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4杯目~導き酒~

49 訪れた終焉。そして…

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~特別区域・世界樹エデン~

「ハァ……ハァ……」
「終わったんだよね……?」
「ああ……そうみたいだな」
「……」

 つい数秒前までの激戦が嘘かの如く、辺りは静寂に包まれていた。

 俺達の目の前には、地に倒れる巨大な満月龍。

 斬った首と胴体は2つに分かれ、切り口からは血が溢れ出ている。
 
「満月龍討伐成功。これで任務は完了しました」

 良くも悪くも場の空気を気にしないリフェルの言葉によって、まるで実感が湧いていない俺達を一気に現実へと引き戻したのだった。

「よっしゃぁぁ! 遂にやったんよ!」
「嘘みたいだな」
「これでやっとアナタ達とも離れられるわ」

 皆が喜びを露にした。

 終わった。

 本当に終わったんだよなこれで……。

 あの満月龍を……俺達は本当に倒したんだ――。

 その瞬間、一気に倦怠感が体を襲ってきた。

 あ~、しんどい。

 俺はそのまま倒れ込む様に仰向けになった。

 どっと疲れが押し寄せてきたな……やはりもう若くねぇ。

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、アクルもエマも項垂れる様に座り込み、ルルカは転んだ瞬間タヌキに戻った。

「……ん?」

 何だこれ?

 寝転んでいると、顔の辺りに小さな1つの光がフワフワと漂ってきた。

 これは確か……エデンの樹の周りにあった、還ってきた魂……?

 漂ってきた魂を何気なく目で追っていると、その魂はゆっくりリフェルの方へと向かって行った。

 それと同時、気が付くとアクル、エマ、ルルカの頭の上にもそれぞれ魂が。

 そして、フワフワと浮いていた魂がゆっくりと皆の体へ入っていったと思った刹那、皆の意識が無くなったのか突如頭が項垂れ動かなくなった。

「お、おいッ……どうしたお前ら……大丈夫か?」

 4人共俯いたまま反応が無い。

 どういう事だ……一体何がッ……「――“あなた”」

「……!」

 俺は耳を疑った。

 聞き間違いか……?

 俯いて動かなくなったかと思いきや、リフェルが突然頭を上げそう口にした。

 真っ直ぐ俺の目を見て――。

「――“パパ”!」
「――お~い、“こっち”だよ!」
「……⁉」

 何だ……何が起きてる……?

 リフェルに続き、今度はエマとアクルがそう口にした。2人も俺の方を見て……。

 全く理由は分からない。

 何が起きているのかも。
 
 だが、気が付くと俺は涙を流していた――。

「“マリア”……“ミラーナ”、“ジェイル”……」

 そう。

 見た目は確かにリフェル達のまま。

 しかし、“そこ”に存在しているのは間違いなく……“俺の家族”だ――。
 
「マリア! ミラーナ! ジェイル!」

 体の疲れなど一切忘れ、俺は皆の元へ駆け寄り抱きしめていた。

「パパ!」
「あなた」
「ゔゔッ……お前達……!」
「パパ小さいね」

 信じられない。

 この際夢でもいい。

 だからもう少し覚めないでくれ。

「ゔッ……ゔゔッ……悪かったッ……助けてやれなくて……ッ!」

 ずっと言えなかった言葉。

 ずっと伝えなきゃいけないと思っていた言葉。

 他にも言いたいことは沢山ある筈なのに、自分の口から出た初めの言葉がこれだった。

「パパなのに泣いてる!」
「別にパパせいじゃないよ。ね、ママ!」
「フフフ、そうね。私もミラーナもジェイルも、誰もあなたのせいだなんて思っていないわよ」
「ゔゔゔッ……!」

 ダメだ……涙が止まらねぇ。

「ねぇ、パパ泣き過ぎじゃない?」
「見て! 僕こんなに大きくなってる!」

 リフェルにはマリア、エマにはミラーナ、そしてアクルにはジェイルの魂が宿っている様だ。

 そして……。

「あなた、“パク”も来たわよ」
「ワンッ!」
「――! パク⁉」

 俺達が飼っていたもう1匹の家族。

 どうやらパクの魂はルルカの体を借りた模様。

 タヌキの姿が今日ほど役割を果たしたことはないだろう。

 羽が生えたタヌキでワンと鳴くなんて、一体どんな不思議生物なんだ。

 ふとそんな事を思うと、何だか可笑しくて笑えてきた。

「ハハハ。おいパク! 久しぶりだな」
「ワンワンッ!」
「フフフ。凄い嬉しそうねパクも」
「俺もお前達に会えて嬉しいぞ本当に」
「私も!」
「あのドラゴン、パパが倒したの?」
「ああ、まぁな」
「凄ぇぇ! やっぱパパは強かったんだな!」
「当たり前の事言わないでよジェイル!パパは大勢の人と国を守ったヒーローなんだから!」
「そうね。ミラーナとジェイルのパパは凄いのよ」
「マリア……」

 王国を守っていた騎士団として……人の命を選ぶことなんて絶対にない。命は皆平等だ。

 だが本当に1番守りたかったものを、俺は守れなかった。

 それなのに……俺の事を恨んでいるどころか、お前達はそんな風に思ってくれていたんだな……。

「マリア、お前達を守れなくてすまなかった……」
「ダメよ! パパが子供達の前でずっとそんな顔していたら!」
「……!」
「私達やリューテンブルグの不運は全て満月龍が原因。あなたじゃないわ。それどころか、あなたは多くのものを守ったのよ。大丈夫、誰もあなたを恨んでなんかいない。
過ぎた事を何時までもくよくよしているカッコ悪い姿を、これ以上2人に見せないでよね!パクにも!こっちは死んでるって言うのに気が滅入るわよ全く」
「おいおい……何もそこまで……」
「あー!パパ怒られてる!」
「だから当たり前の事言わないでよ。何時もの事でしょ」
「ワンッ!」
「お前達まで……」
「フフフ。これで分かったでしょ? 私達は大丈夫だから安心して。皆あなたの側にいるから」

 願わくば、一生このままでいてほしいと思った。

 でも多くを望んではいけない。

 これは当たり前ではないのだから……。

 もしそれが奇跡と呼べるものなら、尚更欲をかいてはいけない。

 起こり得る事があり得ないから、人はそれを奇跡と呼ぶのだ。

 そしてこれは間違いなく、俺に訪れた小さな奇跡――。

「そろそろ時間ね……」

 マリアがそう言うと、皆の体からゆっくりと零れ出す光が、世界樹エデンへと吸い寄せられていく。

「もうお終い? 折角パパよりも大きな体になってたのに!」
「ジェイル……」
「パパ! パパがドラゴン倒したって、友達に自慢しておくからね!」
「ミラーナ……」
「ワンッワンッワンッ!」
「パク……」

 やべぇ。また涙が零れそう……。

 ダメだ。

 堪えろ。

 皆があんな笑顔なのに、俺だけ泣くんじゃねぇッ……!

「ジェイル、次遊ぶ時までにはもっと身長伸ばしておけよ!」
「勿論! パパよりもずっとデカくなるよ!」

 それは楽しみだ。

「ミラーナ、パパは強いだけじゃなく、見た目もカッコイイって自慢していいからな!」
「それは無理だよパパ! 嘘は付けないの!」
「なッ……⁉」

 おいおい、そりゃ確かにそうだけどよ。

「ワンワン!」
「パク、お前もミラーナと同じ事思ってやがるな?」

 パクはかなり賢い。
 
「フフフフッ!」
「笑うなって」
「また泣きそうだったけど頑張って堪えたみたいね。そんな涙もろかった?良かったわ、最後にまた怒らなくて済んだみたい」
「マリア……会えて良かった。ありがとう」
「私もよ。こちらこそありがとう、ジン」
「俺もそのうち逝くからよ、少しだけ待っててくれ。子供達とパクを頼む」
「ええ。皆でのんびり過ごしながら、あなたが帰って来るのを待ってるわね。しっかり鍛えておかないとまたドラゴンに苦戦するわよ」
「縁起でもねぇ事言うなよ……」

 皆の体から溢れ出す光が止まった。

 最後の一筋が揺らめきながらエデンの樹へ還って行く。

「じゃあなお前ら! そっち行ったらまた遊びまくるからな!」
「うん! 僕はパパより強くなってるからもっと修行してきて!」
「私はパパと話したいから、一杯お話用意しておいてね!」
「ワンワンッ!」
「それじゃあまたね……ジン」
「ああ。マリア、ミラーナ、ジェイル、パク! 皆ありがとう!」

 そうして最後の一筋の魂が、世界樹エデンに還った――。

「……ん? あれ……?」
「今何が……?」
「ちょっと。何で皆でくっ付いてるのよ。離れて」

 正気に戻ったリフェル達は少し困惑している様だ。

 まぁそりゃそうなるよな。

「おい! いくら疲れたからって急に寝るんじゃねぇよ。しかもこんな所で」
「え? いつの間にか寝てたの俺? アクルちゃんも?」
「ん、ああ……いや、そんなつもりはないが……寝たのか?」
「私にもよく分からないエラーが出ていますね」

 やはり皆意識は無かったみたいだ。

 エデンの樹には魂も還る……か。

 きっとこの話は誰かに話したところで信じてもらえそうにねぇな。


「――よし、終わりだ。俺達も帰るぞッ!!」
「あ、ああ。そうだな」
「どうしたんよジンの旦那。急に元気になっちゃって」
「初めてオヤジと意見があった。用は済んだから早く帰るよ」 
「そうですね。それじゃあ帰りましょうか」






 こうして遂に目的を果たした俺達は、まるで満月龍のその存在の如く……全てが幻であったかの様な何とも不思議な旅に終止符を打ったのだった――。
 

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