金無一千万の探偵譜

きょろ

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始まりの館④

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~銭形家~

「――そろそろ始められそうかの?」

 銭形家の使用人に、そう尋ねたのは銭形永吉。現在時刻は、19時を回った。

「あなた達も食事会に?」
「ええ。家族水入らずの所に申し訳ありません」
「私が無理言って頼んだんじゃよ」
「誰も反対などしていません。大勢の方が楽しめますから」

 現在、銭形の部屋には娘の永子と、旦那の康太。そして一千万、象橋、白石と秘書の須藤の姿があった。すると、部屋にいる須藤明里の姿を見た永子が、またも彼女に悪態を付きだした。

「今日は“銭形家”の食事会よね? 何でアンタがいるのよ」
「あの、それは……」
「何? 永二と“付き合って”お父さんにも媚び売ってるからもう家族だとでも思ってんの? 図々しい」
「やめなさい永子! 須藤君、本当にいいかね? 私の口から言っても」

 何やら銭形は、バツが悪そうに須藤に言った。

「本当は食事でもしながら言おうと思ったがの、実はこの度、永二と須藤君がめでたく結婚する事になった!」

 気まずい空気を取っ払うかの様に、銭形は明るい口調で発表した。全員が一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに康太が須藤へと声を掛ける。

「ついに結婚か。おめでとう! 肝心の永二は何処行ったんだ?」
「永二さんはまだ部屋にいるかと」
「そうか。何だよ、皆知っていたのか?」
「私も知らなかったわよ」
「ついこの間永二と須藤君から私も聞いたんじゃよ。永一郎もまだ知らんぞ」
「そう言えば永一郎まだ来ていないな」
「永一郎様も部屋にいるかと思います。先程部屋から声が聞こえましたので」
「主役が揃わないんじゃ話にならない! 俺が永二を呼んでこよう」
「おいおい。もうどっちみち食事じゃぞ」
「会長、そろそろ車椅子に乗っては如何ですか?」
「そうじゃな。ありがとう」

 銭形が引き留めたが、康太は勢いよく永二を呼びに部屋を出て行った。結婚を発表し、正式に家族となる須藤を、まだ受け入れられていない永子であったが、取り敢えずおめでとうと、一言だけ彼女に呟いていた。
 車椅子に乗った銭形を、後ろから押す明里。そのまま部屋を出て行き、残った皆も移動しようとそれに続いた。

 そして次の瞬間、事件は起こった――。


「――止めてくれッ……!」
「「!?」」

 何処からか聞こえてきた叫び声。部屋にいた者全員が、一斉に声のする方へ振り向いた。

「誰だ……今の声」
「そっちの方から聞こえて……「永二ッ……何するんだ!?  やめろッ!」

 さっきよりも大きく、はっきりと聞こえた叫び。声は皆がいた部屋のベランダの方から聞こえて来た。

 その声が聞こえたとほぼ同時、違和感を察知した一千万と象橋は、すぐさまベランダへと向かって走り出す。ワンテンポ遅れて白石も続き、須藤と永子は、困惑した様にその場に立ち尽くしていた。

 今いる部屋の、下の方から聞こえてきた叫び声。声色と発言からして、恐らくその声の主は康太。
 ベランダに出た一千万と象橋、そして白石は、身を乗り出す様に下を確認した。すると、下の階のベランダの手摺りを跨ごうとしている、人物を目撃した。

 上から見た一千万達の角度からでは、丁度顔が見えなかった。辛うじて確認出来たのは、その人物の後頭部と体のみ。
 しかし、その無造作に伸びた長い髪と、手摺りを掴んでいた手が、黒い手袋で覆われているのを、一千万達は確かに確認した。

「あれは……」
「永二さん!?」
「――!」

 永二と見られる男は、一千万達に気付くや否や、瞬時に部屋へと戻って行ってしまった。 それを見た一千万達も、すぐさまベランダを後にし、康太と永二がいるであろう、下の部屋へと急いで向かう。

「何があったんじゃ!?」

 部屋を出てすぐの所にいた銭形が、血相を変えて自身の横を駆け抜けていく、一千万達に声を掛けた。
 車椅子に乗った銭形と、それを押していた使用人。そして須藤と永子は、まだいまいち状況を把握出来ていない。
 突如聞こえた叫び声と、慌てて走り去っていく一千万達を見て、只ならぬ、異様な空気感だけが、より強まっていた。

 一千万は、そんな銭形の声が聞こえたかどうかは分からないが、答えようとする素振りも全く見られぬまま、一目散に階段を駆け下りて行った。
 一千万に代わって、後を続く様に走っていた象橋が、銭形の問いに慌てた様子で答えた。

「まだ分かりませんが、永二さんと康太さんが何か揉めている様です!」
「何じゃと……!?」
「子供じゃあるまいし、何やってるのよ全く」

 象橋の言葉に驚く銭形達。それを聞いた永子も、象橋と白石の後を追う様に、下の階へと向かっていく。

「――おい! 鍵掛かって開かねぇぞッ!」

 慌ただしく緊迫した中、下の階に着いた一千万が、館中に響き渡る程の大声でそう言った。
 一千万の声に、咄嗟に反応した銭形が、徐に上着のポケットに手を突っ込むと、鍵を取り出し近くにいた使用人に渡した。

「急いでこの鍵で開けてやってくれ!」
「か、かしこまりました!」
「銭形さんは私が連れて行きます」

 使用人は鍵を持って、慌てて一千万達の所へ向かう。銭形の位置からでは全く見えないが、下の様子が気になる銭形は、覗き込む様に階段から下を見ていた。
 下からは、一千万がドンドンッと扉を強く叩く音や、他の者達が永二や康太の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。数秒後、鍵を持った使用人が一千万達の元へ着いた。

「早くしろッ!」

 鍵を開けようとしている使用人を煽る様に、一千万が言った。

 ――ガチャ!
 扉の鍵が開き、一千万が扉を勢いよく開けた瞬間……「――うわぁッ……!!」

 誰かの声が鳴り響いたかと思いきや、その直後にズガッという、鈍い音が一千万の耳に入った。一千万達は扉を開けて部屋に入ったが、そこには誰の姿もなかった。

「永二!康太!いないの?」

 永子が、部屋全体に聞こえるぐらいの声で呼びかけたが、反応は無し。一度部屋を見渡した一千万は、慌てた様子でベランダまで行く。
 そして、下を確認した一千万は、何故かその場に静かにしゃがみ込みむと、そこから動く気配が見られなかった。それを見ていた象橋と白石もベランダへ駆け寄り、一千万が落としている視線の先を、何気なく見る。すると――。

「なッ!?」
「え……こ、康太さんッ!?」

 そこには、庭の銅像の剣に突き刺さり、大量の血を流す、銭形康太の無残な姿があった――。

 一千万、象橋、白石の三人が、その光景を見て言葉を失っていると、そこへ来た永子も、この光景を見た瞬間、絶叫の声を上げるのだった。

「キャァァァァァッッ!! こ、康太さん……!?」

 真っ暗な夜空とは真逆な明るさで、辺り一面を照らす、庭の外灯と少しの満月の明かり。
 
 意図せずして、その煌びやかな明かりが、無残な康太の姿までも明るく、鮮明に照らし出すのであった。
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