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背中合わせのエンカウント
背中合わせのエンカウント④
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やってしまった――。いくら動揺してたとはいえ、完全に飲まれてしまった。環は優里と共に自分たちの席に戻ると両手で顔を覆い、溜息をついた。舞台上では次のバンドのサウンドチェックが始まっていた。環はしっかりしないとと顔を上げた。その時、隣にいるはずの瑞稀がいないことに気付いた。慌てて周りを見るが見当たらない。キョロキョロしている環に、「森澤さんなら演奏終わってすぐ出てったよ」と、後ろの席にいたYOLOずーやーの比嘉メリアが小声で伝える。
追いかけないと! そう思い立ちあがろうとする環をののかが慌てて止める。
「今はあかん。今行っても間に合わんし、今はLINEだけ入れて終わってからにしよ」
ののかは冷静だ。そして一年生最後のバンドの演奏が始まる。ここから三年生まで残りのバンドは7組。環にはその時間がとても長く感じた。
選考会は部長の長谷川が所属する『キッドアイラックスケール』の演奏で幕を閉じた。環はスマホを確認するが、瑞稀からの返信は無い。環はアンケート用のプリントを優里に渡す。
「あかん、何が何やらわからんようなってしもた。ユーリと同じに書いといてくれん?」
「ウチもようわからんけど、まあええわ」
優里は環から渡された用紙に書き込み始めると、ののかがバンドのグループチャットを見て、「既読にもならんなぁ」と呟いた。
書き終えた部員がチームリーダーへアンケート用紙を渡して部室を出て行く。それを見て環は優里とののかに「瑞稀を探しに行きましょう」と伝える。
一年五組の教室。瑞稀のクラスへ行ってみたが、教室には誰もいず、バックが置いてる席も無い。手分けして探してみるが見当たらないしLINEの既読も付かない。ののかの提案でその日は解散になり、瑞稀からの連絡を待とうということになった。
翌日、瑞稀からの返信も無く、クラスまで行くが今日は休みらしかった。
授業終わりに合わせて環は優里と一緒にののかと待ち合わせた正門へ向かう。今日は土曜なので昼食の時間だが、それよりも瑞稀に会いたかった。
ののかは瑞稀が学校を休んでるのを知ると、「既読も付かん、通話も出んなら家まで行くか」と言った。
「でも家知らんし」
考えてみれば瑞稀のこと何も知らない。
「ちゃんと会うて解決せんと気持ちが伝わらんよ。環もそんな気持ちで終わりたないんとちゃう?」
そうののかに言われた時、優里が思い出したように言う。
「たまちゃん、瑞稀が前に家のベランダからであい橋が見える言うてへんかった?」
「あ、確かにであい橋の桜見えるって言うとった!」
環はののかを見る。
「それじゃダメ元で行ってみよか」
であい橋。豪川に掛かるY字型の橋で、春になると川沿いの桜が綺麗に見える地元の名所だ。
土曜日のお昼過ぎということもあり、橋には数人の男女が楽しそうに話しながら景色を見ている。桜の季節でないのが幸いだ。
環は橋の欄干にもたれ、誰にというわけでなく呟いた。
「瑞稀のマンションってどこなんですかね?」
「マンションばっかりや」
優里も元気が無い。
「さすがに表札とか見て回るのもなー、多過ぎやで」
ののかが双眼鏡を見るような手付きでぐるーっと一周見回す。と、30代くらいのグレーのパンツスーツを着た女性と目が合った。その女性はののかたちの方へ近付いてくる。環の背負ってるギグバックを見ると、ニコッと笑うってこう言った。
「君ら、バンドやってるん? もしかして瑞稀の友達?」
戸惑う環たちを見て、その女性は続ける。
「君らのことは瑞稀から聞いてんで。あ、そうそう。うち瑞稀の母親なんよ」
「瑞稀のお母さん!?」
思わず声が出る。どう見ても30代後半のお姉さんにしか見えない。いや、あの瑞稀の母親ならあり得るか? そう環が思った時、ののかが上級生らしく挨拶をする。
「初めまして、高校で一緒にバンド組んでる二年の伊藤ののかです。こっちは」
と、ののかは環と優里に振る。
「同じ学年の四方田環です」
「大西優里いいます」
ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「そかそか、君らが瑞稀のねー」
環が瑞稀の母に申し訳なさそうに口を開く。
「あの、実は……」
「ああ、喧嘩したんやん? 昨日荒れとったさかいそうかなって思たわァ」
「瑞稀さんは……」
「まあ、立ち話もなんやし、家行こか? 瑞稀多分いるんとちがうか」
その頃、瑞稀は環たちと初めて行ったドーナツショップにいた。
「ウチはそんな頼りないんかな……」
カフェオレのカップをゆっくり回しながら瑞稀はさっきの演奏を思い出していた。
――瑞稀は少し弱いんやんな――
ののかの言葉が頭を過ぎる。
小学生の時に観たミュージカルで、舞台に飛び出したい気持ちになった。あの時からずっとその事だけ考えてきた。だから母にお願いしてバレエを習った。中学では歌の練習がしたくてコーラス部に入ったし、高校生になってバイトも始めてボイトレにも通うようになった。でもまだ環たちの求めてる力は無いんだって思ってしまった。
――森澤さんの踊ってるのみて、この人と一緒にやってみたいって思ってん――
環に言われた言葉を思い出す。ウチが情けないから、あんな顔させてしもうたんかな。瑞稀は苦しそうにギターを弾く環の姿が悲しく見えた。楽器出来なくても環がめちゃくちゃになっていくのがわかった。
明日あやまらんとな。気まずくてLINEも見れないし、どうしたらええかもうわからへん。
ふと、スマホの時間を見ると午後4時を過ぎていた。帰って夕ご飯を作らないといけない時間だった。
「帰ろ」
瑞稀は席を立つと、店の外に置いてあった自転車に乗って自宅の方へと向かった。
「君たちが何でケンカしたのかはわからへんけどなぁ、瑞稀はバンド始めて楽しそうやったよ」
リビングにあるソファに、環、優里、ののかは座り、瑞稀の母がダイニングテーブルの椅子に座って話しかけている。
「まあ、あの子友達いーひんさかいよっぽど嬉しかってんろう思うとったんとちがうかな」
ののかが恐縮した感じで話し始める。
「いや、お母さん、さすがに友達はいる思いますよー」
「いやいや、あの子、あないな性格やろ。友達って友達いーひんと思うで、意固地やし」
そんな話をしていると、玄関の鍵が開いて瑞稀が帰って来る。瑞稀はリビングに座る環たちを見て、びっくりして、「た、み、みんな何で家におんの?」と、声を上げる。
「あんたが心配で来てくれたんやない」
「でもおかーさん、何で家にいてるん?」
「病院の帰りに、であい橋んとこで会うたんよ。同じ制服でギター持ってる子がいるから、みーちゃんの言ってたバンドの子かと思て」
「今日病院だって言っとったんやない?ってちょっとみーちゃんはやめて」
「なんでや、ウチじゃいつもみーちゃんやん。ちゅうか、あんたたち喧嘩しとるんやろ? 喧嘩はあかん。ちゃんと話さなあかんよ」
瑞稀はタジタジだった。無理もない、環もののかも逆の立場だったらめちゃくちゃ恥ずかしい。
瑞稀の母は「よし」と立ち上がると、「こういう時はな、一緒にご飯食べながらにせえ」と言うとバッグを持って玄関に向かう。
「ちょっ、お母さん」
慌てて駆け寄る瑞稀に、母はニコッと笑いかけ、「ご飯炊いといて。1、2、3ーー、5合くらい」
「う、うん」と、頷く瑞稀をよそに、環たちに向かって、「みんな親御さんに電話してご飯食べてくって確認取っといてな」と告げると玄関の扉を閉める音が聞こえて瑞稀が戻ってくる。
「お母さんの事ごめんなー。思い立ったら一直線な人なんよ」
「さすが瑞稀の母親って思たわ」
環が口を開いた。
「なんやそれ、褒めてんの?」
「バイタリティー強いわ」
環がそう言うと、瑞稀はブフッと吹き出し笑った。
「ようやく笑った」
ののかがうまい具合に締め、「そろそろウチらはお暇しよか」と、二人に告げるが、「なんでよ」と瑞稀に止められてしまう。
「みんな帰ってしもたらお母さん悲しむし、うち一週間くらい鍋ばっか食べるの嫌やし」
「ここはご厚意に甘えるとこですえ」
テーブルに出されていた京番茶を啜りながら優里は二人をいなす。
「まあ、それもそやね」
環はスマホのメッセージで父親へ連絡を入れた。
追いかけないと! そう思い立ちあがろうとする環をののかが慌てて止める。
「今はあかん。今行っても間に合わんし、今はLINEだけ入れて終わってからにしよ」
ののかは冷静だ。そして一年生最後のバンドの演奏が始まる。ここから三年生まで残りのバンドは7組。環にはその時間がとても長く感じた。
選考会は部長の長谷川が所属する『キッドアイラックスケール』の演奏で幕を閉じた。環はスマホを確認するが、瑞稀からの返信は無い。環はアンケート用のプリントを優里に渡す。
「あかん、何が何やらわからんようなってしもた。ユーリと同じに書いといてくれん?」
「ウチもようわからんけど、まあええわ」
優里は環から渡された用紙に書き込み始めると、ののかがバンドのグループチャットを見て、「既読にもならんなぁ」と呟いた。
書き終えた部員がチームリーダーへアンケート用紙を渡して部室を出て行く。それを見て環は優里とののかに「瑞稀を探しに行きましょう」と伝える。
一年五組の教室。瑞稀のクラスへ行ってみたが、教室には誰もいず、バックが置いてる席も無い。手分けして探してみるが見当たらないしLINEの既読も付かない。ののかの提案でその日は解散になり、瑞稀からの連絡を待とうということになった。
翌日、瑞稀からの返信も無く、クラスまで行くが今日は休みらしかった。
授業終わりに合わせて環は優里と一緒にののかと待ち合わせた正門へ向かう。今日は土曜なので昼食の時間だが、それよりも瑞稀に会いたかった。
ののかは瑞稀が学校を休んでるのを知ると、「既読も付かん、通話も出んなら家まで行くか」と言った。
「でも家知らんし」
考えてみれば瑞稀のこと何も知らない。
「ちゃんと会うて解決せんと気持ちが伝わらんよ。環もそんな気持ちで終わりたないんとちゃう?」
そうののかに言われた時、優里が思い出したように言う。
「たまちゃん、瑞稀が前に家のベランダからであい橋が見える言うてへんかった?」
「あ、確かにであい橋の桜見えるって言うとった!」
環はののかを見る。
「それじゃダメ元で行ってみよか」
であい橋。豪川に掛かるY字型の橋で、春になると川沿いの桜が綺麗に見える地元の名所だ。
土曜日のお昼過ぎということもあり、橋には数人の男女が楽しそうに話しながら景色を見ている。桜の季節でないのが幸いだ。
環は橋の欄干にもたれ、誰にというわけでなく呟いた。
「瑞稀のマンションってどこなんですかね?」
「マンションばっかりや」
優里も元気が無い。
「さすがに表札とか見て回るのもなー、多過ぎやで」
ののかが双眼鏡を見るような手付きでぐるーっと一周見回す。と、30代くらいのグレーのパンツスーツを着た女性と目が合った。その女性はののかたちの方へ近付いてくる。環の背負ってるギグバックを見ると、ニコッと笑うってこう言った。
「君ら、バンドやってるん? もしかして瑞稀の友達?」
戸惑う環たちを見て、その女性は続ける。
「君らのことは瑞稀から聞いてんで。あ、そうそう。うち瑞稀の母親なんよ」
「瑞稀のお母さん!?」
思わず声が出る。どう見ても30代後半のお姉さんにしか見えない。いや、あの瑞稀の母親ならあり得るか? そう環が思った時、ののかが上級生らしく挨拶をする。
「初めまして、高校で一緒にバンド組んでる二年の伊藤ののかです。こっちは」
と、ののかは環と優里に振る。
「同じ学年の四方田環です」
「大西優里いいます」
ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「そかそか、君らが瑞稀のねー」
環が瑞稀の母に申し訳なさそうに口を開く。
「あの、実は……」
「ああ、喧嘩したんやん? 昨日荒れとったさかいそうかなって思たわァ」
「瑞稀さんは……」
「まあ、立ち話もなんやし、家行こか? 瑞稀多分いるんとちがうか」
その頃、瑞稀は環たちと初めて行ったドーナツショップにいた。
「ウチはそんな頼りないんかな……」
カフェオレのカップをゆっくり回しながら瑞稀はさっきの演奏を思い出していた。
――瑞稀は少し弱いんやんな――
ののかの言葉が頭を過ぎる。
小学生の時に観たミュージカルで、舞台に飛び出したい気持ちになった。あの時からずっとその事だけ考えてきた。だから母にお願いしてバレエを習った。中学では歌の練習がしたくてコーラス部に入ったし、高校生になってバイトも始めてボイトレにも通うようになった。でもまだ環たちの求めてる力は無いんだって思ってしまった。
――森澤さんの踊ってるのみて、この人と一緒にやってみたいって思ってん――
環に言われた言葉を思い出す。ウチが情けないから、あんな顔させてしもうたんかな。瑞稀は苦しそうにギターを弾く環の姿が悲しく見えた。楽器出来なくても環がめちゃくちゃになっていくのがわかった。
明日あやまらんとな。気まずくてLINEも見れないし、どうしたらええかもうわからへん。
ふと、スマホの時間を見ると午後4時を過ぎていた。帰って夕ご飯を作らないといけない時間だった。
「帰ろ」
瑞稀は席を立つと、店の外に置いてあった自転車に乗って自宅の方へと向かった。
「君たちが何でケンカしたのかはわからへんけどなぁ、瑞稀はバンド始めて楽しそうやったよ」
リビングにあるソファに、環、優里、ののかは座り、瑞稀の母がダイニングテーブルの椅子に座って話しかけている。
「まあ、あの子友達いーひんさかいよっぽど嬉しかってんろう思うとったんとちがうかな」
ののかが恐縮した感じで話し始める。
「いや、お母さん、さすがに友達はいる思いますよー」
「いやいや、あの子、あないな性格やろ。友達って友達いーひんと思うで、意固地やし」
そんな話をしていると、玄関の鍵が開いて瑞稀が帰って来る。瑞稀はリビングに座る環たちを見て、びっくりして、「た、み、みんな何で家におんの?」と、声を上げる。
「あんたが心配で来てくれたんやない」
「でもおかーさん、何で家にいてるん?」
「病院の帰りに、であい橋んとこで会うたんよ。同じ制服でギター持ってる子がいるから、みーちゃんの言ってたバンドの子かと思て」
「今日病院だって言っとったんやない?ってちょっとみーちゃんはやめて」
「なんでや、ウチじゃいつもみーちゃんやん。ちゅうか、あんたたち喧嘩しとるんやろ? 喧嘩はあかん。ちゃんと話さなあかんよ」
瑞稀はタジタジだった。無理もない、環もののかも逆の立場だったらめちゃくちゃ恥ずかしい。
瑞稀の母は「よし」と立ち上がると、「こういう時はな、一緒にご飯食べながらにせえ」と言うとバッグを持って玄関に向かう。
「ちょっ、お母さん」
慌てて駆け寄る瑞稀に、母はニコッと笑いかけ、「ご飯炊いといて。1、2、3ーー、5合くらい」
「う、うん」と、頷く瑞稀をよそに、環たちに向かって、「みんな親御さんに電話してご飯食べてくって確認取っといてな」と告げると玄関の扉を閉める音が聞こえて瑞稀が戻ってくる。
「お母さんの事ごめんなー。思い立ったら一直線な人なんよ」
「さすが瑞稀の母親って思たわ」
環が口を開いた。
「なんやそれ、褒めてんの?」
「バイタリティー強いわ」
環がそう言うと、瑞稀はブフッと吹き出し笑った。
「ようやく笑った」
ののかがうまい具合に締め、「そろそろウチらはお暇しよか」と、二人に告げるが、「なんでよ」と瑞稀に止められてしまう。
「みんな帰ってしもたらお母さん悲しむし、うち一週間くらい鍋ばっか食べるの嫌やし」
「ここはご厚意に甘えるとこですえ」
テーブルに出されていた京番茶を啜りながら優里は二人をいなす。
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