邪神降臨～言い伝えの最凶の邪神が現れたので世界は終わり。え、その邪神俺なの…？～

第4話 極寒地獄

「ひゃはは。熱には強い様だが、冷気はどうだろうな」
「大体の奴はこっちの方が辛い、って言うぜ。へ……へくしょん！　寒っ！」

　寒さに耐え切れなくなったのか、鬼ど共は直ぐに“極寒地獄”から退散した。
　ここはあらゆる存在を凍て尽くす、恐ろしい地獄らしい。周囲には、完全に固まってしまった人達の氷の像が何百体もあった。

「なんだ、どんなものかと期待していたのたが、実に残念だ」

　今の俺にはこの程度の冷気は全く通用しない。これでは修行にならないではないか。

「無駄に一万年は過ごしたくはない。何か出来る事はないだろうか」

　凍った人達に氣を送ってみたが、無駄だった。流石にこの状態では、もうどうにもならない様だ。

「そういえば俺は、過酷な環境に耐える事のみに注力してきたが、環境自体を変える事は出来ないだろうか」

　氣を熱に変化させる。それが可能となれば、この極寒地獄から、彼らを救う事が出来る。
　氣はそこら中にあるのだから、熱への変換さえ出来れば、幾らでも温度を上昇させる事が可能な筈だ。
　そう思い、俺は早速修行を開始した。

　三千年後。

「はあああああっ！」

　俺が触れていた女性から、物凄い量の水蒸気が放出される。大成功だ。
　凍結状態から回復した女性が、頭を下げた。

「あ、ありがとうございます」
「うむ、私の傍にいなさい。周囲五メートルまでなら、温度が保たれている」

　救出する事が出来た人はこれで十三人目だった。これ以上助けるには、もっと熱を生み出さなければならない。俺は更なる高みを目指し、修行を続けた。

　三千年後。

「ふしゅぅぅぅぅ」

　俺の周囲百メートルが一気に熱気に包まれる。凍っていた人々は、これで全て救い出す事が出来た。

「ありがとうございます、極寒の王よ！　私も弟子にして下さい」
「うむ。では私と共に、氣の道を歩むがよい」

　四千年後。

「はっ！」
「しゃあああああああ！」
「だらあああああああ！」

　俺と弟子達の氣により、極寒地獄は何とも温暖な気候の楽園と化した。これだけ豊かな地であれば、良い小麦が育つ事だろう。

「こらルルカ！　テメェは余計な事ばかりしやがって。この極寒を作るのに、幾らかかったと思ってやがる！」

　鬼共が怒りを露にし、ドスドスとやって来た。

「じゃあ今度は、凍らせる修業でもしてみるか」
「黙れ、テメェは次の地獄行きだ！」

　俺は弟子達に振り返る。

「後はもうお前達で大丈夫だろう。宜しく頼むぞ」
「はい！　我ら魔法もスキルも捨て、ひたすら氣の道を邁進してまいります！」

　頭を深々と下げる弟子達に見送られ、俺は極寒地獄を後にする。

　弟子達は元々、優れた魔術師だった。
　極寒地獄に来た当初は、火炎魔法で凍てつく寒さから身を守ろうとしたらしいが、それは、数秒もしない内に不可能だと思い知らされた様だ。
　俺は彼らに説いた。真の強さとは、努力によってのみもたらされるのだ、と。魔法もスキルも所詮は神からの頂き物。そんなものに頼ってはならぬ。
　弟子達は感動の涙を流し、それ以来一度も魔法とスキルを使用していない。

「きっと彼らなら、更なる武の境地に到達出来るであろう」

　俺は満足気に微笑み、次の地獄へと向かった。

「シャシャシャシャ！　気分はどうだ？」
「うむ、まあまあだな」
「何、畜生め、ここも駄目なのか！」

　鬼共は悔しそうに去って行く。
　俺が浸かっているのは毒の沼だ。あらゆる毒が混ざっているらしいのだが、俺の氣に阻まれ、完全に無効となっている。

「これは困ったな、まるで修行にならんぞ」

　このまま一万年を過ごすのはあまりに時間の無駄だ。何とか良い鍛錬方法を考えなくては。

「ん、そういえば、どこかの武人が毒も栄養もなんちゃら……と言っていたな」

　体に害があるからと拒んでいては、真の強さは手に入らない、とかいう言葉だった。最強の存在である勇者を目指すのであれば、この程度の毒も食って栄養にせねばいかぬか。
　俺は敢えて氣を弱め、毒を体内に取り込む事にした。

　五千年後。
　俺はありとあらゆる毒を取り込んだ事で、その毒を自在に分泌出来る様になった。俗にいう「毒手」という技だ。

「シャシャシャ、テメェの情けねぇ面を拝みに来てやったぜ」

　丁度良い所に鬼がやって来た。だからその鬼の足に触れてやった。

「ぐふおぇぇッッ！？」

　鬼は血とゲロ吐き、悶絶する。

「死ぬぅぅぅぅぅ！」
「いや、そこまでではないだろ」

　鬼達は死者に苦痛を与える事は得意だが、自分が苦痛を受ける事にはまったく慣れていない。だからリアクションがいちいち大袈裟だ。
　鬼という存在は、地獄において圧倒的強者である筈。そうでなければ、簡単に死者達の反乱が起きてしまう。
　この程度の毒など、なんて事はない筈だろう。恐らく俺への当てつけ、猿芝居だ。地獄の鬼というのは本当に嫌な性格をしている。

「た、たすけ……て……く…………」

　鬼は動かなくなった。

「え、嘘だろ？」

　鬼の氣を感じ取ろうとしたが、駄目だった。どうやら本当に死んだ様だ。

「マズい、やっちまった。証拠を隠滅しなくては」

　独の沼から上がり、周囲に誰もいない事を確かめ、俺は鬼を毒の沼に放り込んだ。

　その後、鬼仲間が捜索に来たが、俺は適当に話を合わせて誤魔化した。

「鬼って案外弱いのか？　いや、そんな訳ないか。たまたまコイツが毒に弱い個体だったんだろう」

　鬼全員がこんなに弱いのであれば、誰でも簡単に地獄を制圧出来てしまう。それは可笑しな話だ。

「しかし、解毒の手段を用意しておかないとマズいな。またうっかり毒殺してしまうかもしれない」

　この毒を氣志で浄化出来ないだろうか。
　俺は新しい鍛錬を開始した。

　五千年後。

「うらぁぁぁぁぁッ！」

　毒の沼が一気に美しい泉となった。それはもう、地獄とは思えない景色に。
　つまり、俺はあらゆる毒を浄化出来る様になったという訳だ。これでもううっかり鬼を殺す事もない。

「我ながら素晴らしい透明度。かなり深い毒の沼なのに、しっかり底まで見え――ッ！？」

　見え過ぎた結果、沼の底に沈んでいる、いつかの鬼の死体を見つけてしまった。地獄は死体が分解されないらしい。これは困ったな。
　ひとまず俺は底まで潜り、鬼の死体を引き上げる。

「はあっ！」

　氣を熱に変換し、死体を一瞬で蒸発させた。

「何やってんだ」

　背後から鬼に話し掛けられた。だから下手な口笛を吹いて誤魔化した。

「……？　次の地獄へ行くぞ、来い」

　なんだか上手くいった様だ。思わず笑みが零れ、俺は鬼の後に付いて行った。

　今思うと、俺を次の地獄に連れて行った事が、鬼達の最大の失敗だったと言える。