金無一千万の探偵譜

きょろ

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始まりの館③

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 何となく今は口を挟むべきではない。
 大抵の人間がそう思うこの状況で、またもそんな固定観念を壊したのは、変わらず自分のペースで煙草を吸う男。
 一千万という名の人間が一際存在感──いや、この場合は、悪目立ちというのがしっくりくるだろう。白石は彼の着る派手な柄シャツを見て不意に思った。

「ちょっと! 私達の家なのに何が部外者なのよ。失礼ね」
「お前達が誰かなんてどうでもいい。俺は銭形永吉の話を聞くべくここにいる。用があるのはこの男一人のみ。それ以外は部外者だから出て行け」
「何なのよこの人!」
「落ち着けって永子。取り込み中みたいだからまた後にしよう。夜は食事会もあるしな。まぁ兎も角お前も“幸せそう”で良かったな永二」

 またも永二の背中を、ドンと叩きながらそう言った康太と永子は、その場から去って行った。

 先程、不快そうな態度を示した永二は、今度はそれを隠す様子もなく、ただただ去って行った永二の背中を睨みつけていた。その彼をなだめる様に、須藤が言葉を優しく掛け、二人も部屋を後にするのだった。

「すまんな。見苦しい所を見せてしまって」
「いえいえ、とんでもございません。事情は人それぞれですから」
「何呑気な事言ってやがる。お陰で話が進んでねぇぞ全く」

 吸っていた煙草を、いつの間にか吸い終えていた京蔵は、ポケットから新しい煙草を取り出し、この日三本目となる煙草に火を点け吸い始めた。

「そうだったの。何度も申し訳ない。“金無君”、君に依頼したいのはね……」

 話があちこちに脱線していたが、銭形が再三戻し、今度こそ肝の旨を話し始めた。
 金無《かねなし》と呼びながら、一千万へと視線を移した銭形。ここで白石は、目の前にいる「柄シャツ煙草男」の本名が、『金無 一千万《かねなし いちま》』である事を理解した。

「まず、さっき話した、私の命の恩人である少女を探してもらいたい。今回の怪我で、人生と言うのはいつ何が起こっても不思議ではないと、改めて考えさせられたんじゃ。余生もそう長くはないしの。だから、どうしてもあの時の彼女に、お礼が言いたくての。勿論、この事は家族には内密でな」
「だからそんな人探しなら、俺じゃなくてもいいって言ってるだろ」

 一千万がぶっきらぼうにそう言うと、今度は象橋が事情を話し始める。

「そう言うな一千万。それに、銭形さんからの依頼はそれだけじゃない。話によると、ここ数日、銭形さんの身の回りで不審な事が起こっているんですよね」
「不審な事?」
「ああ。会社や私の家に、差出人不明の手紙が届いたり、交通事故に遭いそうにもなったんじゃ。それと関係あるか分からんが、この足の怪我も、階段で降りようとした際に、何かに引っ掛かった様な気もするんじゃ。まぁ歳だからの、何もない所で躓く事もあるがね。実際、病院から家に戻った時に調べたんじゃが、特に何もなかった」
「まぁその怪我は分からねぇがよ、届いたっていう、その手紙の内容は?」
「脅迫文さ。“今すぐ会長の座から降りろ。さもなくばその身に災いが起こる”とね」
「なんだそりゃ。ただの悪戯じゃねぇのか」
「私もそう思って気にも留めていなかったんじゃが、その手紙が届いてからというもの、本当に色々と起こっておるからの……」

 話す銭形の表情は険しくなっていた。

「なら普通に警察に頼めばいいだろ」
「そこがまた難しくてな。来月にこの銭形グループの新規事業立ち上げと、創設50周年のプロジェクトや、パーティが開催される事になっているんですよね?
そんな大切な時期に、社員の皆に心配させたり、会社のイメージダウンに繋がる様な事は極力避けたい、という銭形さんからの思いがあってね」
「ただ面倒くさいって事だろ。成程。つまりこういう事か。その家族に隠してる女を見つけ、且つ公にもせず、いるかどうかも定かじゃない不審者を捕まえろと、そういう要件か」

 オブラートに包んでいたであろう様々な事情を、一千万が一気に取っ払った。余計な私情を削ぎ落したシンプルな答え。単純明快にするのならば、これが最も正しいのだろう。

「まぁそう言う事だ」
「回りくどいんだよ、話が。それで手頃そうな俺に頼んだ訳か」
「ハッハッハッ。ここまでくると気持ちの良い男じゃ。どうだ? 私と一緒に働かんか?」

 銭形が何気なく放った言葉に、一千万は「そりゃ"金"次第だな」と、一瞬な不敵な笑みを浮かべで答えていた。

「ひとまず事情は理解してくれたな? 後は頼むぞ一千万」
「頼むって言われてもな、勿論限度はあるぞ。まず、アンタの命の恩人であるって言うその女。他に情報は何もねぇのか?」
「一応あるにはあるんだがの……ほら、そこの机の上に、名前と住所が書かれた紙があるじゃろう」

 銭形が指差す机の上には、一枚のメモ紙が置かれている。一千万は腰を上げ、机の元まで歩くと、その紙に目を通した。

「名前も住所も分かってるなら行けばいいじゃねぇか」

 一千万の言う通りであった。
 話を聞いていた白石でさえも同じ事を思っていた。人探しで名前も住所も分かっている。ならば話は早い。

「それがな、当時少女の家が分かったから私も訪ねようと思ったんじゃが、その時に少女の家が火事になってしまっての……。偶然にも、火事が起こった時に息子の永二と康太が近くにいたらしく、永二が何とかその彼女だけわ助け出したそうだ。あの子の火傷はその時のものでの」
「そうだったんですね……」
「勿論、永二はその助けた少女と私が会っていた事は未だに知らぬ。そんな話をするタイミングでもなかった。火事の後に聞いた話だと、どうやらその火事で少女のご両親が亡くなってしまったらしく、身寄りのない彼女は何処かの施設に預けられたと聞いたんじゃ」

 そう話す銭形の目は、いつの間にかうっすらと涙ぐんでいる様に見えた。

「つまりこの住所はそん時のもので、“今”何処にいるか分からねぇって事だな」
「ああ」
「唯一の手掛かりである名前も苗字だけ……。って事はやっぱり情報が無いのと変わらねぇな」
「探せるかの?」
「保証はない。当たり前だがな。本来ならこんな事してる暇はないが、天下の銭形財閥の会長様の頼みとなりゃ、こっちは期待していいんだろ?」

一千万は再びニヤリと口角を上げながら、左手の親指と人差し指で輪を作り、象橋に"金"をイメージさせた。

「おい一千万。少しぐらい言葉を選んだらどうだ」
「いや構わん。都合の良い頼み事をしているのはこっちじゃからな。それにお前さんの様な男は嫌いじゃない」
「まぁこっちの人探しはどうにかなるだろう」
「え……?」

 横で聞いていた白石は思わず声を漏らしてしまった。

「何だお嬢ちゃん。俺じゃ探し出せないと思ってんのか?」
「い、いえ! そういう訳では……!ただ……」

 白石が驚くのも無理はない。苗字しか分からない彼女を探し出すのは、容易ではない。情報が少なければ少ない程、探すのに労力を費やす。それに、当然見つかる保証なんて、どこにもないのだから。
 しかも今聞いていた話の中で、得た情報は名前だけ。明らかに困難であろう人探しの依頼に対して、金無一千万の言葉は驚く程あっさりしていた。

「流石だな。まさにTHE・探偵と言った依頼だろ一千万」
「うるせぇな。何度も言うが俺は探偵じゃねぇ。それによ、さっきから微妙に失礼なお前の部下は何故ここにいる?」

 一千万は突如白石を見ながら言った。ただ普通に見ただけであったが、白石は睨まれたと思い込み、慌てて視線を逸らしていた。

「ああ、それに関してはまたおいおいな」

 象橋は何やら意味ありげに言うと、直ぐに話を戻すのだった。

「取り敢えず少女探しは当てがありそうだな。それよりも、銭形さんを狙ってるであろう人物を突き止めたい所だね」
「心当たりはないのか、銭形さんよ」
「そうじゃな……仕事関係で言えば、立場上それなりの人と関わっておるからの。誰かしらが私に不満や恨みを抱いている事も否定は出来ぬな」
「金目的の犯行にしてはやり口が不自然過ぎる。誘拐されるでも人質を取られる訳でもない。ましてや向こうから金銭の要求もねぇ。だとすればその手紙通り、理由は知らないが、金よりもアンタに会長の座を降りてほしそうだ」
「お金ではなく、銭形さん個人を狙った犯行か」
「そう考えるのが自然だな」

 そんな会話をしながら、銭形も思い当たる節を考えている様子であったが、結局これと言った決定打が無く、数日間様子を見ようという結論に至った。
 そして銭形達が、何度か会話で口にしていた食事会。今夜は銭形家が集まり食事をするとの事で、そこにも同席してほしいと頼まれた京蔵、象橋、鶴田もその食事会に参加する事となった。

 現在の時刻はまだ太陽が元気な11時過ぎ。
 一千万達は銭形への脅迫文や直近の出来事、探し人である少女の事や、その他諸々と調べて準備している間に、辺りはすっかり暗くなった。
 食事会に向け、次第に館内が賑わしくなってきた事も感じ取れる。

 図らずも、この食事会が、後に悲劇を生む事になるとは、当然誰も知る由は無かった――。
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