零ノ朔日

エノモト ルイ

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第ニ章:朔日~運命ノ起動~

06:「犠牲、遭遇」

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 植物園から走り出し、神明の街に戻って来た彼らは、そこに広がっていた自分達の予想を反する光景に驚愕した。
 そこには先ほど自分達に襲い掛かって来た天使のような強大な真物の姿は無かったが、代わりにどろどろした液状の生物や、幾何学的に蠢く結晶のような物体など、小型の害獣がそこらに現れていた。
 それらの小型の真物は住民などに襲い掛かっていたが、人間は人間で手に持ったバットやバールなど手頃なモノで応戦して駆除を試みている。
 街道を駆ける晃日と宵月はそれらの光景を目にしていたが、その脚は止めなかった。
 もとより、天使ほどの強大な真物が現れ、住人を容赦なく殺伐している光景を想像していた二人だったが、良い意味で予想と反し、案外何とかなっている状態だったため彼らは道を急ぐ。
 暫くすれば害獣駆除の為に出動したであろう武装集団が住人を退去させ、手当たり次第に真物を駆除し始めた。

「財団のエンブレム……?財団って害獣駆除も請け負ってたんだ」
「宵月!」
「なに……きゃっ!」

 よそ見をしていた彼女の正面から牙を剥きだした蛇のような真物が飛び掛かってくる。
 咄嗟に抜刀した晃日が居合切りの要領で真物を両断すると、まるでガラスが割れたかのように弾け飛び、バラバラと崩れ落ちた。

「大丈夫?」
「うん……ありがとう」

 崩れ落ちた結晶はそのまま蒸発するように消え去った。
 二人は再び走り出すと、自宅に向かって急いだ。

 道中襲い掛かって来た真物を退け、いつもの家へ辿り着いた彼らは勢いよく扉を開け放ち、部屋の中へと転がり込む。

「姉さん!徒乃!」
「この臭い……っ」

 屋内へと駆け込んでまず最初に二人が感じたのは凄まじい血の臭いだった。
 部屋全体に籠りむせ返るようなその臭いは吐き気すら催す。
 晃日がその臭気の発生源となっているリビングの扉をゆっくりと開いた。

「……」
「そんな……」

 二人を待っていたのは、言葉を失う程凄惨な部屋の様子だった。
 いつも皆で囲んでいた食卓や壁の一面が血で塗れ、床には誰が見ても一目で臓物と分かる赤黒い肉塊が散らばっている。
 そしてその上に倒れた、一体の遺体。
 腹を切り開かれ頭部を失った、赤紫の徒花に包まれた惨殺死体。
 そんな状態でも、二人は一目でそれが誰なのかがはっきりと分かった。

「姉さん……間に合わなかった……」
「そんな……なんで……お姉ちゃんが……」
「……徒乃は?」

 遺体から続く、点々と線を描く血痕は真っ直ぐ徒乃の部屋に向かって続いていた。
 その場に座り込み腰を抜かしてしまった宵月の背中を撫でた晃日が立ち上がり、徒乃の部屋へと向かう。

「徒乃?」
「……うっ……あぁ……」

 扉を開くと、部屋の隅にうずくまった徒乃の姿が目に留まる。
 嘔吐してしまったのか吐瀉物と血で床が汚れていた。

「徒乃、大丈夫か?」
「……お姉ちゃんが……あぁ……」

 晃日に声をかけられて、彼女はゆっくりと顔をあげた。
 そんな彼女が抱えていたのは、切断された遥香の頭部だった。

「……遥香、何があった?」
「え、っぐ……分からない……分からないよ……あいつらが……全部やったんだ……」

 彼女の横に腰掛けた晃日が、優しく背中をさする。
 暫くして落ち着いたのか、頭部を強く抱えたまま徒乃が晃日の目を見た。

「……日蝕が発生して、街の中に怪物が沢山現れて、CIPHERのメンバーはみんなその場で一旦解散して慌てて皆家に帰った。そしたら、お姉ちゃんが誰かと話してた……でも私に気付くと、その誰かが、尻尾と角の生えた誰かが、私に襲いかかろうとした……」
「尻尾と角……」
「……それでお姉ちゃんは私に隠れろって言って……部屋に隠れてたら、いつの間にか静かになってて、部屋から出たらお姉ちゃんが……」

 静かに事のあらましを語っていた徒乃だったが、そこまで話した所で彼女は目を見開き、震えながら晃日の顔を見る。

「あいつは……?」
「……え?」
「まだこの家から出た音が聞こえて無い……あいつ、まだこの家に……」
「……っ!」

 咄嗟に立ち上がった晃日だったが、刹那。

「きゃああああ!!!」
「しまった……!」

 リビングから聞こえてくる宵月の悲鳴。
 舌を鳴らした晃日は剣を構え、現場へと駆け出した。

 扉を蹴飛ばし、リビングへと駆け込んだ晃日が見た、ひとりの人影。

「……おい」
「お兄……ちゃ……」
「……」

 爬虫類のような毛の無い尻尾を持ち、頭部から一対の角を生やした白い肌の人間が宵月の体を踏みつけ、立っていた。
 彼はゆっくりと目線を晃日の方へ向けると、鋭い目つきで彼を睨んだ。

「誰だ……お前」

 晃日の問いかけに、その人物は尾を揺らめかせながら、ゆっくりと呟いた。

「……VOID……我々は、VOIDだ」
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