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第2章~試験と赤髪と海上ギルド~

23 期待当たり

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 あれ以来、何度も試したがダメだった。
 いくら出そうと思っても出せない。渡そうと思っても渡せない。あげようと思ってもあげられない。

 職種適正で【魔力商人】と分かった時から、もしそんな事が出来ればとずっと心の片隅で思っていた。

 でも現実は甘くなくて、自分が思い描いていた理想とは全く違う。数年も経つと、もう諦めてそんな理想すらも考えなくなっていた。

 でも、そんな時にそれは起こった。

 人生で初めて、自分の命よりもこの人を“救いたい”と思う人に出会った。その子だけでも助けたいという一心で、他は何も思っていなかった。

 いつかに思い描いていた理想。いや、それ以上の出来事。あの1回は、きっと最初で最後の神様からの贈り物だと、そう思っていた。

 だがそうだとしたら、神様は案外僕に甘いのかもしれない。

「――これは……」

 もう出来る事はないだろうと思っていた“それ”が、今まさに起こっている。

 通常とは比べ物にならない程、強く光り輝く魔力。それだけ輝いているのに、不思議と眩しさは感じられない。寧ろ暖かみを感じてしまう。まるで暖炉の火の様に。

 そして僕の体からあり得ないぐらい溢れ出ている魔力は、あまりに自然に、ディオルドさんへと流れていった。

「凄ぇなおい……」

 僕は魔力を渡す側。それを受け取った側の感覚は当然分からないけれど、もう“これで終わり”――。
 ディオルドさんの表情がそう物語っていたんだ。

「茶番は終わったのか?ディオルド、君はとんだ期待外れだったよ。もう全員まとめて片づけてあげる」

 クレイの言葉通り、これが最後の攻撃だろう。極限まで高められた魔力。クレイはもう何も言わず、ただただ蔑んだ冷酷な瞳で僕達目掛け剣を振り下ろした。



「――その期待、当たりだと思うぜ」


 何も変化なし。

 いや、“何か”が確実に起こったが、何も見えなかった。
 僕だけじゃない。ティファ―ナもゴーキンさんも試験官さん達も、誰も見えなかった。誰も起こった事さえ分からない。いつ攻撃したのかも、そもそも攻撃したのか刀を抜いたのかさえも分からない。瞬きしたら今の状況になっていた。

 唯一今確認出来たのは、ディオルドさんの持つ刀に浮かび上がっていた光る“紋章”。
 
 ティファ―ナの時と同じだ。

 吹き荒れていた凄まじい風は嘘みたいに消え、クレイ自身も困惑していた。

 地面に両膝を付き、荒い呼吸をしながら斬られた胸を抑えていた。胸部、そして抑えている手にジワリと血が滲んでいく。血は止まることなく、瞬く間にクレイの体を赤く染めた。

「心配するな。傷は浅くしといたから助かる」
「ハァ……ハァ……ふざ……けるな……ッ!」
「いつまでもふざけてるのはお前の方さ。おーい!試験官!早くコイツ拘束して医者に連れていってくれよ」

 ディオルドさんは何食わぬ顔で試験官さん達に言った。

 慌ただしい騒動も一転、終わりは余りに突然だった。
 茫然としていた試験官さん達もハッと我に返り、急いでクレイを拘束すると、僕も乗ってきた鳥の召喚獣を再び出した。

「試験は終了だ!私はこの子を医者へ連れて行く。君は飛ばされた他の希望者達を見て来てくれ。騎士団へ報告し、皆の迎えを向かわせる様にする」
「分かりました!」
「ディオルド君、ゴーキン君。それから彼女も君も、他に怪我は大丈夫かい?」

 試験官さんが僕達に聞いてきたが、僕は何もしてないから当然怪我など一切無し。ディオルドさんもゴーキンさんも全く問題ないと言い、まともに攻撃されたティファ―ナも、すっかりいつも通りだった。

 皆が大丈夫だと分かると、試験官さんはクレイと一緒に召喚獣に乗って飛んで行った。残るもう1人の試験官さんが「他の皆の無事を確認する為に戻ろう」と言い出すと、ティファ―ナも来た時と同様に魔法で海流を出し、皆それに乗って一気にスタート地点へと戻った。


♢♦♢


 クレイの言葉に信用が無かったが、スタート地点に戻ると他の希望者達も全員無事だった。

 ザワついていた皆に試験官さんが事情を説明し、慌ただしい現場も次第に落ち着きを見せていった。

 説明し終わった直後、先程の試験官さんの報告を受けた騎士団員数名が移動用の魔法で現れ、そのまま一斉に街へと向かう事になった。

 流石にこの人数を移動魔法で飛ばすのは難しいもんね。入団試験でこの様な事が起きたのは初めてだと話す騎士団員達。そりゃ驚くよな。僕も未だに落ち着かない。

「とんだ見学になってしまったね」

 街へと向かっていた道中、試験官さんが僕に話しかけてくれた。

「ハハハ……一時はどうなるかと」
「確かにね。でも君がいてくれて助かったよ。凄い力を持っている様だね!どうかな?是非騎士団に」
「いやいや、僕なんてとても無理ですよ。強くないし商人ですもん」
「騎士団はどんな職種の人でも歓迎だよ。自分の得意を発揮し、苦手な所は他の人がカバーする。強さだけが全てじゃないさ」

 騎士団の人はやはり人間性も素晴らしいんだな。あんな事があったばかりなのに、僕なんかを気遣ってくれてる。
心配も顔に出ていたか僕は。

「アイツは、クレイはどうなるんですか?」
「どうだろうね……それは騎士団や国が決めるだろうけど、どの道罪は軽くないよ」
「そうですよね……」

 そんな会話をしながら暫く歩くと街に着いた。

「じゃあ僕達はここで」
「ああ。気が変わったらいつでも入団試験受けてくれ。あの女の子も一緒にね」

 試験官さんはティファ―ナを見ながら僕にそう言った。
 それは止めておいた方がいいですよ。とは流石に言えないから、ハハハと笑って誤魔化しておこう。

 皆はそのまま騎士団の屯所へと向かって行く中、僕とティファ―ナは試験官さんに別れを告げた。

「ありがとうございました」
「騎士団楽しそう~!私も入りたいな」
「ハハハ!どうやら彼女は乗り気だね。いいよ。いつでも受けにおいで」
「やった!」

 おいおい……。冗談で済まないから止めてくれホントに。話していると、ディオルドさんとゴーキンさんもやって来た。そしてディオルドさんは唐突に僕に聞いた。

「そういえば名前は?」
「僕?僕はジル。ジル・インフィニートです」
「ジルか。お陰で助かったぜ、ありがとな」
「と、とんでもない!お礼を言うのはこっちです!僕の方こそ何度も助けてもらってありがとうございました!」

 あれからバタバタしてお礼が言えてなかったから、最後にちゃんと言えて良かった。
 ゴーキンさんもに別れをつげ、ゴーキンさんと試験官さんは手を振りながら屯所へ向かって歩き出した。


「――俺はここに残る」


 ディオルドさんは確かにそう言ったんだ――。
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