ私達が見た永二さは……」
「ああ。アレはやはり銭形永二本人じゃなかった。それしか考えられん」
一千万と象橋は、真剣な眼差しでお互いを見合った。
銭形永二と康太が口論になって、永二が康太をベランダから突き落としたという、一番確率の高い筋書きが消えてしまった。それと同時に浮かび上がる、不可解な点の数々。
銭形康太と口論していたのは、果たして誰なのか――。
一千万達が見た、永二の姿をした人物の正体とは――。
事件が起こる前に、銭形永二に何があったのか――。
一瞬にして様々な思考が頭を巡る一千万。険しい顔で何やら考え事をし始めたのか、彼は徐にズボンのポケットに両手を突っ込むと、近くの壁に背中を当て、もたれ掛かる様な体勢となった。
俯き加減に首を傾け、視線は真っ直ぐ下、自分の足元へと向いている。
煙草でも吸うのかと思いきや、金無一千万は、その体勢のまま急に黙り込んでしまった。
「あの一千万さんと言う方、どうしたんでしょうか? 急に黙り込んでしまって……」
「ああ、アレは一千万が何かを考えている時の“癖”だよ。
白石君、そのうちきっと、彼から面白いものが見られるよ」
「面白いものって……」
何やら考え込む様子の一千万を見ながら、悪戯っぽく微笑んだ象橋。腐れ縁だと言っていたこの二人の関係性について、白石は全く分からない。
だが、象橋がそう言うのならば何かがあるのだろうと、半信半疑ながらも、白石は“その時”を待つ事にしたのだった。
徐に、象橋は手に持っていた袋を銭形永吉と、須藤に見せて言った。
「これは永二さんの近くに置いてあった遺書らしいです。永二さんの筆跡かどうか、分かりますか?」
「遺書じゃと?」
「どうして永二さんが……!?」
須藤は涙ぐみながら呟いた。象橋から渡された、永二の遺書と見られる紙の入った袋を手にする。そして須藤が手に取った紙には、次のような事が記されていた。
『明里……本当に申し訳なかった。取り返しのつかない、大変な罪を犯してしまった私には、他に償える選択肢が思い浮かばなかった。最後まで勝手な事をしてごめん。ありがとう』
それを見た須藤の頬には、いつの間にか大粒の涙が伝い、糸が切れた人形の如く、彼女は膝からその場に落ち、泣き崩れてしまった。
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