青いウサギはそこにいる

九条志稀

文字の大きさ
上 下
21 / 23
憧れとミスコネクト

憧れとのミスコネクト④

しおりを挟む
「平井さん、学祭ライブの曲ってどうなってます? そろそろオリジナルを一曲は入れたい思うんですけどどうです?」
 2年生のバンド、「zenith mujica(ゼニスムジカ)」のベース、岡崎舞星は軽音楽部の練習の時間にバンドリーダーである副部長の平井に問うた。
「オリジナルなぁ。学祭やし、ウチらが作る知らん曲よりみんなが盛り上がる曲の方がええんやないかと思うよ」
「でも、私らも結成して一年経つし……」
「舞星、俺は副部長やねん。部が関わるイベントは盛り上げんといかん責任があるんや。まあ心配すんな、オリジナルやらん訳やない。もうちょい待ってくれな」
「私、もうコピーやらやりたないんですけど」
 平井は詰め寄る舞星の肩をポンと叩く。
「俺は軽音の活動で外部のイベント行ってたからわかるんやけどな。ネットとかで活動しとる自称ミュージシャンにしろCD出しとるプロにしろ小さいイベントやショッピングモールレベルは半分以上カバー曲やで。アウェーのイベントでオリジナルなんて演っても誰も聴いてくれへんのや」
「でもそれやったらいつになってもオリジナル出来ひんってことやないですか。それに学祭ライブはアウェーやないと思いますけど」
 食い下がる舞星。しかし平井は意に介さず、面倒臭そうに大袈裟にため息を吐くと「トイレ行ってくるわ」と教室を出て行ってしまう。やれやれといった風にギターの谷川が舞星に声を掛ける。
「舞星もさ、オリジナルやりたいんやったら外部でバンド入ったら?」
 谷川は軽音楽部の他にも活動していて、特定のバンドに所属している訳ではないが、サポートとして声が掛かればどんなバンドでも参加していた。
「私、谷川くんみたいに上手くないし」
 大きくしょげる舞星。
「そうか? 舞星はムラはあるけどハマった時はええ音出すと思うけどな」
 谷川がそう言うと、ドラムの田中ライトも「そうそう」と頷いて舞星に「それに舞星のベースはホンマやりやすいしな。俺走るクセあるから舞星いると安心」と告げる。
 舞星が「そうかな? えへへ」とまんざらでもない笑みを浮かべると、キーボードの西田真理央が「相変わらずチョロいな」と横槍を入れた。
「うっさいわ、もう」
 照れ隠しか舞星はベースのリフを弾き始める。と、併せるようにドラムが入り、ギター、キーボードと即興が始まった。なんだかんだ言って舞星はこのバンドが好きだった。今はカバーしかやらないコピバンだけど、京都で一番のバンドになるって言う平井の言葉に誘われて集まったメンバーだし平井も先を見て行動してるはずだからきっと大丈夫と思う事にしよう。舞星がそう思っていたところに平井が教室に戻ってくる。
「さすが俺が選んだメンツだけあってええ音鳴らすなァ」
「そらどうも」
 褒められているんだろうが、さっきまでの流れから素直に受け止められない舞星はカチンときて平井に言った。
「舞星、俺らは軽音で最高のバンドや。そやさかい今はヘタ打つ訳には行かんのや」
 舞星のまだ納得行かない顔を見て平井は続ける。
「俺やて軽音の中で満足してる訳やあらへん。ただ、行く時は一気に行く。その為にずっとかったるい仕事してんのや」
 かったるい仕事とは幹部の雑務の事だろうと言うのは舞星にもわかった。
「ハッキリ言って軽音の中でなんぼ上手くても井の中の蛙や。なあ舞星、俺らがなんでRADの『おしゃかしゃま』をライブアンセムにしとるかわかるか?」
 ライブアンセムとはライブでやる定番曲の事で、「zenith mujica(ゼニスムジカ)」ではRADWIMPSの「おしゃかしゃま」を毎回演奏に組み込むよう平井が決めていた。それも舞星は気に食わなかった一因だった。
「俺は初めて『おしゃかしゃま』を聴いた時に電流が走るような衝撃受けたんや。邦ロックって受けの良さそなメロコアかて思いかけとった時にいきなり全く新しいサウンドがガツンと来たんや。似たような曲はある。そやけど調べたらこの曲から始まったんや。邦ロックの歴史を変えた曲なんよ。その志しを俺らも持ち続けなきゃあかんと思てやってるんや。軽音の中で偉そうに言う井の中の蛙かも知れへんけど、俺らは大海を知らずとも志しっちゅう空の青さは知っとる」
 『めんどくさッ』、舞星は顔に出ないように目を閉じた。平井はこういうポエムと言うか自分語りをよく言う。ライブのMCでもそうだ。たかだか高校の軽音のライブで、「僕は音楽に救われたから、自分も音楽で誰かの力になりたい」とか言うヤツは周りにはいない。しかしこういうのが好きな層はいるようで、平井さん好き好きみたいな連中がいるから否定は出来ない。でも「空の青さを知る」は2次創作みたいなものだけどな。舞星は心の中で悪態を切った。
「全く新しい事をやるのには敵わんけど、俺らは演奏の力で衝撃を与えて一気に行こうと思っとる。だから今はコピーで力を付ける時期やねん」
 めちゃくちゃだ。
「コピーならプロが作った一流の曲がある。オリジナルはどうや? 作詞は? 作曲は誰がする?」
「作曲は私が……」
「曲なんか出来てもみんなが演奏するパートはどないすん? あんたらがいつも遊んどる即興とは訳ちゃうで。それともそう言うの得意なヤツでも知ってるって言うんか?」
 ギターの谷川が遠慮がちに手を挙げる。
「そういうんは伊藤が詳しいよ。音楽知識も凄く知っとるし」
「あいつか」
 ののかの名前を聞いて平井が舌打ちをする。環のバンドに入ったのをよく思ってないのもそうだが、平井はののかとそりが合わない。いつも見下してくるような態度が気に食わないのも理由だった。
「伊藤……ののか……」
 舞星はその名前を聞くのも嫌だった。自分の中が嫌な感情に包まれていくのを感じる。
「伊藤に頼むくらいならオリジナルはええです」
 その言葉に引っかかる平井が舞星の顔を覗き込んで聞いた。
「お前、伊藤ののかとなんか問題でもあるんか? 男か? アイツ性格は最悪やけど顔だけはええからなァ」
 イヤミっぽく笑う。
「そうです」
「は?」
「一年の時に付き合うとった彼氏伊藤に取られた。今まで我慢してきたけど、伊藤だけは許さへん。そないなヤツに自分の曲を弄られるなんて耐えられへん」
 舞星が今まで見せた事が無いような厳しい表情で俯いている。平井はニヤッと笑うと舞星に聞いた。
「その話、詳しゅう聞かしてくれへん?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

足を踏み出して

示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。 一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。 そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。 それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

女子高生は小悪魔だ~教師のボクはこんな毎日送ってます

藤 ゆう
青春
ボクはある私立女子高の体育教師。大学をでて、初めての赴任だった。 「男子がいないからなぁ、ブリっ子もしないし、かなり地がでるぞ…おまえ食われるなよ(笑)」 先輩に聞いていたから少しは身構えていたけれど… 色んな(笑)事件がまきおこる。 どこもこんなものなのか? 新米のボクにはわからないけれど、ついにスタートした可愛い小悪魔たちとの毎日。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...