上 下
39 / 112

ユリマ・サーゲノムの正体

しおりを挟む
♢♦♢
 
~フィンスター・大聖堂~

 ラグナレクの討伐説明を終えた大聖堂内は、先程の盛り上がりが嘘かの如く静まり返っていた。

 事を告げ終えたイリウム様や執事、そして明日のラグナレクの討伐について説明を受けた大勢の冒険者達は、その熱気が冷めやらぬまま皆いつの間にか大聖堂を後にし、明日の討伐まで各々の時間を過ごすのであった。

 グリム達が1番最後に大聖堂を後にすると、そこはもう誰もいない無人の聖堂。物音1つしない静かな空間の中、とある一室だけ眩い光が灯されていた――。
 
「……もう誰も残っていませんね。明日が楽しみなんていう感覚は久しぶりです。フフフ」

 光の灯されている場所は、王家ルートヘルム家の当主であるイリウム様の部屋である。この大聖堂もまたイリウム様の所有する物。
見るからに高価そうなテーブルやソファが置いてあり、部屋にあるどれもが煌びやかで気品ある装飾が施されていた。

 この部屋の奥には一際存在感のある大きな椅子が1つ。誰が見ても、この椅子には最も地位の高い者が腰を掛ける場所であろう事が伺えた。
 
 故に、そこに座るのは勿論ルートヘルム家の当主であるイリウム様……ではなく、何故か魔法団の団長であるリリアン・ゾーがその椅子に深く鎮座していた――。

「未だに私にはあの者達がとてもラグナレク討伐の戦力になるとは思えないのですが、何はともあれ全て“ユリマ様”の計画通り順調に進んでおりますね」
「勿論です。私の計画に狂いは生じませんから。それにしても、本当に純粋で真面目な子達ですねグリムさん達は。
念には念をと思いわざわざ白銀のモンスターの情報までチラつかせましたが、その心配もなかった様です。グリムさん達では他の有象無象と違い、目の前の報酬だけに食いつく事はないでしょうからね」

 そう話すリリアンとイリウム様……いや、今は当主であった筈のイリウム様が片膝を付き、目の前の椅子に座るリリアンこと“ユリマ・サーゲノム”と言葉を交わしている。

 彼女は他でもないリューティス王国が誇る七聖天の1人である、あのユリマ・サーゲノム。座る彼女の膝の上では魔道賢書ノアズが淡い輝きを発している。そして彼女のその姿は、グリム達に声を掛けたユリマというあの王家の者ともまた“同一”であった。

 ユリマは下ろしていた紫色の綺麗な長い髪を結ぶと、横に置かれていたカップを手に取り飲み物を一口飲んだ。

「彼らや他の冒険者達にも最後までバレませんでしたね」
「ええ。他の七聖天の方々と違い、私は元々公にあまり顔を出していませんからね。グリムさん達も流石に私の顔を知らなかった様です。私の事を元から知っているか余程勘が良くない限り、名前だけで私との正体を一致させるのはほぼ不可能。
まぁそれ以前に、私は既に“視て”いましたから絶対にバレませんけどね。フフフ」

 七聖天のユリマ。魔法団団長のリリアン。そして王家の者ユリマと、彼女は幾つもの名前と姿に変化する神出鬼没な謎多き女。 そんな彼女の本当の狙いや思惑など、この時はまだ到底彼女以外に知る由もなかった。

「ユリマ様、明朝のラグナレク討伐にはユリマ様も加わるのですか?」
「それは勿論です」
「そうですか。それとラグナレクは勿論の事ですが、国王様より直々に命を出されているあの少年と白銀のモンスターの事はこのままで良いので?」

 イリウムは心配そうな表情でユリマに問う。すると彼女は、優しくもあり何処か冷たさも感じる笑みと共に口を開いた。

「フフフ。そんな心配にならずとも大丈夫です。何時も言っているでしょう。私には未来が視えているのですから問題ありません。相手が例え国王であったとしてもね――。

それに、どちらにせよ前回のラグナレクの襲撃はあの状況では誰が来ても防げなかった。ただ気が済むまで暴れさせて帰らせる手段しかね……。確かに国王はグリム・レオハートと白銀のモンスターを始末しようとしていますが、ただ彼を始末するよりラグナレクを相手にさせた方が多くの者にメリットがあるでしょう。始末するのはその後でも問題ありません」
「分かりました。私は……これまで当然ユリマ様の事を1度たりとも疑った事はございません。
ですが、本当にあの若い青年達なんかがラグナレクを相手に出来るのですか? まともな武器も装備していませんでしたよ。
あれではドミナトルを撃ち込む為の僅かな隙すら作れないままやられてしまうのでは……」

 イリウムが疑ってしまうのも無理はない。神器を与えられ、未来が視えていると言うユリマの発言が外れた事など、確かにイリウムが知る限りでも1度もなかった。だが今回は初めてと言ってもいい程の異例な状況。

 これまで微塵の疑いも抱かなかったイリウムが、グリム達のその若さや手にする最弱の武器を目の当たりにし、初めて一抹の不安を抱いてしまっていたのだった。

「大丈夫ですよイリウム。彼らは貴方が思っている以上に強い存在です。今日集まった冒険者達が束になっても勝てない程にね。
しかも明日は私も討伐に参加します。勿論この姿ではなくリリアンとしてですが、絶対にドミナトルを奴に食らわせるべく最善をつくしますよ。
グリムさん達の本気の力量を最も近くで拝見出来ますしね――」

 ユリマはそう言いながら再び笑みを浮かべていた。

「そうですね……。ユリマ様が言うなら間違いないでしょう。では私もこれから明日の討伐の準備に入ります。団員達とも再度明日の作戦を確認し合っておきたいので」
「分かりました。無理は禁物ですよ。必ず最前線にはあの冒険者達を配置しなさい。彼らは遅かれ早かれ“そうなる運命”ですから――」
「分かりました」

 立ち上がったイリウムはユリマに一礼をし、そのまま部屋を後にした。

 部屋の大きな窓。
 真っ暗な夜空に美しく輝く満月を見つめながらユリマは再び飲み物を口に運ぶと、月夜に照らされながら不敵に微笑んだ――。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

王宮を追放された俺のテレパシーが世界を変える?いや、そんなことより酒でも飲んでダラダラしたいんですけど。

タヌオー
ファンタジー
俺はテレパシーの専門家、通信魔術師。王宮で地味な裏方として冷遇されてきた俺は、ある日突然クビになった。俺にできるのは通信魔術だけ。攻撃魔術も格闘も何もできない。途方に暮れていた俺が出会ったのは、頭のネジがぶっ飛んだ魔導具職人の女。その時は知らなかったんだ。まさか俺の通信魔術が世界を変えるレベルのチート能力だったなんて。でも俺は超絶ブラックな労働環境ですっかり運動不足だし、生来の出不精かつ臆病者なので、冒険とか戦闘とか戦争とか、絶対に嫌なんだ。俺は何度もそう言ってるのに、新しく集まった仲間たちはいつも俺を危険なほうへ危険なほうへと連れて行こうとする。頼む。誰か助けてくれ。帰って酒飲んでのんびり寝たいんだ俺は。嫌だ嫌だって言ってんのに仲間たちにズルズル引っ張り回されて世界を変えていくこの俺の腰の引けた勇姿、とくとご覧あれ!

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

救助者ギルドから追放された俺は、ハズレだと思われていたスキル【思念収集】でやり返す

名無し
ファンタジー
 アセンドラの都で暮らす少年テッドは救助者ギルドに在籍しており、【思念収集】というスキルによって、ダンジョンで亡くなった冒険者の最期の思いを遺族に伝える仕事をしていた。  だが、ある日思わぬ冤罪をかけられ、幼馴染で親友だったはずのギルド長ライルによって除名を言い渡された挙句、最凶最悪と言われる異次元の監獄へと送り込まれてしまう。  それでも、幼馴染の少女シェリアとの面会をきっかけに、ハズレ認定されていた【思念収集】のスキルが本領を発揮する。喧嘩で最も強い者がここから出られることを知ったテッドは、最強の囚人王を目指すとともに、自分を陥れた者たちへの復讐を誓うのであった……。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...