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序章
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「殴り合いすんじゃねぇぞ、坊主。気をつけんじゃよ」
ピロロ、ロン♪ピロロ、ロン♪
「はあああああああ」
店を出ると、俺は盛大にため息をついた。まったく薬局で消毒液と絆創膏買おうとしただけなのにこんなに疲れるとは…。
店に入った途端、店のばあちゃんにゾンビが来たとビビられるわ、さらにその悲鳴を聞きつけたじいちゃんが俺に向かって防犯用カラーボール投げつけてこようとするわ。もう散々だった。
最終的には俺が誰かと殴り合いの喧嘩をしたと勘違いされて、怒られながら二人に手当されることになったし、まあそれは消毒液代が浮いたからいいけどさ。
でも咄嗟にカラーボールをキャッチ出来たからよかったものの出来てなかったらと思うと、色々恐ろしい。
それにあのじいちゃんめっちゃ良い肩をしてたし……、野球でもやっていたのだろうか。そんなことを考えながら、キャッチした右手をグー、パーと二セット繰り返してみる。
はあ今日はとにかく散々な日だった。家に向かっても何もすることが無い俺は、いつも暇を潰している公園に向かうことにした。
空はオレンジ色に染まっていて、平安貴族が着ていそうな着物の色だった。
~☆~
廃れたキリンの滑り台に、廃れた水色のブランコ。そこには子供が惹かれそうなものは何一つ無かった。
あるのはただ、力強く生きようとする無駄に長い草と静かなる空虚感、本当にただそれだけだった。
ブランコに座ると、俺は灰色の若者に人気のブランドリュックと先程ばあちゃんから購入した大判の絆創膏の入ったビニール袋を近くに放り投げた。大事なものを雑に扱った、少しの罪悪感がほんの少しだけ心地よい。
ブランコのチェーンは錆びていて軽く握っただけで、手が赤褐色に染まった。汚い。けどブランコを漕ぎ出した俺にはそんなこと関係なかった。
目の前にある爽快感にはやっぱり逆らえない、それが男の性ってやつでして。風と一体になること。それは俺にとってしがらみを忘れさせてくれる唯一の方法だった。
「気持ちいいー!」
漕ぎながら俺は近所迷惑にならないようにそう叫んだ。…って言ってもこの辺ほとんど空き家だけど。
ブランコが上に上がったタイミングで右手を空にかざしてみる。
「遠いな」
そう思わず呟いてしまう。そして重力に従ってまた下に降りていく。届きたくても届かない、いつもそんなことの繰り返し。
俺には将来の夢も希望も無い。愛していたものにも愛されたことはない。だから一度は夢を叶えてみたいなんて、誰かに言ったら笑われるだろうか。
星に願いを。なんて自分で考えて笑いそうになってしまった。
「やべ、痛い…」
しばらく漕いでいると、額の傷が風を浴びてヒリヒリしてきた。そこでようやく、ばあちゃんから消毒液が乾いたら絆創膏を貼れと言われたことを思い出したのでそうすることにした。
ビニール袋から箱入りの絆創膏を取り出すと、箱の点線がある半円状のところに親指をぎゅっと差し込んだ。なんだかんだいって、この動作が好きな動作ランキングトップ五に入っていたりもする。
そして絆創膏を一枚取り出すと、バナナの皮むきのように丁寧に本体を挟んでいる紙を外した。そして絆創膏の粘着部分についている紙も外すと、前髪を持っていた髪留めピンで留めて、ペタっと迷い無く額に貼った。
空気も入ること無く、完璧に綺麗に貼れて達成感がある。
そういえば前にもこんなことあったっけ。
学校の体育の時間に思いきり他の男子とぶつかって転倒した時に切り傷みたいのが出来ちゃって、確かその時に彼女から絆創膏をもらったんだっけ……って。
何振られた彼女のこと思い出してんだよ、俺。
一度想ったら一途なのは自分でも理解していたが、ここまで引きずるとは…。自分に対して落胆してしまった。
彼女は常に笑顔で、俺みたいな狼野郎にでも笑顔で話しかけてくれた。
困ると頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、解決するとエクスクラメーションマークを浮かべて、ひらめくと電球が頭上で光って、百面相かよ、突っ込みたくなるくらい愛らしい人だった。
でもそんな彼女は誰かのもので。そう思うだけで胸が沸々とした。
空はもう深い藍色に染め上げられそうになっていて、陽はホットケーキの上のバターのように溶けそうになっていた。
「帰るか」
そう言って立ち上がった瞬間、目を疑うものが飛び込んできた。
深い草むらの中に確かに『人のかたち』をしたものがあったのだ。
「うそだろ」
あまりの衝撃に口を手で覆い隠す。なんでずっと気付かなかったんだ、俺の目は節穴なのか。
あれこれ考えているのも面倒臭くなってきたので、とりあえず近づいて様子を見ることにした。
近づいてみるとどうやら長い黒髪を後ろで束ねた、年は俺と近そうな女の子。服は麻で出来たみたいなワンピース。顔立ちはとてつもなく整っている。
長い睫毛と血色のいい唇。その美しさに見とれて脈をとるのを忘れてしまいそうだった。
ピロロ、ロン♪ピロロ、ロン♪
「はあああああああ」
店を出ると、俺は盛大にため息をついた。まったく薬局で消毒液と絆創膏買おうとしただけなのにこんなに疲れるとは…。
店に入った途端、店のばあちゃんにゾンビが来たとビビられるわ、さらにその悲鳴を聞きつけたじいちゃんが俺に向かって防犯用カラーボール投げつけてこようとするわ。もう散々だった。
最終的には俺が誰かと殴り合いの喧嘩をしたと勘違いされて、怒られながら二人に手当されることになったし、まあそれは消毒液代が浮いたからいいけどさ。
でも咄嗟にカラーボールをキャッチ出来たからよかったものの出来てなかったらと思うと、色々恐ろしい。
それにあのじいちゃんめっちゃ良い肩をしてたし……、野球でもやっていたのだろうか。そんなことを考えながら、キャッチした右手をグー、パーと二セット繰り返してみる。
はあ今日はとにかく散々な日だった。家に向かっても何もすることが無い俺は、いつも暇を潰している公園に向かうことにした。
空はオレンジ色に染まっていて、平安貴族が着ていそうな着物の色だった。
~☆~
廃れたキリンの滑り台に、廃れた水色のブランコ。そこには子供が惹かれそうなものは何一つ無かった。
あるのはただ、力強く生きようとする無駄に長い草と静かなる空虚感、本当にただそれだけだった。
ブランコに座ると、俺は灰色の若者に人気のブランドリュックと先程ばあちゃんから購入した大判の絆創膏の入ったビニール袋を近くに放り投げた。大事なものを雑に扱った、少しの罪悪感がほんの少しだけ心地よい。
ブランコのチェーンは錆びていて軽く握っただけで、手が赤褐色に染まった。汚い。けどブランコを漕ぎ出した俺にはそんなこと関係なかった。
目の前にある爽快感にはやっぱり逆らえない、それが男の性ってやつでして。風と一体になること。それは俺にとってしがらみを忘れさせてくれる唯一の方法だった。
「気持ちいいー!」
漕ぎながら俺は近所迷惑にならないようにそう叫んだ。…って言ってもこの辺ほとんど空き家だけど。
ブランコが上に上がったタイミングで右手を空にかざしてみる。
「遠いな」
そう思わず呟いてしまう。そして重力に従ってまた下に降りていく。届きたくても届かない、いつもそんなことの繰り返し。
俺には将来の夢も希望も無い。愛していたものにも愛されたことはない。だから一度は夢を叶えてみたいなんて、誰かに言ったら笑われるだろうか。
星に願いを。なんて自分で考えて笑いそうになってしまった。
「やべ、痛い…」
しばらく漕いでいると、額の傷が風を浴びてヒリヒリしてきた。そこでようやく、ばあちゃんから消毒液が乾いたら絆創膏を貼れと言われたことを思い出したのでそうすることにした。
ビニール袋から箱入りの絆創膏を取り出すと、箱の点線がある半円状のところに親指をぎゅっと差し込んだ。なんだかんだいって、この動作が好きな動作ランキングトップ五に入っていたりもする。
そして絆創膏を一枚取り出すと、バナナの皮むきのように丁寧に本体を挟んでいる紙を外した。そして絆創膏の粘着部分についている紙も外すと、前髪を持っていた髪留めピンで留めて、ペタっと迷い無く額に貼った。
空気も入ること無く、完璧に綺麗に貼れて達成感がある。
そういえば前にもこんなことあったっけ。
学校の体育の時間に思いきり他の男子とぶつかって転倒した時に切り傷みたいのが出来ちゃって、確かその時に彼女から絆創膏をもらったんだっけ……って。
何振られた彼女のこと思い出してんだよ、俺。
一度想ったら一途なのは自分でも理解していたが、ここまで引きずるとは…。自分に対して落胆してしまった。
彼女は常に笑顔で、俺みたいな狼野郎にでも笑顔で話しかけてくれた。
困ると頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、解決するとエクスクラメーションマークを浮かべて、ひらめくと電球が頭上で光って、百面相かよ、突っ込みたくなるくらい愛らしい人だった。
でもそんな彼女は誰かのもので。そう思うだけで胸が沸々とした。
空はもう深い藍色に染め上げられそうになっていて、陽はホットケーキの上のバターのように溶けそうになっていた。
「帰るか」
そう言って立ち上がった瞬間、目を疑うものが飛び込んできた。
深い草むらの中に確かに『人のかたち』をしたものがあったのだ。
「うそだろ」
あまりの衝撃に口を手で覆い隠す。なんでずっと気付かなかったんだ、俺の目は節穴なのか。
あれこれ考えているのも面倒臭くなってきたので、とりあえず近づいて様子を見ることにした。
近づいてみるとどうやら長い黒髪を後ろで束ねた、年は俺と近そうな女の子。服は麻で出来たみたいなワンピース。顔立ちはとてつもなく整っている。
長い睫毛と血色のいい唇。その美しさに見とれて脈をとるのを忘れてしまいそうだった。
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